仏は、ほっとけない
是非読んでみてください。
私は100メートルの大仏である。100メートルといいつつ、台座が20メートルあって実際は80メートルなのだけど。建造当時は世界最大だったらしい。
民を上から見下ろすのは本当に良い眺めだった。近くには海があり、景色も最高であった。私は仏像として民を災害から守ってきた。
しかし、建造から40年以上が経ち、民たちは老朽化により、私を撤去するらしい。確かに、最近はあちこちが痛くて歳を感じてはいた。だが、私はまだやれる。まだ、仏像としての役目を果たせる。
なのに、計画は進んでいく。私の意見など無視して。君たちが作ったものだが、私は生きているのだ。君たちの勝手な理由で私が撤去されなければならないのは誠に腹立たしい。
ある日、私の台座の下に多くのヘルメットを被った人間が現れた。彼らは私を見上げて話している。そして、彼らは私の足の方から鉄パイプのようなものを積み上げていく。それは足場というものらしく、工事をするときに使う。
そう。ついに私は解体されてしまうのだ。ここで生を受けて40年以上。私は雨の日も風の日も台風の日も地震のときも全てを見てきた。私は民を守っていたのだ。今までの日々を思い出していると、私は解体が恐ろしくなってきた。彼らは解体を頭部から行うらしい。なんとドリルを使って私の頭を削っていくらしい。なんと無慈悲なのだろう。それが仏に対する仕打ちだろうか。
その気持ちとは裏腹に足場は積み上がっていく。私の足くらいだった足場は胸元にまで迫っている。私はある一つの作戦というか抗いを考えた。しかし、それは人間社会において反するものであり、私のポリシーでもある不殺にも影響してくる。本当にそうしてよいのだろうか。私は考えた。考える間にも足場は積み上がっていく。
ついに頭部まで足場が迫ってくる。私は決断の時が迫っているようだ。そして頭はスッポリ足場に覆われてしまった。私は決心した。
それは風の強い日であった。上空では風が吹き荒れ、足場があっても風の強さを感じる。そんな日であった。
今日、工事は休みで周りには誰もおらず、人の声はなかった。私は絶好の機会だと思った。だから私は台座から足を離して飛んだ。80メートルの私が40年間いた台座から足を離し、飛んでいる。なんと気持ちの良いことだろう。
しかし、喜びも束の間である。私は目の前にある山に頭部をぶつけてうつ伏せで倒れた。衝撃は凄まじいものだった。しかし、幸いにも人間の負傷者はいない。山にいた動物たちは帰らぬものとなったものもいる。彼らには謝罪してもしきれない。しかし、私もそちらへいく。もうすぐだ。私はそっと目を閉じた。
ありがとうございました。是非感想をください。




