嵐の前
オーランド公国、ベルル要塞。そこは両国を隔てる山脈の狭間にある開けた土地。
公国はかのちに周囲の山々から削った土を高く盛り、その上に堅固な城壁を築いていた。
フィオーネ王国にとって公国侵攻の際、ベルル要塞を迂回して軍を進めることは常に背後を狙われる可能性を残すことを意味する。
そのため両国の戦端はこの地より開かれることが多かった・・・
一昨日、ベルル要塞大広間
窓から西日が差す廊下、その奥に合議の間はある。
扉を開けたその先に長机が置かれており、これから始まる合議に使われると思われる地図や駒が並べられている。
机を囲うように要塞の守備に当たる将校が一堂に会していた。
上座に要塞司令官兼公国第皇子フィリップ、以下時計回りに老将軍グラハム、若き参謀ティクス、異国の姿の男が一人、壮年の軍2団長ケストレルが陣取っている。
「では諸君、これより軍議を始めよう、我らの要塞に進軍するフィオーネ王国はおよそ軍3万7千、対してわが方は2万5千いかに対処するべきか?」
厳かで緊張した空気のなか、まずは老将軍グラハムが前に歩進み出て低く太い声で口火を切る。
「打って出ることはせず、要塞に立てこもり味方の援軍を待つのが得策と存じます」
しわくちゃな手で蓄えたあごひげを手櫛で整えながら、将軍はゆっくり、しかし明解に答えた。
続いて若い参謀が得意げに補足を披露する。
「ベルル要塞は高く盛られた土と堅牢な城壁に守られています。敵にとっては難攻不落、1万の兵力差などモノともしません!」
さらに軍団長ケストレルも食い気味に進言する。
「要塞からフィオーネ領直近の町アラレスクまでは距離があります。持久戦になれば補給線の短いうちらが俄然優位になりますね」
将校らの外側に整列する士官たちも互いに見合い小さくうなずいている。
「我もみなと同じ考えだ」第二王子フィリップも力強い声で賛同の意を示す。
「策を弄する必要もない、いつ通り要塞で敵を迎えうち、何の土産も与えぬままフィオーネの遠征軍には王国へお帰りいただくとしよう」
「アフメトもそう思うか?」
王子は余裕の笑みを浮かべながら机の正面に立つ異国の男のほうを見つめる。
男は頭に白い布を巻き、刺繍の入った絹をマントのように羽織っている。
「おおむね将校の皆様の意見に同意します・・・が、2点ほど気がかりなことがございます」
アフメトと呼ばれた男は王子の目を見ながら
「まず第一にフィオーネの動員した兵力が中途半端なことです。ベルル要塞の堅牢さはフィオーネ軍も嫌というほど知っているはず、本気で要塞を攻め落とす腹づもりなら5万人は動員するでしょう。かといて野戦に誘い出すには数が多すぎます。これではこちらに籠城せよ言っているようなものです」
「ならばベルルに向けた進軍は陽動、迂回して他の村に攻め込み食料を収奪するのが目的か?」
「いえ・・・」
そこまで言いかけたとき、参謀ティクスがすかさずやりとりに割って入る。
「フィリップ様、わたくしもその可能性を考慮いたしまして、フィオーネ軍の越境が確認されて以降、周辺の村や村に繋がる街道の警備を強化しています。が、今のところ不振な動きや目撃情報は上がってきていません」
「もしや要塞の攻略ではなく行軍し1戦交えること事体が目的かのおぅ・・・最近フィオーネ王国軍の騎士団長が若もんに変わったと伝え聞いたぞ。最近の若いもんはすぅぐに手柄をたてたがるからに」
「えーと、新団長のパフォーマンスのために進軍したってことですか?」軍議はにわかに踊る。
「ううっん」軽く咳払いをした後、今度は全員に向けて再びアフメトが語りだす。
「将軍のおっしゃる通り政治的な目的を果たすための行軍の可能性もあります・・・が、仮にそうだとしてもある程度戦功をあげられる見込みがなければ、やはりこの要塞に攻め入っては来ないでしょう」
王子は顎に手を当てしばし逡巡したのちアフメトに再度尋ねた。
「つまりけいは此度の侵攻、フィオーネ軍は3万7千の兵で我々を討ち破る方策を持ち合わせているといいたいのだな?」
「その通りです、そしてもっとも可能性のある策ですが・・・」そこまで話すと一瞬周り気を配りながら慎重に言葉を選んで続けた。
「あくまで仮定の話にはなりますが、要塞内部からの攻撃かと・・・」
「待たれよ!」参謀が机を叩きアフメトの方へ身を乗り出す。
「いくら王子のご学友で同盟国の客将とはいえ、ベルル要塞内の内憂を語るのは出過ぎた行為です」
「そーですよアフメトさん、俺たちの結束は城壁より堅いんですから」
「まぁわざわざ味方を疑心暗鬼にする必要はないわなぁ」
ケストレル、グラハムもティクスに同調する。
「いえいえ、決してここにいるみなさんを疑っているわけではありません。しかし古今東西、難攻不落の城が落ちるのは調略か天災、疫病と相場が決まっております。フィオーネ軍からすれば後者が期待できない以上、要塞内に協力者をつくることぐらいしか手は残されていない、という話です」
「しかし確たる証拠もなく!」
両の手のひらをみせ、笑みを浮かべて場を和ませようとするアフメトにティクスが食ってかかる。
その二人のやりとりを静止するように王子は口を開いた。
「みなの言う通り、俺は公国軍内に裏切り者がいるとは思わない。だがアフメトが言うことも一理ある。フィオーネの新騎士団長が余程の愚靴でない限り今回の侵攻には違和感もある」
一旦その場を取り持つと一呼吸を置き、真剣な面持ちで続けた。
「調査中の案件につき今いうべきか悩んだのだが・・・実は内務卿から最近駐屯傭兵団の中にやけに羽振りのよい一団があると報告が上がっている。関所で税を払ってないと思われる大量の金品が市場に出回っているという報告も」合議の間はざわめくが、それを制するように王子は続けた。
「だが心配には及ばん。部隊の詳細な配置は俺以下師団長までの4人で決め、開戦近くまで明かさないこととする。それなら例え陣営の一部に内通者がいようとも、外のフィオーネ軍との効果的な連携は期待できないだろう。無論守備の要所は信頼の置ける者たちで固めるつもりだ」
「いっそ今回は傭兵と奴隷中心の部隊は編成から外し、前線から遠ざけてはいかがでしょう?」冷静になったティクスが参謀らしく助言する。
「警備が手薄になった隙をつき、町で盗賊まがいなことをされても面倒だ。我々が守るべきは城壁だけではない。ベルルの公国民と彼らの糧も守らなければならん」
「傭兵というのは勝ち馬に乗ることを最も重視するものだ。我らの強さを見せつけることが結果的に一番の抑止力になろう」
王子がよどみなく話し終えると、軍議の参加者はひとまず納得の表情をみせた。落ち着きと取り戻した参加者はその後も論議を重ね、夕食を頂く頃には合議の部屋を後にした・・・
「ティクス様!」軍議の後、参謀の元に一人のさらに若い男が駆け寄る、その立ち振る舞いからしてティクスの腹臣のようだ。
男は周囲に目を配り人がいないこと確認すると、ティクスに耳打ちで問うた。
「以前ティクス様接触してきたあの男の件、王子に報告しなくてよろしかったのですか?」
ティクスは一瞬ムッとした表情をするがすぐに平静を装ったまま、まくし立てた。
「あれは接触とは言わない。あの男は勝手に私の前に現れ、一方的に戯言を述べて立ち去ったけだ。それを今更あの場で報告しても味方の中に余計な猜疑心を生むだけ、何より私自信に離反の意思がないのだから何も問題はないだろう?」思わぬ不評をかってしまった男はその場でなおり頭を下げると
「わたくしの考えた至らず、失礼申し上げました」と謝罪の意を示した。
ティクスは分かればよいといった顔をみせると足早に自らの執務室へ戻った。その表情とは裏腹に、ティクスの脳裏にはそのときの目の前に現れた男の不気味な話がよぎっていた。
数日後 ベルル要塞近く フィオーネ王国軍陣地
要塞から距離をとった位置に3万7余りの軍が陣取っている。要塞前にはフィオーネ側からの使者を乗せてきた馬車が留まっていた。外交儀礼に乗っ取り、降伏勧告及び宣戦布告を行うためだ。その中に使者ではない者たちが3人乗っている。ひとりは馬の手綱を握る男、あとのふたりは杖を手にした少女である。
「エミリー首尾は順調かい?」
「・・・・・」少女は祈りの姿勢を保ったまま僅かに頷いた。
「リズも、リラックスしろとは言わないけど、あまり気負うなよ?」
「は、はいアランさん!」2人よりやや幼い少女はやや緊張の面持ちだ。
杖を持ち何かを祈るエミリーの全身を青い光が包みこんでいた・・・・