プロローグ
「終わったね、エミリー」
崩れ落ちた城壁、その残骸の上に少女が一人たたずんでいる。頭からひざ下まである黒いローブに身を包み、樫の木でできた身の丈より少し短い杖を抱え、黒煙と砂埃の舞う町の方を眺めている。
「王国が長年攻めあぐねていたベルル要塞が一晩で陥落か…これは一つ、エミリーのために新しい勲章でもつくられるのかな」
重なり合った残骸をよじ登ってきた男が少女の横に立ち飄々と語りかける。銀色の髪に緑の瞳、ベージュ色のシャツに厚手の綾織生地のズボンと、およそ戦場に似つかわしくない服装をしている。
「祈りの最中よ、軽口ならあとにして」
素っ気ない返事、少女は振り向かず目を閉じ俯いている。両手で持った杖を握りしめ、何かを祈っているようだ。フードに隠れて表情は窺がえないが、少女の気持ちはどこか曇っているように男は感じていた。
男は口を閉ざすとふと空を見上げる。雲が速く流れていく。その刹那、砂埃が高く舞い上がる。少女の被ったフードもめくられ、肩まで伸びた赤茶色の髪が風になびいている。
その容姿は町ですれ違えば一瞬目を奪われる程度に整っている。ただその美しさは戦場となっている町を見渡せる城塞跡に一人たたずみ、祈りを捧げるという行為には少々不釣り合いで素朴なものだ。少女を横目で見つめる男の頭にぼんやりと、そんな不遜な考えがよぎっていた。
風が止むと同時に少女は祈りを終えて目を開き、握っていた手をほどいた。
「おまたせ」
か細く透き通った声で呟きながら男に目配せをする。男はわずかに笑みを浮かべ頷いてみせる。
少女も小さく頷き返すと、視線を前に戻しゆっくり深呼吸をする。顔をあげて、背筋を伸ばすと杖を持った腕を前に突き出す。そのままゆっくり瞬きをしなが力強く唱えた
「レフォーム!」
その瞬間、杖の先端にある宝石が輝きを放つ。光は少女の体をやさしく包み込んでいく。男は見慣れた眩い光を前に目を細めている。やがて光は少女の全身を眩ませたあと、徐々に輝きを弱め杖の先端に吸い込まれるように消えていった。
「行きましょう、アラン」
今度は力強く艶やかな声が響く。眩い金色へと変わった髪とひざ下まであるローブを風にたなびかせる彼女は、身の丈より少し短い杖を片手に持ち遠くを見つめている。素朴に整っていたその姿は、朝焼けに照らされ神秘的な雰囲気と高貴さを兼ね備えた麗しい魔女へと変貌していた。