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再会

 恋霞を教わることになってから数日。俺は外出することを禁止させられた。

 ランニングは修練場内をただひたすらに回るだけ。景色の変貌が乏しく、徐々に徐々にやる気が失せ、走りたくなくなってくる。


 買い物も自由に行くことはできなくなった。その代わり、俺以外の誰かが俺の欲しいものを買ってくる。

 ただし、思わず女性を連想してしまう品は頼めなかった。


「何故俺は外出しちゃダメなんだ?」


 こうマルクスに聞いたのはもう何回か覚えていない。そして、そのたびに返される我慢しろの一言も何度言われたか記憶にない。

 特別なこともせず、ただ退屈が埋め尽くす日々を過ごす。

 理由のわからない幽閉に俺は何度も疑問をぶつけ、投げつけ、次第にそのことについて考えなくなった。


「そういえば、この世界に来てこんな暇になったことなんてなかったな」


 俺の頭は自分の今までの軌跡を辿り始めていた。勇者としてこの世界に来て、追い出され、ここに至るまで。俺は何度も過去を振り返った。そしてそのたびに浮かぶ疑問に対して仮説を立てていく。

 もしもの世界線を予想し、ありえた今の想像もした。


 そんなある日、そういえば、と思い出したステータスプレートを見た。

 スキルと天職が奪われていたことを確認して以降、見る意味もないと放っておいた物。それを見た瞬間、俺は言いようのない奇妙な感覚に襲われた。


「天職が、ある?」


 俺のステータスプレート上には300から変動していないMP欄と体術と書かれたスキル欄、そして空欄となっていたはずの天職欄に『操聖』の二文字が刻まれている。

 俺は何度も目を擦り、頭を振り、頬をつねったりして何度も何度も見返した。


「なんでだ? 俺の記憶違いか? 違う。俺はあの時の空白のステータスプレートを見た時の衝撃を覚えている。間違いなくあの時、俺は天職も失っていた」


 何時、何が原因で、天職が戻ってきたのだろうか。俺には皆目見当がつかない。

 その時、閉められている修練場の扉が開いた。

 咄嗟に俺は手をそちらへ伸ばし、言葉を吐く。


「『時間操作』」


 扉からマルクスが入ってくる。そして、手を伸ばす俺を見て不思議そうに首を傾げた。

 周囲で稽古をしていた他の獣人もちらちらとこちらを見てくる。

 俺は顔が熱くなるのを感じながら小さく


「やっぱりスキルがないと何もできないのか」


 と呟いた。



 それから1か月。俺は羞恥に悶えながらも日課だけは欠かさず行い、マルクスの攻撃のほとんどを見切れる位まで成長した。そのタイミングでマルクスは俺に外出許可を出した。


「なあ、結局俺が外出れなくしてた理由ってなんだ?」

「実感すりゃ早いで」


 言うや否やマルクスは笑顔のまま俺の目に布をかけた。


「なっ、何すんだ」

「まーまー、暴れんな。大人しくしてたらすぐにほどいてやっから」


 気づけば訓練していた他の奴らも参加しているのか俺の手足は動かないように縄で体に縛り付けられていた。体が浮かび、肩か背中か、人体のどこかに乗せられる。

 ため息を吐く。今まで寝食を共にし、信頼しているからもう何も思わないがなかなかにこいつらは強引だということを思い出す。


 ギィ、と重そうな扉の開く音。砂利を踏みつける音、走っている時の荒い呼吸音。

 視覚の代わりに聴覚が周囲の情報を伝えてくる。


「ほれあんた、ピシッとしい! ピシッと!」

「今日この村までいこーぜ!」

「野菜は足りてるかーい?」


 聞きなれた家の前での夫婦のいちゃつきの声、子供たちの楽しそうな声、人の良すぎるおばさんの声。

 三か月、走り続けて触れ続け、聞き続けてきた周囲の声。宮殿の近くだと確信する。


「なんで、宮殿に?」


 疑問が口をついて出る。


「宮殿? 何言っとるんや。ここは王宮や」


 いや、それイコール宮殿じゃね?

 マルクスの返答に内心で返答しておきながら何故連れていかれているのか適当に想像する。

 真っ先に浮かぶのは王――ダイアとの面会だったがそれはないと心の中の何かが否定する。


 ではなんだろうか。記憶の中をまさぐる。

 そうして思い出した。この中のある一室、黒で埋め尽くされる部屋があることに。


「シェリー......」

「着いたで」


 床に足を着き、目隠しを外され、視界一杯に門が現れる。

 その門は丁寧に札が何枚も貼られ、他者が入ることを拒むような強い圧迫感を醸し出している。


「ここに、シェリーが......」


 俺はもう確信していた。この先にいるのはシェリーだ、と。

 誰の合図を受けるでもなく、俺は扉に手を当て、押し開く。若干の抵抗があったものの、扉はすぐに開いてくれる。


「シェリー」


 少女は、簡易ベッドの上で小さな布を被って寝ていた。部屋の造りは簡潔で部屋の端にベッドが、そのすぐ近くに灯りを置くための小さな机がある以外何もない。

 ベッドの傍らに立ち、シェリーの顔を見る。

 小さな寝息と共に僅かに体が上下している。安らか、そう表現していいほどにぐっすりと眠っている。


「リョウ、ワイらは部屋の外におるから、何かあったら呼び」

「ん、ああ」


 おでこを撫で、ほんのりと朱い頬をつつく。もちもちとした肌が指に吸い付く。

 生きている。目の前にいる。それだけで心が落ち着く。

 不意にシェリーの目がパチッと開かれた。突然のことに驚き、手を放す。

 シェリーは眠そうな目で周囲を見回し、一層目を見開いた。


「......リョウ?」

「お、起こしちまったか?」

「......そんなことない」

「そっか」


 それで会話は終わった。四か月ぶりの会話、話したいことは山ほどある。けれど、何をどう話せばよいのかがわからない。部屋に沈黙が流れる。


「あ、シェリー様起きたのにゃー」


 そんな気まずい空気を割いてシャロが入室してきた。左手には三人分のティーカップ、右手にポットらしきものを携え、シャロは俺の目の前の床に座った。


「リョウ君も久しぶりだにゃー」

「ああ」

「少しがたい良くなったにゃー。マルクスの特訓のおかげかにゃー」

「多分な。あんだけやられりゃ嫌でもこうなる」

「......リョウは、特訓をしていた?」

「ああ。滅茶苦茶にしごかれたよ」

「......リョウは強くなってる。でも私は何もしてない。ただ寝て起きてを繰り返してた」


 シェリーが顔を俯かせる。俺はシャロに目配せし、シェリーをもう一度寝るように促す。

 少し不機嫌そうな顔をしたシェリーだったが少し頭を撫でるだけで簡単に寝入る。何かをするのも疲れるが、何もしないというのも疲れる。もっとも、シェリーの疲れは別の要因が大きいと思うが......。


「また後でな」


 俺はシェリーを残して部屋を出てシャロの手招く隣の部屋へと入った。

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