黒狼
ブックマーク、評価、ありがとうございます。
とりあえず一章完結まで走り抜けてからこの雑過ぎる文章の訂正などを行ってく『予定』です。
ですので今はストーリーの方を楽しんでいただけるといいかな、と思います。
「『時間操作・停止』!」
「『鉱物操作・石槍』」
時を止めて周囲の岩壁からつくりだした槍で体を貫く。
そんな単調な作業で俺は十体近くの異形を葬った。
「神代の寝殿。あの男の口ぶりだと相当高難易度のダンジョンって感じだったけどな」
俺は急ぎ足であちらこちらへ迷路のように入り組んだ複雑怪奇な道を歩いていく。
「狼?」
そんな探索の途中、俺は何かを貪る四足歩行の獣を見つけた。
暗がりにぼんやりと浮かぶ黒い体、四つの尻尾。どうにも普通の狼とは見えないその姿は、俺の背中にうすら寒いものを感じさせる。
「勇者か」
気づいたのか!? どこにも気配を察するようなタイミングもなかったはずなのに。
しかも、俺の正体を見破ってる。隠し通せる相手じゃなさそうだな。
「お前は?」
俺はいつでも時を止められるように準備しながら、彼の狼の前に堂々と飛び出す。
黒く、艶がかった毛並み、野性を灯した鋭い瞳。地面を握りしめる強靭な四肢。
狼がベース。特にキメラのような別の生物の身体的特徴があるとかっていうのはない。
「勇者が来るには時期が早すぎる。だが、この人族であって人族の臭いがしないという特徴は勇者である証拠。勇者よ、貴様の仲間はどこだ?」
「いないよ。俺一人だ」
そういった瞬間、その狼の瞳が変化した。獲物を狩る際の、それへと。
「そうか。ならば、ここで我が君主の敵を減らしておくとしよう」
俺が嫌な気配を捉えたのも束の間。
一瞬にして距離を詰められ、剛爪が振られる。
「はっ!?」
左肩から侵入する切れ味のいい爪撃。それに対し、俺は何もできずに引き裂かれる。
「あっぶね」
なんてことは辛うじて避ける。
死ぬ気になれば何でもできるとよく言われるけど、あの以上に速い攻撃を避けることまでできるとは思わなかったな。
俺は初撃から追撃をしてこなかった黒狼の姿を視界に収めながら攻撃態勢をとる。
壁に手を当て、さもさっきの攻撃が効いているように見せかけ、油断を誘う。
「よくぞかわしたな。称賛するぞ勇者」
言うなり、狼は影に溶けるように姿を消した。姿だけでなく、その存在ごと消えたのではと錯覚してしまうほどに上手いハイド。不安と恐怖が俺の心に圧をかけてくる。
「落ち着け。心を乱せば、隙になる。その瞬間、俺は死ぬ。
とにかく落ち着け。姿が見えた瞬間に反応できるように」
聞こえもしないはずの足音が周囲から聞こえる。見えるはずのない影が辺りにいくつも見える。
まだ、怖がってる。
「『感情操作』」
俺は小声でスキルを発動させ、無心になる。先ほどまでの幻聴や幻影は消え、静寂だけが空間を満たしている。
「......いなくなったのか?」
あまりの静けさに、俺は壁から右手を離し、無警戒に周囲を見渡す。
ただの暗闇に光る眼光は見当たらない。
別の場所に移動した、かな。
刹那、何かが風を切る音が微かに俺の鼓膜を叩いた。
「『時間停止』!」
反射的に時を止め、俺は即座にその場を離れる。俺のいた場所には爪を振りかざした狼の姿。
こいつは今、ここでやらなきゃだめだ!
俺は地面に手をつき、どこかの錬金術師同様の仕草でスキルを発動させる。
「『鉱物操作』」
いくつもの石槍が地面を走り、黒狼の姿をめった刺しにしていく。
もういいだろう。勇者について知ってそうだからいろいろと聞きたかったんだけど、仕方ないか。
「時は動き出す」
止まっていた時間が動き出し、串刺しにされた黒狼が血反吐を吐いて倒れこむ。だが、その目は未だに煌々とした光を放ち、俺を威嚇していた。
「流石に、勇者、か。我が攻撃されるまでの一切の動きが、見えなかった。今世の勇者は、強いのだな。我が主も、相当な苦戦を強いられるだろう」
俺が近づいたとき、狼の瞳に宿る光は弱々しくなっていた。もはやどこを見ているのかさえ分からない焦点の合わない瞳は死んだ魚のように濁り始める。
俺は静かにその瞳を閉じる。
敵。おそらく魔王の手下だったんだろうな。俺がこんなチート能力さえなければ相当な数の勇者を殺せたと思う。だから――
「だからさ、お前は強いよ。俺に負けたのは偶然だ。自分は強いっていう誇りをもって死んでくれ」
「ふん。敵に情けをかけられるとはな。我も堕ちた。最後に言っておくぞ、勇者よ。我が主は、敵が強ければ強いほどに、自信を鼓舞し、強くなられる。勇者がどれだけ強かろうとも我が主には勝てぬ」
言い切った直後、ガクリと首を落とした黒狼に俺はもう一度鉱物操作で槍を作り、背中に突き刺した。
硬い筋肉を槍の穂先が侵食し、切り裂いていくのを手先に感じながら、狼の体を槍に突きとおす。
なんか、地球で人間がやってるのと同じだな。
生けるものを殺し、自身の命へ取り込む。時には必要に駆られて、時には私利私欲のために人は他種を殺す。
「そういう意味で、人って生き物は何も変わらないんだな」
狼の死体を担ぎ、俺はまた別の道へと歩き始める。
「......そうだよ」
背中に声をかけられる。
「......人間は、幾年もの年を経ても、本質的に変わらない」
振り向いた先にいたのは、頭から小さな角を二本生やした小学生ぐらいの女の子だった。




