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地獄の様な1日

冷たい何かが顔にかかっている。

そう認識した瞬間、目を覚ます。


「何寝とるんや」


目を見開いた先には歪んだマルクスの顔。

俺は圧に驚き跳ね起きる。マルクスの顔は怒りこそないものの明らかに雰囲気が違う。


「えと、これはですね......」


 冷や汗が流れた。笑うつもりもないのに頬がひきつる。


「今日の対面戦闘は終了や」


 怒声を浴びせられるものだとばかり思っていたが、放たれた言葉は違った。あれだけ厳しくする厳しくすると言っていたのに、と思った瞬間、とんでもない一言が放たれる。


「代わりに、国土20周。特に王宮周りは長時間滞在するように努めろ」


 首根っこを掴まれ、俺は修練場の外へと追い出された。

 あまりにも意外過ぎる展開に俺の脳内から?は消えない。

 しかし、修練場の方を向いても閉ざされた蝶番の門があるだけ。中に入ろうにもカギがかけられ開けられない。


「20周......? いやそもそも国土ってどゆこと? 国境? それとも本当に隈なくってこと?」


 マズい。何もわからない。


 俺はあの時自身の欲に任せて目を閉じた自分を呪い殺したくなった。


「いや、まあ、行くしかないか。初回だし、わからないことがあっても聞くことができない。

 これは指導、監督の方に責任がある! よし、行くぞ!」


 徐々に朝の陽ざしが差し込み始める周囲を見ながら、俺は王宮の方へと走り出した。


 王宮への道中は、露店の準備をする獣人達で少し賑わいがあった。

 注意深く見てみると物々交換をしているのか自分の商品を他の店へと持参したりしている。


「やっぱり売り手って大変なんだな」


 ゆっくりと温まり始めた体を動かしながらそれらの様子を見ていく。

 その時気づいた。俺が彼らを好奇の目で見ているのと同様、彼ら彼女らも俺のことを奇異の目で見ていた。

 表情までは読み取れないが、あまりいい印象を持たれていないことだけはわかる。

 俺はランニングのペースを上げ、早々にその場を去った。



「あ、地図とかあるのか。意外だ」


 露天商の立ち並ぶ道を抜け、王宮にたどり着いた俺は、道外れに張られたこの国の地図を見つけた。

 砂を少しかぶったり、所々薄くなったりしているが、読めないほどではなかった。


 王宮を中心として形成される円状の国。ほぼ一定の間隔を持って街が並んでいるのか。

 ん? でもこれ街と街を繋ぐ道とかあるのか? この地図に書かれてないけど......。


「ァァァァァァァァァ!」


 不意に、叫び声のようなものが王宮の中から聞こえた。

 そちらを見れば窓のある一室だけが光に照らされてもなお黒く染まっている。


「ァァァァァァァァ!」


 声は、その部屋から聞こえている。

 少女の叫び声に酷似している叫び声だった。王宮、黒、少女。それだけで脳裏には彼女の姿がちらつく。


「シェリー......だよな」


 俺は頬を叩き、気合を入れる。


 シェリーだって苦しんでいる。シェリーが苦しんでいるってことはシャロも無理をしてる。

 ......世話になった奴らが必死になって頑張ってるのに、俺がなあなあでやっていてどうする?


「呪いの苦しみなんてわからない。だけど、それは全力でやらない理由にならないよな」


 クラウチングスタートの構えを取り、俺は全速力で駆け出す。

 王宮の周りを3周し、記憶に刻んだこの国の地図を何度も反芻し、最短のルートを考えながら。


 そのころには既に、朝陽が昇っていた――。




「た、ただいま、帰り、ま、した」


 最後の力を振り絞り、木製の扉を叩く。意識が遠くへ飛んでいくような感覚が再び体を襲っている。

 扉の奥で鍵を開ける音がした。疲労を訴える脳を無視して顔を上げた先には、驚いた様子のマルクスが立っている。


「お、終わったのか?」


 信じられない。そんな顔をマルクスは崩そうともしない。いや、崩せないのかもしれない。

 時刻はおそらく17時か18時。夕陽が真っ赤に世界を照らしている。


「と、とりあえず入れ」


 マルクスが俺を抱えて修練場の中に入る。

 その瞬間、俺に視線が集まる気配がした。

 首をもたげて周囲を見れば、それは間違いではなかったと確信できる。


「え、あいつ本当に20周したのか?」

「まさか、早すぎる」

「ジャガットでさえ一日かかるんじゃなかったっけ?」

「でも、帰ってきたってことはそういうことなんじゃ......」


 俺はゆっくりと床に寝かされ、俺の視界に収まる位置にマルクスが座る。


「この国はどうやった? どう感じた?」


 抽象的すぎる質問がマルクスから投げかけられる。

 普段の俺ならさあ、と適当に流していただろう。

 だが、もう俺は何も考えたくない。自然、見たもの全てを口が語っていた。


 王宮から離れれば離れるほど人族への嫌悪や敵対心を持った人物が少ないこと。

 人族領の近くには非戦闘員、魔族領近辺には戦闘を心得たものが多いこと。

 国として全員の考えが歪すぎること。

 地域同士の繋がりにも強弱があること――。


「そうか。今日は腕立て腹筋100回でええ。それ終わったらワイに教えてくれ」


 見たものを語る間、マルクスの表情は柔らかくなっていた。

 このまま今日は寝て良いという流れかと思っていたが、やはりそう上手くはいかないらしい。


 全力疾走によって筋繊維を消耗した体に筋トレはキツく、終わるころには修練場に自主練をする者しなかった。


「終わりました」


 声を雑に吐き出し、マルクスを呼ぶ。

 休憩場の扉が開き、高速で円運動する何かを持ち、マルクスはこちらに近寄ってくる。


「よし、じゃあ今日はこの中から一語読み取れたら終了や」

「え?」


 俺はマルクスの指さすものを見る。しっかりと観る。

 白い円環の中に、黒い線が浮かんでいる。


「ま、まさか......この字を読め、と?」

「おう。今日は初日だから軽めの奴だ」


 マルクスの常識外れの常識に、俺の脳は壊れそうだった。



 ――――結論だけ言おう。俺はその晩、寝ることは叶わなかった。

ブックマーク24件、ありがとうございます。

不定期に更新してますが、これからもどうぞよろしくお願いします

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