獣王ダイアの一言
「そんなことはあり得ない」
シェリーが生きている可能性。それをマルクスは真っ向から否定した。思わず何を言っていると叫ぶ。
その時のマルクスは自身の右拳をじっと見つめていた。
「あの手ごたえは間違いなく殺した手応えや。そして、死をなかったことにする方法はない」
マルクスは歴戦の兵士。相手が死んだかどうかは簡単にわかるんだ。でも、それはシェリーの生きている可能性全てを否定することにはならない。
世の中は何が起こるかわからないんだからな。
「......自分が殺した死体を見るのが怖いか?」
マルクスの耳がピクリと動く。
「怖くないなら、見に行くぞ。お前ら獣人にとっても、俺にとっても、シェリーは大事な存在だ。だったら、生きている可能性を追い求めるのは別におかしなことじゃないだろ」
「......わかった。そこまで言うなら行こう」
マルクスは小さくため息をつき、俺と一緒に外へと出た。外に出ると空気の盛り上がりはさらに大きく感じる。マルクスの耳と鼻がひっきりなしに動き、その場所を指し示す。俺は走るマルクスに付いていった。
「シェリー様!」
たどり着いた場所は、やはり先ほど俺たちがいた場所だった。気絶していた獣人はほとんど目が覚め、ある一点を見つめていた。そこにはシャロが少女の体を揺さぶっている。白い短髪。見えたそれだけで俺の脳内が答えをはじき出す。
「シェリー!」
「そんな、バカな......」
獣人の囲いを抜け、シェリーに駆け寄る。シェリーは、目を閉じ、寝ているようだった。その光景に安堵が心の中に広がる。服も地面にも血は付いていない。『魔血の真慰』の予想が確信に変わり始めていく。
「リョウ君、聞きたいことがあるの」
「何?」
シェリーの心臓が動いていることを確認し、シャロを見上げる。シャロは、泣いた後のように充血した瞳で俺を見下ろしている。
「シェリー様の腕が治らないのは、なんで?」
その言葉にシェリーの左腕を見る。肘から先は治っていない。切断面には紫の膜。何も変わっていない。
「......俺にもわからないんだ」
「なんで!? シェリー様と長くいたのはリョウ君でしょ!?」
「シャロ、それは呪いや」
相変わらず語尾が消え、感情が激しく揺れているシャロを途中から割り込んできたマルクスの声が静止する。マルクスはじっくりとシェリーの腕の切断面を眺め、小さくうなずく。
「間違いなくこれは呪いや。それも、相当強い怨念が込められとる......心当たりは?」
「シェリーが腕を切断したのは隻腕のゴブリンだ。あの時以来、シェリーの右腕は治らないままなんだ」
そうか、とだけ呟きマルクスは獣人の一人を呼び寄せ、遠くに見える宮殿へと走らせた。
「獣王ダイア様を呼びに行かせた。魔族と直接連絡をとっていただき、シェリー嬢の呪いを解呪する」
「シャロじゃだめなのか? シャロ、俺の怪我、治してくれたよな。同じようにできないのか?」
「系統を考えろ、バカ野郎」
マルクスの鍛え上げられた鉄拳が頭を強く揺さぶる。その痛みに頭を押さえつつ、俺の脳内では系統とはなんだ、と何度も自問が行われていた。
「シャロは自身の体を過剰に活性化させ、その必要以上に活性化したエネルギーを対象の体へと移す、身体回復系だ。だが、シェリー嬢が今かかってるのは呪い。精神や魂に何かを媒体とした楔を打ち込み相手の行動を縛ったり誘導したりするようなものに効くのは精神回復系だ」
「シャロができるのは体の欠損とかを治すことだけってことかよ。......他に呪い解けるやついないのか?」
「この国にはいない。だから今ダイア様を呼んでいる。シェリー嬢は魔族の者。獣人と魔族はそこそこ良い関係を築いている。事情を話せば解呪はしてくれるはずだ」
解呪は魔族の専門。......魔族? 俺の匂いが付いているからシェリーは故郷へ帰れないんじゃないのか? 人族を毛嫌いしている魔族に、人間の匂いが付いたシェリーが帰っても嫌われるからシェリーは俺と一緒に行動してたんじゃなかったか?
なら、ここに魔族を呼んだら......。
「マルクス様! ダイア様を連れて参りました!」
息を切らして膝を地面に着く獣人の背中に小学生位の身長のライオンっぽい獣人が乗っていた。その獣人は杖を持ち、ヒョイっと地面に降り立つ。大して威厳もなさそうなその獣人だが、地面に降り立った瞬間、圧倒的な存在感を放ち始めた。
「ダイア様、お忙しいところお呼びだてして申し訳ありません。この度は獣魔間における大問題に発展する可能性を考慮し、早急にダイア様のお力を借りる必要ありと判断いたしました。
ダイア様もシェリー様のことはご存じでしょう。彼女は今怨恨の呪いを受けております。放っておけば民にも危険が出ましょう。下手をすれば私が殺しかねません。お願いでございます。魔族側から解呪の専門家を呼んでいただけないでしょうか?」
膝をつき、普段とは全く違う硬い喋り方をするマルクスの頭をに手を置き、獣王ダイアは首を振った。
その瞬間、その場にいる誰もが衝撃に目を見開き、絶望に顔を落とした。
「魔王と話をしてきた。答えは『無理』じゃったよ」
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