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強くなりたい

「......リョウ、大丈夫?」


 目が覚めた先、シェリーの紅眼が俺の目を覗いていた。気持ちに昂ぶりでもあったのか、瞳の奥は微かに輝いている。


「大丈夫、だ」


 後ろ髪を引かれているような思い頭を起こし、知らず知らずのうちにかいていた汗にまみれた額を拭う。


 なんだったんだ、あの夢?


「......悪い夢でも見た?」

「悪い夢......うんまあ、そうだな」


 二つの勢力のぶつかり合いを避けろ、か。本当に、どういう意味なんだ?

 あの未来視みたいな能力で得られる知識は曖昧過ぎる......。


 夢の中で得た情報をゆっくり整理する俺の頭に小さく暖かいものが乗る。見れば、シェリーが俺の頭を撫でるように手を動かしていた。


「......怖がらなくていいよ。リョウの傍には私がいるから」


 別に、夢を怖がってるわけじゃないんだがな......。


 多少の気恥ずかしさを覚えながらも、悪い気はしなかった俺はされるがままにシェリーの行動を受け入れた。


「......そういえば、リョウ。早く帰らなくていいの?」

「帰りたいけど、帰れないが正解かな」


 鎧の紅眼の男が脳裏に浮かぶ。


 俺が生きて帰ったら、あいつはたぶん俺を殺そうとする。操聖は排除しなきゃならない、みたいなことを言っていたからな。操術のスキルを使えなくなったとはいえ――


 俺はステータスを見る。職業の欄に書かれた操聖の二文字は健在。


 ――俺が操聖であることは変わっていない。


「......ほかの勇者と仲が良くない?」

「いや、そんなことはないよ。ただ、どんな状況下でもあいつのもとに帰りたいって熱望するほどのやつはいないんだ」


 あれ? じゃあ俺は、なんであの国に帰ろうとしてたんだ?

 あの鎧の男が魔族だって確信して、あいつらが殺されるかもしれないからそれを警告しに行く......?

 たかが一年の付き合いの相手に、自分の命の危険を顧みずに?


「......もしかして、今リョウに力がないことが原因?」

「そう......だな」


 あの時、みんなを助けようと思ったのは、俺にチートといっても過言ではない力があったからか?

 今俺は、無意識のうちにみんなを助けることよりも、自分が生きることを優先してるんじゃないか?


「でも、仕方ないんだ。今の俺があそこに戻ったところで、何かが変わるわけじゃない。仮に危険を知らせても、みんなが信じてくれる確証もない」

「......リョウは、現実をよく見れてる」


 ふいに、シェリーの手が止まった。じんわりと頭を中心にシェリーの温もりが伝わってくる。


「......そんなリョウだから、あえてハッキリ言う」


 シェリーと視線が被る。幼い顔が険しくなる。何を言われるのか、心臓の鼓動が徐々に徐々に早くなっていく。


「......今のリョウは弱い。だから、何も変えられない。リョウが今まで突き通してきた考えは、もうぐにゃぐにゃ。

 みんなを助けたいって思うのはいいと思う。仲間を大切にするのは、当たり前のことだから。でも、力もないのに助けたいっていうのは、迷惑。それなら、まず自分が死なないようにするべき」


 ふう、と一息ついて、シェリーは俺の頭を二回叩いた。そうしてそのまま何も言わずに外へ出ていく。俺は、朝の光が僅かに差し込む部屋の中に一人で座り込んでいた。


「自分よりも幼いやつに弱いって言われると、傷つくな......」


 でも、シェリーが言ってることは正しい。自分の身も守れないような奴が、他の奴らを守ろうなんて無理な話なんだ。


 ふと、シェリーの寝ていたソファアに視線を送る。そこには切り離されたシェリーの肘から先の前腕が置いてあった。途端に俺の体に後悔が押し寄せる。昨日の出来事が脳内に何度も流れ、何度も何度も、シェリーの肘先が飛ぶ。

 胸が焼けるように痛む。息苦しくなって四つん這いになる。


「はぁ、はぁ......。そうだ。俺は......」


 シェリーの前腕を抱え、立ち上がる。胸苦しさは未だ健在。けれどもそんなものを忘れるほどの決意が俺の胸の中に再び湧き上がっていた。


「強く、なるんだ。誰一人として、傷つくことのないように。誰も、失わないように」


 俺はボロボロのリビングを出て、軋む廊下を渡り、少しカビの生えている扉を開け、外に出る。そうして――


「シェリー?」


 ――小屋の前に数えるのもばからしくなるほど大量に展開されている火の槍を見て茫然と立ち尽くした。


「......『フレイムランス』」


 俺の思考が真っ白に染まると同時、火の槍はその穂先を俺のいる玄関に向けた。その火の槍群の中央に立つシェリーは普段の無表情のまま腕を持ち上げ、無情にも振り下ろす。


「は!?」


 同時に射出された火の槍は壁かと見紛うほどの密度で勢いよく迫ってくる。


 なんで俺こんな状況に晒されてるんだ?


「シェリー! これはなんだよ!」


 叫んでも、シェリーは反応しない。まるで、他人に乗り移られたかのようだった。


 やるしかない。何が起きてるのかわからないけど。決意を決めた瞬間に即死亡なんて笑えねえ。

 幸い、同時に見えるけど僅かに躱すためのスペースがある。

 極限まで集中して、全部躱して、シェリーを乗っ取ってるやつを捕獲する!


「うおおおおおおお!」


 目で原型を捉えることさえ難しい速度で火の槍が飛来する。それを左に、右に、前進しながら躱していく。何本もの槍が横腹を掠め、そのたびに火傷のような痛みが奔る。


「あと少し」


 火の槍の数はシェリーに近づくたびにその数を減らしていた。足に力を込め、駆け出す。

 残り2m。もはや弾幕とは言うことのできない火の槍数本が俺目掛けて放たれる。

 それをある程度の余裕を持って避け、シェリーの体を地面に押し倒す。


「捕まえた! お前、誰だ! シェリーの体を使って何しようとしてた!」

「......リョウ、痛い」


 俺は返ってきた声がいつものシェリーのものと全く変わっていないことに気づいた。頬をペチペチと叩くとめをほそめ、頬を膨らませる。


「あれ、シェリーだ?」

「......リョウの決意が本物だってわかった」


 シェリーは片手で器用にバランスを取りながら立ち上がり、俺の目を真っ直ぐ見てそう言った。俺の頭には ? が大量に発生していたが、一先ずシェリーが何ともないことに安堵する。


「俺の決意が本物って?」

「......さっきのフレイムランス、強い目的がなかったら躱そうとしなかったと思う。リョウは必死に避けた。だから、決意が本物だってわかった。......強く、なりたいんでしょ?」


 小さい口を微かに緩ませ、シェリーは俺の手を取った。


「......強くなれるところに、連れてってあげる」


 そうして燃え盛る小屋を後に、森の中をズンズンと歩いていく。俺は、シェリーに連れられるがままにその後ろを歩いていく。


 強くなれるところ......?


「......あ、言い忘れてたけど仲間を信じてあげることも、すごく大事」

「え、あ、うん」


 もしかして、シェリーは、俺ならあの攻撃を躱せるって信じてたのか? ......いや、だとしてもあれはないだろ!?


 怒るべきか感謝すべきか、もやもやとした感情を抱えながら、昇る太陽を右手に見ながら俺達は歩いて行った。

これにて、一章終了です。


次の二章は10月頃に投稿する予定です。投稿しない期間が長くなりますが、許してください。今が進路の一番大事な時期なので......。

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