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小屋に潜む黒い影

「うお、確かにボロボロだな」


 シェリーにぶら下がって空から見下ろした木造建築の家は所々苔生し、虫の食ったようなあとが複数個所見つけられた。だが、雨風を防げる程度にはしっかりとしていた。


「......でも、野宿するよりはマシ」


 シェリーの言葉に俺は小さく同意を示し、小屋の入り口の前に降り立った。意外なことに、入り口には苔や虫食いなどは見当たらなかった。


「んじゃ、入るぞ」


 ドアノブに手をかけ、ゆっくりと押す。ギィという錆び付いたような音を発しながら、扉が開き、無数に張られた蜘蛛の巣が目に留まる。

 主である蜘蛛はいないが、どこか不潔感を感じた俺は、シェリーに本当に入るのか? という視線を投げる。


「......『ウィンド』」


 シェリーはため息をつき、強風を小屋の中へと放出した。瞬間、蜘蛛の巣はちぎれ、そこらにあった埃をかぶっていた便や壺やらが倒れ、破砕音が連鎖する。ほこりも一斉に巻き上がり、あちこちから奇妙な虫が這い出てきた。


「うっそだろ、この小屋!?」


 足元に一斉に群がってくる黒い蟲たちに俺は鳥肌がたった。


 なんで地球から離れてもGの恐怖から逃げられないんだ!?


「......『ウィンドドレス』」


 直後、シェリーが足元にいた蟲を吹き飛ばした。蟲たちは空高く舞い上げられ、不可視の刃によって細断される。ぴくぴくと痙攣したようにせわしなく動く蟲の残骸が辺りに散らばる。


「しぇ、シェリー、本当にここで休むのか......?」

「......うん。多少虫は多いみたいだけど、住めるから問題ない」


 言うなりシェリーはずかずかと小屋の中へ入っていく。


 か、価値観の違い、いや生活環境の違いだろうなあ......。


 俺は入るのを拒む心を捨て、木製の穴あき床へと足を踏み入れた。一歩歩くごとに床がきしみ、カサカサと何かの動く音がする。


 日本にあったら幽霊屋敷として一大スポットにもなっていたかもしれないな。


「......リョウ、少しここ問題あるかもしれない」

「どうした? 虫なら俺はもうあきらめたぞ......なんだ、それ」


 玄関からつながる廊下を渡り、一つの大きな部屋に出たところでシェリーは立ち止まっていた。ふと頭の上からその先を覗けば、白い何かが落ちていた。


「......多分、骨。それも人間の」


 おい、マジもんのお化け屋敷じゃねえか。


「......そして、その奥、血だまりにノコギリが落ちてる」

「何かと、戦ったのか?」


 いや待て。『血だまり』の中に?


 俺はシェリーに光源を出してもらい、その先、シェリーが血だまりがあると言った場所に掲げてみた。長い時が経てば血は床を形成している木に吸われ、液体としては残らない。だが、俺の視線の先には、液体のままの流れ出てまだ間もないような血液でできた血だまりがあった。


「シェリー、逃げよう。この暗闇の中で襲われたらひとたまりもない」

「......うん。そうは思うけど、出るのも危険な気がする」


 直後、部屋の棚が微かに物音をたてた。


「ダメだ。もうロックオンされてる!」


 俺は棚を正面にして足を開き、腰を落とす。両腕の力を適度に抜き、深呼吸。


 中二病時代に考えた最強の構え(笑)。隙だらけ過ぎて何度も何度も柔道やってたやつに投げられたっけな。でも、今はこんなふざけた構えでも取っておかなきゃ死ぬ気がする。


「......リョウ、絶対にその場から動かないで」


 シェリーが棚の奥へと火を放つ。直前に黒い影が入り口付近へ移動、だがその先へもシェリーは火を放っていた。シェリーの放った火炎の球は黒い影に命中し、その体をいとも容易く消し炭にする。


「シェリー、敵は複数いる。俺も戦った方が」

「......さっきのあいつみたいに焼け焦げにしちゃうかもしれないからダメ」


 そういわれた俺の体は、動こうとする意志すら忘れて棒立ちしていた。

 部屋の中央でシェリーが舞でも踊っているかのように華麗に飛び跳ね、指揮者のように腕を振るう。

 それだけで部屋に明かりと断末魔が生まれ、すぐに闇に吞まれて消えていく。


「......ん、これでこの部屋にはもういない」


 言うなり、シェリーは天井にぶら下がっているランタンに火をつけた。暖かい光が部屋を包み、荒れて煤けた部屋を照らす。その部屋の中には白い骨がむき出しになった人間の死骸が一つ。


 これか、さっきの血だまりの原因は。


「......これ、直前に殺されたわけじゃないと思う」

「え? いやいや、そんなわけないだろ。液体の状態で血がたまってるんだから」


 俺の指さす方向をシェリーはチラリとみて首を横に振った。


「......あれは塗料。昔お姉ちゃんと遊んでた時にあんなことになった記憶があるからわかる」


 そんなばかな。


 俺は骨が剝き出しになっている死体を嫌々跨ぎ、奥にできている赤い池に手を入れる。

 べっとりとした感触とともに手に液体のような何かがついた。

 光にかざし、よく見てみる。


「あ、ペンキだな。血の臭いも全然ない」

「......ね?」


 どこか自慢げに口角を上げ、薄い胸を突き出すシェリーに、俺は軽いチョップをお見舞いする。


「んじゃあさっきシェリーが殺したのは?」

「......多分ゴブリン。知性ある魔物の動きだった」


 ゴブリンはどの世界でも多少の知性があるのか。


「......リョウ、私、今とんでもないことしたかもしれない」

「ん? 何したんだ?」


 シェリーがしたことに何かマズいことでもあったか?

 俺を守ってくれたことしか思いつかないんだが......。


 コン、と窓に何かがぶつかる音がした。

 それにシェリーがものすごい勢いで反応し、俺の手を引っ張る。


「......リョウ、上に上がる」

「え? ちょ、」


 俺の体はいともたやすくシェリーに引きずられ、二階に連れてこられた。

 二階に上がってすぐ、シェリーは窓を覗き見る。


「どうしたんだよ、シェリー」

「......ゴブリン御一行様、帰宅」


 俺も窓から外をこっそり見下ろす。

 そこには、周囲の木々に隠れている黒い影の集団があった。

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