傷の無い体
人間は心臓をつぶされても少しの間生きているらしいです。
即死させるなら脊髄的な場所を強打するのがいい......らしい
息苦しい。そして、狭苦しい。なんだ、俺はどうなってるんだ?
咳払いと同時に、口の中に血の味が広がった。俺は迷わずそれを吐き出す。
黒くなった血が白い布にかかった。
白い布......?
少しきつめの拘束をなんとかどかし、上を見る。白い布、それの出先を俺は探した。
それはすぐに見つかった。俺が視線を上げたその先に、口元から血を流し、俺に覆いかぶさるように倒れているシェリーがいた。
「シェリー?」
生気のない瞳で虚空を見つめるシェリーの名前を俺は呼んだ。
返ってくる言葉や、小さな動きもない。
「ジル、か?」
シェリーの体を退かし、立ち上がる。その際、手に何かが当たった。視線を落とせば手首から雑に切り落とされたような小さな手首が転がっている。
「ジル、だな......」
こみ上げる怒りと吐き気を緊急事態という事実で抑え込む。
シェリーの左腕の先に、あるはずの手はない。切り口からは今なお大量の血液が流れ出ている。
止血だ。早く止血しなきゃ。
「『細胞活性』『治癒力強化』」
おびただしい量の出血をするシェリーの手首に触れ、俺はスキルを発動する。
だが、シェリーの出血はおさまらない。
「まさか、俺以外に治癒の能力は働かないのか!?」
焦る気持ち抑え、俺はシェリーにスキルを使い続ける。
待て。なんでこんなに変化がないんだ? 細胞活性で傷口はもう少し反応してもいいはずなのに......。
まさか、死んだら、効果がないのか?
「シェリー、シェリー!」
いや、違う。そんなはずない。おそらく今のシェリーに生きようとする意志がないからだ。
手術が成功しても治らないなんて医療でもよくあるって聞いたことがある。
「シェリー、起きろ! 意識を保て!」
シェリーの耳元で叫ぶ。直後、シェリーの耳が微かに動いた。
大丈夫だ。まだ生きてる。
「今治すから、しっかりしろ!」
シェリーの左腕に触れる。
普段は不快になるドクドクと血が流れる感触が今は安堵となって俺の心を落ち着かせる。
「......リョウ、生きてる......?」
シェリーの震える手が俺の頬を撫でた。俺はその手をつかみ、シェリーの顔の前に移動する。顔と顔が触れ合う距離。少し動けば簡単に体が触れ合う距離。
「俺は生きてる。だからお前も、生きろ」
直後、周囲に散らばり、土に染み込んだ血液とシェリーの左手が空中に集まり始めた。
シェリーの体から流れ落ちる血は止まっている。
「なんだ、これ?」
空中で血液がシェリーの左腕の切断面に流れ込み、それにふたをするように左手がシェリーの腕にくっついた。
シェリーの死にそうだった顔色も治り、目には生気が、四肢には血が行き渡る。
何、これ。
「......リョウ、何かした?」
シェリーの問いかけに俺は首を横に振る。明らかに俺の知る細胞活性や治癒力強化の光景ではなかった。
治癒というより今のは再生だな。
「......そう」
俺はシェリーが俺の胸元を見つめているのに気が付いた。シェリーの視線をたどり、視線を胸に送る。
そこには、第二ボタンがあった場所に大きく穴の開いた、じっとり湿った制服があった。
「俺のも、治ってる?」
俺は確か白い腕に胸を貫かれて......。
「......リョウ、おなかすいた」
「ん、ああ」
相変わらずマイペースだな。死にかけてたことに対する恐怖はないのか?
いや、それを言ってしまったらここまで冷静に現状を見れる俺も異常か。
「とりあえず、スキルで満腹中枢でも刺激しとくか」
俺はシェリーの頭に手を置き、スキルを発動させる。
その際触れた小さな双角が微かに振動していた。
? なんか、手ごたえみたいなのがなくなったな。
「......リョウ、お腹空いたまま」
「あれ? んーとりあえず村とか探そうか。ご飯探しだ」
シェリーは小さくうなずき、さもそこが定位置であるかのように俺の背中に飛び乗った。
外だとスキルが使いにくくなるのか? それともスキルを使うには本当は何か条件が必要だったりするのか?
......わからないや。シェリーに聞きながら村でも探すか。
俺はシェリーを支えながら木の少ない方に向けて歩を進めた。