声(シェリー視点)
もう気づいているかもしれませんが、主人公たちが楽に無双する日はまだまだ来ません......。
「......あぅ、」
綺麗な緑の草むらに紅い血が流れていく。私はその光景を地に倒れたまま見続けていた。
「......リョウ」
胸の奥が、熱かった。締め付けられて、苦しかった。今までにも、こんな経験は何度かあった。でも、今回のそれは、過去最大級の物だった。
「さてと、僕の役目はおしまいだ。シェリー・ゴルデヒア、彼は辛うじて息をしている。しぶとい生命力だが、それもいずれ尽きる。最後に、お別れの言葉でも交わしたらどうだい?」
ジルと名乗った人の形をした化け物は、光の粒子となってその姿を消す。
リョウに視線を移した。けれども、リョウが動く気配は感じられない。
「しぇ、りぃ......」
私はガバッと体を起こし、リョウのそばに駆け寄る。リョウの体は背中から腹部にかけて直径10cmほどの穴が貫通していた。
リョウは、何度も苦しそうな顔をし、そのたびに大量の血を吐き出す。
「......もう、喋らないで。死んじゃう」
『別にいいじゃん。また新しいやつを探そう』
不意に、聞いたことのない声が私の耳を叩いた。周囲に人はいない。
けれども確実に、私は声を聴いた。
「どこ、だ?」
リョウが、首をあちこちへと回していた。正面に私はいるのに、リョウには見えていない。その現状が私の心を深く抉る。
「......ここ、ここにいるよ、リョウ」
リョウの動く頭を押さえ、胸に抱きよせる。リョウの荒い息遣いと、流れ過ぎた多量の血の暖かさが私の胸元を湿らせていく。
胸が、さらに締め付けられた。
「短い間、世話になった」
空気の抜けるような、かすれた声でリョウは一言、そう言った。その時の表情は私の知っているリョウの笑顔の中で、最も柔らかく、最も悲しい笑顔だった。
「......ょぅ......」
喉に、何かが詰まって、声が出ない。
「最後に、お前、みたいなかわいい子に、抱かれて死ねるなんて、ほ、ん望だよ......」
リョウから聞こえる呼吸の音がか細くなっていく。
リョウの手先がしぼみ始め、色白になっていく。
こぼれ出ていく血液の量が少なくなっていく。
『こいつの命はおしまい。次の仲間を探そう』
「......ゃだ」
また声が聞こえた。この声は何なんだろう。大事な仲間が殺されたというのに、感情的にならず、こうするべきだという決断を強引に送ってくる。
「......リョウがいなくなるなら。私も」
なんで、リョウにここまで執着するんだろう。替えなんていくらでもいるのに。
『ほら、今までと同じだ。死者に寄り添う意味はない。使えるものを探し、役立つ仲間を見つける。そうすることが、死なないコツ』
わかってる。わかってるけど、嫌だ。
なんで、私はこんなにリョウに固執するんだろう。
「......リョウ、私もそっちにいく」
――それはたぶん、私を仲間として見てくれたからだと思う。
左手首を口元に持ってくる。
――フェンリス以前の人達は、仲間でありながら、どこかお父さんに怯えてたところがあった。
左手首を鋭く伸びた歯で固定する。
――怪我をさせてはいけない。そんな恐怖から、彼らは仲間というよりも護衛という形に変化していった。守られながら、死の危険性のない冒険をする。それが、つまらなかったんだ。
口の中に、血の味が広がった。痛みと恐怖に歯が震える。
――そんな常識をリョウは壊してくれた。仲間として接し、仲間として扱ってくれた。頼ってもらえた。私の執着は、多分この感情だ。嬉しい。その感情だけが、私をリョウに執着させる不断の鎖なんだ。
私は覚悟を決め、自分の胸元で息絶えそうなリョウの姿を見た。直後、私の手首から鮮血が噴き出しす。背筋に鳥肌が立ち、一瞬にして体から力が抜ける。
左手首が地面を転がり、リョウの手と重なった。
「......リョウ、一緒に、いてね」
脂汗が目に入る。私はリョウの頭にかぶさるように姿勢を整えた。
そうして――
「シェリー?」
――薄れゆく意識の中、私の名前を呼ぶ声を聴いた。
シェリーの名を呼んだのは誰なんでしょうか?
シェリーとリョウの命は助かるんでしょうか?
あ、どうでもいい話ですが前話でリョウの追放された理由が分かった方、多いんじゃないかなって勝手に思ってます。