腐蝕領域の絶対者
俺は思わず自分の見ている光景を疑ってしまう。
いや、この状況を嘘だと思い込みでもしないと頭がパンクしそうだった。
体は、あそこでボロボロになってる。なのに、本体はこっち?
「言っただろう。最強である俺が、この程度で死ぬものか、と」
「グレン・アーカイブ、なのか?」
別の魔族なんじゃないのか? さっきまで黒かったのに、今度は白い体。グレン・アーカイブという魔族は死に、彼を慕う何者かがグレンの真似をしているんじゃないのか?
「何を分かり切ったことを聞く。グレン・アーカイブ以外の何物でもあるまい。
ただし、坊主が知っている俺とは、少し違うがな」
グレンは、ゆっくりと地面に降り立った。瞬間、地面が腐り、穴が開く。
毒か!
「シェリー、俺ごと飛べるか?」
「......任せて」
俺はシェリーを背中に背負う。直後、シェリーはの体とともに俺は空中へと浮かび上がる。
「俺の知っているお前と違う?」
「そうだ。各属性の法撃を知り、すべてを知った気でいる人間には、理解できるはずもない技術を用いることで得られる変化。それを俺は習得している」
つまり、その特殊な技術によって今生きているってことか。
「シェリー、戦って勝てると思うか?」
「......私の予想があっているなら、私には勝てるビジョンが見えない」
シェリーは、勝てない。俺は戦えない。逃げ道も、ない。
俺はステータスプレートを再度開いた。そこに書かれているMPの残量は0から一切変わっていない。
「じゃあ、もうどうしようもないのかよ!」
「......リョウ、落ち着いて。あくまで私の予想があっていたらの話」
そうだ。シェリーの言っている予想って何なんだ? あいつが生きている理由をシェリーは説明できるのか?
「シェリー、その予想って?」
「......長くなるから今は端的に話す。グレン・アーカイブの言っている技術というのは、おそらく古代魔術」
古代魔術? さっきの風魔法だとかも聞きたいのにまた新しい用語が増えたぞ。
俺はグレンの足元を見る。腐っているのはグレンの足元だけで、それ以外の場所に腐敗は進んでいなかった。
「シェリー、あれが古代魔術なのか?」
「......あくまで予想。古代魔術も、法撃の種類もありすぎて判別がつかない」
グレンは、俺たちが話しているのを面白そうに見ていた。腕を組み、耳を澄ませてこちら向いて笑うその姿に、俺は一瞬気圧される。
「坊主に小娘。貴様らの答えは正解だ。冥土の土産に、この俺の最強の魔術の名前を知るといい」
「......リョウ、口閉じて」
俺の体は、何の予備動作もなく空中を移動した。
直後、元居た場所に酸をまとった岩石が降ってくる。
「な!?」
俺は反射的に上を見上げようとするが、その行動が終わる前に服を引かれ、視線の方向をずらされる。
顔面スレスレに溶解途中の岩石が落ち、強烈なにおいが鼻を突く。
「ひぐぅ! なんて臭いだ!」
「......リョウ、まだまだ終わらない」
パッと見上げた上空は天井全てが崩れ、壁でも降ってくるかのように隙間なく逃げ場が埋められていた。
「マジかよ......」
「......リョウ、行くよ」
シェリーは岩の隙間を探すようにふらふらとあちこちへと飛び回り始める。
天井が崩壊してるのは、天井が溶けているから。だったら、腐った結果、できる穴があるんじゃないか?
「シェリー、穴を探せ! 天井が落ちてきてるのは岩と岩の間が腐ったり、溶解したりして弱くなったからだ。絶対にどこかに穴が開くはずだ」
「......わかった。でも、それなら」
シェリーが俺の体によしかかってくる。
「......壊す方が早い『ダークフレア』」
一つの黒い火球が俺の背中から飛び、落ちてくる岩石の壁に着弾する。
そうして生まれる一つの穴。シェリーは迷わずその中へと突っ込んだ。
「ナイス判断。シェリー」
「......気、抜いちゃダメ」
崩壊した天井を超え、その上空でシェリーは滞空した。
視界に映る悪夢のような白い体が埋もれていく。
「さて、終わらせるとするか」
グレンは、落石の下敷きになる前に周囲の岩石を溶かし、安全を確保していた。
「おっと、そうだった。まだこの魔術の名を言っていなかったな。
『腐蝕領域の絶対者』。それが、俺が見つけ出した最強の古代魔術だ」
腐蝕領域の、絶対者......