女騎士はアヘらない
その年、アヘール王国は建国以来最大の危機を迎えていた。
「敵襲!! 所属不明のオーク軍2000が西より二キロ先まで迫っております!!」
「敵襲!! 所属不明のオーク軍800が正門より三キロ先まで迫っております!!」
「敵襲!! 所属不明のオーク軍1200が東より五キロ先まで迫っております!!」
突然の敵襲の報せに城内は騒然とした。それまで平和に過ごしてきたオーク達が突然大挙武装してアヘール城へ押し寄せてきたのだ!!
「第1第2部隊は速やかに西門から出撃!! 第3第5部隊は東門から出撃!! 第6第7は正門より出撃!! 第8第9は遊軍として加勢せよ!! 第4部隊は王女を守りながら速やかに隣国へ退避!!」
指令が降りると女騎士達は速やかに持ち場へと着き、一指乱れぬ隊列で出撃した―――!
「ほう、やはり撃って出るか。さて……ここまでは我の予測通りだ、が…………」
黒装束に身を包んだ怪しげな男が馬に跨がり、小高い丘からアヘール城の様子を覗う。傍らには緑色の肌をした厳ついオーク達が待機しており、一際大きな体をしたオークが男の方を向いた。
「我等は力は負けぬが知恵が足りぬ。だから貴様が頼りだ……頼んだぞ、元大臣とやら…………」
「なぁに、女騎士なんぞ我が智謀の前では赤子に等しい……ククク!」
女騎士に対する性的差別が問題視されていた元大臣【ナスキー・オン】。彼は多岐に渡る知恵を持つ賢者としてアヘール王国の頭脳と軍師役を担っていたが、女騎士隊からは煙たがられ、この度横領が発覚しめでたく追放された。
「誰のお陰で平和面が出来るのか、思い知らせてやる…………!!」
彼は野心家であり、反骨の相が出ていた。常日頃何か有れば自分が玉座に座り、政を謀る気概を持ち合わせており、度々平時においては行き過ぎた政治を王女に提案していた。
そしてアヘール王国有事の際の行動パターンはナスキーが作り出した物であり、当然彼が相手であればそれは全く意味を成していなかった…………。
「西の第1第2部隊は手強い。戦う素振りを見せつつ後退。半数を800に合流させろ。東の第3第5部隊は離れた場所で持久戦に持ち込め。その隙に1800で正門より突破する」
「……分かった。王女は仕留めるのか?」
「勿論。今はまだ城に居るが戦況が傾けば必ず隣国へ助けを求めるついでに逃走する。そういう風に私が決まりを作ったのだ。追撃部隊1000は200ずつに分散して各所で待機だ」
「……任せろ」
オーク達はニヤリと笑い、戦場へと向かった―――
「第1第2部隊、戦闘開始!」
「第3第5部隊、オーク軍へ接近中!」
「第6第7部隊、交戦中! 手応えアリ!!」
戦況の報せが斥候より続々と届く。ナスキーの後任に選ばれた中堅女騎士【タヴン・アナ・ルヨワーソー】は頭を抱え、貧乏ゆすりが止まらず、水ばかり飲んで落ち着かない面持ちで見取り図を眺めていた。
「何で着任早々オークの群れが……!! ああ、もう!!!!」
頭を掻きむしり、兵法書を積み重ね、あーでもないこーでもないとペンを走らせる。
「数からして正門は囮だろうな。やはり東西に戦力を傾けたのは正解な筈……それに第4部隊と第10部隊も城内に居る。大丈夫大丈夫……!!」
アナは自分に言い聞かせる様に何度も大丈夫と唱えた―――
「おい、正面の同胞がやられつつあるぞ。あまり命を無駄にさせるな……!」
厳ついオークがナスキーに圧を掛けた。しかしナスキーは気に止めるでも無く、望遠鏡で城の様子を見続けた。
「……そろそろだ。一気に行くぞ」
ナスキーは黒い手旗を取り出し、サッと上に掲げた。すると西のオーク1000が正門へ一気に押し寄せ、慌てた女騎士隊は浮き足立ち隊列が乱れ始めた。
「奴等は城門を片側だけ開くだろう。慌てず確実に城門を破壊しろ。雪崩れ込むのはそれからだ。西の奴等が来たら一度退け、攻めるのは王女が逃げてからだ」
「流石は元大臣。知り尽くしてるな」
「俺が作ったからな…………」
「報告! 正門にオークの援軍アリ! その数1000! 第3第5部隊苦戦! 城門内に退避した模様!!」
アナは既に冷静さを失っていた。初陣がアヘール城防衛戦である事と、予想以上の苦戦に尋常では無いストレスを感じていたのだ。
「第1第2部隊は王女の退路確保で動けないし!第6第7部隊は遠くで戦ってるし!ああもう!!!!」
既に机の見取り図には掻きむしられたアナの毛髪が大量に散らばっていた。
「城門を左半分だけ開け!! 進路を狭めて時間を稼ぐのだ!! 第10部隊出撃!! 第4部隊は王女を連れて退避開始!!」
「ははっ!」
放たれた斥候により城門が左半分だけ開かれた。盾と槍を身構え防戦の構えを見せる女騎士隊。城門を半分だけ開くことにより二列しか通れず、対峙する相手が減り、数で劣る女騎士隊でも優位に戦えるのだ。
「…………来ないな」
しかしオークは城門へ入ること無く巨大な丸太を用いて右の城門を貫こうとしていた。
──ドゴォォッ!!
「!?」
城門が軋み、メキメキと割れる音が聞こえ始める。二、三、と丸太を打ち込むと、城門はその役目を果たせなくなり、大きく放たれた城門から一気にオークが雪崩れ込み始めた!
「ウオォォォォ!!!!」
「報告!! 城門が破壊されました!!」
「なっ! なにぃ!!!!」
アナはあたふたと戸惑い、親指の爪を齧った。そしてそのまま次の指令を出す。この国の運命は彼女の頭脳にかかっている以上裏をかかれた位で落ち込んでいる暇は無いのだ。
「王女の退避後第1第2部隊を合流させよ! 第3第5部隊も城内へ戻せ!!」
「王女は何処からお逃げに!?」
「三の道を使え! それ以外の道にも撹乱で空の籠を運ばせろ!! くれぐれもどの籠も王女が在られると思い護衛する事を忘れるな!!」
「はっ……!」
女騎士隊の精鋭と呼ばれる第4部隊は五つに分かれ、隣国へ続く道を五路に分かれ進み出した。丘の上のナスキーは籠の存在を確認すると待機していたオーク達に向かって狼煙を上げた。
「五つに分けようとも直ぐに分かるさ。奴等は真面目だからな……ククク」
ナスキーは勝利を確信し盛大に笑った。そして馬を操り丘を降りた。向こうはアヘール城。既に気分は新たなる城主であった…………。
「アナ……大丈夫?」
机上で頭脳を巡らせ疲弊するアナを見かねた幼馴染みの【シリアー・ナガバ・ガバジャン】が水を差し入れた。
入隊以来二人三脚で知恵と力を出し合い、幾多の難局を乗り越えてきた二人。しかし今回のかつて無い程の山場に、アナはシリアーを頼ることを忘れていた。
「ゴメン。シリアーはどう? 何か掴めた?」
偵察部隊として探りを入れていたシリアーは静かに首を振る。突発的なオークの暴動にしては、やけに統率が取れている事は見て取れたが、その糸を引いている人物については影も形も掴めずにいた。
「つまり……そういう奴が黒幕なんじゃないかな?」
「えっ……?」
アナが聞き返した。その言葉が何を示しているのか……既に彼女は事の裏を考えるだけの余力が無かったのだ。
「アナの着任早々の戦。そして城門破壊。オークが従うだけの頭脳を持ち合わせ、きっとこの城の内情を知り尽くした人物…………そう考えるとあまり候補は無いんじゃないかな?」
「…………ナスキーか!!」
「多分ね」
黒幕の気配を感じ取り、アナはハッとした。ならば先程下した指令も既に勘ぐられているはずと、アナは素早く斥候に指令を出した……!
「早馬を出せ! そしてノルンに手加減しろと伝えろ!!」
アナの勘は現実となって現れていた。
王女が逃走を謀った三の道。女騎士隊随一の剣士である【白羽のノルン】は突然現れたオークの群れを、王女に仇成す者として残らず首を刎ねていた。無論、影に潜む偵察部隊すら矢で仕留め、完全にオーク部隊を殲滅に掛かっていたのだった。
「三の道からの連絡が途絶えました」
ナスキーは馬上で盛大に高笑いを上げた。王女の身辺警護に忠実なノルンなら、必ずやオークを一瞬で皆殺しにすると睨んでいたのだ。
「拡散部隊を三の道へ集結させろ! 王女は必ずそこに居る!!」
ナスキーは馬上で号令を発した―――その顔は揺るがぬ勝者の顔であった。
アナは自ら鎧を身に纏い剣を携え、死地に赴く気概で胸の前で十字を切り武運を祈った。
「アナ……?」
「私の仕事が裏目に出るのなら、私は役目を変えるだけ。後は個々の武で覆す……!!」
「ちょっ、ちょっと! 誰が指令を出すの!?」
「そうね。昨日入隊した新人でも司令官にしとこうか?」
扉を開け、たまたま近くに居た雑用係の新人を司令室の椅子に座らせたアナは「それじゃ、後は貴女が司令官だから宜しく~」と外へ出て行ってしまった……。
新人は「えっ!? ええっ!?」と首を左右に捻り、何が起きたのか分からない様子で助けを求めるかの様にシリアーを見た。シリアーは一息漏らすと新人の肩を叩き、ニコリと微笑みかける。
「大丈夫、多分もうやる事ないんじゃないかな?」
新人は酷く狼狽し、冷や汗が止まらなくなっていた―――しかしそれはシリアーも同じであった。
―――アナは城門で荒れ狂う戦渦の中に身を置いた。やはり机上の頭脳戦より現場の肉体戦の方が性に合っていると実感しつつ、今は全力で目の前の脅威と相対した。城門は既にその機能を失われ、止め処なくオークの群れが押し寄せている。それでも陣形を乱されること無く女騎士隊が戦えているのは、女騎士としてのプライドと、訓練の成果がなせる業であった。
「ヒンギナ! イグルス! まだ生きてるか!?」
「ハッ!」
「なんとか生きてますよ!」
「数で劣る我等が勝つにはどうすればいい!!」
「ハッハッハ! 一人で二十人相手にすれば勝てますよ!!」
「なになに私は三十人相手に出来ますよ!!」
「ああ! 全くその通りだな!! チクショウ! 不甲斐ない軍師ですまんな!!」
「我々は元々誰かの指揮下で動くように出来てないんですよ!」
「何も考えずに手を動かす方が性に合ってるね!」
アナは憂さ晴らしの如くオーク達を次々と切り倒していく。アナの登場により女騎士達は更にエンジンが掛かりついにオークの群れを押し返し始めた! 策を弄するよりも、個々の武力による力押しの方が遥かに成果があることに、アナは自信を失いかけたが、兎に角今は何も考えない事に徹した。
「何故だ……!? ここまで押し込んでも何故奴らは屈せぬのだ!?」
命ある限り戦いを止めぬ女騎士達の気迫に押されたオーク達は、次第に攻撃の手が緩まりついには敗走を始めた。
「追撃せよ!!」
アナが剣をオーク達に向けると、それまで守備に徹していた女騎士が一斉に城門の外へ向かって走り始めた!!
「ヒンギナ! イグルス! 我々は王女を迎えに行くぞ!!」
「承知!」
「御意!」
馬に跨がった三人は、王女の無事を願いつつ馬を繰り出した。
──王女が逃走した三の道は既にナスキーの手が回っており、王女を乗せた籠は既にオーク達によって囲まれていた。
「我しか知らぬ抜け道があるとは知らずに愚かな奴らめ!」
ナスキーが高笑いをした瞬間、傍に居たオークの眉間が矢で撃ち抜かれた。
「チッ! ノルンをやれ!! 手練れはアイツだけだ!!」
ナスキーの声と共に一斉にオークの群れが籠へと雪崩れ込み、ノルンが音の無い剣を振るい迎撃を始めた!
オークの低い唸り声は王女への敵意に満ちており、それを耳にした王女は酷く狼狽え、ノルンは無言で任務をこなし続けた。
「一斉にかかれ! 死んでも離すな! 味方ごとやるつもりで戦わんと勝てんぞ!!」
矢の届かぬ場所から望遠鏡で指示を飛ばすナスキー。傍らでは一際大きなオークが、厳しい顔で成り行きを見守っていた。
「王女はこの場で殺すが、構わぬな?」
「む、出来れば恨み辛みを晴らしてから殺すべきだ。そうだ、それが良い……ヒヒヒ! 王女は生かして捕らえよ!!」
籠の傍ではノルンを含め精鋭の女騎士部隊が獅子奮迅の戦いをしていた。しかし、数で劣り尚且つ王女の護衛も務める戦いは、次第に女騎士達の旗色が悪くなってゆく。
「…………」
ノルンの周囲にはオークの死体が一際目立つが、籠の周囲には女騎士の死体も多く倒れていた。
マフラーで口元を隠しているノルンの表情はとても冷たく、任務を忠実に熟すマシーンとなり、その身にはオークの返り血が酷く付着していた。
「お止めなさい!!」
籠から王女の声が轟く。それまで冷静を保っていたノルンが振り向くと、そこには汚い笑みを浮かべたオーク二体が王女の腕を掴み籠から引きずり出そうとしていたのであった。
「……!!」
咄嗟に飛び跳ね、その首を刎ねるノルン。オークの血が噴き出し王女のドレスに降り注いだ。しかし、既に女騎士はノルンだけとなり、四方から襲い掛かるオーク達は、ノルンと王女を呆気なく捕えようとしていた。
「待て待て待て待て!!!!」
槍を振りかざし舞い降りるアナ。そして少し遅れオークの群れを蹴散らすヒンギナとイグルス。王女に触れるオークの心臓を貫き、直ぐさまに王女の周囲を取り囲んだ。既に王女のドレスは引き裂かれ、か細い腕で下着を押さえるのがやっとの状態であった。
「おのれ王女になんという仕打ちを……!!」
激昂したノルンが手当たり次第にオークの首を刎ねていく。それは王女を護れなかった自分に対する不甲斐なさも現れていた。
「奴が居ると言うことは城門部隊は駄目だったか……チッ、使えない奴等め……まあいい! まとめて始末せ──よ?」
ナスキーの首が静かに落ちる。支えを失った望遠鏡が地面に跳ね、地を少しへこませた。
「……やはり貴様に委ねた私が愚かだった。同胞に顔向けが出来ん。後は我がケリをつけようぞ!!」
一際大きなオークが籠へと向かい突入すると、残されたオーク達は雄叫びを轟かせ湧き上がった!
「おいおい、誰が相手するんだあんなの……」
「……」
「……」
ヒンギナとイグルスが無言でアナを指差した。
「あーあ……この国の指揮官は剣で未来を指し示すしかないのかねぇ?」
アナは手綱を強く握り締め、オークへと向かう。
オークの手にした巨大な斧。馬ごと薙ぎ払う気概で斧を横へと払うと、アナは馬を跳ねさせ上から襲い掛かった!
太陽を背に、アナは日差しでオークの視界から一瞬消え失せた。目を細めたオークが馬との距離を計り斧を構えた。
「全てを払う……」
降りてきた馬、オークの斧が馬の胴体を真っ二つに切り裂いた!
「──!!」
しかし馬にアナの姿はなく、慌てたオークが上を向く。太陽の眩しさはそこにはなく、視界を覆うアナの姿を目視した瞬間、片目に熱い衝撃が走った!!
「グォッッ……!!」
アナの槍がオークの目から脳天を貫き、槍を抜こうと手をあてがうが、力が抜けるように倒れ死を迎えた。
「あっぶな……馬を斬るとか馬鹿力も甚だしいわ」
一際大きなオークが倒れると、残されたオークの群れは絶望したのか脱兎の如く我先にと逃げ始め、こうしてアヘール王国は最大の危機を脱したのであった。
「ノルン……貴女が居なければ、私は今頃オーク達の手によって慰み物となっていたでしょう。礼を言っても足りぬくらいです」
「……なら…………撫でて」
「ふふ、よしよし……」
「ぎゅって、して……」
「はい、ぎゅ~っ♪」