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風が通る道



これはなにか大きな冗談だろうと、当初アルミンは微笑む余裕すらあったのだ。




家族の手によって奉公に出された少年・アルミンと、主人である美しい少年・エーミールの、友情の記録。


これはなにか大きな冗談だろうと、当初アルミンは微笑む余裕すらあったのだ。





朝起きて顔を洗い、いつもの通り朝食の席へ向かう。


誰もまだ部屋には来ていないが、母によって食卓は整っていた。


けれど端にある自分の席に食事は用意されていなくて、でもそれはよくあることだったから、アルミンは特別気に病むこともなく台所へと踵を返した。


しかしいつもならそこにはパンの切れ端とか野菜くずなど、なにかしらあるはずなのになにもない。


その替わりとでも言うように父がそこにいて、めずらしくアルミンに微笑みを見せた。


その後ろにはやはり笑顔の母。




いったいどうしたことだろう、と考える間もなく、アルミンはその腕を誰かに捕られた。




「なるほど、見た目は悪くない。


色みが坊っちゃんにそっくりだな。


多少痩せぎすだが、使えんことはないだろう」




そう言葉が振ってきたかと思うと、そのまま乱暴に手を引かれ勝手口へと向かう。


見たことのない、身なりのいい中年男性だ。


なにが起こったのかもわからず、戸口をくぐる際にアルミンは両親を振り返った。


ふたりは笑っていた。


そんな顔を見たのははじめてかもしれないとアルミンは思った。


なので多少不安に思うことはあったけれど、嬉しくて微笑みを返した。




勝手口には馬車が寄せられていた。


追い立てられるように乗せられ、アルミンは戸惑う。


これから初等科学校(エレメンターシュレ)に行く時間だというのにどこへ出掛けるというのだろう。


そしてこの男性は誰なのか。


アルミンは最終学年の10歳で、あと半年で卒業というところだった。


その後は職業訓練基幹学校(ハウプトシューレ)に入学することができればいいと思っている。


家計を助けたいと常々考えていたから、少しでもはやく手に職をつけたいのだ。




男性もアルミンに続いて乗り込んできた。


じろじろとした不躾(ぶしつけ)な視線を受けている間に、馬車が動き出す。


まったく知らない男性と一緒だというのに、アルミンは気分が高揚してしまった。


家と学校の往復だけの生活をしてきたアルミンにとって、馬車に乗って移動することははじめての経験だったから。


なので男性がどこの誰なのか、どこへ行こうとしているのか、それすらもわからないというのに窓の外の景色が動いて行く様子に目を奪われた。




やがて大きくて美しい屋敷に着いたとき、アルミンは歓声をあげた。




馬車から降ろされたときも特別危機感はなかった。


むしろ着いてくるように促され、その大きなお屋敷に入れるとわかったときは喜びすらした。


王宮はきっとこんな感じに違いない、もしかしたらここは王宮なのかもしれないとも思い、足取り軽く男性の背を追った。




しばらく歩いてから男性がひとつの扉をノックした。


誰何があり、男性は「デニスです」と応えた。




許可(すいか)の声の後に男性はアルミンの腕をもう一度捕まえて、扉を開ける。




中にはアルミンを連れてきた男性よりもいくらか若い男性が、執務机に向かってなにかの書き付けをしていた。


眼鏡をしている人だったので、ここは本当に王宮に違いないとアルミンは思った。


高価でめったにかけている人を見かけないようなものだからだ。




「新しい奉公人を連れてきました。

10歳の男です。

手先が器用でなんでもできるとのことです」




デニスという男性が、眼鏡の男性に告げた。


アルミンは『奉公人』という言葉を理解できず首を傾げる。


眼鏡の男性は少しだけアルミンに視線を移すと、手元にあった手鳴らし鐘(ハンドクロック)を取りひとつ鳴らした。




「お呼びでございましょうか」




すぐに黒いスカートに真っ白な前掛けというお仕着せの中年女性が入室してきた。


アルミンの隣に立つ。




「新しい奉公人だ、おまえに預ける」




こちらに目をくれずに書き付けをしながら眼鏡の男性が命ずると、女性は一礼して、今度はその女性がアルミンの腕を捕る。


引かれるままにアルミンは退室し、ずんずん進む女性の歩幅に合わせて屋敷の奥へと進む。


ここにきて不安が湧き上がってきて、アルミンは思い切って女性に訊ねた。




「あの、ぼくはどこに行くのですか」




女性は鼻を鳴らしてから答えたが、それはアルミンには理解が及ばない内容だった。




「どこがいいかねえ、厨房にでもくれてやろうか。

あそこは人手が足りていないから」




実際に厨房らしきところに連れてこられる。


「おまえ、名前はなんというの」


女性が訊ねてきたので「アルミンです」と答える。


「ホルガー! 新入りだよ、アルミンだ。

使ってくれ!」




そう言って女性はアルミンを厨房へと押し込んだ。


怒声が返ってきてアルミンは震え上がる。




「なんだこのちっちゃいのは。

俺は即戦力が欲しいんだよ!」




大柄な男性が奥から出てきてアルミンを睨めつける。


怖くなって後ろを振り返ったが、そこに女性はもう居なかった。



「しかたねえな。

仕事は腐るほどある、まずは洗い物でもしてろ」



指をさされた方を向くと、大量の汚れた調理器具が目に入った。


意味もわからずに言われたとおりにする。


ここまで量は多くはないが、アルミンはよく母の調理後の後片付けをさせられていたので勝手がわからないこともない。


ただ洗い場には自宅のようにアルミン用の踏み台がなく、奥まで手が届かなかった。


まごまごしていると「なにちんたらしてるんだ!」と怒声が頭上で響き、アルミンは恐怖に身が竦んだ。




「見た目通り使えないガキなのか、おまえは! とんだ荷物を押し付けられたな、ふざけやがって!」




恐怖心からなにか踏み台になるものをいただけませんか、とは言えなかった。


「フーゴ!」


男性が誰かに呼びかけると、即座に返事があり、細身の男性が飛ぶようにやってきた。


「こいつに仕事を仕込め!」


「はい!」




今度はそのは細身男性に連れられて厨房奥へと進む。


大量のじゃがいもやたまねぎを見てアルミンは目を丸くした。


こんなにたくさんの食材を見たことがなかったから。




「包丁使ったことあるか? 皮むきだけでもできるようになってくれたら助かる」




そういって渡されたのは、アルミンの家にあるよりもずっと切れ味の良い包丁だ。


母は調理の下ごしらえが苦手で、よくアルミンにやらせていたのでこちらもできないことはない。


しかしいつもの通りに力を込めてしまったために指を切ってしまった。



「あー、あー、わりと危なげない手付きだったのに、やっぱだめかよー。

ほら手出せ、止血しよう」


「ごめんなさい……」


「まあこんな子どもが最初からなんでもできると思っちゃいないさ。

おいおい慣れてくれ」



その言葉の内容が、この状況が今限りのことではないことを示していることに気づいて、アルミンは驚いて男性を見た。


とっさに言葉が出てこなくて、なんと質問すれば良いのかわからない。



「おまえどこんちの子どもだ? 気の毒にな、こんなちっちゃい頃から働かされるなんて」



手当てをしながら男性は心底同情している口ぶりで言う。


アルミンは驚きと混乱でその質問に答えられなかった。


「働くって、なんですか」


その代わりに口を突いて出たのは男性の言葉に対する疑問だ。


それに対して男性は訝しげな表情をしたが、すぐに「ここで働くってことだよ」と応える。




「ここは、どこですか。

ぼくはどうして連れて来られたのですか」




アルミンがそう問うと、男性は目を見張った。


「なんだよ、なにも言われずに連れて来られたのか?」


「朝、家に知らないおじさんが来て、馬車でいっしょに来ました。


どうしてなのかわかりません」


「家族はいないのか?」


「父さんと、母さん、妹がふたりいます」


「なにか言ってなかったか?」


「なにも言ってませんでした」


「……そうかあ、ますます気の毒になあ」




指の処置を終えて、男性はアルミンの頭を撫でた。


そんなことをされるのははじめてで、アルミンは心が軽くなるのを感じた。


けれど男性の次の言葉でその少し華やいだ気分も掻き消える。





「ここはゾイゼさんっていう商人のお屋敷だよ。

おまえはきっと親御さんに働きに出されたんだろう。

気の毒になあ、本人に黙ってそんなことするなんて」






第十回書き出し祭りに提出した作品です

第四会場6位、総合31位の成績でした

『いねむりひめとおにいさま』の世界観で、約28年前のお話です

どうにかこうにかプロット練って、いつか連載したいと願いをこめてここに上げます


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― 新着の感想 ―
[一言] えっちな感じになるのかと思ったら、そんなことはなかったぜ( ˘ω˘ )
[良い点] 哀れアルミン! どことなく山椒大夫を思い出してしまいました!
[良い点] 書き出しお上手です。 書き出し以外もお上手です。 美ショタです。 お坊ちゃんにそっくりということなら、影武者かもと思いましたが、奉公人。 凄い伏線がありそう。 つこさん。素敵。
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