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あなたにこの子はわたしません!(第20回書き出し祭り提出分)


こちらは

『第20回書き出し祭り』( https://ncode.syosetu.com/s6804h/ )に提出した、『あなたにこの子はわたしません!』の原稿です

(第三会場12位、総合43位)

( https://docs.google.com/spreadsheets/d/1QgTp8m0n6Mdo3kpsfH20PyyWmwX7PVpIWRzHFyZ5Cv4/edit#gid=0 )


あらすじはこちら

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 片田舎の子爵令嬢アメリーには、夢がある。

 いつかすてきな王子様が、白馬に乗って迎えに来てくれるという夢だ。

 その王子様はかっこよく、強くて、アメリーをきっと幸せにしてくれる。

 ――そんなふわふわとした夢想家の彼女に、突如臨む試練。


「わたくし、妊娠いたしました」


 家族はみんな、右へ左への大騒ぎ!


 ちょっとだけ個性的なお嬢様の、勘違いから始まるドタバタほのぼのラブコメディ。

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改稿し、2024/2/7~連載いたします



 アメリーには夢がある。

 いつかきっと、すてきな王子様が白馬に乗ってアメリーを迎えに来てくれるという、ささやかな夢だ。

 彼は金髪碧眼で脚が長い美男子に違いない。それにきっと騎士様でもあって、とっても強い。竜とかも倒してしまう。そして伝説の宝玉を持ち帰りアメリーへと捧げてくれるのだ。

 その誓いのキスでアメリーは百年の眠りから目覚め、二人は結婚し幸せに暮らす。その後王子様は毎日アメリーを「かわいい」と褒めてくれる。だって王子様だもの。とてもすてき。


 そもそも自分が百年の眠りについていないことや、竜は架空の動物だということはアメリーにとって些細なことだ。願い続ければ夢は叶う。兄がくれた新進気鋭の女流作家の本にそう書いてあった。なのでそういうことなのだ。――願い続ければ、夢は、叶う!


 そんなふわふわとした日々を過ごしてアメリーは十五歳になった。立派な淑女だ。お披露目会(デビュタント)へ参加するため、生まれて初めて王都に来た。王都はアメリーの住むランペルツ子爵領のように、人よりも牛の数が多い地域とはまるで違う。そも、牛がいない。見渡す限り建物、建物、建物。そして人。なんとあの建物すべてに人が入っているとのこと。


(――領の牛よりもずっと多い! こんなに多かったのね、人類! なんてこと……これでは、牛乳が、足りない!)


 そんな動揺はありつつも、アメリーは無事、兄のエスコートにより社交界の一員になった。お披露目会には王都にいるすべての人類が集ったに違いない。いや、もしかしたら国中の人類かもしれない。世界中かも。

 あまりの人の多さにアメリーはくらくらした。兄によって次から次へと見知らぬ人へ紹介されて行く。

 自領の牛の顔と名前は覚えられるが、人の顔と名前を一致させ、記憶することは人類には早すぎる行為だ。兄はもしかして人を牛だと思っているのではないだろうか。なんて失礼なことだろう。あとできっちりと言って聞かせなければ。――と思ったところで、アメリーの記憶は途切れている。


 さて。これはいったいどういうことだろう。


 アメリーは今自分が置かれている状況を把握するため周囲を見回した。ベッドの上にいる。わけもわからず身を起こす。

 部屋も、ベッドも、見覚えのないものだ。そしてスリップとズロース姿の自分。慣れないコルセットは外してある。だれかがお披露目用の白いドレスを脱がせたのか、胴体人形(トルソー)へ着せ付けてあるのが見えた。

 そして。――アメリーは自分の左手側へ目を落とした。


 黒髪の男性が、ベッド端に、引っかかっている。


 アメリーはじっとその左回りのつむじを見る。立派な巻き具合だ。もしかして死んでいるのではないだろうかと思うほどにピクリともしない。

 どうやら上半身だけをベッドに預け、床に膝を着いている様子だ。顔は見えず、知り合いなのかどうかもわからない。そもそもだが、アメリーに黒髪の男性知人はいない。いや、いるにはいるが、一歳九カ月のメリーの初産がもうすぐなので、今回の旅行には同行していないのだ。メリーは自分を胎から取り上げて以来ずっと世話をしてくれる、オーバンの姿が見えないとさみしくて大声で鳴くことがある。遠出などできるわけがない。なのでこの引っかかっている人は、旧知のオーバンではないはずだ。


 とりあえず、だれなのかを確認しようとアメリーはベッドの反対側から這い出た。靴はどこかと見回すと、ドレスの足元にそろえて置いてある。薄絹長靴下の脚でつま先立ちでそこまで行く。生糸を織って作られた繊細なこの長靴下は、とても高価なことをアメリーは知っていた。兄が奮発して用意してくれた物の中でも最上級品なので、汚したり破いたりしては困る。きれいな慣れないヒールも、王都の百貨店でいっしょに買ったものだ。履いてひとまずベッドを回り込む。そして男性の顔を覗いた。


 ……険のある美形。なぜか眉根が寄ったまま寝入っている。アメリーにはまったく見覚えがない人物だった。


 はて、とアメリーは考えた。これはどういった状況だろう、と。


 自分は兄とともにお披露目の会場にいたはずだ。それはとても大きな広間で、世界中の人類が収容されてしまった。紹介された人たちをぼんやりと思い出す。その中に、この国ではわりとめずらしい黒髪の人はいなかったと思う。兄は? 兄はどこへ行ったのだろう。そしてなぜ自分はどことも知れぬ部屋のベッドで眠っていて、その傍らには見知らぬ男性がいるのだろう。少し考え、アメリーはあっと小さな声をあげてしまった。


(……これは、もしかして。――『クラリスと恋の花束』と、同じ状況ではないかしら⁉)


 アメリーは以前、兄がくれた群像劇小説を号泣しながら読み、その作家の作品を買い漁り読みふけった。全力で感動し長文の感想を出版社へ送ったところ、お礼のはがきが届いた。間違いなく著者本人に渡し、とてもよろこんでいたとの報告があった。うれしい。そしてそこにはこうも記されていた。


『「イザベル・シュヴィヤールの肖像」シリーズをお楽しみいただけたとのことですので、「クラリスと恋の花束」シリーズもきっとお気に召されるのではないでしょうか。こちらは筆者が別名で執筆している作品であり、弊出版社より刊行しております。』


 雷に打たれたように感じた。まだあるなんて、本。もちろんアメリーはすぐさま町の本屋へ向かった。ランペルツ子爵領はとてものどかな地方だ。本屋といえども小規模で、雑貨屋が併設されるほど品数も少ない。なので『クラリスと恋の花束』の在庫は一冊だけで、しかも三巻だった。他の巻を取り寄せている間、我慢しきれずにアメリーは三巻を読んでしまった。

 びっくりした。――なんと導入場面は、主人公クラリスが見知らぬ男性と夜を過ごし、妊娠してしまうという内容だったのだ!


「――なんということでしょう」


 アメリーはつぶやいてわなないた。驚いてほかになにも考えられない。黒髪の男性はアメリーのその声に反応をすることもなく、息をしているのか不安になるくらいの眠りに落ちている。知っている。きっとお酒をたくさん飲んだのだ。仮面舞踏会で出会った二人は、一夜の恋に身を任せたのだ。どうしよう、わたし仮面をしていなかったわとアメリーは思った。しかしそれよりも重大なことがある。


(――逃げなければならないわ!)


 曾祖母が作ったというお披露目ドレスへ手を伸ばし、見様見真似で着用を試みる。まずは腰回りの引き裾部分。腰に巻き付けてしっかりと留める。コルセットをしていないので、前にくるはずのレース飾りが右腰にきてしまった。そのまま上衣をかぶり袖に腕を通す。ああどうしよう、後ろを留められない!

 きっととてもひどい見てくれになったはずだ。でもそんなことにはかまっていられない。すぐに逃げなければならない。


(――だって、この人はお父様の政敵の息子で、わたしのことを憎んでいるに違いないのだもの!)


 焦るあまりパニエを穿きわすれていた。半分に折って肩にかけてみると、ちょっとしたケープみたいになる。よし、これで行こう!


 アメリーの父は政治にいっさい関わりのない田舎貴族であることや、仮面をしていない男性の顔を見てもどこのだれだかまるでわからないことは、些細なことだ、とアメリーは思った。


 びくびくしながらアメリーは部屋の扉へ近づいた。振り向いて男性の様子を伺うが、まるで動かない。ノブに手をかけてゆっくりと下げる。そしてそっと押し開けた。

 廊下は静まり返っていた。今が何時なのかもわからないが、暗い中にぽつぽつとランプの光が落ちている。きっと真夜中だ。クラリスの場合もそうだった。アメリーは不安な気持ちで泣きながら早足で廊下を歩いた。それに自分は妊娠してしまったから、かねてからの夢だった金髪碧眼の王子様のお迎えもないだろう。とても悲しくて、しゃくりあげながらアメリーは廊下を進んだ。


「――アメリー⁉ どうしたんだい⁉」


 少し明かりが多くなってきたあたりで聞き慣れた声が降ってきた。兄のセレスタンだ。自分と同じ亜麻色の髪と水色の瞳が見えたとき、安心して腰が抜けてしまった。兄はびっくりした様子で、目線を合わせるためにしゃがみ、アメリーの背をなでてくれた。


「今おまえの様子を見に行くところだったんだ。ひとりで部屋にいたから、さみしかったのかい? 具合はどうだろうか?」


 とてもひどい格好をしているからか、やさしい声の兄は上着を脱いでアメリーの肩へかけてくれた。安月給を押してまで薄絹の長靴下を買ってくれた兄へ急激に申し訳なくなり、アメリーはわっと声をあげて泣いてしまった。


「アメリー、アメリー、だいじょうぶだよ」


 ドレスごと抱き上げてあやしてくれる兄の腕の中で、アメリーはクラリスのことを思い出した。彼女は勇敢だった。独りでも、運命に立ち向かったのだ。


「……ちょっと落ち着いたかい、アメリー?」

「――お兄様。お伝えしなければならないことがあります」


 そう言うと、兄は廊下の脇にあったソファへ座らせてくれた。そして「なんだい、アメリー?」と穏やかな声で尋ねてくれる。アメリーは覚悟を決めた。


「わたくし、妊娠いたしました」


 兄が硬直した。アメリーはパニエで涙を拭き、前を向くために顔を上げた。


「待ってアメリー、どういうことだ」


 打って変わって固い早口で尋ねる兄へ口をつぐみ、今後の生活へと思いを馳せる。……不安だ。それでも、なにがなんでもこの子を守らなければならないとアメリーは思う。――クラリスのように。


(――領に戻ったら届いているかしら。『クラリスと恋の花束』の四巻……)

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