僕たちの間は恋ではなかった。(800文字) つこ/なまこ
公募に出すために800文字以内に直したら、なまこ氏がさらにすてきに書き直しやがられたので読み比べてほしいかんじです
感想での講評待っています
つこバージョン(798文字)
落としたてのコーヒーが好きだった君に合わせて、サイフォンを買った。一度振る舞ってくれたコーヒーが美味しかったのと、アルコールランプで沸騰して行く水の動きが面白かったから。君が使っていたあの年代物のサイフォンとは格が違うけれど、これでも僕にしては大きい買い物だったんだ。
アイスコーヒー飲んで行きませんか、という、あのときの声が耳に残っている。
見様見真似で使ってみるけれど上手く行かない。手慣れた君の様子が説明書で、その通りにすればできると思ったけれど、少しショックなくらい僕の中の君があやふやだ。上書きされる記憶に君が消されていくのが嫌で、深呼吸しながら心の中でその動きをなぞる。
あのサイフォンは君の叔母さんが持って行ったんだってね。聞いたよ。
グラスに氷をたくさん入れてコーヒーを注ぐ。あのときみたいに氷も同じミネラルウォーターで作ったんだ。家でできる最高の贅沢だって君は笑っていた。ストローを挿したら完成。
二人の思い出はこれきり。君は笑った。僕も笑った。
あれが最後になるなんて、僕は考えてもみなかったんだ。連絡が来たのは一週間も経ってから。共通の友人を通してだった。仕方がないよ、僕たちの間は恋ではなかったから。ただ夏の暑い日に、示してくれた親切を僕が受けただけ。
そしてこれが僕の弔い。
グラスを手に取りストローを噛んだ。これが始まりになるだろうかと、淡い期待を抱いた味。
君が僕を憶えてくれていたこと。笑ってくれたこと。嬉しくて僕はきっとぎくしゃくしていたね。僕たちは始まることすらなく終わってしまったんだね。あのとき僕は心の中に広々とした場所を作ってしまったんだ。二人をたくさん詰められるように。
僕たちの間は恋ではなかった。とても親しいわけでもなかった。
交換したID、消さないでいてもいいかな。
君が好きだと言っていた銘柄のコーヒーは、君が淹れてくれた味がした。
寂しいよ。
とても。
悲しいよ。
とても。
なまこバージョン(793文字)
コーヒーが好きだった君を思って、僕はサイフォンを買った。
あの日振る舞ってくれたコーヒーが美味しかったのと、アルコールランプに踊る水が面白かったから。
君が使っていたあの年代物のサイフォンとは格が違うけど、これでも僕にしては大きい買い物だったんだ。
アイスコーヒー飲んで行きませんか、という、あのときの声はまだ耳に残っている。
でもちょっとショックなくらい僕の中の君があやふやだ。
手慣れた仕草でコーヒーを撹拌していた姿を思い浮かべながら僕も使ってみるけれど、どうにも不格好になってしまう。
上書きされていく記憶に君が消されていくのが嫌で、深呼吸しながらその動きをなぞった。
君の部屋はがらんどうになっていて、あのサイフォンももう無かった。
グラスに氷をたくさん入れて熱いコーヒーを注ぐ。あのときみたいに氷もミネラルウォーターで作ったんだ。家でできる最高の贅沢だって君は笑っていた。
二人の思い出はたったこれきり。君は笑った。僕も笑った。
あれが最後になるなんて、僕は考えてもみなかったんだ。連絡が来たのは共通の友人を通してで、一週間も経ってから。
だって僕たちの間は恋ではなかったから。ただ夏の暑い日に、示してくれた親切を僕が受けただけ。
それでも、僕は嬉しかった。
嬉しかったんだ。
グラスにストローを挿して吸った。
君が淹れてくれた味。これが始まりになるだろうかと、淡い期待を抱いた味がした。
僕はストローの端を噛んだ。
これが僕の弔い。
君が笑いかけてくれたこと。嬉しくて僕はきっとぎくしゃくしていたね。僕たちは始まることすらなく終わってしまった。あの日、僕はもう心の中に広々とした場所を作ってしまったんだ。二人の思い出をたくさん詰められるように。
でもそこにはコーヒーの残り香があるだけ。
僕たちの間は恋ではなかった。
もうどこにも繋がらない交換したID、消さないでいてもいいかな。
寂しいよ。
とても。
悲しいよ。
とても。