お客様!とっととお帰りください!
痴漢の表現があります。
また、事後処理はイメージで書いてますので、フィクションとしてご理解ください。
リモートワークや勤務状況の改善などで出勤への負担が減っているとはいえ、朝の人出は多いものである。
満員電車に揺られながらの出勤だけで一労働なので賃金をその分くださいという気持ちが沸いてくる。
そのお金で経済回すのに手を貸すので。
その日も普通通りの出勤で朝の人出も相変わらずだった。
しかし、途中で車両の不具合が起きたらしく、乗り換えからの電車の満員電車具合がひどい。
ため息をつきながら車両を待ち、乗り込む。
ワイヤレスイヤホンと携帯を連携させてアニソンタイムである。
気分をあげるためにはそれが一番だった。
音楽越しに車内アナウンスが聞こえてくると、遅延の影響で女性専用車両が中止とのことだった。
よくあることだ。人を乗せて運ぶには仕方のないことである。
ぎゅうぎゅうになった車内で何とか立ちながら、鞄を離さないように踏ん張る。
そのときだった。
なんか触られてる?
一瞬、お尻に違和感があったが、手がぶつかったのかもしれない。
いや、この手の動きは明らかな意思を持っている。
私のお尻をさわりさわりするんじゃない!痴漢は悪である!
社会的害悪なお客様はとっととお帰りやがれください。
証拠もなしに捕まえては、何といちゃもんをつけられるか分からない。
シャッター音をオフにしたまま携帯のカメラを起動し、こっそりと証拠写真を撮る。
そして、アプリを立ち上げて、痴漢撃退画面を起動させ、近くにいたサラリーマンのおじ様にお見せする。
おじ様が私の方を見て、手の動きを確認して頷く。
私も頷いたのを確認すると、そのまま痴漢野郎の手を掴んだ。
痴漢撃退画面を素早くタップして音声を出して、そのまま通報体制である。
「この野郎!逃がさないぞ!」
「離せ!何のことだ!」
「今、この女性に痴漢してただろうが!」
「誤解だ!」
騒ぎながらも次の駅で降り、駅員さんが駆け寄ってきてために事情を説明すると、警察への通報と痴漢野郎の確保を行ってくれた。
おじ様も説明してくれるとのことでありがたい限りである。
「本当にありがとうございます。助かりました。」
「いやいや、助けられて良かったよ。君は大丈夫?」
「はい、お陰さまで何とか…」
ハハハと笑って誤魔かす。大丈夫だ。
職場へ少し遅れることを連絡してみると、事情が事情のため、休みでいいと言われた。お気遣いされてる。
「警察の方が来られましたので…」
駅員さんに案内され、警察へ事情を説明すると、痴漢の常習犯で追っていたとのことだった。
スカートに触られていたなら皮膚片の採取を行うとより証拠となると言われたため、提出することを決める。
とりあえず、連絡先の書類や他の手続きなどを聞いて解放された。
痴漢野郎のせいで全く一日を棒に振ったものである。
近くのファストファッションの店に入り、スカートを一着手にとってそのまま着て帰りますと店員に話し、着ていたスカートを入れるための袋をもらって、支払う。
そして、そのままカフェに入ってコーヒーを飲み、一息ついた。
メッセージアプリを起動させて、琢磨の個人メッセージの画面を開いて指が止まる。
どうしたものか…。
『今、いい?』
『どうした?』
珍しく反応が早い。第六感でも働いてるのか?
『ちょっと社会貢献してきた。』
『は?』
『ちょっくら痴漢野郎を警察にお届けしてきた。誉めよ。』
『今どこ?』
あっ、これはミスった。
結局、居場所を吐かされ、そのまま待機とメッセージが送られてきた。え、いつまで待機?
とりあえず、手持ちのPCを開いて仕事の案件を確かめる。
緊急の用件は無さそうだ。休んでいいとは言われたものの私も立派な社畜である。
近くでドサッと音がして、おや?と顔をあげるとそのまま抱き締められる。何度も包まれた匂いなので、琢磨だとすぐに理解した。
「なんで?」
「なんでじゃないだろ!どうしてすぐに連絡しなかった!」
「いや、したじゃない、連絡。」
「すぐじゃない!どうせ後処理終わってからカフェに来たんだろ!」
お見通しなのか。いや、これでも急いで連絡はした方なのだ。
だって、ちょっと落ち着きもしたかったし。
というか、まだ昼間である。いつも仕事で忙しいこの社畜は何故ここにいるのか?
「私は休みもらったけど、相本くんの仕事は?」
「仕事なんてしてる場合じゃないから、休みもらってきた。」
「おやまあ。」
「ほら、家に帰るぞ。」
琢磨の腕に引っ張られる。コーヒーまだ残ってたんだけどな。
私の荷物は全て回収されて琢磨に持たれる。
そのまま琢磨の家に連行されて、ソファに座らせられ、待ってろと言われたため、大人しく待つ。
キッチンからマグカップを持ってきて、温かいお茶を渡された。
受け取ってそのまま飲み、ほうと息が出る。
マグカップをテーブルに置くと、琢磨の腕がのびてきて、そのまま閉じ込められる。
「頼むから…」
「うん?」
琢磨が私に縋り付いてきているような感じがする。
「強がりはもういい。ほら、指先がまだ少し震えてる。」
「いや、これは…いつもの…」
「いつものじゃない。こわかっただろ。ごめん。遅くなってごめん。」
「な、何?遅くなってなんて…」
「ここには俺しかいない。大丈夫。」
「だ、大丈夫なんて…」
宥めるように背中を優しくポンポンと叩かれる。
やめてくれ。そんな気をゆるめさせないでくれ。
「…琢磨」
「言って。言葉を閉じ込めなくていい。」
優しく言われる。本当は食いしばって耐えるつもりだった。話のネタにすればやり過ごせる。そのはずなのに。
「つっ!……本当はこわかった…」
「うん。」
「触られたの、気付いて…気持ち悪かった。」
「うん。」
「…助けてって言っていいのか…分からなかった。」
「言っていいに決まってる。耐えなくていい。」
「うっ…琢磨…うわああああん」
そのまま琢磨の胸で泣いた。
こわかった、知られたくなかった、嫌だった、でも許せなかった、そんな言葉を言っていた気がする。
それらの言葉を全て琢磨は受け止めてくれた。
大人気もなく大泣きしてから、落ち着くとお茶は冷えていた。
「とりあえず一安心そうだな。」
「うっ…ありがとう。」
「どういたしまして。」
琢磨のワイシャツは私の涙やなんやかんやでぐしゃぐしゃである。申し訳ない。
「ちょっと着替えてくる。」
「うん…」
お洗濯は早めがいいもんな。お茶を飲んでると着替えた琢磨が出てきた。ただ、着ていたTシャツに書かれていたのが立派な毛筆の書体で『働きたくないでござる』なのだ。
「そのTシャツ!」
ダメだ、部屋でそれとか笑ってしまう。顔はいいのにそれとか反則である。お茶吹かなくて良かった。
「買った。」
買ったじゃない!笑いが止まらなくなってくる。テーブルを叩きながら笑ってしまう。
「いいだろ?」
自慢気に笑って見せられるも反則である。一通り爆笑すると、琢磨が私の顔に触れてきた。
「良かったよ、そばにいれて。笑顔にできて。」
「お、おおう。」
完敗である。
「そういえば、今日のクソ痴漢野郎の取り押さえ手伝ってくれた男の人なんだけどさ?」
「ああ、あのおじ様か!」
「あの人、俺の上司。」
「はあ?!」
後日、お礼の菓子折持っていった日におじ様から笑顔で言われた。
「君の彼氏のお陰で僕も助かったよ。」
琢磨、お前は何をした?
~ちょこっと裏話~
琢磨が職場にてとあるところに電話をかける。
「ええ、その件で。…いえ、ええ…助かります。はい、では。」
電話が切れると、近くに座っていた上司が口を開く。
「上手く行きそうかな?」
「万事つつがなく。」
「そうか、君をこちらに呼んで良かったよ。」
「いえ、こちらこそありがとうございます。」
お互いに笑顔を浮かべる。
「あのお嬢さんも中々だったが、君のやり方は私の部下に相応しくて嬉しいよ。」
「お誉めいただき恐縮です。」
「彼女は眩しかったね。」
「ええ、そうでしょうね。」
痴漢ダメ!絶対!
琢磨くんが謎の人になっていって作者も戸惑っております。