油断してたら蛇が出てきた
夜の記憶を取り戻して新幹線の座席の窓に頭をぶつけたくなったところで、乗り換えの駅にたどり着いた。
一通りの手回しも行い、昨日は酔って何も覚えておりませんの準備は万端だ。
残るは琢磨のみだが、部屋を出るときに万札数枚とホテルの備え付けのメモを破り、『ごめん、忘れて』の一言を残して脱出している。
あかんやん!それ覚えてるって白状してるメモやん!動転しすぎだ!
乗り換えを行いながら遠い目をしつつもう少しで家につくということろまで来たときに、メッセージアプリが通知のバイブレーションを鳴らす。
恐る恐る見ると琢磨からだった。
既読をつけないように見ると、一文だけ送られてきていたのが確認できた。
『やだ、忘れない、覚えてろ。』
句読点が怖いです…。
それから、メッセージアプリでは優花が昨日の写真をアルバムにまとめてくれ、各自アップロードしながら表面上は穏やかにしていた。
「昨日は楽しかったありがとー!アルバム作ったから各自アップロードよろしくね!」
「りょ!今から漁りまーす!加工する?」
「後から加工して、それも随時アップロードして!」
「がんばって面白くします」
優花と私のやり取りがグループにテンポ良く上がっていく。
「昨日の桐川さんの酔ったのも撮れば良かったなー」
和人が反応してきた。第一声がそれは心臓に悪いからやめてほしい。
「2軒目からの記憶がございません。許してください。お金は後日…」
「見物料として払ったから別にいいよ」
「記憶から消すにはどうしたらいい?殴る?奢ってくれるのはありがたいけど…」
「清香ちゃん、そんなに酔うの珍しいよね~」
「誠に申し訳ない」
琢磨はまだ出てこない。社会人になってからは忙しいようでメッセージアプリに反応してこないことが多いため、反対にそれが不自然ではないのがありがたい。
「あれから帰れた?」
「午後から仕事の準備のために使おうと思って、もう家にいるのさ」
和人の問いに答えるが、まあ理由は嘘である。
どんどん嘘をつくのが上手くなっていくな…。
「俺ももうすぐ家」
琢磨がメッセージに反応してきた。珍しい。
「今度の出張決まりそうだから、また明日から忙しくなりそう」
「琢磨、出張珍しいな!どこ?」
「○○の方で、もぎ取れそう」
ん?それって私の住んでるとこの近くでは?
「俺もそっち方面多いから、出張の日程被ったらまた飲もう!桐川さんも参加する?」
「仕事が落ち着いてたらねー」
無難にやり過ごすもののこれはまずい。
確実に会いに来る。何とか逃げおおせるようにしなければならないが、幸運にも仕事は向こう3ヶ月忙しくなりそうだった。
神は我に味方した!ありがとう!
そう思ってた時期があったんです。
私は土日祝日休みで琢磨や和人は金曜日に出張を入れてきてそのまま土日もこちらのホテルに泊まる予定を組んだようだった。
幸いにも月曜日は祝日なんだよ!何故だ!
終わった…
オタ活も舞台には行くタイプのオタクではないため、同士とのお茶会がない限り予定は入らない。
そして、出張で来るときは舞台関連がある日で同士たちは忙しい。
オタクとは沼の状況でスケジュールが把握されやすい。そして、大学生からの友人たちは私の沼の状況をよくご存知なのである。
コラボカフェさえ落ちなければ!
メッセージアプリに通知がきた。
「土曜の夜にちょっと飲まない?」
和人からのメッセージだった。一安心したものの油断は出来ない。
「彼女は?」
「彼女の家に行く前にちょっとだけ話そうと思って」
「もしや、結婚?」
「プロポーズ何回断られたか教えようか?」
「まだその時期じゃないって言われてるんでしょ」
「その愚痴をさ~」
「あー、はいはい。で、どこに行けば?」
「○○の駅の近くのこの居酒屋で」
リンクが送られてくる。
「りょ!もしかして相本くんも?」
「いや、土産見に行くって言ってたし、友だちにでも会うんじゃない?」
「りょ!」
神様、ありがとう!逃亡にはこれで成功してうやむやに出来そうです。
ワンナイトは成功したようだ。
土曜日の夜。
居酒屋に行くと既に和人が座っていて、私に気づくと手を振った。
「やー、来てくれてありがとう!」
席につくと笑顔で礼を言われる。
「はいはい、この間の奢りもあるので来ましたとも。」
店員さんにおしぼりをもらい、ついでにビールを頼む。
「酔った桐川さん面白かったわー。で、覚えてるでしょ?」
「何のこと?」
「嫌だなー酔ったときのことだよ。」
「だから、記憶にないってば!」
「これを見ても?」
差し出されたのはあの日ホテルに残してきたメモだった。ここにメモがあるということは和人は琢磨に会ったということになる。
メモを取ろうとすると和人にかわされた。
「おっと…ダメだよー俺の悪友いじめちゃ。昔言ったでしょ?アイツは高校の時から手段は選ばないし、下手すれば俺よりも上手く立ち回るって。」
「…確かに聞いたけど…まあ、お互いにワンナイトってやつでしょ。ほら、いい大人になってきてるし?」
後ろから革靴の足音がする。魔王の足音だ。
嘘はみんな上手くなるもんだったのか。
「だってさ、琢磨?お前もビビってないでちゃっちゃとモノにすればよかったのに。そしたらちゃーんとだったと思うよ?」
「そうだな。仕事の忙しさもあったけど、ちょっと油断してたよ。」
真正面に笑顔の琢磨が座った。お腹が真っ黒な大魔王な顔をした男だった。
油断してたら魔王が降臨した。逃げ道はない。