第1章『銀狼』5話「銀狼・覚醒」
おいで。
それはとても甘美な。
おいで。
優しくて懐かしい。
おいで。
誘惑なのだけれど。
涙が止まらない。
1
狭い通路で妖獣の相手をするのは分が悪いと、ケインたちは走って通路を抜けた。そこは先日来た広間で、中央に無残に粉砕された像の破片が転がっている。
その欠片を目にしてリョウは、像の哀しげな顔の女を思い出した。
キィロの登場のせいで幾分衝撃は緩和されたものの、ケインは確かに言ったのだ。彼女がタリアの母親だ、と。
けれど。直接会った事はないが、リョウはタリアから両親の話を聞かされたことがあった。
だったら・・どういうことになるのか。生憎思考を巡らせている時間はない。
「来るよ!」
キィロが叫んで通路を見据えた。その隣でリョウも剣を握り締める。ナットは反対側で、くないと呼ばれる、変わった形の短刀を両手に構えた。
通路から赤い影が飛び出す。背後に控えていたケインから放たれた一発の弾丸が影を掠め壁に突き刺さった。それが始まりの合図。
ナットがくないを放り、避けたところにリョウが一撃を叩きこむ。ぐにゃりと影が溶けるのを待たずキィロの蹴りが脇腹に命中した。獣の形が崩れる。
赤い影が伸び、キィロに迫ったところで、
「水の鎖」
ユーゼの囁いた呪が、静歌を媒介に発動し、透明な水の鎖が妖獣の動きを拘束した。
「さっさと消えろ」
忌々しげに呟き、ケインが銃を連発した。
妖獣が額から弾け飛ぶ。後には赤黒い液体だけが残され、ユーゼは不意に昨日の偽者の最期を思い出し、気分が悪くなった。
「で、タリアを見つけたとか言っていたな?」
空の薬莢を取りだし、弾を詰め替えながら、ケインが問う。
あっさりとキィロが頷いた。
「可愛い女の子と一緒だったよ」
「銀髪の?」
「うん。でも、影から妖獣出したり、変わった子だったけどねー」
それは変わってるじゃすまないだろうと、ユーゼは心の中でだけツッコミをいれる。
「ネックレスをしていたか、十字架の」
「どうだろ? そんなにしっかり見たわけでもないし。というか、タリア君がいたってことくらいしか」
その割に可愛いとか言ってるのは何故だろうとナットは首を傾げた。
「とにかく! タリアがそこにいたんだな」
「うん・・って、リョウ君!」
リョウはキィロの返事を待たず、駆け出していく。
ケインたちも溜息をついて後を追った。
「ケガはしてないみたいだったよ。でも、ぼんやりしてたから、何かしら干渉は受けてると思うけど」
息も乱さず、キィロが報告を続ける。
ケインは隣を走りながら、その指から指輪が消えているのを見咎めた。
「タリア君に預けてきた。そのためのものなんでしょ?」
確信と共に問えば、嫌そうに顔を背けられた。
少なくとも、そのために渡されたのは確かだ。
「だから指輪がどうにかされちゃう前に行かないとね」
一心不乱にタリアを目指すリョウの後ろ姿に、キィロは一人ごちた。
「おい! 行き過ぎだって!」
後ろからナットが声を張り上げる。
リョウが苛立たしげに振り返った。
「さっきキィロが出てきた穴から行けばいいんだろーが」
同じ通路を走っているのだ。人の通れる穴があれば気付く筈だと、そうリョウは言いたかったのだが。
「だからぁ。その穴、通り過ぎちまってるって」
「あ? 穴なんかなかったぜ」
「上の壁も修復されてたからな」
そういう可能性もあるかと、ケインは思う。
「だったら、仕事が早いねぇ」
微妙にズレた感想を抱くキィロ。
「ナッちゃん、どこか分かるん?」
「任せとけ! 多分、この辺だと思うんだよな」
小さな体を自信で満たし、ナットはただ自分の直感を頼りに壁を探っていく。少しもしないうちに、他とは感触の違う部分を見つけた。
「ここ! 向こうが壁になってる」
「じゃあ、さくさくっと壊そうか」
にっこり笑顔で、キィロは強烈な蹴りを放った。ガラガラと、壁が崩れる。
喧嘩はできんな、とこの中で最も腕っ節の弱いユーゼは感じ、静歌に慰められた。
早速リョウが中に入る。ケインとキィロも続き、ナットは落ち込んで見えるユーゼの背中を叩いて言った。
「心配すんなって。ちゃんとオレが守ってやっから」
「頼りにしとるで、ナッちゃん」
それならば自分は皆が安心して戦えるよう、きっちり後方支援をすればいい。
タリアはじっと、指輪を見つめたまま動かない。
心がざわめく。
「どうしたの」
少女の問いかけに、ゆっくりと顔を上げる。
紫の瞳にははっきりと、迷いが見て取れた。
少女は眦をきつくし、棺を顧みる。棺に被せられた真紅が蠢き、人の姿に変わった。
「ヴァローゼ」
声には純粋な憎しみが込められている。
真紅の妖魔が笑った。
「じゃまはさせない。もう誰にも、奪わせないわ」
「簡単なことだ。心を砕いてやればいい。目の前で大切な者を失えば、人は簡単に壊れる」
お前のように。
声にならない声に、少女は失笑する。
「だったら、そうすればいい。簡単でしょう、あなたになら。それが・・」
少女は呆然と佇むタリアを見上げた。
「代償よ。わたしの大切な者を奪った獣を、あなたに与える」
鮮血の盟主にして王たる真紅は、承諾の証に一礼し、にぃと唇を歪めた。
2
最初にその部屋に辿りついたのはリョウだった。
そして、すぐにケインたちも追いついてくる。
だが振り返り確認する余裕はなかった。
目の前に、タリアがいる。虚空を見つめ、立ち尽すタリアが。
その傍らの妖魔を、リョウは睨みつけた。
「返してもらうぜ、タリアを!」
「それは無理な話だ。お前たちには、銀狼を手に入れるための礎になってもらわなければならないからな」
「何で、そのギンロウとやらに拘るん? いくら強い言うても、魔獣なら他に仰山おるやろ」
努めて軽く言ったユーゼの言葉に、妖魔は嘲笑で応えた。
「銀狼は特別だ。我らの悲願を叶える大事な姫。いつまでも、貴様等の側に置いていくわけにもいくまい」
「どういう意味だよ・・」
リョウの怪訝そうな呟きに、ケインが苦い顔をした。
「今に分かる」
妖魔が指を振るった。自身の手にできた傷から血が滴り落ち、赤い閃光。それは今度は壁ではなく、狼に似た獣の姿になる。それが同時に三匹。紫の目に獲物に対する悪意を滾らせている。
「雑魚でオレたちに勝てると思ってんのか?」
「雑魚? それは、貴様等のことか」
妖魔が笑い、手を振り上げた。妖獣が一斉に襲い来る。
リョウは単身刃で爪を受け。キィロが囮になって引きつけたそこにケインが銃を放つ。ユーゼが投げ付けたナイフは獣の脇を掠り、待ち構えていたナットが顔面をくないで切り付けた。
三匹の獣の初撃を堪え、反撃に出ようと全員が動いた瞬間、世界が歪んだ。
リョウとユーゼにとっては二度目の経験になる、酔ったような感覚。
足元が確かになった時、リョウは何もない空間でただ一人、獣と対峙していた。
それでも、迷う理由も躊躇う時間もない。
タリアを連れ戻す、目的だけははっきりしているのだから。
剣を振り上げ、切りかかる。
「ふぇ?」
キィロは間の抜けた声と間の抜けた表情を惜しげもなく晒し、目を見開いた。
眼前に大きく開かれた獣の口。
「どけ!」
あの牙で噛まれたら痛いだろうなぁとやはり間の抜けたことを考えながら、キィロは咄嗟にしゃがんだ。
頭の上を勢いよく弾丸が通り過ぎていく。直接咽を貫かれ、獣は真っ赤な鮮血を飛び散らして倒れた。
慌てて避けるキィロ。しかし逃げ遅れ、真っ白な服に血糊がべったりとついた。
「うぇー。どうしてくれんの、ケイン君」
ケインは不満に耳を貸さず、顎をしゃくった。
改めて見回せば明らかに知らない場所で、それだけでも厄介なのだが。
「復活してるねー」
いまいち緊張感の見えない様子で、呟く。
傷もそのままに、獣は再び起き上がり、獲物に狙いを定めている。
「ったく、時間がないってのに」
「みんなは大丈夫かなぁ」
愚痴るケインに、キィロは心配そうに眉を寄せた。
最初の時ほどの衝撃もなく、ユーゼは落ちついて、護身用のナイフを数本、構えた。昔からダーツは得意で、ナイフ投げもほぼ百パーセントの命中率だ。腕に自信のないユーゼが、唯一誇れるものだ。
軽いパニック陥っていたナットも、とにかく敵を片付けるのが先決だと落ちつきを取り戻し、ユーゼを守るように前に立ち、獣と向かい合っていたのだが。
獣は不意に、姿を変えた。
ユーゼにとって忘れられないある女性の姿に。ユーゼが息を飲んだ。
「ユーゼ?」
返事がないことを怪訝に思うが、敵を目の前に振り返ることもできず、ナットはじれったくて歯痒さを感じる。
「ゆーぜ」
今では獣の影を消した女が、名を呼んだ。
びくりとユーゼの体が震える。
紫の目だけが異彩を放つ。これ以上の冒涜を許せるほど、達観はしていなかった。
一歩、前に出る。
心配そうなナットに微笑を浮かべ、ユーゼは蛙の頭を撫でた。
そして険しい目で、女を睨みつける。眼鏡の下に隠された紺色の目には、怒りと、深い哀しみで満ちていた。
「人をバカにすんのも大概にしとき」
低く唸り、叫んだ。
「氷の槍!」
空中に現れた氷柱が一斉に、女に突き刺さった。耐えられず、姿が崩れる。
「ナッちゃん!」
「おう!」
間髪いれず、ナットが斬りかかった。二本のくないが魔獣の体を切り裂く。
妖獣は血を流し、力を失う。けれど。
「何だ?」
それはよろめきながら立ち上がり、牙を剥いた。
「まぁ、小細工なしなら相手してやるわ」
ユーゼは言って、ナイフを投げつけた。
リョウは剣を振るい、敵に傷を負わせる。
獣は倒れ、しかしすぐに復活する。
自分は次第に傷が増え、体力も減り、少しずつ形勢は傾いていった。
包帯を巻かれた右腕の傷がズキズキと痛みを訴えている。動いているうちに傷が開いたのかもしれない。
「だからって・・止まれねーだろがよ」
振り下ろした刃が鋭い爪で受け止められ、体勢を崩したリョウの左肩に獣の牙が食いこむ。
「ぐ・・ぁぁ!!」
激痛が走った。
咄嗟に剣の柄で脇腹を殴り、力を弱めたところを強引に引き剥がした。
「っくしょう」
情けなさと悔しさと、怒りで頭が沸騰しそうだ。
あの時。あんなに側にいたのに。こんな所で足止めを食らって。
血で滑る柄を、強く握り締める。
叫んだ。
「タリア!!」
ただ求めるその名を。
タリアは仲間が傷ついていくのを見つめることしかできなかった。
心が悲鳴をあげる。
「だいじょうぶよ」
少女は微笑む。優しく嬉しそうに。
そっと手に触れた。指輪をきつく握り締める指を解すよう、温かく包み込むのだけれど。
声が聞こえた。それはタリアを、彼自身を求める悲痛な叫び。
「タリア」
少女の声。自愛に満ちた懐かしい声。
けれど気付いてしまう。彼女の紺色の瞳はタリアを通して遠くを見つめ、彼女の望みはその向こうにあるから。消えはしないのだ、寂しさも哀しみも。
彼女が真に求めるものが何か、気付いてしまった今なら。
自分の成すべき事を、しなければ。
「約束、したんです。おれも・・」
「タリア?」
途切れがちな思考の中、プレッシャーがきつくなる。
けれどもう、きっかけは与えられた。手の中に、確かな感触。
そっと、手を振り解いた。少女は顔を上げ、泣きそうな顔で睨みつける。
指輪を嵌めた。クリアになる思考。
哀しみも、寂しさも、心の奥に燻ってはいても。選ぶべき道はもう、すぐそこに見えている。迷いすら、消える。
「おれが、守るって。約束したんです。だからごめんなさい・・母さん」
ひどくぎこちなく、不自然ではあったけれど。それが精一杯の償いだった。
そしてタリアは顔を上げる。目の前で、傷ついていく仲間に祈る。
どうか。
どうかこれ以上、傷つくことのないように。
十字架が、鈍く光った。
タリアが自我を取り戻すと同時に、三匹の獣は力を失う。
リョウの剣が、ケインの魔法が、ナットの短刀が、それぞれ獣に止めを刺し、再び起き上がることはなかった。
同時に、歪められていた景色が戻る。彼等はタリアのいる祭壇を見上げた。
「幻覚ってことか・・」
知覚そのものに作用する。千理眼があれば見破れたかもしれないと、ケインはわずかに悔やんだが。
「何か、体が軽くなった感じ」
不思議そうに、キィロが首を傾げた。
リョウも同じことを感じる。体の痛みが、幾分和らげられているような。
顔を上げた。タリアと目が合う。哀しげにも見える瞳は紫のままだったけれど。
「おれ、ちゃんとシードさんのこと、守れましたか?」
「あぁ。少し、遅かったけどな」
軽口に、タリアはくすぐったそうに笑った。
3
少女は唇を噛み締め息子と、その仲間を睨みつけた。
「どうして!?」
慟哭。
「どうして邪魔するの、あの時も・・今も!」
絶叫。
タリアは自分とそう変わらない年に見える母親を見返し、息を呑んだ。
少女の小柄な体が、赤い影に包まれていく。
妖魔が笑う。
「銀狼よ。これは・・お前の実の母親だぞ。それを、害するか?」
言葉に詰まるタリアを庇うように、リョウが前に出た。
「その母親が、何で息子を生贄にしてんだよ! そんなことは責任果たしてから言いやがれ!!」
「それに、妖魔にそんなこと諭されてもねぇ」
憤りのまま叫ぶリョウに、キィロは肩を竦め追従する。
タリアは辛そうに俯き、ケインも眉を顰めたが。
「しらないくせに」
禁じられた娘は。
母親であることすら、奪い取られた少女は。
暗い憎しみを瞳に湛え、空を見上げた。
「もう、いらないわ。じゃまするならもういらないみんなこわして!」
「承知した」
妖魔は愉しそうに、嘲りに満ちた微笑で快諾した。
それこそが彼の望む結末であり、最も楽に目的を成す手段だ。
赤い影が満ちた。
真紅に少女の体が呑み込まれて行く。胸元からふわりと首飾りが浮いた。
「母さん!」
咄嗟に体を乗り出したタリアを、ケインが止める。
伸ばした手は虚しく空を切り。
ぷつりと、千切れた十字架が、音を立てて床に転がった。
タリアの体が崩れ落ちる。力なく、かろうじて槍を握って体を支え、小さく唇を動かした。
「これで、銀狼は無力化したか」
真紅のマントを翻し、ヴァローゼは手を振るった。
真っ直ぐに、リョウへと走る赤い閃光。
リョウは動けず、ただ迫り来る光を目で追った。
「炎の壁!」
「水の盾!」
キィロとユーゼの声が響いた。
灼熱の炎と薄い水の膜が、光を遮り、消えた。
「ぼーっとしてんなよ、リョウ!」
叱咤しつつ、くないを投げるナット。
「反省は後にしとき。今は・・生き延びるんが先やろ」
「そうそう。それから、タリア君と話し合えばいいよ」
「そう・・だな」
きっと顔を上げ、リョウは妖魔に向かって斬りかかる。
「立て、タリア」
へたり込んだ従弟を促し、ケインは戦況を分析した。
ユーゼの支援のおかげか今のところ大きな傷もなく渡り合っているが、形勢が傾くのは時間の問題だった。
「お前が、今成すべきことは何だ、よく考えろ」
実際、徐々に押され始めている。決め手に欠けるのだ。
「ケイン、さんは・・知って?」
「あぁ」
重く頷いた従兄に、タリアはようやく合点がいった。
だから彼は、自分をこの遺跡に連れてきたのだ。そこに潜むリスクと秤にかけても、それが必要だと分かっていたから。
遅れれば、全てが無に帰すと、知っていて。
「謝罪が欲しいなら後でいくらでもやる。だから今は」
「いりません。むしろ、感謝してますよ、おれ。・・上手くできるかは分かりませんけど」
「俺様を誰だと思ってる? 上手くいかせるさ」
ケインは右手を掲げた。
傍らで、タリアは十字架を握り締め目を閉じる。
「てめぇら、どいてろ!」
叫ぶと同時に指を鳴らした。
赤と青の光が入り乱れる。
かわされながらも攻撃を続けていた三人が転げるように飛び退く。
「終焉の円舞曲」
入れ替わりに火球と鎌鼬が一斉に注ぎ込まれ、妖魔の周りを巡った。
「これで、私を害すつもりか?」
動きを止めた妖魔の嘲笑を、ケインは不敵に笑っていなす。
「そこまで見くびっちゃいねぇよ」
「今です! シードさん!!」
リョウの剣が、銀色に輝いた。体中に、力が漲るのが感じられた。
その力の示すまま剣を振るう。
「うらぁぁぁーー!!」
紫の目が驚愕に見開かれた。
銀の斬撃が真紅を真っ二つに切り裂く。
「ば・・かな」
「人をね、ナメるからこうなるんだよ」
哀れむように、見下すキィロ。
「このま・・で・・いず・・」
赤黒い影がゆっくりと、拡散していく。
そこにちらりと銀色が見えた気がして、タリアはそっと、祈った。
せめて幸いな旅逝きを。
リョウは剣を下ろすと肩で息をしながら、その場にしゃがんだ。
そこには、タリアの母が落として行った十字架がある。手に取る、その冷たい感触に胸が痛んだ。
地響きが聞こえたのはその時だ。
パラパラと顔に当るのは崩れかけた天井の破片か。
「何だ?」
「封印の核が消えたせいで遺跡が崩れてるんだ。さっさと外に出るぞ!」
「げ!」
「そういうことは、先に言っとき」
「まぁ、言われてもどうしようもなかったかもよ」
「あはは」
ぎゃあぎゃあ喚きながら、出口を目指す。
最後尾を走っていたリョウは咄嗟に持ってきてしまった十字架を握り締めた。
すぐ隣にタリアがいる。見上げると、にっこりと笑顔を返された。その目は今まで通りの紺色だ。
「謝らないでくださいね。シードさんはおれを守ってくれたんだから」
「タリア・・」
きっぱりと、先手を打たれる。
「それに・・謝るのはおれのほうです。おれのために、ケガまでさせたんだから」
リョウは顔を顰めると、後ろ頭を軽く叩いた。
「いてっ」
「お前こそバカ言ってんなよ。謝られて喜ぶと思ってんのか、おれが」
それは自分に限らず、この場にいる全員に共通していそうだが。
「第一、勝手に付いて来といて謝られたらバカみたいだろうが」
憎まれ口の裏の真意にふと気付いて、タリアは今度は嬉しそうに笑った。
「だったら。ありがとうございます、はいいですよね」
「お、おう」
照れ隠しのぶっきらぼうな態度に、タリアは安心を噛み締める。
「あ、光だ」
それは随分と久し振りに感じられる、朝日の光だった。
外に出ると、失わずに済んだ仲間が、彼を待っていて。
崩れ落ちる廃屋を見る。その奥に隠された秘密ごと、消えてしまった道を。
「そうだタリア、これ」
リョウはずっと握っていた十字架をタリアに差し出す。
一瞥して、困ったように小首を傾げ、ケインを振り返るタリア。
「別に問題はないだろ。何も言わせないために先手を打ったんだ」
「どういう意味だよ」
「シードさん。もし良ければ、それ、あなたが持っていてくれませんか」
訝しげに様子を窺っていたリョウは懇願するようなタリアの申し出に一も二もなく頷く。
「よかったぁ」
正直訳が分からず不可解ではあったが、タリアが嬉しそうなのでまぁ、良しとする。
「オレもよくわかんねェんだけど」
思わず漏れたナットの呟きにはユーゼが苦笑で答える。
「あとでゆっくり話したるさかい、今は疲れをとらんと」
「そうそう! 一段落したことだし、とりあえず休もうよ。それに・・」
意味ありげに言葉を切ったキィロが振り向くと、村の方から走ってくる人影。
「廃屋とはいえいきなり潰れたら人が集まるよ。もう朝だしね。はやく逃げないと質問攻めにされちゃう」
だったらもう少し早く言えと、心の中で思ったのが誰だったのか。
狭い村で逃げるも何もなく、結局彼等は村人に囲まれることになった。




