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サイファレード大陸史 妖魔編  作者: 夕月 理真
第二章『温泉へ行こう』
12/15

第2章『温泉へ行こう』5話「温泉の効能」

『悪魔様のご加護がありますように、なーんちゃって』



1

夕陽に照らされた町は叙情的で、タリアは思わず感嘆の溜め息をこぼした。

「すごいですねぇ」

青い目をきょろきょろ世話しなく動かして、初めて見る異文化に興味津々だ。

「同じ首都でもキャレットとは全然違うよね。高いお城もないし、道も舗装されてないし」

マーキャベット神聖国の首都キャレットでは、大通りにはタイルが敷かれているし、王城を中心に貴族の屋敷がそびえているのが城下町からでもよく見えるのだ。

対してダイワでは人通りの多い道も地面が剥き出しで、建物も全体的に低く、牧訥な雰囲気をかもし出している。どちらかというとリョウやキィロに親しみ深い様相だ。

「けっこう、着てるもんも違うんだな」

浴衣や作務衣、袴といった服装は、やはりキャレットではあまりお目にかかれないものだ。

鮮やかな模様の振袖で歩く女性の姿を物珍しさからリョウが見つめているのに気付いて、タリアは何となく胸にわだかまるものを感じていると。

「お・・待ち、してました」

突然背後から声をかけられて、タリアは飛び上がって驚いた。

振り返ればいつの間に現れたのか、ちょこんとニットが立っている。

「いつの間に?つか、ずっと待ってたのか?」

いつ出発したかは知らない筈なのに、とリョウが問えば。

「この町での情報は逐一こちらに報告され・・ます。貴方達が着いたと聞いて、迎えに来た・・んです」

「さすがは忍ってことかなぁ」

気配に気付けず若干不機嫌になるケインに苦笑いを浮かべながらキィロ。

「ディーマ様がお待ち・・です。こちらへ」

先導して歩く少女ぞろぞろとついていく。長くもない道呈で、ふらふらと甘い匂いに釣られるキィロの首根っこを捕まえていなくてはならず、ケインの眉間の皺は確実に増幅していた。


案内された屋敷は他の民家から少し離れた奥まった場所にあり、しかしなかなかの規模を誇っていた。

「でっかい、ねぇ」

ぽかんと口を開けたキィロが思わずそう呟いてしまう程。

ゴクラクエンで泊まった屋敷の倍はありそうだ。

「悪魔教に入信するとこんな立派な家まで貰えちゃうのかな」

「んな訳ねぇだろ」

だったら今すぐ入会手続きをせんばかりに瞳を輝かせるキィロを、ケインは冷たく鼻で笑う。

「あれ・・?」

屋敷をぐるりと囲む塀。その正面にでんと構える大きな門を、杖をついた老人や子連れ夫婦が出入りしていた。

首を傾げていると、ニットがこっちです、と促し門から少し離れた小さな木戸に導かれる。

「皆さんは少し、特殊なので、こっちから・・です」

「裏口、なの?」

「えっと・・通用口、です」

背の低いニットはそのまま通れるが、タリアはかなり屈まなければならず、ごんっ、と頭を打ち付けた。

「っう・・」

「おい、大丈夫か」

前を歩いていたリョウが振り返って頭に手を伸ばしてくる。

「・・ッ、だ、大丈夫です!」

裏返った声を上げて反射的に後ずさってしまった。

「そ、そうか・・」

「はい・・」

視線の合わない白々しい応答。宙に浮いたまま行き場をなくした手を下ろすとリョウは固く握り込んだ。

タリアの不可解な態度に言いたいことはたくさんある。あるのだが、しかし誰よりも本人が一番その態度に戸惑っているように感じられ、リョウは何度も言葉を飲み込んできた。

そして言葉の代わりに深い深い溜め息を吐き出す。タリアに気付かれないよう、勿論心の中だけで。


通された場所は母屋から渡り廊下をはさんで東側にいる離れだった。中の広さはあの偽ボロ宿の部屋より広く、縁側から見渡せる風情ある庭園、部屋の中央に鎮座する囲炉裏、心地良く香る井草の匂いに、キィロはキラキラと瞳を輝かせた。

「コレが、ワサビってヤツなんだね!」

「わさび・・?」

「って、あのツーンてする?」

「・・ワビサビだろう」

嘆息するケインが捕まえていなければ、キィロは畳の上を転がって喜びを表現していたかもしれない。

「この離れは好きに使って構わない・・です。お風呂は母屋の方にある・・のでご自由に、使って。夕食までまだ時間があるから・・ディーマ様もその時顔を出すって」

「ありがとうございます」

「ごめんね、ナット君がいなくて」

何となく元気のない、というか覇気のない様子にキィロが苦笑を浮かべると、ニットは顔を真っ赤にして裏返った声で。

「あ、あんな奴いなくて清々してるわよ!」

強がりとしか思えない捨て台詞を残し、乱暴に戸を閉めて出ていってしまった。

「怒らせちゃった」

てへ、と可愛こぶって舌を出すキィロを、リョウは半眼で眺めた。絶対に確信犯だと確信している。

「それで、これからどうするんですか?」

タリアがいたってまともな質問をした。

彼等がユリスギにやって来たのは観光でも療養でもなく、かつて銀狼と呼ばれ恐れられた魔獣について調べるためだ。

ここ数日キィロが温泉温泉と煩かったせいで忘れがちだった目的をリョウも思い出す。

「話を聞くなら知ってる奴が相手でなきゃ意味がない。19年前から悪魔教に在籍し、機密を知れる立場にあった奴を探さないとな」

「あー、じゃあ今から総本山に行くのか?」

「えーっ!?せっかく来たのに、温泉は?」

ケインは諦めているのかキィロを一瞥もせず、ただ小さく嘆息した。

「てめぇは好きにしろ。調査は俺様一人で充分だ」

「やったー!さっすがケイン君、便りになるぅ。じゃ、タリア君もリョウ君も一緒に行こうよ」

「え、でも」

タリアにしてみれば他でもない自分の問題だ。幾ら自分より詳しいとはいえ、従兄だけに面倒をかけさせるのはどうかと悩みながら、横目でリョウを窺う。

すぐにそらされてしまった視線にますますブルーになりながら、リョウはやんわりと手を振った。

「オレはやめとく。しばらく温泉は入りたくねぇ」

「うわ、まだ立ち直ってないの。ヘタレー」

「るせぇよっ!とにかく、ケインにはオレがついてくから、タリアは温泉に行って来いよ」

変に彼を意識してしまう今は、距離を置いた方がいいのかもしれない。でも気遣わせているのがタリアにも分かって、どうしていいか答えられずにいると。

「はいはい。じゃあ、オレとタリア君は温泉。ケイン君とリョウ君は調査ってことで。さっきの話だと夕食出してもらえるみたいだから、それくらいの時間に集合ってことで」

「あぁ」

「ケイン君が暴君ぶりを発揮してイザコザに巻き込まれないように、ちゃんと見張っておいてね」

「あぁ」

キィロがぽんとリョウの肩を叩けば、当然ケインは青筋を立てた。

「どういう意味だ、おい」

「さーてと、じゃあオレ達は早速温泉に行こうじゃないのタリア君!はい、タオル持って、あ、この浴衣も借りてこう。はい、しゅっぱーつ!」

「え、あ、は、はい」

ケインの追求をケムに巻いて、慌ただしく部屋を出ていくキィロとタリア。残された二人は揃って眉間に皺を寄せていた。


2

カポーンと鹿おどしの音が天井に木霊する。

それに紛れるように、タリアは小さく溜め息を吐き出した。すぐ隣で湯をちゃぷちゃぷと遊ばせていたキィロが耳聡く聞き付けて近付いてくる。

「どうしたの、タリア君?こーんな気持ちいいお風呂の中で溜め息なんて」

そう言う彼は待望の天然温泉を満喫中で、濡れたオレンジ髪にタオルを乗せ、鼻唄混じりではしゃいでいた。元々笑顔の絶えない人物だが、いつもより数倍とろけそうな笑みを浮かべている。

渡り廊下の矢印に従ってたどり着いた温泉は、入り口で男湯と女湯に分かれ、広い脱衣所に広い洗い場、そして広い湯船に壁には遠くヴェルナ連邦の雪山を描いたモザイクアート。数人の老人が黙々と体を洗い、熱い湯につかり、時々談笑を交わしている。

タリアはこういうのを何て呼ぶのか知識では知っていた。銭湯だ。

確かに少しトロみのあるお湯は天然モノらしいのだが、これまた少し温泉とは違うような、と首を傾げたタリアとは違い、キィロは全然構わないようだ。

露天も温泉の雰囲気も、ゴクラクエンで一応堪能したのだから、問題の湯さえ天然なら、他の形式にはこだわらないらしい。他の人がいなければ泳ぐくらいはしていたかもしれない。

そんなニコニコ上機嫌なキィロに心配をかけてはいけないと、タリアは慌てて首を振ったのだが。

「リョウ君のこと?」

キィロは笑顔のまま、ズバリ言い当ててしまった。

絶句し、真っ赤になってブクブクお湯に沈んでしまったところで、慌てたキィロに揺さぶられた。

「うわ、ちょっと沈みすぎ!」

「ぷはっ・・っ、けほっ」

はっと気付いて酸素を一気に吸い込んで、むせてしまう。キィロはそんなタリアの背中を撫で、ちょっと涙のにじむ青い瞳を覗き込んで来た。

「大丈夫?」

「は・・はい」

「もう、びっくりさせないでよ。君に何かあったらオレ、三枚に卸されて蜂の巣にされちゃう」

「はぁ・・」

「悩みがあるんだったらお兄さんに相談してみなさいって。大丈夫、これでも結構人生経験積んでるんだから」

ね、と諭すように見つめてくるキィロに、タリアは目をしばたかせ、それからゆっくりと、話し出した。

「実は、あの・・つまらないこと、なんですけど」

温泉の温もりにリラックスしてか、昨日からずっと頭から離れない悩みを溜め息ごと吐き出すことが出来た。キィロは相槌を打つだけで、余計なチャチャも挟まず聞いてくれる。

ユーゼとナットの絆に感動したこと。いつか自分にもと考えたらリョウの顔が浮かんできて、リョウのことを考える度顔が熱くなって胸がドキドキして頭がぼーっとして、ちゃんと彼が見られないこと。

「シードさんのことがイヤだとか、そんなこと全然ないんです。でも、どうしてもダメで・・こんなんじゃ、あの人に嫌われちゃうんじゃないかって思うと、余計に・・」

おかしな態度になってしまって。

自縄自縛に陥ってまた沈みそうな勢いでうつむくタリアをキィロはじっと眺め。

そして一言、こう言った。

「それは『温泉の効能』だね」

「・・え?」

「温泉の効能だよ。ほら、ここにも入り口に書いてあったでしょ。ここのお湯は肩凝りリウマチ神経痛に効きます、みたいな」

「はぁ・・」

でも、それで言うならタリアの症状は悪くなるばかりで、いっこうに改善されないのだが。

「どうして温泉が体にいいかっていったら、あったかいからだと思うんだよね。いくら体にいいミネラルが入ってたって冷水浴び続けたら凍えて風邪引いちゃうでしょ。だからね」

「はい」

「温泉に入ってるとだんだん体がポカポカしてくるでしょ」

「はい」

「で、血行を良くしてくれるから、当然脈拍も上がる。ドキドキする。ずっと入ってたらのぼせて、頭がぼーっとしてきて、顔だって体だって真っ赤になる」

「・・はい」

「あそこのお風呂は、まぁ温泉の元ではあったけど、火の精霊が焚いてるだけあって結構熱かったじゃない」

「そう、ですね」

「しかもタリア君が入った時は一度お湯が止まってから、おじいちゃんが急ピッチで沸かした訳で、いつもより熱くなって、のぼせやすくなってたんだよ。そんな時に何となくリョウ君のこと思い出しちゃったからそう感じるだけで、別に変でも何でもないし、一晩経てば・・明日になれば温泉も抜けて元通りになってると思うよ」

「そう、でしょうか」

「うん、間違いない。キィロさんを信じなさいって」

実際問題、何故リョウを思い出したのかが重要で、温泉に抜ける抜けないもないと思うのだが、しかしその理屈は何よりタリアに都合が良く、自信満々に胸を叩いてむせているキィロが頼り甲斐のあるお兄さんに映ったのも確かで、半信半疑もあっという間に霧散し、タリアは憧れさえ浮かべてキィロを見つめた。

「はい!そうですね、そうなんだ」

「そうそう。時間の問題だってこと」

「そうと分かれば、一刻も早く温泉を抜くために、おれ、先にあがらせてもらいますね」

「うん、そうだねー。オレももうちょっと堪能したら戻るから」

「はい、ではお先に失礼します!」

来た時とはうって変わって元気なタリアに手を振って見送り、キィロはそっと、顔に苦笑をにじませた。

「素直ないい子だなぁ。親戚だなんて信じらんない・・これで当面はしのげるだろうけど、やっぱり時間の問題、だよね」

その時どうなるのかは神のみぞ知る、という奴で、キィロはお湯の中に浮かんだ左手の刻印を撫でた。

「悪魔様のご加護がありますように、なーんちゃって」


3

黙々と歩き続けるケインに遅れて歩きながら、リョウは気まずい空気を払拭するべく声をかけた。

「なぁ」

「何だ?」

が、返ってきたのは絶対零度の声。じわりと嫌な汗が浮かぶ。ケインの不機嫌に一つ、心当たりがあるのだ。ケインが可愛がっている従弟の、リョウに対する不審な態度。実際はリョウだって心を痛めているのだ。

「言っとくが、オレは何もしてねぇからな」

「分かってるよ」

返事はあくまでそっけなく、そして容赦がない。

「てめぇにンな度胸ないってことくらい分かりきってんだよ」

「なっ、どういう意味だよ!」

「そのままだ。ヘタレ」

「てめっ」

カッチーン、ときたリョウが掴みかかろうと手を伸ばすと、寸前でかわされ思わずつんのめる。鼻で笑われた。

「何かあってみろ。命はないと思えよ」

イヤミったらしく唇を吊り上げ振り返るケイン。軽い口調の中に心配症の従兄の本気をかい間見て、リョウは顔をしかめて、肩を落とした。

「肝に銘じておくよ」

「あぁ、そうしろ」

「・・ホント、タリアと少しでも血の繋がりがあるなんて信じられないよな」

「何か言ったか」

「いーや、別に。あ、そうだ。お前に聞きたかったんだけどさ」

小走りにケインに並ぶと、促すように顎をしゃくられ、そんな偉そうな態度も慣れたリョウは気にせず襟から銀鎖をたぐり出した。シンプルな十字架。交差部分に填め込まれた青い石が淡い夕日にキラリと輝く。

「それは・・」

目を細め、ケインは足を止めた。

「タリアから預かってるんだけどよ。これ、何なんだ?」

「どういう意味だ?」

「今日、お前らが洞窟に入ってる間に、すごく熱くなったんだ。すぐ収まったけど」

じっと十字架を見つめ、腕組みするケインに、リョウは顔をこわばらせた。無事に帰ってきたから大して気にかけなかったが、実は大問題だったりしたのだろうか。

一つ溜め息を漏らし、ケインは歩き出した。リョウも一歩遅れてついていく。

「それは、あの遺跡で見つけたものか?」

「え?あぁ、多分。タリアも同じの持ってるよな」

「それは・・おそらく触媒だ」

「しょくばい?」

「だったと言うべきか。儀式の際、マリアとタリアを繋げて銀狼を移すための、な。熱をもったのは洞窟内でアイツが力を使ったからだろう」

「力って、あの、元の力を増幅させるとかいう」

「あぁ。無意識にだが。当時の繋がりが切れてないんだろう」

「ってことは、タリアに何かあればこれで分かるってことか」

「過信は出来ないがな。最も、そいつの価値はそんなところにはない」

「へ?」

「それは・・あの女がタリアに与えた唯一の品だ。言わば、形見だな」

「あ・・」

掌の十字架に目を落とした。じわりと熱を感じるのは気のせいか。

これが何に使われたものか理解していなくても、タリアだって非業の死を遂げた母の遺品であることは分かっているだろう。

それを、預けられた。

意味なんてない、ただ近くにいたからという理由であったとしても、その信頼が嬉しく、リョウは決意を新たにする。

例え避けられようが嫌われようが、タリアを翻弄する運命から、彼を守りきってみせる、と。

もちろん、今までみたいに側で、笑っていてくれるのが一番いいのだけれど。

今日の彼の不審な態度を思い出して、リョウは内心溜め息をついた。

と、突然ケインが立ち止まり、リョウは勢い余って背中にぶつかってしまった。

「何やってやがる、アホ」

「るせぇよ」

ケインが顎で示した先、隣近所と変わりない長屋の入り口に、悪魔教傭兵隊詰め所と書かれた表札がかかっている。

ここで情報を集めるつもりなのだろう。

癪に障るがケインを野放しにするよりマシだと判断し、リョウは入り口に立つとたのもー、の声と共に戸を引いた。


4

「あのトボけた野郎はどこだ!?」

屋敷に戻るなり不機嫌全開の従兄に、先に部屋で休んでいたタリアはきょとんと目を瞬かせた。

「ケイン、さん?」

「あー、ただいま、タリア」

その脇からリョウが顔を覗かせると、タリアはびくりと肩を震わせ、真っ赤になってうつむいた。心の中で温泉のせい、温泉のせい、と呪文みたく繰り返し、蚊の鳴くような声で返事する。

「お、おかえりなさい」

「おぅ」

返事があったことが嬉しくリョウは頬を緩め、この場にいないもう一人に気付いた。

「キィロは?まだ風呂入ってんのか?」

「おれ、先にあがったんで。もうすぐ戻ってくると思いますけど」

目線は合わないが会話は普通に出来そうだ。心臓がバクバクいってるけど。

よしっと、タリアは内心ガッツポーズ。

「それで、何があったんですか?」

一言怒鳴ったきり仏頂面で座敷に座り込んだケインを横目で見つつ、リョウに尋ねる。

「それがよぉ・・」

疲れた顔でリョウも腰を下ろし、用意されていた茶道具を眺め眇めつ話し出した。


暴若無人を絵に描いたようなケインが下手を打つ前にと、リョウが先に詰め所に入った。

中にはゴロツキ一歩手前のムサ苦しい野郎共がひきつめ合っていて、一斉にこちらを睨んで来る。

いや、ただ見ただけなのかもしれないが。

「何か用かい、兄ちゃん」

フランクな口ぶりで手前の男が声をかけてきた。眉を潜めるケインをさりげなく背に隠しながら、リョウが答える。

「あー、その、悪魔教のことで聞きたいんだけどな」

マーキャベットの品行方正な軍隊ではありえない態度だが、下町育ちのリョウには馴染みやすい気質だ。

「えぇと、その、お偉いさんに会いたいんだが」

「あぁ?」

しかし実直さがウリのリョウに腹芸はない。怪訝そうに顔をしかめる男相手に返事に窮していると、横からケインが口を挟んだ。

「悪魔教に入信しようと思っていてな。教えについていろいろ聞きたいんだ」

「なるほど。入信希望者か」

男は納得したようだ。

「別に大仰な儀式は必要ないんだがな、せっかくユリスギに来たなら大司教から話を聞いていくといい」

「そうだな。タメになるかは分からんが」

がははと、男達は豪快な笑い声を上げる。

「で、その大司教ってのはどこにいるんだ?」

返ってきた答えにリョウは思わずケインと顔を見合わせた。それはまさに、二人が来た方面であり。

「いつもキセルふかしてる片目の男が大司教だ。とてもそうは見えんがね」

「あのクソ坊主・・」

隣にいたリョウにしか聞こえない声で怨念の篭った低い呟きを漏らし、ケインはさっと踵を返した。

「あ、おい、待てよ!」

「気が向いたらこっちにも入ってくれよな。腕が立つ奴は大歓迎だ」

「あぁ、助かった。ありがとな」

リョウは慌てて連れを追い掛けた。


話を聞いたタリアはぽかんと口を開けている。

「え、じゃあ、えっと、ディーマさんが?」

「大司教らしいな」

「はぁ」

確かに貫禄はある。得体の知れない雰囲気もある。

でも、とついタリアは思ってしまった。

年に数度の式典で見掛けた天使教の大司教は、もっと神々しいというか、威厳というかがあった気がする。

これが宗派の違いだと言われればそれまでだが。

「あー、いいお湯だった。やっぱり天然モノは格別だね!あれ、二人とももう戻ってきたの?」

湯上がりで肌をピンクに染めたキィロは戻ってくると、きょとんと目を瞬かせた。タオルでオレンジの癖毛をわしわしと拭きながら、不機嫌そうなケインに首を傾げる。

リョウはキィロが余計な口を挟む前に、事情を説明した。

「なるほどね」

「・・驚かないんですね」

タリアが意外に思うくらい、キィロは平然としていた。

「まぁね。けっこう高度な黒魔法使ってたし、ただの神官じゃないだろうとは思ったよ」

「にしても大司教ってのはもっとこう、しゃんとしてるもんじゃないのか」

「悪魔教の主義は自由と解放だもん。アレくらいはアリでしょ。お固い天使教と違ってね」

しかめ面のケインを除き、3人で和やかに雑談していると、コンコンと床を鳴らす音が障子越しに響いた。

全員がそちらを向く。障子に映る小柄な影。

「食事の用意が出来・・ました。離れまで・・お、越し、下さい」

言うだけ言ってふっと姿が掻き消える。

「ようやく対面できるみたいだよ、ケイン君」

にやにやと笑うキィロを睨み付け、ケインは内心舌打ちして立ち上がった。


渡り廊下に設置された行灯に導かれ、4人は離れへやってきた。

一人用の座卓に並べられた料理の数々にタリアは目を丸くし、リョウは唾を飲み込み、キィロは舌鼓を打った。

「すっごいねー!こんなのがタダだなんて、人生捨てたもんじゃないよね!」

はしゃぐキィロを横目に、ケインは剣呑な顔を空いている上座に向けていた。

程なくして、渋い声でしかし軽妙な口調で挨拶しながらディーマが入ってくる。

「ジイさんの話が長引いてな。待たせちまったか」

「そうだよ、もうこっちはお腹ペコペコだってば」

「キ、キィロさん!」

「悪い悪い。じゃ、早速食事にしようじゃないか。話は食いながらでも出来るし、な」

「はーい!じゃあ、いっただっきまーす!」

「い、いただきます」

早速箸を伸ばしたキィロが歓声を上げ、今にも口を開こうとしていたケインは出鼻をくじかれ顔をしかめた。

「あーん、美味しいッ。こういうのって、アレ、懐石料理とか言うんだっけ?」

「オレはもうちょっと味付け濃い方が好きだけどな。おい、タリア大丈夫か?」

「え、あ、はい。お箸って、慣れてなくて・・」

丸く整えられた里芋を上手く掬えず何度も取りこぼしているタリアに、ディーマが笑って声をかける。

「別にぶっ刺して食って構わねぇぜ。行儀が悪かろうが飯は美味く食えれば問題ない」

「は、はぁ」

「そうそ。形式にばっかりこだわっても仕方ないって」

そう言いつつ慣れた箸遣いで花型の人参を口に放り込むキィロは、ギロリとケインに睨まれ、愛想笑いを浮かべる。

従兄の不機嫌に落ち着かない気分でリョウを見ると気にするでもなく箸を煮物に突き刺していて、タリアは胸を撫で下ろしてお言葉に甘えることにした。

内心言いたいことはあるものの、確かに箸は慣れないと使い辛いことを幼少時貴族のタシナミとしてテーブルマナーを叩き込まれたケインも知っているので、あえて口出しは諦めた。

というより、本当に文句を言いたい相手は別にいる。

「貴様が大司教らしいな」

不機嫌全開の声で切り出したケインに、キィロとリョウは素知らぬ顔で料理を掻き込み、タリアだけがハラハラしながら従兄と隻眼の男の間で視線をさ迷わせた。

ディーマはキセルの煙をくゆらせながら、感情の読めない馮々とした笑みを浮かべている。

「あぁ、言ってなかったかい?大司教なんざ、ジイさんバアさんの愚痴を聞くだけの地味な仕事だ。そんな触れて回るような事でもないからな」

肩をすくめるディーマに、眉間の皺を濃くするケイン。

「若いうちからそんな短気だと、ハゲるぜ」

ぷっ、と吹き出したキィロはケインに睨まれてそっぽを向き、ますます増大する不機嫌オーラにリョウは冷や汗を垂らし、タリアは泣きそうな顔で従兄を見つめた。

リョウとしてはタリアだけでもこの修羅場から逃がしてやりたいが、今の微妙な距離感で拒まれたらショックが大きいし、何より今から取り沙汰されるのはタリアの問題でもあるので、つい二の足を踏んでしまっていた。

「聞きたいことがある」

「あぁ・・そこの背の高い、銀髪坊やのことだろう?」

「え!?な、何で?」

「知っていたのか」

「半分正解で半分外れだな。その坊やに妖魔が取り憑いているのは気付いてたが。それが何なのかまでは分からんね」

「妖魔に気付いたって、アンタもケインみたいな千里眼持ってんのか?」

「いいや。俺の眼は普通の目さ。ただ、片方に魔具が埋まっちまってるせいで、妖魔かそうでないか分かるんだよ」

「魔具?埋まる?」

首を傾げたタリアにケインが答えた。

「天使教も悪魔教も、位が高くなると加護を受けたアイテムを体に宿すんだ。それを触媒に力を引き出すらしい。天使教では聖具、悪魔教では魔具と呼ばれている」

「へぇ、便利ですね」

「でもねぇ、魔具は解放すると宿主の生命力を吸い取っちゃうし、聖具は本人が弱体化しちゃうし。オレだったら絶対イヤだね」

本気で嫌そうなキィロは箸を動かす手を止める気配もない。

「で?問題は銀髪坊やの方なんだろう?確かに妖魔に取り憑かれるなんざ尋常じゃないが、お祓いなら天使教のが近いだろうに」

「銀狼を知っているか?」

「・・昔、どこかで聞いた気もするねぇ」

「15年前、神聖国に現れた妖魔だ。いや、魔獣と呼ぶべきか」

「そいつがどうしたって?」

「15年前、非人道的な方法でその妖魔は封印された。こいつの中にな」

タリアはうつむき、ギュッと胸の十字架を握り締めた。封印の触媒にされたのはタリアだけではない。まだ若かった母、マリアも同じ。

彼女への想いは複雑すぎて、ただ胸が痛くなる。そんなタリアの背に優しく何かが触れた。

顔を上げればリョウが手を伸ばしていて、顔はディーマに向けたまま、ポンと励ますように叩いて離れていく。

頬が熱を持つのを感じた。胸の動悸は痛みとは別の理由で高鳴って、でも不思議と嫌な感じはしない。

温泉の効能だ、とタリアは頭の中で呟く。

顔が赤くなるのもドキドキするのも。ちょっと困るけれど、その効果は決して悪いものじゃない。いずれ自分にとってはいいものの筈だ。

だから今は離れていく体温に寂しさを覚えたことには目を瞑っておく。

リョウの声にタリアは改めてディーマを見つめた。

「色々あってその封印てのは解けたんだけどよ。肝心の銀狼が残ってんだよ」

「封印には悪魔教も立ち会ったと聞いている。何か知ってるんじゃないか?」

「銀狼ねぇ・・」

キセルで灰皿を鳴らしながら、ディーマは視線をさ迷わせた。そして。

「ニット」

「はっ!」

シュタッと軽快な音と共に、どこからともなく現れる長髪の少女。

「倉庫にな、天使教が作った銀狼とやらの資料を放り込んだ気がするんだが。探してきてくれないか」

「・・ッ!?」

ニットの顔が心なしか引き攣った。

「倉庫・・です、か」

「あぁ。15年前ならそんな奥にはいってないだろ。頼むわ」

「はぁ・・分かりました」

明らかに肩を落として忍の少女が消えると、隻眼の大司教は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。

「すまんが、俺も年でね。すぐには思い出せそうにない。とりあえず一晩待ってくれんかね。運がよければ資料も見付かるだろう」

あからさまに舌打ちするケイン。どの道他に宛てもないのだ、待つしかないのは理解できても心情的には苛立ちが勝る。

掌の上で遊ばれている気分だ。

ニットの微妙な反応が気になったタリアは、おずおずと申し出た。

「あの・・よければ倉庫探すのおれも手伝います」

「そうだな。人手は多い方がいいだろ」

リョウも同調して手を上げたのだが。

「あー。倉庫はなぁ、適当に物を詰め込んでるせいで探すのも一苦労でな。慣れない奴だとガラクタの下敷になりかねん。なに、忍部隊にも手伝わせるから心配はいらんよ」

パンッと、ディーマは両手を打ち鳴らした。

「さて、そうと決まれば今夜はお開きだ。俺は先に下がらせてもらうが、のんびりくつろいでいってくれ。温泉は自由に入ってくれて構わないからな」

いつの間にやらキレイに膳を平らげていたディーマは、キセルの煙を一吐きして出ていった。

漂うお香に鼻をひくつかせ、キィロは箸で食器をチリンと鳴らす。

「ケインくーん、いつまでも怖い顔してると眉間の皺、取れなくなっちゃうよー」

「行儀の悪い真似はよせ」

「どうせオレは下品な下町の人間だもーん。ねぇ、リョウくん」

「オレを巻き込むな!」

(何だろう・・今度は胸がもやもやしてきた)

ギャアギャアと騒ぐリョウとキィロを見ていると、何と無く気持ちがざわつくのだ。

タリアは不可解な感情を持て余しながら、拙い箸捌きで料理を口にする。少し味気ない気がした。


部屋に戻ると二部屋に二枚ずつ布団が敷かれていた。

(部屋割り、どうするんだろ)

レパーダでもゴクラクエンでも、タリアはリョウと同室だった。でも温泉が抜け切らない今はまだ、リョウと一晩過ごすことには躊躇いがある。だからといってケインと、となれば、残された二人が同室になる訳で・・。

「タリア君、一緒に寝よ」

「へ?」

考え込むタリアの腕を取って、キィロが下から笑いかけてきた。

「ほら、早く」

「あ、はい」

「おい、キィロ!」

「じゃね、二人ともおやすみー」

慌てるリョウを置き去りにキィロはタリアを強引に引っ張っていく。振り向いて、視界の端に溜め息をつく従兄を映したところで襖がピシャリと閉められた。

布団の感触を確かめ始めたキィロは、鼻唄でも歌いそうな笑顔だ。

「おの、キィロさん。どうして・・」

「んー?だって、タリア君まだリョウ君と二人きりは気まずいでしょ」

「それは、はい・・お気遣いありがとうございます」

ペコリと頭を下げたタリアに、キィロはペロリと舌を出した。

「どういたしまして。まぁ、君のためだけじゃないしね」

「え?」

声が小さくて後半は聞き取れなかった。目を瞬かせると何でもないと首を振る。

「さて、オレはもっかい温泉入ってこようかな。いつケイン君の気が変わって出てくハメになるか分かんないし。タリア君はどうする?」

「おれはやめておきます」

「そう?じゃあちょっと行ってくるよ」

「はい。いってらっしゃい」

タオルを首に巻いたキィロを見送って、タリアはゴロリと横になった。

(何だか今日は疲れた・・)

朝から騒ぎに巻き込まれ、よく考えたら、森で初めての野宿に、意識ごと体を乗っ取られ、今までの生活とはかけ離れた体験を、結構な過密スケジュールでこなしている。

(数日前まではキャレットで、平和に暮らしてたのに。変な気分だ)

嫌なのではない。この経験はきっといつか自分の糧になる。

(リョウさんのことも・・明日にはきっともう、平気になってるよね)

そうしたら、変な態度を取ったことを謝って、それから・・と想像するうちに、タリアは深い眠りに落ちていった。





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