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私的今昔奇談  作者: 神谷カラス
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トン、タタン

 十年以上前の話。

 

 当時高校生だった私は、梅雨の時期のある夜、友人と遊んだ後、駅から徒歩で帰宅していた。

先ほどまで降っていた雨は上がっており、充満した湿気だけが私を不快にさせた。両親には遅くなると連絡しておいたので、それ程心配はない。二十三時を回る前には家に着くはずだ。そう考えつつ、私は自宅近くの歩道橋までやってきた。

 この歩道橋は、たしか私が小学生の時にかけられたものだったと思う。その道は車の交通量も多く、母親も歩道橋ができて安心だと喜んでいた記憶がある。

 歩道橋も多少古くなり、錆が所々に見られる。しかし、汚らしいと言う印象を受ける事はない。むしろ、その姿が頼もしく見えたのだ。

 階段には湿った枯れ木や枯草が落ちている。私はトン、トン、と足音を立てながらその歩道橋を上がっていった。階段の中ほどで、私の足音に重なるように、軽い、鉄を叩くような音がした。


 トン、タタン、トン、タタン


 私は立ち止まった。


 トン、タタン、トン、タタン


 変わらないリズムで音が続いている。この軽快なリズム以外には、歩道橋の下を走る車が濡れた路面を削る音しか聞こえてこない。


 どこからこの音が聞こえてくるのか一瞬考えた後、私は今もそこらじゅうで落ちている雨粒が、何かに当たっている音なのだと結論付けた。そして、再び階段を上がり始める。少し、脈拍が早くなっていた。

 

 トン、タタン、トン、タタン

 

 トン、タタン、トン、タタン


 私は足音を殺して上がっていった。もうすぐ階段は終わり、短い歩道が現れる。


 トン、タタン、トン、タタン


 トン、タタン、トン、タタン


 音は明らかに大きくなっていた。私の目線が歩道部分とほぼ一直線になる所で立ち止まった。もう後一歩で橋の上にあるモノを見渡せる。怖くなかったわけではないが、こういう時、大抵何も無いのだ。私の悪い予感は良く外れるから。


 トン、タタン


 私は歩道橋の上を覗いた。


 白いワンピースを着た女が踊っていた。一定のリズムを刻み、ジャンプをしている。バレエなど見たことがなかったが、その動きに近かったと思う。


 私は頭のおかしい奴に出会ってしまったという気持ちで一杯になると同時にやはり恐怖も感じていた。彼女にばれないように戻って、少し遠くなるが下の横断歩道を渡ろうと思った。

 音を殺しながら先ほど踏み出した一歩を後ろへさげた。スローモーションのように滑らかな、ゆっくりとした動きで反転し、階段を下り始める。おそらくあの女は狂っている。物音さえたてなければ私に気がつく事はないだろう。


階段の半ばを過ぎて安心し始めた私はため息をついた。その時、あることに気がついた。


音が止んでいる。


あのリズムはおろか、車の通る音、雨の落ちる音さえ消えていた。


ゆっくりと振り返り、上を見上げると、ライトの逆光で真っ黒になったワンピースの女が立っていた。




最近までこの事は忘れていた。当時は、走って逃げ帰ったあの夜の事が頭にこびりついて離れず、1ヶ月はろくに眠れなかったと思う。しかし、十年も経つとその記憶は大分薄くなり、消えかけていた。


トン、タタン、トン、タタン


この話を思い出したのは、今、自宅の空き部屋からこのリズムが聞こえてきているからである。

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