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私的今昔奇談  作者: 神谷カラス
3/15

祖母の話

 一年前の話。


 私の祖母が亡くなった。もう九十歳を超えていたから大往生と言ってもいいと思う。


 私が子供の頃から両親は共働きであった。少し寂しい気もしていたが、祖母が世話をしてくれていたためにそれほど不満はなかった。祖母は常に優しかった。学校の授業でいつも世話になっている人に手紙を書こう、というモノがあった。私は祖母に手紙を書いた。私は手紙を読んで泣いているその姿を見て、そんなに嬉しいモノだろうかと不思議に思っていたが、今ならその気持ちを多少は理解できる。


 四年ほど前から祖母は急激に弱っていった。それまで一人でしていた料理も掃除も洗濯も私と母に任せるようになった。デイサービスへ行っている時間以外は布団で眠っている事が増えた。食事が不味いとか、掃除をしろとか小言も増えた。腹も立ったが、祖母にはそれを言う権利が十分にあった。ただ、甘やかされて育った私には祖母を満足させるだけの能力がなかったのだ。


 ある日、祖母は突然嘔吐し、汗を大量にかき始めた。私はすぐに救急車を呼び、祖母は入院することになった。

 医師から覚悟はしておくようにと言われた。言われたのだが、実感が全く湧かなかった。病院で安静にしていればまだ大丈夫なのではないかと思っていたのだと思う。

 日に日に祖母は弱っていった。手を握ってみてもほんのわずかな力で指が動くだけだった。遠かった耳はさらに遠くなってしまったようで、大声を出さなければ反応も無い。声も喉から、あー、とか、うー、とか掠れた音しか出せなくなっていた。もう瞼さえも重すぎるようだった。

 何かしてあげたくなったので、祖母との思い出を頑張って思い出そうとした。そう言えば幼稚園ぐらいの時、毎晩祖母の頬にキスをしてから眠っていた気がする。挨拶、儀式の類だったと思うのだが、私はそれが面倒くさくて嫌だった。祖母はもう眠ろうとしているのだから、最後に一度だけ頬にキスをしてあげようと思った。

 一人でお見舞いに来たとき、誰もいないのを確認して、計画を実行した。祖母は眠っているようだった。

 

 医師や看護師はとても良くしてくれたのだが、祖母は回復しなかった。その頃にはもう母と私の覚悟は決まっていて、自宅で最後の時を迎えさせてあげようという事になった。

 実家の祖母の和室にベッドが置かれ簡易な点滴台と人口呼吸器が置かれた。もう十分な水分を取る事も出来ないのでトイレに行く必要もないくらいだった。

 私はよく眠れなかった。その自覚がなかったのだが、私は一晩に何度か自分のベッドから起き上がり、祖母の様子を見に行った。苦しそうな呼吸音と指に付けられる脈拍を計る簡単な機械だけが祖母が生きているという証拠だった。

 ある日の朝、私が朝食後に祖母の様子を見に行ったときには祖母は呼吸をしていなかった。何度も祖母の名前を呼んでみたが、息を吹き返すことはなかった。すぐに医師に連絡をして、祖母の死亡が確認された。母は涙ながらに介護士と話をしていた。私は泣くことができなかった。

 その後は淡々と葬儀の準備が整えられた。

 通夜を過ごすため、母と兄と私で葬儀場に泊まる事になった。私は母と二人で納棺されている祖母の顔を覗き込んだ。


 「化粧をすると美人だね。すごくきれい」

 「うん」


 私の記憶の中に化粧をしている祖母の姿は無い。覚えているのは髪の毛を梳いている様子ぐらいだった。初めて見る化粧をしている祖母の顔は確かにきれいだった。


 それから数時間後、母と兄が眠った様子だったので私は起き上がり、祖母の様子を見に行った。生きているか死んでいるかは関係なく、その行動はもうクセになっていたのかもしれない。

 再び祖母の顔を覗き込む。死化粧にもやり方があるのか、とても穏やかな顔をしていた。

 ふと、病院でキスをしたことを思い出した。化粧もしていない女性にキスをするなんて少し無粋だったかな、と思った。僕は目を瞑り、


 「ごめんね」

 

 と呟いた。目を開けると、祖母は嬉しそうに笑っていた。

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