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私的今昔奇談  作者: 神谷カラス
13/15

コインランドリー

 最近の話。


 自宅の洗濯機が壊れたので、新品が届くまでの間コインランドリーを使うことになった。十年以上世話になった洗濯機には悪いが、初めて使うコインランドリーに少しワクワクする気持ちもあった。


 深夜三時ごろ、近所にあるコインランドリーに向かった。


 その日は不安定な天気でにわか雨を何度も繰り返していた。傘をさして洗濯物を詰め込んだ大きめのビニール袋を片手に歩いていると、靴とジャージの裾が早くも濡れてしまった。今着ているものも洗濯したくなった。


 そのコインランドリーはここ数年の間にできたはずで、まだきれいに見える。しかし、夏の時期、しかも深夜のため、光に群がる虫がたくさんいた。


 自動ドアを通ると、巨大なドラム式洗濯機と乾燥機が壁に敷き詰められていた。分離式乾燥機二台、大型洗濯機二台、中型洗濯機二台があった。その前には大きめのテーブルがあり、その下に洗濯物を置いておく大きめの籠が四つほどあった。テーブルをはさむ形で全自動洗濯機とシューズを洗う機械が置いてあった。


 壁に書いてある利用方法や注意書きの紙をよく読んでから、中型洗濯機のドラム洗浄のボタンを押した。二分ほどの間、その利用方法に気を付けて読んだ。この時間帯は利用料金が少し安くなるらしい。


 ドラムの洗浄が終わったので、雨に濡れたビニール袋にうんざりしつつ、洗濯物をドラムの中に詰め込んだ。家の洗濯機を使っている時にはあまり気が付かなかったが、どうやら袋詰めされると臭気というのは濃縮されるようだ。顔をしかめたくなるような酸っぱい臭いがする。


 洗濯と乾燥コースを選択し、料金を入れた。約四十分ほどで終わる。

 私は自動ドア近く、窓ガラスの際に置かれた四つの椅子の一番端に座った。時間つぶしのために一応本を持ってきたが、回転を始めた洗濯物が気になってそれをしばらく見ていた。


 十分ほど経ったころ、一人の男性が入って来た。狭い空間でじろじろ見るのも気が引けたので、自分の使用している洗濯機から目をそらし、本を読み始めた。


 しかし、気になって少し男性の方を見た。グレーの作業服の男性は手慣れた様子で洗濯をはじめ、外へ出て行った。一分ほど時間をおいてガラス窓から外を見てみたが、先ほどの男性もいなければ、車もなかった。雨はまだ激しく振っている。


 これ以上気にしても仕方がないので、自分の残り洗濯時間を確認してから本を読み始めた。


 それから何分ほど経ったのだろうか。どこからか視線、気配を感じる。


 私は本をしまい、天井に備え付けられた監視カメラを見てみた。そして次に同じく天井にあるモニターを見てみる。監視カメラの映像が映し出されているが、よく見ると現在進行形の映像ではなく、二時間ほど前の映像のようだ。この狭い空間をほぼ一望できる。


 なんとなくまたガラス窓を通して外を眺めてみた。誰もいない。


 私はもう一度椅子に座った。あと十分で洗濯が終わる。

 長い溜息をついて部屋全体を眺めた。


 目が二つ。


 回転している洗濯機から覗いている。


 動揺した私は慌てて本を開いた。作業服の男性の洗濯機だ。


 ゆっくりと視線をそちらに向けると、まだ目があった。フタの丸いガラスの中央あたり、目が二つだけ張り付いている。


 幸いその目はこちらを見ていないようだった。ずっと、まっすぐ視線を向けている。

 そのまましばらくすると洗濯機が大きな振動を始めた。しかし、その目は全くブレずに一点を見つめている。


 その目が私に気が付いていない様子なので、少し大胆になり、じっとその目を眺めていた。

 

 少し視線が動いたのですぐにまた目を逸らす。

 

 自動ドアが開き、先ほどの作業服の男性が入って来た。

 彼は黒い、大き目のトートバッグを持っていた。そして私の方は気にもしない様子で、私に背を向け、カバンに手を入れ何かをしていた。


 目はじっとその男性を見つめている。洗濯機自体は乾燥モードに入っているのか、まったく振動していないのに、目が揺れている。

 

 赤い血管が目立つほど激しく震えているように見えた。


 その目の洗濯機の残り時間を見るともう残り一分で終わる。私より短い洗濯コースだったようだ。


 男性はその洗濯機の前に立つ。しばらくして洗濯が終わったことを告げるアナウンスが聞こえた。


 男性は手早くフタを開けると中のモノをトートバッグに入れてすぐに出て行った。


 私は思わず立ち上がり、彼の後姿を見た。

 

 トートバッグからはぐったりとした白い手が見えていた。


 雨はもうあがっている。茫然としているうちに私の方の洗濯も終わったので、柔らかく洗いあがった洗濯物をビニール袋につめた。


 帰り道、監視カメラには何が映っているのか気になったが、確認する気にはなれなかった。


 もう二度とあそこに行くことはない。近ごろ、コインランドリーはどこにでもある。

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