ついていった少年
五年前の話。懺悔の気持ちを込めて。
懺悔というのは少し大げさだと思うのだが、申し訳ないという気持ちが今でも消えることが無いので懺悔という言葉を使わせてもらう。できれば、友人のAが読まないことを祈る。
中学以来の友人であるAは、いつまでたっても彼女を作ることができない私を心配して、女の子を紹介してくれた。その女の子Bは、Aの後輩で、彼氏と別れたばかりだったらしい。私とAとBは三人で遊びに行くことになった。当時の私は今と違って彼女を作ることに前向きだったので、喜んで出かけて行った。
車で迎えに来たAの隣、助手席に座ってから、後部座席を見てみると、少し明るめの茶髪で、色白の女の子が座っていた。その子は少し緊張していたのか、肩まで伸びた髪の端をいじっていた。服装は地味目だったが、清潔感があり、私は好感を持った。
「自己紹介は終わったな。じゃあ、X公園に行こうか」
Aは嬉しそうに言った。X公園は県境にある公園で、風光明媚な公園として有名だった。
車が走り出して数分後、私は違和感を持った。
誰かの視線を感じる。私はすでにおかしくなっていたので、何かの思い違いだろうと考えることにした。しかし、Aが我々の仲をとりもつよう懸命に話してくれているにもかかわらず、私は全然話に集中できなかった。明らかに誰かが私たちを見ている。しかし、その正体がわからない。
私は何とか二人に合わせて冗談を言っていた。Aだけでなく、Bも笑ってくれているようだ。
会話をしつつ、私が車内を見まわしてもその正体を見つけることはできなかった。
我々三人は、途中でサンドイッチが有名なパン屋に寄ってからX公園に向かった。その時、桜が満開で、家族連れ、カップル、子供たちが思い思いに休日を楽しんでいた。
公園で昼食を食べていると、Aはいつもより口数も増えて、その場を盛り上げようとしてくれていた。Bは笑っていたが、それは本心からだったのだろうか?
私は何とか笑おうと努めていたが、笑えていなかったのかもしれない。
サンドイッチを頬張りながら、私は一人の少年に意識を奪われていた。
芝生の上に広げたランチシートの上で食事をしている我々を、木陰からじっと見つめている少年。
その少年の髪は足元まで伸びていて、顔はおろかどんな服装をしているのかもわからない。しかし、直感で少年だと思った。
「しつこい男って、どう思います?」
「え?」
私はBに話しかけられても返事ができないほど困惑していた。
「Bちゃんの話、しっかり聞いとけよ。こんなだからモテないんだぞ。Bちゃんの元カレ、また会いたいってしつこいんだってさ」
「うーん、俺にはその元カレの気持ちはわからないからな」
「お前真面目かよ!」
そう言ってAは笑った。Bもつられて笑っているようだ。ついでに私も笑った。
その後、Aの用意してくれたボールやフリスビーで遊んだり、桜がちょうど見ごろな美しい公園を散歩した。その間、少年はずっと私の意識に上っていた。追いかけてきているという感覚は全く無かった。ただいつもそこにいるようだった。
日も暮れて来たので、我々は公園を出た。近くにあった喫茶店に寄って、コーヒーとスイーツを食べることにした。AとBはよく話していたが、私は隣の席に座っている少年が気になって、やはり上手く返事をすることができなかった。
「私はこれで」
そう言って頭を下げ、Bは駅へ向かった。Bを送った後の車内で、Aは呟くように言った。
「なんか、悪かったな。ちょっとお節介すぎたか」
「いや、楽しかったよ。すごく。少し体調が悪くなってきてさ。隠せてなかったかな。Bちゃんに申し訳ないことをしたよ」
「Bちゃんのことは気にしなくていい。結構メンタル強いから」
メンタルが強いとはどういう意味で言ったのだろう、と思ったが私は何も聞けなかった。
車内にはもう奇妙な視線はない。
私は目を瞑り、揺れるAの車の中で、駅のホームへ向かうBの姿を思い返していた。
いや、正確にはBの姿ではなく、Bに、まるで恋人のように寄り添うあの少年の姿を思い返していた。
A、あの時は本当に申し訳なかった。せっかく女の子を紹介してくれたのに、盛り下げるような態度とって。真昼に夢を見るようになってしまった私が全て悪いんだ。Bちゃんも、申し訳ない。もっと君を楽しませてあげられれば良かったんだが、私は心を病んでいるんだ。本当に申し訳なかった。
あれ以来AからBちゃんの話を聞かないが、元気にしているだろうか?