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記憶のかけら

作者: にとろ

「起きてください……早く起きて……」

 ん? 誰っだっけ? 意識が沈んでいく……なんだか大事なことを忘れているようなきがする。

「朝か……」

 ここ数日、こんな夢ばかり見る。

 俺には妹はいないはずなのに妹のような声が響いてきて目が覚める。

 あまり気分のよいものではないがどこかで懐かしく感じているのは気のせいばかりではないだろう。

「朝飯食うか……」

 こんな日は飯でも食わないとやっていられない。

 朝食を食べにキッチンに入る、すると俺の目に信じられないものが飛び込んでくる。

「おはようお兄ちゃん! 朝ご飯できてるよ」

 え……? 誰だコイツ? 俺は一人っ子のはずでここにいる女の子に心当たりは全くない。

「え、ええと……おはよう」

「はい! おはようございます」

 はて……俺がおかしくなってしまったのだろうか?

 ちらと食器棚に目をやる。そこには昨日まで三人分しかなかったはずの常用する食器が「四つ」重ねてある。コップも気持ち多くなっているような気さえする。

「どうかしましたか、お兄ちゃん?」

「いや……なんでもない……」

 突然現れた自称妹には驚いたが、ここにあるもの全てが四人分である以上元々コイツはここにいたのだと証言している。

 ここで異議を挟んでもこちらがおかしいと言われかねない、ちょっと探りを入れてみよう。

「おはよう! 『昨日』より可愛いな!」

「は、はい。そうですか?」

 この反応は素で困っているようだ。と言うことはおかしいのは俺なのだろうか?

「なあ、お前の名前なんだっけ?」

 直球の探りを入れる。

「お兄ちゃん……ついに私のことまで忘れちゃったんですか……」

「い、いや、覚えてるぞもちろん。ただちょっと頭が混乱しててな。悪い夢を見たんだ」

 それを聞くとこの自称妹はしょうがないといった風に答える。

「私は絵美ですよ。思い出しましたか?」

「お、おう。絵美、悪いな」

「いえいえ、お兄ちゃんがこういう人なのは知ってますから」

そう言うと絵美は俺に近づき耳打ちした。

「あんまり余計なこと考えないでくださいね。大丈夫、ちゃんと幸せにしてあげますから」

 そんなことを底冷えするような声音で囁かれた。

 どうやら俺はおかしくなっていないらしいことは分かった。

 じゃあこの絵美は一体誰だ?

 そのとき俺はふと気づいた。

 この妹は記憶にいないと思ったのだが、今何かを思い出そうとするともやがかかったように絵美以外の家族のことすらまともに思い出せない。

 もはや両親のことすらも『居た』としか思い出せない。

 確かに大切な記憶のはずなのに、ざるを抜ける水のごとく何も残さず消えていた。

「大丈夫、お兄ちゃんはちゃんとここに居るじゃないですか。何を思い悩む必要があるんですか?」

 そういう絵美の声は麻薬のごとく俺の思考を麻痺させていく。

 あれ……なんに悩んでたんだっけ?

 大事なことのはずなのに、それがなんなのかさえ思い出せない。

 俺の記憶は徐々に絵美のこと意外を消去しているようだ。

「なあ、父さんと母さんはどうしてたっけ?」

 そう問いかける俺の声は両親のことを心配しているのではなくただの好奇心以上の感情を持っていなかった。

「私たちは昔から二人きりじゃないですか! おかしなお兄ちゃんですね」

 え……俺たちに両親が居ない……そうだっけ?

 もはや思考は意味をなさず、絵美の言うことだけが意味を持っていた。

 そこで俺の思考にノイズが走った。

 僅かに「お兄ちゃん!」と言う声が聞こえた。

「お兄ちゃん! 大丈夫ですよ。あんまりいろんなことを気にしちゃダメです!」

 え? さっき何か声が……

 その僅か後に俺の足に激痛が走り意識と記憶が呼び起こされた。

「あれ、みんなどうしたんだ?」

「あんたね……どれだけ心配したか……」

 そういう母さんの声が俺の記憶を呼び覚ます。

 そうだ、俺たちはドライブをしていて車が対向車線から……

「ああああ! 俺は! 俺たちは」

 そうだ確かあの場には絵美が……

「ねえ……絵美は?」

「あの子はもう……」

 そう絞り出す声が全てを語っていた。

 あの記憶は、きっと絵美が俺に執着していたからなのだろう。

 ただ……どこかにあの記憶の中にとどまっていればよかったという記憶だけが俺の中に残り続けるのだった。


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