【第一章】第三話
こちらは自宅警備員兼メイドとして、夜まで掃除をしているシンデレラ。
「あああ。今、ミスコンやってる最中よね。アタシにも水着があったらなあ。」
星降るように澄み切った空を見上げて、切ない気持ちになるシンデレラであった。
薬売りの老婆は、なかなか商品が売れず、深夜まで町外れをうろうろしていた。
「今日の売上実績では、販売会社に戻れんのう。これもあのクソ王子がウチの薬を批判したせいじゃ。あれから薬の人気が地に落ちてしもうたからの。いつかリベンジしてやるぞい。さあ、もう遅いし帰るかのう。」
老婆は自宅へ戻ろうとしたところ、家の外で洗濯物を干しているシンデレラを見つけて不思議に思った。
「お前、どうしてこんなところにおるんじゃ。今日は昼間っから、今宵まで若い娘はみんなお城に行っとるぞ。」
「アタシ、水着持ってないんです。ミスコンは水着審査だから、出場したくてもできないんです。うう。」
思わず涙目になったシンデレラ。
「そうか。それはかわいそうじゃのう。それならば、ワシの水着をやろう。お古じゃが、それでもいいか?」
「いただいていいんですか?」
「ああ、ワシがこれを着ることはもうないじゃろうから。」
「そのおトシで、水着はちょっと、いやかなりひきますよ。」
「うるさいわ。ほっとけ!それに年をカタカナ表記されると余計に年寄りっぽくなるわ。ごほん。但し、ひとつ条件がある。王子がお前に興味を示した時、王子の口にこれを投げ入れるんじゃ。」
老婆は黄色い小さな玉をシンデレラに渡した。
「それじゃあ、健闘を祈るぞ。ほら、もう夜の11時じゃ。ミスコンは12時までじゃから、急がないとな。」
馬車はなく、シンデレラはお城に向かって猛ダッシュし、30分後にはミスコン会場に到着した。シンデレラは日頃からメイドとして体を鍛えていたので、かなりの走力を誇っていたのである。
場所は戻ってミスコン会場。時間は少しさかのぼって、11時頃。
自分のメガネにかなう女子が出なくてイライラしていた王子だが、ラスト近くの水着を見て、審査員席から立ち上がった。
「背が高くて、出るとこ出てて、くびれもスゴいぞ!この娘は、スーパーモデルか?」
アナスターシャがヒョウ柄のビキニで大人っぽく登場した。普段からモデルのバイトをしていることから、ウォーキングもしっかり決まっている。
「歩く時の後ろ姿にもそそられるなあ。これはよし!」
この日初めて王子が合格点を出した。
そして、次がラスト審査となった。登場した女子を見て、王子は身を乗り出した。
「すげえ!こんなの見たことない!この国にこれほどの牛がいたのか!ホムンクルスだ!」
「王子様。それはホルスタインです。」
「呼び方なんぞ、どっちでもいい、ドッジボールと一緒だ!」
王子は、わけのわからないことを叫びながら、白いビキニから溢れる爆乳に釘付けになっていた。
「ああ、王子様がアタイのお宝を凝視してる。ミスコン女王はこれで決定だよ!」
背中を曲げて、谷間をことさらに強調する犯罪的なポーズを取るドリゼラ。
「最後まであきらめずに、我慢していて良かったなあ。残り物には福がある。神に感謝。オヨヨ。」
王子は人目を憚ることなく、落涙した。
「王子様、優勝者はどなたにしやがりますか?」
細目メイドの問いに王子はソッコーで回答。
「最後のふたり、スーパーモデルとホムンクルスだ!」
「王子様。連続誤用は置いときやがるとして、2人でもいいのですか?」
「構わん。俺がルールブックだ。」
「「やった~、やった~、ヤッターマン!」」
アナスターシャとドリゼラは抱き合って喜んでいた。
「ちょっと待ってください!はあはあはあ。」
ミスコン会場にひとりの女子が飛び込んできた。シンデレラである。
「こ、これは!伝説のスクール水着ってヤツか?」
王子は立ち上がって、両腕を審査員席の机に突き立てた。
シンデレラは自分の紺色水着を見た。胸がパンパンに張り、水着はかなり苦しそうである。
「暗い中を走ってきたから見えなかったけど、この水着にゼッケンが付いてて、『バブロン』と書いてあるわ。これって、風邪薬のキャンペーン用?あのおばあちゃん、キャンペーンガールやってたのかしら?」
王子は金髪のシンデレラをガン見している。
「これは実にいいぞ!スクール水着は一見、布面積が広くて、見えない部分が大きくなるが、体のラインが忠実に再現される。丸みの美しさ、水着から伸びる脚の形、白さが浮き彫りにされる。それになんといっても胸だ。さっきのホムンクルスよりは小さいが、常人を遥かに凌駕した巨乳。その弾力すら手に取るようにわかりそうな見ごたえのあるお椀型が惜しげもなく、晒されている。これぞ巨乳美の局長だ!」
「王子様。それは極致だと訂正しやがります。」
「優勝者はスクール水着だ!」
「ええ?アタシが優勝?そんな、まさか。」
驚くシンデレラをよそに、スクール水着は巨乳の圧力に耐えかねて、『ブチッ、ブチッ!』という大きな悲鳴を上げた。圧力に敗退した布地から、オモチ二個がこんにちはと挨拶した。
「きゃあああああ~!」
シンデレラはオモチを隠して跪いた。
「何か代わりはないかしら?」
大急ぎで睥睨して、索敵範囲にあった光るモノを大慌てで分捕り、体の上下の恥ずかしい部分を隠すように身に付けた。
「それとこれだけはおばあさんとの約束だから。」
シンデレラは黄色の小さな玉を王子の口に投げた。大騒ぎの中で口を開けていた王子の口にストライクで入った。
「それは優勝商品だぞ!オレだけが授与する権利を保持してるのに!」
シンデレラはガラスの水着を着たまま、恥ずかしさのあまり会場を飛び出した。そこからは猛ダッシュのリプレイ。気づいたら家に戻っていた。
「どうしてあの会場に来たのよ。シンディの分際で、あたしたちの優勝が消えちゃったじゃないの。あんたが、ミスコンを破壊したんだからね。責任取りなさいよ。」
ガラスの水着はシンデレラの全力疾走で跡形もなく壊れていた。
「お姉様たち、ごめんなさい。アタシもどうしてもミスコンに出たくて。これからは気をつけます。」
「シンディは公然ワイセツ罪で捕まるかもしれないから、あたしたちが折檻するまでもないかもね。でもシンディなんか、タダのメイドだから、王子様に見つかることもないわね。そうすればあたしたちが自動的にミスコン優勝者に繰り上がるから大丈夫だわね。ハハハ。」
アナスターシャの高笑いとともに、ミスコンの夜は終わった。
白雪姫はミスコンのことを耳にしていた。
「お兄ちゃん、町おこしに尽力するなんて、さすが国の将来を担う立場をよくわかってるね。うんうん。」
政治家の発言を真に受ける大衆と同じく残念思考力だった。
王子はガラスの水着のレプリカを作り、それを着れる女子を探そうと躍起にり、お触れを出した。内容は次の通りだった。
『先日のミスコンで自分が優勝者であると思う女子は、城に来るように。そこでガラス水着を着て、サイズがぴったり合う者を優勝者とする。但し、王子様のシュミ、じゃなかった、不正防止のため、王子様の目の前で着替えすることとする。』
「なんだ、この文章は!」
王子様の潜在意識を解放しやがっただけです。もう街中にオープンにしやがりました。
「これで、来る女子がいるか!」
王子の言う通り、城にやってくる女子はゼロだった。王子のマックスなスケベ度がミスコンで露呈したことが主な原因だった。
「これは困ったなあ。この間の巨乳女子を見つける方法はないかなあ?」
しばし沈思黙考した王子は、ポンと手を打った。このお触れを出せ、と細目メイドに命令した。
『わが国は、国民生活改善のため、減税を行うこととした。但し、お金で還元したのでは、消費に繋がらない。ゆえに、希望者に無料でオーダーメイド水着を提供する。それを着て青春をエンジョイするように。但し、若い女子限定。』
「王子様。最後に付けた条件がやや気になりやがりますが。」
「構わんぞ。ひとつの家庭からすれば、娘に買ってやる水着がタダになるから家計負担は減少する。加えてオーダーメイドだ。これは着る者への付加価値は計り知れないモノがある。効果は絶大だ。もちろんこちらの目的は、オーダーメイド水着を作るためのスリーサイズ計測にある。これで、生娘の体を丸裸にできるぞ!ワハハハ。」
「王子様。その悪知恵を国政に生かしやがれです。」
無論、スリーサイズ計測は王子がやるわけではなく、王子はデータをもらうだけである、念のため。
『タダより高いモノはない。』預金を預けるとお金を取られてしまうマイナス金利時代を反映する言葉である。
水着はタダなので何か怪しいと思うべきなのだが、たくさんの女子が申し込みをしているのを見て、大衆女子に安心感が広がり、ミスコン応募者が次々と城にやってきた。
「計算通りだな。さすが俺の知恵袋。」
細目メイドは、城のメイドたちに、サクラとして並ばせていたのであった。
「ドリ。こんな大盤振る舞いはめったにないから、ぜひ行かないとね。」
「そうだね、アナお姉ちゃん。そうなると、シンディはどうかな。今度は来ないよね?」
「はい。お姉様たちにご迷惑をかけるようなことはしません。」
「よし。いい心がけだわ。今回はシンディを連れていくわ。」
「アナお姉ちゃん。どうしてシンディを連れていくんだよ?」
「まあいいじゃない。タダなんだから。」
シンデレラたちは採寸会場に到着した。場所はミスコンと同じである。今度は明るい昼間である。
シンデレラは会場内の女子の多さに驚いていた。
「スゴいです。こんなに人が集まってるですね。この前は夜だったし、慌ててましたから、会場を見回す余裕がありませんでしたので。」
会場では、女の子が30の列をなしており、それぞれの列が外にまで達している。
列の先頭の前に着替え用のカーテンレールがあり、女子たちはそこでメイドにスリーサイズを計られている。
シンデレラたちはアナスターシャ、ドリゼラ、シンデレラの順番で並んでいた。待ち時間はかなりかかりそうである。
会場には白雪姫も来ていた。
「お兄ちゃんが企画したオーダーメイド水着製作。これはシロへのプレゼントだよ。ホントはシロひとりに渡したいんだろうけど、国民に配ることにして、カムフラージュしてるんだね。お兄ちゃん、ツンデレだよ。」
笑顔の白雪姫だが、思考力はおめでたい。
白雪姫は秘密裏にやってきたので、特別扱いなく、シンデレラのすぐ後ろに並んだ。
6時間待って、ようやくアナスターシャとドリゼラの採寸が終わり、シンデレラの番となった。
シンデレラは長い待ち時間にもかかわらず、気分は春の日のように高揚していた。
「やっとアタシの水着がもらえる。それもオーダーメイドなんて、夢みたい。どんなデザインなんだろう。かわいいといいけれど。」
ウキウキしているシンデレラとは対照的に王子はカーテンレールの中を見ることができず、イラついていた。女子のスリーサイズデータはメイドたちから次々と報告されてくるので、数字だけを目で追うという味気ない作業に埋没していた。
時間が経つに連れて数字との格闘に飽きて、会場のナマ女子をじっと見ていた王子。
ここからは王子の野生の勘が威力を発揮した。ミスコンの時もそうだったが、アナスターシャ、ドリゼラ、シンデレラという三人は美少女オーラが半端なく、王子のソナーに捕まってしまった。
「アレだ!この前もいたぞ。あの二匹と一頭!」
人権上、大いに問題ある発言を飛ばしながら、王子様はシンデレラたちを指差した。もちろん指差し行為も、よい子は真似してはならない動作である。
アナスターシャは王子の視線に気付いた様子で、シンデレラに話しかけた。
「シンディ。早く服を脱ぎなさい。夜遅くなるのは、よくないから。」
「は、はい。アナスターシャお姉様。急ぎます。」
シンデレラは慌てて、カーテンレールに入り、服を脱いだような衣擦れの音が聞こえた。「今だわ!」
アナスターシャは茶色で、柿の種を大きくしたような物体を手に持ち、裸体と思われるシンデレラに投げつけた。いわゆるGである。無論ゴジラではなく、ゴキ●リである。
「これって、まさか、ゴキ●リ!?きゃあああああ~!」
耳をつんざくようなシンデレラの悲鳴が会場にこだました。
「やったわ!これでミスコンのリベンジができたわ。」
腕を突き上げてガッツポーズのアナスターシャ。
「ははん。アナお姉ちゃんがシンディを連れてきたのはこの悪だくみがあったからだね。アナお姉ちゃんもワルよのう。」
シンデレラはカーテンから飛び出し、あろうことか、王子の方に走っていった。王子は半裸のシンデレラを見て、思わず抱きしめた。
「お、王子様。」
それ以上言葉が出なかったシンデレラ。なぜなら、王子の唇がシンデレラの唇を塞いでいたからである。
「スリーサイズ計測など関係ない。俺の記憶細胞にしっかりと刻まれていたぞ、その完璧ボディがっ!」
王子は記憶力の凄さを誇示したが、それはスケベさを明言しただけだった。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「きゃあああああ!王子様乱心!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
会場は王子の突然キス、それもパンツしか穿いていないという超破廉恥無防備状態のシンデレラに対してであるから、インパクトはデカかった。姉ふたりと白雪姫も目を丸くしていた。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「王子、ヘンタイ、王子、ヘンタイ、王子、ヘンタイ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
王子は周りのブーイングを完全スルーして、シンデレラに呟くように言った。
「生まれた時から、お前を待っていた。お前がオレのファーストキスを奪ったんだ。」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ええええええ?それは違うでしょ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
会場からはクレームのハーモニーが流れた。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「王子、ウソツキ、王子、詐欺師、王子、偽証罪!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
姉ふたりと白雪姫も大合唱の仲間入りしていた。付和雷同ではなく、明確な自主参加である。
「お兄ちゃん。シロに初めてと言ってくれたのに。アレはウソだったんだ?ううう。」
「そんなの当たり前じゃない。王子がどれだけキス魔なのか知らないの?」
アナスターシャが呆れ顔で白雪姫を見た。
シンデレラはあまりに突然のことで、何が起こったのかわかってなかった。
「キス。アタシの初めてが、王子様。」
それだけの認識だった。
「やっと見つけたぞ。もうこの手を離さないからな。」
王子はシンデレラを強く抱きしめた。
「お兄ちゃん。まさか、そんな。アタシという許嫁がありながら~!」
あまりの衝撃に、白雪姫は卒倒した。
王子がシンデレラをきつく抱きしめている中、会場は騒然となっていた。大衆の意見はふたつ。ひとつは、『私が王子様の初めてと言っていたのに。』もうひとつは、『私の初めてを奪ってどうしてくれるのよ!』
「は~い。毒リンゴはいらんかね~。中身が破裂すると、浮気が止まるというマガイモノだよ~。」
いつの間にか会場に入って、堂々とインチキ商品ということを喧伝しながら販売をしている老婆。
「そんな素晴らしい効能があるリンゴなんて初めて。」「あたしにちょうだい。」「わたしにも。」
我先にと毒リンゴを買い求める女子たち。老婆はほくほく顔であった。
「売ったのはただのリンゴじゃというのに。色恋の狂気に走った女どもは冷静な判断力を失っておるからな。マガイモノだと明確にしてからの販売じゃからウソは言ってないから、これは詐欺罪には該当しないぞ。大儲けじゃ、大儲けじゃ。ガハハハ。」
鬼気迫る表情の女子たちがただのリンゴを手にして、ピッチャーのように大きく振りかぶっている。大騒ぎになってきて、シンデレラは王子から離れた。
か弱い女子が投げる一個のリンゴであれば大した威力はない。しかし、何百個という数の力は、『数は力だ』という民主主義原理の一つに該当する。
「ぐああああああああ!」
リンゴが全身に当たりまくった王子。すでにフラフラになっていたところに、額に大きいリンゴが当たり、KOされたボクサーのようにステージの床に崩れ落ちた。投げたのは白雪姫だった。
「今のは、シロが薬売りのお婆さんからもらった石製毒リンゴだからね。破壊力バツグンだよ!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「やったあ!巨悪王子を撃退したわ!」」」」」」」」」」」」」」
王子に対する勝利の美酒に酔い痴れる会場の女子たち。
結局、王子について、『どうしようもない浮気残念オトコ』と認定して、全員が会場を後にした。
「クソ。この恨み、はらさでおくべきか~!!!」
怒りに震えた王子の体から、もうもうと煙のようなものが上がり、そこから非常に小さい複数の粒子が飛び出した。それは遥か時空を超えて、現代の日本に到達したのである。
「しかし、女の子がこんなに怖いものだとは思わなかった。」
王子は会場の女子たちを見て、からだの震えが止まらなくなっていた。
「あれ?シンディがいないわね。」
姉ふたりが会場をくまなく探したが、見つからず、シンデレラはその日から行方不明となっていた。