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MACHIKOI ~君と紡ぐ、この町のストーリー~  作者: MACHIKOIプロジェクト委員会
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倉敷花筵に寄せて 第2話

 昼食の後、明日香(あすか)は普段履きのサンダルを履いて裏口から出ると、工場(こうば)の中に入った。

そこでは本家のおばさんが指出し手袋をはめて午後の仕事にかかろうとしていた。

「明日香ちゃん、帰っとったの? おばあちゃんは、もう出てくる?」

「うん。今、洗いものをしてる。もうすぐ来ると思うよ。」

「そうか、良かった。今日は出荷するゴザが多いんよ。康子(やすこ)さんは縫うのが早いからな。」


うちのおばあちゃんはゴザとゴザを縫い合わせるのが上手い。

ゴザを縫い合わせるのには丁度いい頃合いが必要だ。糸をきつく締めすぎるとゴザが開かなくて困るし、緩く縫うとゴザがよれて傷んでしまう。

そしてゴザを縫う目も決まっている。

小さく空いた穴に「魚の目を突く」早業で針を刺していくのだ。

お母さんとおばあちゃんが並んでゴザを縫っていると、そのスピードの違いがよくわかる。

お母さんが五八の二畳をやっとこさ仕上げる間に、おばあちゃんは本間(ほんけん)の六畳を軽々と縫ってしまう。


五八とか本間(ほんけん)というのは、畳の大きさを表している。

アパートのような狭い所は五八の畳が多い。一方、古い大きな家は本間(ほんけん)の畳の部屋が多い。

二畳は一間(いっけん)の長さの畳を二枚合わせたものだ。

つまり、短い距離を一回縫うだけでいい。

六畳の花ゴザを作るには、二間(にけん)、つまり倍の長さの畳を三枚合わせる。

三枚あわせるには二間の長さを、二回縫わなくてはならない。

その上、五八とは違って本間(ほんけん)だと、丈が高くて触るとゆらゆらする扱いにくいサイズになる。それを縫うのにも工夫が必要だ。


おばあちゃんはスーパーウーマンだなと、明日香はずっと思っていた。


畳を縫っている作業場の奥で、本家の(とく)さんが今日も黙って毛取りをしていた。

本家の跡取り息子の徳さんはまだ独身で花嫁募集中だ。

畳の表面を綺麗にする「毛取り」は、絶妙な力加減が必要だ。ちょっと力を入れ過ぎると畳の表面を傷つけてしまう。

だから徳さんはいつも無言で集中して仕事をしている。


明日香は小声で「こんにちはぁ。」と言いながら徳さんの横をすり抜けて、工場(こうば)の反対側の戸を開けた。


目の前の道路を横切ると本家があって、その本家の裏に友達の下村友香(しもむらともか)の家がある。

家が近いので、明日香と友香はよちよち歩きの頃から一緒に育ってきた。


インターホンを鳴らすと、すぐに友香が戸を開けてくれた。

「やっぱり明日香だった。まだ待ち合わせの時間じゃないよ。」

「ごめん。ご飯中?」

「ううん、もうすんだよ。あがって。二階で話そう。」

明日香が出かける用意をしていなかったので、何か話があると思ったのだろう。友香がすぐに部屋に通してくれた。


「あー、もう今日になって突然、無理を言うんだよ~。」

明日香は勝手知ったる友香のベッドに腰かけながら、そばにあったぬいぐるみの虎之助(とらのすけ)を抱きしめる。

「誰が何を言ったの? 都合が悪くなった?」

友香が心配そうに椅子に腰を下ろしたので、明日香はすぐに否定した。


「『すいんきょまつり』に行くのは大丈夫。…いや、大丈夫でもないか。友香、心して聞いてね。」

「…うん。」

圭介(けいすけ)がさぁ、サッカー部の遠山(とおやま)先輩を一緒に連れてきたいんだって。」

「ふうん、遠山先輩ってあの部長さん?」

「え、友香は遠山先輩のこと知ってたっけ?」

「知ってるよー。圭介君の試合の応援に行った時に挨拶してくれた人でしょ。よさそうな人だったね。あの人なら一緒に行っても構わないよ。」


「そうか。そういうことならこれも言っちゃおう。遠山先輩ね、友香のことが気になってるんだって。」

明日香がそう言うと、友香の顔が驚きの表情から徐々に真っ赤になっていった。

「…それ本当の話?」

「マジみたい。どうする? そういうシチュエーションでも平気?」

「急な話だね。」

「そうなのよ~。圭介も断られないように狙って今日言ったとしか思えない。」

友香はうんうん唸って考えていたが、しばらくすると力を抜いて明日香の方を向いた。


「考えても仕方がない気がしてきた。付き合ってとか言われたわけじゃないし、遠山先輩のことを詳しく知ってるわけじゃないでしょ。とりあえずその話は横に置いといて、今夜のお祭りにその人が来てもいいかどうかっていうんなら、いいよ。」

友香が冷静にそう言ってくれたので、明日香はホッとした。

「圭介にも友香に無理強いはするなって言っといたから。」

「フフッ、ありがと。」


「それとね、圭介が浴衣を着てこいって言うんだけど…どうしよう。」

「そういうことなら浴衣にしようよ。最初はそのつもりだったじゃない。」

浴衣はいかにも女の子をアピールしているようで照れ臭かったので、友達同士で行くんだし洋服にしようと友香に話していた。そんなことを言った自分が意見を翻すのが恥ずかしい。それも圭介に言われたからだというところが、なんとも面映ゆい。


けれど友香はそんな明日香の考えなどお見通しとばかりに、さりげなく着ていく浴衣のことを話してくれる。

本当に得難い友達だ。


夜の打ち合わせをして友香の家を出た明日香は、織機(しょっき)の音がする西側の工場(こうば)の方へ走って行った。

浴衣を着ることは恥ずかしい。でも何だか楽しみで、ワクワクした気持ちを発散させるようにスピードをあげて走った。

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