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MACHIKOI ~君と紡ぐ、この町のストーリー~  作者: MACHIKOIプロジェクト委員会
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牛太郎と松姫の東国珍道中 ~俺は絶対に『お肉』にはならない!~① 著者:友理 潤


 俺は、牛である。

 名前は『牛太郎うしたろう』。おすの牛だから、牛太郎。

 

 

 幼い頃にばあちゃんから「食べてすぐ寝ると、牛になっちまうよぉ」と言われていたことを覚えている。

 もちろん「食後に怠けていると、肥満になってしまうぞ」という注意喚起を表すたとえ話にすぎないわけだが、こうして現実として、食後にほんのひと眠りしたら、こうして牛になってしまったなんて、にわかに信じられるだろうか。

 もし「それ普通のことだよ」なんて軽く鼻で笑うような者がいたなら、それこそ頭がいかれている。

 

 しかし俺は紛れもなく牛なのだ。

 誰が何と言おうと牛なのである。

 では、なぜ俺は牛になってしまったのだろうか……。

 

 いつも縁側に座ってお茶をすすってばかりいたおばあちゃんとは言え、先人の言葉を軽んじた罰なのかもしれない。

 だが、それを今は論じている場合ではなさそうだ。

 なぜなら俺の背中には豪勢な飾りつけがされ、一人の少女がまたがるのを待つばかりとなっているのだから……。

 

 

「おお、松姫様や。おいたわしゅうございます」


「道中、お気をつけておくれまし」

 

 

 周囲の奉公人たちの心配そうな声が耳に聞こえてくる。

 そんな中、凛とした少女の声が響き渡った。

 

 

「では、お父様。お母様。そして、みなさん。松はいってまいります」



――ズシッ。



 松と名乗った少女が人々に挨拶をした直後、俺の背中にまたがると、それなりの重量感が四本の足に伝わってきた。

 

 

「もーっ」



 思わず口から声が出てしまったのも仕方ないほどの重さだ。

 

 うむ。人は見た目だけではなかなか判断がつかぬものだ。

 これほど手足の細く可愛らしい少女が、こんなにも重いだなんて……。

 いや、少女と言えどもこれくらいの体重はごく普通なのかもしれない。

 よくよく考えてみれば、まだ人間であった頃、俺が持ち上げたものの中で、もっとも重かったのは、スーパーで買った10kgのお米くらいなのだから……。

 

 そんな思案を巡らせているうちに、俺の鼻から伸びた綱を手にしていた若い女中が、怪訝そうな顔をして俺の顔を覗き込んできた。


 

「むむっ!? 何やら牛太郎うしたろうが松姫様に対して無礼なことを申したような……」



 どの時代も、勘が良いのは決まって女性の役回りということか……。

 

 ちなみに俺は、現代ではなく、昔話で語られるような時代にいる。

 それは、車も道路もない街の風景を見れば明らかだった。

 そしてここは京都のとある貴族の屋敷であることも、ここ数日の人間たちの会話を耳にして分かっている。

 

 彼らいわく、数カ月前よりこの屋敷の一人娘である松姫の白い腕に、原因不明の大きなあざができてしまったそうだ。

 そのあざを治すために、はるばる東国のとあるお寺に旅へ出ることになったらしい。

 だが旅に出る直前になって、女中が俺を指さして、とんでもないことを言い出した。



「松姫様。この牛はあやしゅうございます。いっそのこと、牛太郎は『お役御免』として、他の牛を手配された方がよろしいのではないかと思われます」



 なんだと!?

 『お役御免』とは『使い物にならないから牛肉として食べてしまいましょう』という裏返しのつもりに違いない!

 

 俺はつぶらな瞳で彼女を見たが、彼女は眉を八の字にしたまま、俺を怪しんでいる。

 すると松姫が「ほほっ」と上品な笑い声をあげながら言った。

 

 

「これこれ萩乃はぎのや。こんなに大人しい牛太郎が、そんなことを言うはずもないでしょう」



 これもどの時代でも言えるのかもしれないが、世間を知らぬいいとこのお嬢様というのは、得てして寛容な心の持ち主が多い気がする。

 

 彼女がそっと俺の背をなでる。

 その手の温もりに、牛でありながらドキドキと胸が高鳴ってしまうのは、俺がまだ「人間の男」としての理性を失っていない、何よりの証だ。

 

 一方の萩乃と呼ばれた若い女中は、松姫にたしなめられたものの、ぷくりと頬を膨らませながら俺を横目に睨みつけていた。

 

 

「さようでございますか……。松姫様がそうおっしゃるなら、仕方ありませんね。やいっ、牛太郎! 次に無礼なことを言ったりしたら、その時はお肉にしますからね! 覚悟なさい!」



 どの時代にも自分の意見が正しいと思い込み、それを人になすりつけてくる者がいるものだ。

 もっとも、この場合は彼女の勘が正しいとも言えなくはないが、それでも俺を『お肉にする』とはずいぶんな物言いではないか。

 

 俺は彼女へ返事をする代わりに、ブシュッと鼻息を浴びせた。

 

 

「キャアッ! 汚い! おのれぇぇぇ! 牛太郎!! やっぱりお肉にしてくれるぅぅ!!」



 もちろん俺は「もーっ」と言いながら素知らぬ振りをしている。

 すると周囲の人々は手を叩いて大笑いし始めた。

 

 こういう動物と人とのやり取りも、どの時代でも変わらぬものなのだな。

 

 なんだか感慨深いものを覚えていると、初老の男が穏やかな声を上げた。

 

 

「ささ、ここらでよいだろう。では、お松や。気をつけていってらっしゃい。父も母も、お前の帰りを待っているからね」



 彼は松姫の父親で、宮仕えをしている高官だそうだ。

 愛娘の病のことを同僚に相談したところ、彼は「松虫姫の伝承」なるものを耳にした。

 

 それは、不治の病におかされた松虫姫というお姫様が、天のお告げによって、下総しもふさ国の松虫まつむし寺に赴いたところ、たちまち病が癒えたというものだ。

 

 そこで松姫の家族はその伝承にならって、松虫姫の時と同じように牛と侍女を同伴させて、娘を旅に出すことにした。

 彼女のお供として、萩乃と牛である俺、さらに数名の護衛の男たちが選ばれたという訳である。

 

 

「では、みなさま。さようなら!」


「もーっ!」



 松姫の明るい挨拶とともに、俺は元気よく一鳴きすると、ゆっくりと東へ向かって歩き始めた。

 もともと旅好きの俺。

 牛となってしまったことは本意ではないが、京都から東国までの旅をのんびりと堪能するのも悪くはないではないか。

 そう思い始めていた。

 

 しかし……。

 俺の綱を引く萩乃の言葉によって、俺の旅の目的が大きく変わってしまうことになるとは……。

 

 

「ふふふ。まあ、いいわ。松姫様が無事に松虫寺へ着くことができれば、牛太郎は伝承の通りに『お役御免』よ。その時は、お肉にしてあげるんだから」



 な、な、な、なんだとぉぉぉ!?

 驚愕のあまりに口が思わず半開きとなる。

 すると萩乃は、ニタリと笑いながら続けた。

 

 

「ふふふ、その様子だと何も知らないようね。松虫姫様の伝承では、病が癒えた姫様は、もう牛の背中に乗る必要はなくなったの」


「もー」


「そこで姫様は、不要となった牛をその場に置いて、故郷へと帰っていくのよ」


「もー!?」


「ふふふ。失意に陥った牛は、近くの池に身を投げたってお話よ」


「も、もーっ!!」


「でも安心して。あんたが池に身を投げる前に、私がお肉にして美味しく頂いてあげるから。ふふふ。楽しみだわぁ」


「も、も、もーっっ!!」



 なんてことだ!

 このままでは俺は彼女によって『お肉』にされてしまう!!

 しかしここで引き返せば、それこそ「言う事を聞かぬ牛」と烙印を押されて、お肉にされてしまうに違いない!

 

 どうする!? どうするよ、牛太郎!!

 

 ……と、その時だった――

 

 

――姫様は牛のことを『不要』になったから置き去りにしたんだよな。ならば、俺がいつまでも『必要な牛』であると姫様に思わせることができたなら、俺は置き去りにされずにすむんじゃないか!?



 というアイデアがひらめいたのである。

 

 確信はない。

 しかし、もうこのアイデアに賭けるしかなかった。

 

「もーっ!!」


 俺は気合いを入れると、隣でいやらしい顔をしながらよだれを垂らしている萩乃に向けて、ブシュッと鼻息を吹きかけた。

 

 

「ちょっと! なにするのよ!! 今すぐお肉にしてやるんだから!!」



 顔中を俺の鼻水だらけにした彼女を見ながら、俺は静かに決意をあらたにしたのである。

 

 

――この旅で、絶対に松姫に見捨てられないような働きをするんだ!!

 

 

 と。

 

◇◇


 こうして牛太郎と松姫の旅は京の街から始まった。

 果たして牛太郎は松姫に置き去りにされずにすむのだろうか……。

 その答えは、この旅で彼らを待ち受ける多くのできごとによってもたらされることだろう。


 さあ、牛太郎と松姫の珍道中。

 はじまり、はじまり。


 

▼著者より

御一読いただきましてありがとうございました。

牛太郎と松姫の旅を通じながら、様々な伝統芸能などを御紹介できればと思っております。


なおこの物語は松虫寺様の御協力をいただき、作成させていただきました。

この場を借りて御礼申し上げます。


▼著者プロフィール

友理 潤

【経歴】

2016年4月執筆開始。

2018年1月『太閤を継ぐ者』(宝島社)を刊行。


【受賞歴】

第5回ネット小説大賞 受賞


趣味はカレー作りと犬の散歩。

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