胸アツ!~三島の棒術と羯鼓舞~ 著者:銘尾 友朗
ちょっと聞きたいんだけどさ、千葉県って聞いたら何を思い浮かべる? ゆるキャラのチーバくん?
……じいちゃんくらいの世代なら、成田空港かな。昔は成田だけが国際空港だったんだし。父さんくらいの世代なら、浦安のディズニーランドとか、幕張辺りの商業施設とか……。
今度さ、引っ越すことになったんだよ。君津市って分かるかな?
お隣の市の木更津市は結構有名だよね。アウトレットが出来たし。富津市も富津岬やマザー牧場なんかで、印象が強いと思うんだ。
君津は、……小学校で習ったよね、太平洋ベルトとか、工業ベルト地帯とか、そんなやつ。そこの東のはしっこって感じ。東京湾沿いに、大きな製鉄所があるんだ。
歪な風船みたいな形で、空気を吹き込む部分を東京湾に向けて、横向きに置いたような物を想像して欲しい。で、膨らましたときに結ぶ辺りのところに君津駅があって、市役所や主要道路やデパートなんかがあるんだよね。うん、だいたいこんな感じだな。
あとは膨らんでるところの奥の方、かな。久留里城ってお城がある。そこの近くの地下水は、水質が良いとかで、平成の名水百選とかってのに選ばれてるらしいよ。
ああ、あと近年話題の、農溝の滝がまだ話題に上りやすいかなぁ。昔の人が作った、人工のトンネル状の滝で、ジブリの滝、なんてアダ名が付いているね。
でも、引っ越すことになる場所は膨らむ部分の……真ん中辺りかなぁ。三島っていうところなんだ。それで、グーグルマップ見て調べてみたんだよね。……はぁ。
オレさ、東京のとある駅の近くに住んでたんだよね。小学五年生にして、友達と電車に乗って出歩いちゃうような生活してたんだ。
だからさ、実は自転車に乗るの、得意じゃなかったりするんだ。だって必要ない生活だったし。全く乗れない訳じゃないけど、母さんも、友人が自転車に乗ってて事故にあってるからか、乗らないで欲しそうだったんだ。だから、今まであんまり乗ってこなかったんだよね。……それなのに、自転車に乗るのが必須条件になりそうだよ、その町じゃ。ちょっと不安だなぁ。
とは言いつつも、実はまだ見ぬ生活にわくわくもしている。ちゃんとWi-Fiつけてくれるって言うから、ゲーム出来るし、ラインも出来るし。だから今までの友達と離れるのも、そんなに心配していない。うん、オレは大丈夫さ。
とまあ、そんな感じで引っ越したんだけど、学校変わるのは緊張した。けどさ、五年って、どこの学校もクラス替えのタイミングじゃん? だから割りとすんなり溶け込めたように思う。最初こそ、お客さんみたいだったけどね。気の合うタイプの子が多くて、友達が出来るのは早かったよ。
けどさぁ、何でこんなことになったかな? 何だか分かんないけど、棒術と羯鼓舞というのの練習を、見学することになったんだ。
転校してきて、隣の席になったシュンくんが、人懐っこくておしゃべりなヤツでさ。おかげで直ぐにクラスになじめて、それは感謝してる。
彼のおじいさんがこの棒術や羯鼓舞の奉納のお祭りを、取り仕切ってるとかで、何やら手伝いなんかがあるんだってさ。そのときは家族総出らしい。そういうの、世話役って言うのかな? オレにはよく分かんないんだけど、面白そうだから、シュンくんの友達に混ぜて貰って、これから見学に行くんだ。
一旦家に帰ってランドセルを置き、母さんにその事を話したら、「クッキー焼いたから持っていきなさい」って言われた。……ちぇっ、スナック菓子でいいのにな。そーいうの重いって、前から言ってんのに。母さんは「いいから、いいから」って笑うけどさ。
待ち合わせまで時間があったから、PC立ちあげて、『三島の棒術と羯鼓舞』を検索してみた。いくつかのサイトが出てきて、取り合えず県のやつをクリックしてみたんだよね。
そしたら、びっくり! 『県の無形民俗文化財に指定されています』だって!! オレもっと、ささやかなモノを想像してたんだよ。
なんかね、毎年九月の最終日曜日か、十月の第一日曜日に、三島神社の祭礼で演じられている、だって。三島神社の氏子である、四つの伝承地区のうち、旅名地区が羯鼓舞を、他の豊英・宿原・奥米の三地区が棒術を伝承している、って書いてあった。
祭礼当日、高さ十メートル以上もある各地区の大きな幡を先頭に(……旗と幡って、どう違うのかな? 時代劇に出てくる縦長のノボリみたいなやつのことかな、きっと)、棒術・羯鼓舞の演者、神輿や鉾などの行列が神社に勢いよく入れ込み、そのあと棒術、羯鼓舞の奉納になるんだって。
奉納って言っても、物を納めるんじゃなくて、そこで演舞するってことだよね。お客さんの浦島太郎の前で、タイやヒラメが舞い躍り~、ってのと一緒だろうと思う。
棒術は二人一組の演者が、六尺棒、刀、木刀、なぎなた、鎌、扇子などを持って立ちあうらしい。
……大昔、源頼朝がこの地を通ったときに、そのお付きの兵士が土地に土着して伝えたものみたい。豊英には丸橋流、宿原には蓮見流・田原流、奥米には朝山一伝流って、流派があるんだって。棒術って初めて聞いたのに、この辺りだけで四つも流派があるなんて、びっくりだよ。
こんな風にサイトを見ていたら、……なんか時代の流れっていうか、歴史を感じてきちゃって、軽々しく見学に行っちゃって良いのかなぁって、どきどきしてくる。だって、時代が時代ならオレ、よそ者だもんね。でもシュンくんがせっかく誘ってくれたんだし、しっかり見学させて貰おうと思った。
それからね、棒術のあとに羯鼓舞が演じられるんだって。頭に羽毛をさした親獅子・中獅子・牝獅子の三匹が、お腹につけた小太鼓を打ちながら舞い踊るらしい。
それで、舞いには雨乞いの意味があるんだって。花笠をかぶって四方に立つ「ササラすり」って呼ばれる人たちの中央で、獅子たちが舞うみたい。「四方のあまねく民」すなわち大勢の農民が日照りに困り、神に祈っているところへ三匹の龍神が現れて、雨とともに踊っていた様子を表わしているんだって。
動画サイトにもアップされてるみたいだったけど、それを見るのはやめておいた。だってさ、これから見学するんだから、楽しみにしておこうと思って。
いくつかのサイトの情報を読みながら時計を見たら、いい時間だったので慌てて家を出た。……クッキーの入った袋と、自転車のカギを持って。
母さんからクッキーの袋を受け取ったとき、まだほんのり暖かくて、ちょっと嬉しい気持ちになった。憎まれ口を言ったこと、後で謝ろうと思ったよ。こういう心のこもった物をお土産にするのも、大切なことなのかもね。
感想っていうか、そんなのをメモしておこうと思う。
羯鼓舞の方を先に見せてくれた。盆踊りみたいな踊りしか見たことなかったから、なんか神妙になるっていうのはこういうことかなって思った。
小太鼓の音と笛の音。リズミカルな、それでいて不思議な足さばき。
獅子頭は普通の獅子舞の頭より小さいかな。真っ黒くて長い鳥の羽がたくさん付いててかっこよかった。それを被ったまま、踊りながら太鼓を叩くなんて、難しそうだなと思った。
それから棒術を見せてもらった。空手や剣道みたいに型があるみたい。でも、そういうのってさ、『礼に始まり、礼に終わる』って言うじゃん? そういう礼は無かったな。独特な感じ。
とにかく迫力があったよ。動きはゆるやかなんだけど、重そうな竹刀だったり、鋭そうな鎌で打ち合うんだよ。サイトでは長い棒や、刀も使うみたいなことが書かれてたから、竹刀と竹刀がぶつかる音が響くたび、これが本当の刀だったらと、ちょっと恐かった。
でも手首の動かし方が、剣道より複雑そうに動いていて、見ていてあきなかった。演じてくれた人たちの、足を大きく開いて背筋がしゃんとしている姿がかっこいいと思った。空気がピシッとしてて、それが緊張するんだけど、清々しくて気持ち良かったよ。
この二つを見学したらさ、何か変なんだよ。胸の中に、何かアツいものが込み上げてきたんだ。
今までさ、日本的なモノって興味無かったんだよね。だってさ、ゲームしてたら日本の鎧より、西洋の甲冑の方が敵の攻撃に耐えられそうだし、形もスマートでイケテルと思ってたんだ。
だけどさ、大昔から、日本にしても西洋にしても、ときには敵と闘ったり、人間以外のものから自分たちを守ったり、神様たちにお願いしたりしながら、誰もが生きてきたんだなって思った。
土と草の香りを嗅ぎながら、喜ばしいことや、悲しいことや、いろんなものに感謝の気持ちを捧げたりなんかして、そうやって、この世界は受け継がれて来たんだ。それは世界共通だろうな。
引っ越して来る前は、そんなこと考えたことも無かったんだよ。うーん、地に足がついてるって感じ。オレ、ここで頑張って行けそうだよ。
……出来れば棒術を習ってみたいなぁって、それは調子に乗りすぎかなぁ……。
参考にしたサイトです。
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/p321-015.html
http://maruchiba.jp/sys/data/index/page/id/13330
http://kimikan.server-shared.com/ivent/kimikan-ivent-09-mishimajinjya.html
動画はYouTubeさんで検索しました。




