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MACHIKOI ~君と紡ぐ、この町のストーリー~  作者: MACHIKOIプロジェクト委員会
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奈良ビーチサイド・ソックス 著者:古川アモロ



 内田 藍里あいりに話しかけられたのは、これが初めてだったはずだ。


 

「靴下とボタンって、コラボ出来へんかな?」


 下校時―――桜井駅の改札に入ろうとしたオレは、同じクラスの内山さんに呼び止められた。


「えーと……ゴメン、いまなんて?」

 とんでもないマヌケな声が出てしまった。

「靴下とボタンのコラボってどういうこと? アッ、すいません」 

 改札の前につっ立っていたことにようやく気づく。大学生2人が出てきたのを、あわてて横によけた。

 

「靴下とボタン、コラボしたいねん」 

 オレがあたふたしているのに、お構いなしで内田さんは話しかける。いつの間にか、オレの真ん前まで近づいていた彼女。化粧水のいい香り……いや、そんなことはどうでもいい。質問の意味が分からない。



「ボタンって、服のボタンのこと?」

「うん」



 じつに簡単な話だ。

 靴下にボタンなんか必要ない。少なくともオレは、ボタンつきの靴下なんぞ見たことがない。

「……難しいんとちゃう?」

 ストレートに『ムリ!』とは言わなかった。




 それが10分前のこと。

 オレはいま、内田さんの家に向かうため、自宅と反対方向の電車に乗っている。



 ガタンガタン。

 ガタンガタン。


 女の子と並んで座るなんて、人生で初めてのことだ。なんていうのか、受験の面接のときよりも背筋せすじがピンとなる。こんな正しい姿勢で電車に乗ったことなど、かつて無い。


 ……え、ちょっと待ってくれ。なんでオレが内田さんの家に向かってるんだ?

 マジで待って、どうなってんのよ?


 記憶があいまいだが、「ウチに来て」と言われて「ハイ」と返事をしたのは、かろうじて思い出せる。ほかはなんにも思い出せん。

 


「今日、なんか予定あった?」

「いや予定はないけど。なんで急にオレを呼んだん?」

 


 カタンカタンと揺れる電車。速度が少し上がる。

 揺れるたびに内田さんの体が、オレの腕に触れそうになるが、必ずギリギリで当たらない。


「靴下にボタンって、無理かなあ?」

「あの、まずその質問がよう分からんねんけど」


「かわいい思わへん?」

「 " かざり " でボタンをあしらうってこと?」


 うん、なるほど。

 たしかに飾りボタンならワンポイントになるかな。子供服やレディースアイテムとしてなら、かわいいかもしれない。


「ううん。実用の意味で」

「なんでやねん!」


 けっこう大きな声が出てしまった。

 しまった、女子に……あわてて声のトーンを落とす。


「いや靴下ってほら、こう……スポッってくもんやん? 穴のとこがゴムやから伸びるし。だからボタンっていらんやん?」

 身ぶり手ぶり、靴下を履くジェスチャーをするオレ。だんだんバカらしくなってきた。なんで電車の中でこんなことを……

 


 内田さんが真剣な顔を向けた。



「穴ちゃう。クチ」

「……へ?」


「靴下の、足いれるとこ。クチって言うねん」

「へ、へえ……そうなんや」

 知らなかった。


「飾りボタンにも種類があんねん。金属のとか……」

「へえ」


「日本でボタン作りが始まったんは江戸時代やねん。たとえば薩摩では……」

「へえ」


「奈良でもボタン作ってんねんで。貝ボタンいうて、貝殻をくりぬいて作る……」

「へえ」


 まさかの、服飾講義。

 五位堂ごいどう駅に着いたとき、オレは靴下とボタンのことにかなりくわしくなっていた。




 駅から徒歩でまた数分。

 道中、オレはクイズ攻めにあっていた。



「では、靴下に使う繊維せんいのうち、ナイロン、コットン、アクリル、いちばん静電気が起きやすいのは?」

「……アクリルです」


「正解! では全国で、奈良県の靴下生産量の割合は?」

「約34%。シェア、日本一です」


「正解! では、海のない奈良県で、なぜ貝のボタンを作ってるんでしょうか?」

「大阪から大和やまと川をわたってくる船で、貝ガラを運べたためです。わずかな初期投資で始められる貝ボタン産業が、農家の副業として奈良にづきました」


「正解! では……」



 内田さんの家に着くまでオレは、靴下&ボタンクイズに100問以上も答えるハメになった。

 内田さんって、こんな子だっけ?


 学校でも男子と話してるのって、あんま見たことがない。それにもまして、駅で話しかけてきたときとテンションが全然ちがう。なんていうのか……なんでオレを自宅にまねいたのか、まだ聞けていない。聞くヒマをくれない。




 やがてたどり着いたのは―――



「ここ、私のお父さんの会社」

「うすうす、そんな気がしたわ」


「なにが?」

「いや、なんでもあらへん」



 到着したのは……靴下の工場だった。



 電車内で聞いた話では、靴下の製造は、全国で奈良県がトップらしい。奈良に生まれて17年になるが、はじめて知った。

 そんなふうに聞くと、いかにも伝統工芸といったガンコ職人の店を思い浮かべる。だが目の前にそびえる建物は……

 


  工場!!

 


 なんかふつうに、企業の工場だ。

 大型のトラックが、体育館ほどもある倉庫に出入りしている。二台も。


 と、大きな駐車場に面する建物の奥から、十数人のオバサンらが出てきた。ちょうどパートさんの終業の時間だったらしい。

「あら、藍里ちゃん。おかえり」

「今日は部活ないのん?」


 めいめい声をかけてくるオバサンと、笑顔で答える内田さん。


「うん、今日は部活休みやねん。あ、お疲れさまでしたぁ」

「佐藤さん、さよなら。林さん、さよなら」

 帰宅するオバサンたちの、一人一人にあいさつする内田さん。

 最後のひとりを見送ると……


「こっち。入って」

 オバサンたちに向けた笑顔はどこへ行ったのか。そっけなく工場に入るようめいじる。

 ていうか、どんどん先に行ってしまう。

 しかたなしにあとについていくオレ。



 工場のなかは……うるせええ!!

 ガッゴン、ガッゴン!!

 ガッゴン、ガッゴン!!

 耳がどうにかなる!


 機関車の内部のよう!

 円盤が回転しながら、糸を超高速で送り出している! 赤、白、黒、青……何十色もの糸、糸、糸、ぜんぜん途切れることがない。何キロメートルあるんだ、これ?


 奥の方には、イージス艦でも制御するのか!?みたいなハイテクマシンが3基並んでいる。た、たかが靴下に……

 鋼鉄のクシみたいなのが上下するたび、轟音がとどろく!

  ガッゴン!

  ガッゴン!!

  ガッゴン!!!



「うるさいから上に行こ!!」

「なに!? 聞こえへん、なんて言うたん?」

 ガッゴン、ガッゴン!


「二階に行こ! あそこに階段あるから!」

「未来に行こう?? いや、どこにも海岸なんかないよ!?」

 ガッゴン、ガッゴン!!


「ちゃう! 階段をあがろう!」

「チャッカマン・オフロード??」

 ガッゴン、ガッゴン!!

 

「もう、こっち来て!」

「あ、ちょっと!」

 オレの学生服のそでをつかみ、鉄製の階段を引っぱって行く内田さん。

 あ、海岸じゃなくて階段って言ったのね。

 カンカンカンと金属の板をふみ鳴らし、2階へ―――



 そこは、物置きのようだった。



 1階の工場とは比較にならないせまさ。ボロボロの事務机がふたつ、そしてダンボールの山、からっぽのスチール棚。パソコンや電話などは見当たらない。

 明らかに使ってない場所だ。

 昭和のころのものらしき古いミシンが3台、ホコリをかぶっていた。


「あの……ここは?」

「もう使ってない事務所」


 んなこた見りゃわかる!


「いや……なんでこんなとこに連れてきたん?」

「…………これ。これ、見てほしいねん」

 内田さんは、なにやら迷ったようなをおいてから、年季ねんきの入った事務机の引き出しを開けた。

 中から取り出したのは、布の袋。

 給食袋ほどの大きさのそれは、中身がパンパンに入っているらしい。机の上でそれを広げると……


  ザアアアアア!!

  ザアアアア!



 中から出てきたのは、


「ボタンやねん」

「やっぱりな」



 この流れだとそれしかないだろう。机にぶちまけられる、大小さまざまなボタンの山。床に落ちた何個かを、内田さんはちまちまと拾いはじめた。


 しかたなくオレも手伝う。

 しゃがんで一枚、また一枚と拾う。 

 貝ボタン。

 なるほど、たしかに普通のボタンではない。


 まるで、超軽量の大理石。

 

 プラスチックとは違う、真珠のような光沢。蛍光灯の光で虹色にじいろに輝いている。しかし何百個あるのか。


「コレどうしたん?」

「靴下とボタンって、コラボ出来へんかな?」


「あ、そこに戻んねや」

「この貝ボタンな。ボタン職人やった、おじいちゃんが作ってん」


「いや聞いてへんけど……」

「おじいちゃんな。生きとったときに、川西町で工場しててん」

「えー、はい」


「ここの工場のとなりが私の家やねんけど、昔は家でもボタン作っててん」

「えー、はい」


「海のない奈良で、なんで貝のボタン作ってるか知ってる?」

「大阪から大和やまと川をわたってくる船で、貝がらを運べたためです。わずかな初期投資で……コレ、来る途中で答えへんかったっけ?」

「せやったっけ? ゴメン」




 会話が途絶とだえた。

 機械音がいっそう大きくなった気がする。

 沈黙―――

 内田さんはずっと貝ボタンの一個を手で転がしている。

 なんなんだよコレ!


「あのさあ。もしかしてやけど、その貝ボタンを靴下に使うようなアレンジがしたいん?」


 ―――ヤバい。

 ちょっとイラついて、キツめに言ってしまった。言ってから後悔する、オレの悪いクセだ。


 内田さんは、貝ボタンをいじるのをやめて―――


「うん」

 やっぱり短く答えた。


「貝ボタンはずっと使えるねん。ホラ、縄文時代とかの貝塚からも、貝がらって出てくるやん? 貝は腐らへんし、土にもかえらへんから、割れへんかぎりずっと使えんねん」

 ジャラ、ジャラと、(まる)(しかく)のボタンを袋にもどす内田さん。

 ジャラジャラジャラ。


「靴下はちがうねん。しょっちゅう買い替えるもんやん? せやから、とにかく安いのが喜ばれんねん。ええもん作っても、選んでくれんのは、き心地を優先して買う人だけやねん」

 ジャラジャラ……ジャラジャラ。

「それでも選んでくれる人がおるかぎり、奈良の靴下も、貝ボタンも……無くならへんと……思う?」


「……いや、さあ?」

 


 なんだ、こりゃ?

 内田さんは、いったい何の話をしてるのか。


「……なあ、ええかげんに質問に答えてくれへんけ?」

 またキツい言いかたをしてしまう。


 内田さんの答えは―――


「おじいちゃんの貝ボタンな、たまたま家の押入れから出て来てん。187個だけ……最後の在庫やねん。ぜんぶ市場に出してあげたい思って……近所中の洋品店とかに売りに行ってん。買ってくださいって」


 まるで押し売りだ!


「せやけど数が中途半端すぎんのと、大きさ違うやつばっかしやろ? どこ行っても、買い取れへんて断られてん。私は途方とほうれてん」


 お前はマッチ売りの少女か。


「せやから、うちの靴下につけられへんかな?」

「あのやあ……」


 頭が痛くなってきた。

 内田さんがなにを言いたいのかは、もういい。


  靴下。

  使い捨てを前提にした消耗品。 


  貝ボタン。

  永久に使える装飾品。


 こんなもん同士をくっつけて、どうすんの?

 いや、それ以前におかしいだろ!



「駅からずっと聞きたかってんけど……なんでそれ(・・)をオレに聞くの?」

 おまけに家まで連れて来て……とは、さすがに言わなかった。


「だって……」

 ふらり、と内田さんがオレの顔を見る。

 身長がそんなに変わらないからか、目が合う。きれいな目―――

「だって、その……描いたやろ? マンガに」









 え?


 耳をうたがう。

 いま内田さんは、なんて言った??



「夏休みにマンガ描いたやろ? ほら、大きいロボットが出てくるマンガ」


 ……待ってくれ。


「待って、なんで……じゃない。いえ、漫画なんか描いてませんよ?」

 背中に、汗がにじむ。

 いやいやいや、なんで……いやいやいや。

「えーっと、なんのこと? オレは漫画なんか、なに言うてんのキミ?」

 落ち着け、笑顔……いや、真顔になるんだ。

 落ち着けオレ。

 

 内田さんが不思議そうな顔をする。

「なんでウソつくん? マンガ描いたやろ? 男の子がロボットに乗って、異次元怪獣と戦うはなし」

 ストーリーの内容に触れながら追及してきた。

 おい……ウソだろ?


 オレの顔色は、おそらく真っ赤っかだったはずだ。あるいは真っ青か。

 だんだん内田さんの表情がこわばってきた。

「あ、あの……も、もしかして、マンガ描いてるのは秘密やったん?」 


 何か答えなくては。だが言葉が出てこない。

「お、おあ、あああ、な、なぜ……」

 ただ、うめき声を発するのみ―――


 すごく言い出しづらそうに内田さんは答えた。

「あんな……怒らんといてな? マンガ、あの……サキちゃんに読ませてもらってん」





 サキチャンニ、読マセテモラッテン。

 サキ―――

 早希!?!?



「ああああああのボケァアアアア!!」

 オレは叫んだ。


 びくりとあとずさる内田さん。

「あの……私、バレー部やろ? サキちゃん、1コ下の後輩やねん」

「ウオアアアアアア!!!」


「ほんでな、その……部室にマンガの原稿持って来やってん。お兄ちゃんが描いたんです、言うて。部活のみんなで、その……読みました……も、もしかしてサキちゃん、だまって持って来やったん? 私てっきり……」

「神よ! ああああああ!!」

 叫ぶ。


「ヒッ! あ、あの……マンガのなかに、ヒロインの女の子おったやろ……? すごい、エッチなピチピチのスーツ着た……私、あれを見て……」

「ンモオオオオオオオオ!!」

 みずからの制服を左右に引き裂くオレ。

 ブチンブチンブチン!!

 ボタンが全部ちぎれ飛び、何個か内田さんの顔に当たった。

 ぴし! ぱし!

 

「痛っ! な、なあ聞いて……お願いやから、叫ばんといて。服、脱がんといて……き、聞いてる? お願いやから泣かんといて。怖い……」

「あしたは妹の葬式じゃ―――!!」

 ガンッ! 

 ガンッ!!


「サ、サキちゃんを許したって。机に頭突ずつきすんのやめて。お、お父さんに怒られる。工場のもんを壊したら、ほんまに怒られるねん。お願いやから……」

「いやあ、すっかり長居しまして。お邪魔しました、さようなら」

「ま、待って……」


 ひたいから血を流して帰宅しようとしたオレを、必死に引きとめる内田さん。

 そうか―――そうですか。




 ソウイウ、コトデシタカ。




 

 1時間後―――





「ごめん」

「……ごめん」

 どちらからともなく謝罪の言葉をわした。


 すでに日がかたむき始めているなか、オレと内田さんは工場を出た。

「と、とりあえずウチに来て。手当てと、制服のボタン縫いなおすから……頭、大丈夫?」

「アタマ? うん大丈夫、二重の意味で。それよりハンカチ、血だらけにしてしもうてゴメン」


 とぼとぼと工場のとなりの一戸建て……内田さんの家に向かう。オレの足取りは重い。

 駐車場を抜けて道路に出て、かなり大きな庭を面する彼女の家へ―――おそらく150メールほどだろうか。いまのオレには果てしない距離に思えた。


 なにが悲しいって、内田さんがさっきからオレに気を使いっぱなしだ。情けない―――彼女に借りたハンカチを額のきずにあてながら、思い出していた。

 あのみじめさを。



 そう。

 オレは漫画を描いた。 

 巨大ロボット兵器「VEL」を操縦し、侵略者から世界を守る高校生のストーリー。夏休みをつぶして描きあげた55ページ。学園ものだ。

 

 傑作だ、自分は天才だと舞い上がり、あろうことかオレはとんでもない愚行に出た。

 出版社に原稿を持ちこんだのだ。

 新幹線に乗って東京へ。

 " 週刊少年ヒート " の編集部まで漫画を見せに行ったのだ。


「すごいぞ! これを本当に高校生が描いたのか!?」

「大変な逸材が来ましたよ、編集長!」

 そんな反応を期待していた。


 結果は……思い出しただけで首をってしまいそうだ。





「はずかしい」

「な、なんで? なんでそんなこと言うのん!?」


 道すがら、ずっと泣きべそかいているオレを、内田さんは「そんなことない」となぐさめてくれた。それがいっそう、みじめな気持ちをこみ上げさせた。

  

「もうマンガ描かへんの?」 

「描かへん……ムリやってん。カエルがさあ、『ボクはいつか、空を飛ぶねん』とか言うてたらおかしいやろ? さすがに思い知ったわ」


「でも!」

「なあ、どうしても分からへんねんけど。オレの漫画と、靴下と、ボタンと、いったいどういう関係があるん?」


「それは……マンガのなかにヒロイン出てきたやん? あの女の子の靴下に、ボタンが描いてあったやろ?」


 真剣な目で、ヒロイン「小鳥遊たかなし ジュエル」のコスチュームについて話す内田さん。

「私、あれ見て……ボタンと靴下のコラボのこと相談しようと思てん! おじいちゃんの作った貝ボタン、うちの会社の靴下に使うてあげれたら、おじいちゃん喜んでくれる思って……」


 オレは首をかしげた。 

 ヒロインの、靴下……?



 ああ、わかった!

 あれか!!

 ちがう、ちがうねん……


「は、はは……アレね。あれは……ちゃうねん。あれ靴下とちゃうねん。ブーツのつもりで描いてん。はは、は……靴下に見えましたか、そうですか」

 死にそうな声で、自分の絵の下手さを弁解する。


 内田さんの驚いた顔―――

「え、ブーツ!? ウソやろ、あれはどう見ても靴下にしか見え……な、なんでもない」 


 あわてて目をそらされた。

 もうやめてくれ。

 もう、やめてくれや。


「……雑誌の編集者にもメチャメチャに言われたわ。なにが描いてあるのかさえ分からん、みたいなこと」

 



 アスファルト道に出たオレたち。

 内田さんの家の門が見えてきた。

 集合住宅のオレんちとは、比較にならない広大な敷地―――それがどうした。もう帰りたい。もう、ボタンの全部飛んだ制服のまま、この場から消えたい。


「……あ、あの、靴下とボタンのコラボのことやねんけど……なんかアイディアない?」 

「知らんよそんなん。オレ、靴下とブーツの違いも分からんねん」


「そ、それは、私が間違えたんであって……」

「きっとオレには、内田さんちの靴下と、5足で100円の靴下の違いもわからへんわ」


「……なんで、そんなこと言うん?」


 会話が止まった。

 な?

 言ってから後悔する、オレの悪いクセ。

 内田さんは、ぱたぱたとオレの前に駆け寄り、そして―――





「自分のこと、そんなふうに言うたらアカン!」


 オレをしかった。

 なんでやねん。


「そんなふうに言うたらアカン!」

「はあ、そうですね」


 よく分からないままはげまされ、いまさら帰りますとも言えないオレ。とうとう家の前まで着いてしまった。

 レンガ作りの垣根でなかは見えないが、工場の駐車場に負けないくらいの広い庭があるらしい。門のむこう、20メートルほど離れたところに2階建ての家が見える。


「ごつい家やね……」


 内田さんはその言葉に答えることなく、門の片方を開いた。

「入って」

 そう言いながら、さきに中に入る内田さん。だまって彼女のあとを追う。

 

 門をくぐり、内田さんチの敷地に入ってオレは……



   海岸を見た。



「な、なにこれ……」

 目をうたがう。

 なんで、奈良に海岸が……じゃない。なんで自宅に海岸が???


  いや海岸ではない。

 

 貝がら。

 庭に、貝殻が敷きつめられていた。

 貝殻のカケラだらけだ。

 

 カケラが地面にバラまかれている。

 はしから端まで。

 すみから隅まで、きつめられている。


 ところどころ顔をのぞかせる茶色い地面。

 あきらかに白の面積のほうが大きい。


 地面がキラキラと光る。

 夕焼けが貝がらのじゅうたんに反射し、一面が真珠のように光っている。

 ガチに真珠しんじゅ色―――


「な、なにこれ……」

 息をのむ。

 なに、これ??


「これ、ボタン作ったあとの貝がらのカケラやねん」

 光る庭に照らされ、内田さんの髪が風にゆれる。


「貝ボタンって、白蝶ハクチョウ貝とか高瀬タカセ貝みたいな、大っきな貝のからくりぬいて(・・・・・)作んねん。紙にパンチ穴をバンバンけるみたいな感じで」

 光る庭に照らされ、内田さんのスカートが風にゆれる。


「おじいちゃん、ボタン取ったあとの貝殻のクズを、全部庭に捨ててたらしいねん。いまやったら産廃法に引っかかるんやろうけど。昔はそういうの、ええ加減やったらしいねん」

 風にゆれる。

「私が生まれたときから、ウチの庭こんなんやねん」



「……メッチャきれいやん」

 本心だ。

 こんな美しい庭を、かつて見たことがない。


 だが内田さんは、さみしそうな顔でオレを見つめ返す。

「……来月になー。この庭の土、ぜんぶ入れ替えんねん」


「な……なんで!? こんなキレイやのに!」

 今日、いちばん驚いた。

 こんなキレイな庭を、つぶす??

 

「私のお姉ちゃんなー、離婚して、来月に子供連れて戻ってくんねん」 

「……」 


めいっ子、2歳やねん。この庭で遊ばせて、コケたりしたら危ないやろ? 一面、石ころだらけみたいなもんやん? せやから……」

「……そう。そやな。そら、しゃあないわ……」


 目がくらむ。


 にじ

 地面に虹を見た。

 オレは…… 


「ボタンの使い道、なんでもええんちゃう?」

 なぜか、わけのわからないことを口にしていた。


「え?」

 目を丸めて聞き返す内田さん。キョトン。


「その姪っ子、2歳なんやろ? 七五三の服とか作るときに、貝ボタン使ったげたらええやん」

「……」


「テディベアにつけたりとか」

「……」


「内田さんも将来、スーツとか作るやろ? 使ったらええやん」

「まって。待ってよ」


「あのボタンは在庫やないよ。遺品やん。きっと内田さんのために、おじいさんが残しといてくれたんやで」

「……そんなん、どうでもええ」


「どうでもようあらへん! オレは―――」

「血! おでこ、血ィめっちゃ出てる!!」


 内田さんの悲鳴で、オレはようやく気づいた。

 視界が真っ赤だ。

 夕焼けのせいじゃなかったのか。どうりで、ものすごく頭が痛いと―――


 あら?

 立っていられないぞ?

 足もとを見ると、血だまりが出来ていた。さっきから感じていた顔面の違和感いわかんは、血の感触だったらしい。ボタボタ。

「オレいま、どうなってる?」

 笑顔で聞いてみた。


 青ざめた顔の内田さんが、絶叫しながら家に駆けこんだ。

「お、お母さん! 救急車……!!」



 オレの意識はここで途切れた。

 目覚めたのは深夜、病院のベッドの上だった。

 





 3か月後の、日曜の朝。

 ひまつぶしに出かけたショッピングモールで、とつぜんオレは声をかけられた。

「あー、おはよう!」


 振り返るオレ。

「あ、やあ。おは………!! ………よ……う」


「? なに驚いてんの?」


 驚いたどころじゃない。絶句した。

 内田さんが子供を抱っこしているではないか。

 いやいやいや。


「えーっと、誰?」

「なに言うてんの? 私やん」

 すっとぼけた会話。

 

「いや違うがな。その子……あ、もしかしてお姉さんの? え、その子と2人で来たん?」

「まさか。お姉ちゃんとお母さんと4人で来てん。いま、二人とも美容院行ってんねん。ホラ、奈海ちゃん。こんにちはーって」 

 内田さんに抱かれる幼児が、オレをじっと見つめる。

 おお、なんと愛らしいのだ。

 天使―――


「ナミちゃんって言うの? こんにちは…………え、なんで無視すんの?」

 最高のほほえみをスルーされるオレ。

 ナミちゃんは、ずっとオレのひたいを眺めている。興味深そうに。


  なんでこの人、おでこを縫ってんの?

  スベってますよ、あなた。 


 みたいな目でオレを見ている。だれがギャグで顔面を縫うか、バカタレ。

 

 純真な視線に耐えかねて、オレのほうが目をそらしてしまった。

 すると―――

「あ、ボタン」


 ナミちゃんの靴下に、ボタンを2つ見つけた。

 小さな幼児用の靴下には、かわいいクマちゃんのがらがあった。

 クマの目は、小さなボタン2つで作ってある。

 これってもしかして。

「これ……おじいさんの? この靴下、内田さんが作ったん?」


 内田さんはすこし照れたような笑いを見せてくれた。

「うん。ど……どうかなあ?」


「めっちゃかわいいやん! ていうかコレ……すごいな」

 本心だ。

 まるでプロ……

 ナミちゃんを抱く内田さんの顔が、ほころぶ。


「これ作ったときなー。私、天才ちゃう!?みたいに舞い上がってしもてんやんかー。そ、そやけどお父さんに見せたら、「売りもんにならん」て言われてやー。で、で、でもお姉ちゃんがなー。写真撮ってインスタに上げてくれてんやんかー。妹が作ってくれましたーって。めっちゃ、いいね!ついてやあー……」

 嬉しそうに話す。

 興奮したように、照れているように。


 誇りに満ちているように、いっぱしの職人のように―――夏休み、オレが本当に描きたかったヒロインのように。




「ほなオレ、買うもんあるから行くわ。ナミちゃん、バイバイ…………聞いてる?」

 ナミちゃんに別れを告げるが、ぜんぜん反応してくれない。

 

「あははは。ほんならまた学校でなー。ほら、お兄ちゃんにバイバイーって」

 ナミちゃんの手を取り、ちょいちょいとオレに振ってみせる内田さん。

 無表情で手を振らされるナミちゃん。


 二人に手を振りながら、オレは笑う。

 笑って、背を向けた。

 

「今日、ナンボ持って来たっけ……」

 財布の中身を気にしながら、文具売り場に向かった。

 漫画の原稿用紙なんか、売ってるかなあ?


「春休みは、なに作って遊ぼうかな」


▼著者プロフィール

古川アモロ

『なんでも知ってるお姉さん』で『文学フリマ短編小説賞』の優秀賞を獲得。

コメディ長編『チャッカマン・オフロード』などを執筆する一方で、秀逸なイラストも手がけるなど、マルチな才能を発揮している。


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