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MACHIKOI ~君と紡ぐ、この町のストーリー~  作者: MACHIKOIプロジェクト委員会
19/24

黄色い猫と黒歴史② 著者:古都ノ葉

 あたしは清々しい気分でまた少彦名神社の参拝をした。間口が狭いが奥行きもそれほど広くない。なのにいつも誰かが拝んでいる。さっき通り過ぎた紳士は背広をきちんと来ていたし、お子さん連れもいた。

 現代医学を無視するわけではないけれどここには〈運〉という不確かなものを味方につける術があるようだ。


 ああ、今日も空が青い。

 どうかセンセとニコさんと糸さんとシロちゃんの病気、治すの手伝って下さい。

 あたしはみんなの名前をお願いした。本名ではないけれど、きっとわかって下さる。神様だから雲の上から見ているに違いない。

 ご都合主義な考え方だが、客観的視点は捨てた。


「ミコトちゃん、テストどう? うまくいきそう?」

 いきなり社務所のおばちゃんに話しかけられた。

「え? あ、あはは」

「ここは医学薬学部等受験生用の絵馬があるんよ。理学療法士、柔道整復師、針・鍼灸・マッサージ師、介護福祉士等国家試験の人もぎょうさん絵馬に願い事書いてはるよ~」

「おばちゃん営業上手いわ」

 確かに壁際に志望校などを書いた絵馬が飾ってあった。あれは進学のためだったのか。受験生でもあるのにニブいな、あたし。みんながみんな病気平癒を願っているのではないのだ。

 あれ? そういえばペットは名前が書かれていたものもあったような。

「動物の進学もあるんですか?」

「まさか」

 おばちゃんは笑って否定したが言葉を続けた。

「この神社はペットの御祈祷もやってるの。病気平癒・健康祈願・安産祈願なんかね」

「なるほど」

 確かにペットも家族だから。長生きしてもらいたいし、健康でいてもらいたいだろう。

 健康とは一緒に居られること。そして当たり前だけれど健康とは不意に崩れてしまうことがある。

 あたしが生まれる前に阪神淡路大震災があった。たくさんの人が亡くなった。突然の別れにみんな泣いて辛かった時代がほんの少し前にあったのだ。東日本大震災でも同じ。たくさんの人々が逝き、また絆を再確認した話を聞く。

 親、兄弟、友達仲間、ペット、大切な人。今が元気なことは自分だけの問題ではない。

 〈健康〉って――生きてるって、すごく奇跡で大切なことなんだ。



                  ◆



「ということで今日はプレゼント持って来ました!」

 あたしは病室に入ると勢いよくカバンを開けた。

「はい、心を込めた絵のプレゼント!」

 A5の画用紙をクリアファイルから取り出す。愛のこもったイラストプレゼントだ。

 ベッドを回り、おっちゃんらの手にそれを渡してゆく。いきなりなので多少固まっていたがみんな貰ってくれた。

「センセもね」

 あたしは満面の笑みで渡すが、センセはやや不安げな無理矢理笑いをしている。

「……あれ?」

 ふと見渡すと周囲も梅干しでも食べたような顔をしていた。

「あれれ?」

 センセはニコニコ笑って「相変わらずミコトちゃんは芸術的だな」と言った。

「芸術的って?」

 意味がわからない。

 あたしが首を傾げると、いっせいに他のおっちゃんが声を掛けて来た。

「うん、確かにこの絵は黄色い観念的な思想にあふれている」

「いや、黄色い猫は金運を運ぶやつだろう」

「そう黄色い猫は――」

「まてまて猫じゃない。ウサギやろ?」「カピバラとか」「大黒さんの金ネズミ!」「いや、よう見たら麒麟」

 動物の名前が乱れ飛ぶ。

 猫?

 本人にまず聞いてよと言いたいが、白熱すぎて言葉が挟めない。

「まあまあ、これは虎ですよ。僕は小さい頃からミコトちゃんを知っているし」

「……センセ」

「信貴山は朝護孫子寺の虎でしょ」

「いや神農さんの方」


 もしかしてわかってない?

 わかっていないのか?


 あたしがこの絵は虎だと説明したら「見えへんわ~」という声が入り乱れ飛びかった。

 神農さんの張り子の虎は持ってくることには何か遠慮を感じ、絵なら机の引き出しにも入れて置ける。お医者達のプライドも傷つけないし心もこもっている。絵なら絶対オッケーだと思って描いたのに。


 なんでスベるっ。

 ここ、笑う所じゃない!


「この耳、目、尻尾。どない見てもこの絵は虎でしょ!」

「十分アウト」

「アカンわ」

「無理や」

 おっさん三重奏っ!


「まあまあ」

 センセはにこやかに場を治めてくれた。

「ミコトちゃんは絵に関しては本気を出してもこのレベルなんです。空間認知能力が低いというか混濁しているというか……だから彼女はマジ。つまり本気ですよ」

「……」

 にこやかだけど毒があるぞ京都人。


「きっとみなさんに元気になってもらいたくて描いて来たんだと思います。神や農さんの虎ですから、呪っているとかではないですよ」

「当たり前やん」

 酷いわぁとあたしは苦笑いをする。

 センセはいけずだ。そういえば松の木Bの時、腕の形とかダメ出しがハンパなかった。

「あの、ほんまに。あたしみなさんに元気になって欲しくて、です」

 呪っているなんてあんまりだ。

 確かにあまり絵がヘタだと自覚がなかった。けど大阪張り子の虎も手作り感満載でも可愛かったし、創作という部分はこういうものだと信じていた。爆発だ、とまでは言わないけれど個性というか何というか……。

「……」

 そういえば母があたしの絵を上手いとは言ったことはなかった。

 担任の先生も選択科目から美術は外した方がとか口にしていたが、単に美術選択は人数が多いから止めた方いいという意味だと思っていた。

 

 ん?

 

 過去がいきなりあたしに襲い掛かって来た。

 きのう母はあたしが池に絵落とし無茶苦茶にしてセンセに描き直してもらった、と言っていたけど、本当は苦手すぎる絵を描きたくなくてわざと公園の池に落としたんだ。

 カルピス原液を誤飲したフリして絵を駄目にしたのもわざと。

 わ・ざ・と。

 それを思い出すと、松の木Bも手を抜きすぎるからセンセが厳しくしてくれたのかも知れない気がしてきた。


 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。


 あたしはなんと罪深い子供だったのだろう。

 都合よく忘れすぎだ。記憶の改ざんまでしてる。

 元気の良い真面目っ子はブラックだったのだ。

「……アカン子や」

 あたしは頭を押さえてリノリウムの床に座り込んだ。


「ミコトちゃん、そんなに落ち込むことあらへんよ。僕はすごく嬉しいから」

 センセはあたしの肩を優しく叩いた。

 相変わらず慰めるのがうまいなあ。絶妙のタイミングだ。過去を含めての情けなさにしょげているのだけれど一瞬で救われる。

「うん。ミコトちゃんの気持ちは受け取ったで」

「神農さんの虎、神農さんの虎。よし、虎に見えて来た」

「午後の点滴に耐えられそうや」

 おっちゃん達は頭を掻きながら、ごめんやでと謝ってくれた。

「誰かに心配してもらうのも……たまにはええなぁ」

 ニコさんがしんみりと笑う。

「神農さんにかかったら俺らの腹の中のモンなんかすぐ治るやろな」

「せや。手術なんかせんでも薬物療法でなんとかなる気がして来た」

 シロさんと糸さんが口々に言う。

「でしょう。この虎の絵があったら、抗がん剤治療だってきっと苦しくないと思います」

「……え」

 はい?

 抗がん剤?

 センセはまったりと、静かに……むしろはにかむような表情だが、今のセリフは。

「え、ええと」

 いま、なにをおっしゃいましたか?

 あたしはきっと不思議な顔をしていただろう。

「ミコトちゃん。君の絵は免疫を上げてくれる。昔からいっつも楽しませてくれた。この病室を代表してお礼を言うわ」

「……あ」

「どこに飾ろうか」

 センセはふふっと軽く声を立てているがあたしにはもう一杯一杯だった。

 胃潰瘍なんかじゃない。

 みんな癌だったのだ。ここは癌患者の病室だったのだ。

 喜んでくれる――少なくともそう見えるから毎日来てるけど、もしかしたら面会謝絶ギリギリなのだろうか。

 あぁ、またあたしに黒歴史ができた。誰にも言われへん。えらい失敗や。あたしはまた無意識に迷惑を掛けてた。

 センセは本当にどこ吹く風と普段と変わらないけれど、本当はあたしの考えているより百万倍辛かったに違いない。

 どれだけあたしは他人に無神経なのだろう。押しかけて騒いで……頼まれてもいないのにプレゼントして。

 ポン太郎、一番間抜けていたのはあたしだったよ。どうしたらええんやろ。どんな顔をすれば。



「あの……」

 あたしは声をあげた。

「お礼なんていりません。神農さんは毎月二十三日に献湯祭があるみたいで――いえ、あるんです。だからいっぺんあたしと一緒にお参りしませんか?」

「……外出許可下りるかな」

「だ・か・ら、許可でるくらい良うなって下さい。みんなで行った方が神様もようお願い聞いてくれますって!」

 あたしの声は半分掠れていたと思う。

 一瞬、病室が静まった。

 また考えもなしに口走ってしまったかなと思ったが、センセが頭をゆっくりと撫でてくれた。

「わかりました。僕ら四人、頑張って治します。せやさかいミコトちゃんは赤点なしを目指してくださいね」

「そ、それは……」

「確か少彦名神社は十一月月二十二・二十三日が神農祭。その頃には進学先が決まっているでしょうしねえ」

「――いや、あの」

 センセはきちんと病気を受け止めている。それが言葉の端から漂っていた。病院には良くなるために入院しているのだ。当たり前か。

 さすがあたしの初恋の人。

 そのあたしときたら女の子らしい顔をするはずが、白目を剥いたコワイ顔を晒していただろう。


「……」

 だけど泣きそうだ。

 あたしは無言で唇を少し噛む。

 駄目だ。こんなんじゃ。

 一番苦しいのは病気を得てしまった人なのに。センセは癌という病名に驚いたあたしを茶化して明るくしてくれているのに。

 この流れに乗らなければと思った。そうでなきゃ大阪っ娘ではない。ないのだ。


 無理でも微笑め、自分!


 あたしは深呼吸をして病室のみんなに向き直った。

「え、ええとあたしもアホを治しますから、みんなで一緒に頑張りましょうっ」

 センセ。

 ニコさんシロさん糸さん。

 少彦名さん、神農炎帝さん、大阪張り子の虎さん。

「見ててやーっ。あたしら負けへんでぇ」

 片手を掲げて宣言したら病室は拍手と爆笑に包まれた。あたしは勢いで「勝つぞ」と叫んだ。

 癌は死病ではない。テストは……今さらでかなり絶望的ではあるけれど。うん。なんとかなる。なんとかしてみせる。気持ちだけは負けへん。

「明日も来ますからねっ」

 都合の悪いことは忘れて前を向こう。そんな時があってもいい。

 夢はセンセのお嫁さん! 

 アカン。そんなこと考えてたらまた泣けて来た。

 どないかしてよ神農さん!



挿絵(By みてみん)

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