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MACHIKOI ~君と紡ぐ、この町のストーリー~  作者: MACHIKOIプロジェクト委員会
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加賀百万石の悲恋物語② 著者:響 恭也

 俺は咳払いをして語り始めた。

「慶長4年。加賀前田家二代目当主、前田利長は金沢城の防備を固めるため、城の周囲を土塁で囲むように命じた。いわゆる惣構えというやつだ」

 豊臣と徳川の間で緊張感が高まっており、いつ決戦の火ぶたが切られるかわからない時期でもあったため、築塁は急がれた。加賀藩の住民を動員し、役目を担った藩士の中に、山崎某という武士がいた。武勇に優れ威風堂々とした身形に上役からの覚えもめでたかった。

 何かと目をかけられる山崎には周囲から何かと妬みを買っていたそうだ。しかし表立っては何もできない。だから彼らは別のところに目を付けた。

 彼には恋仲の町娘がいた。しかし山崎もそこで隙を見せない。家人にもくれぐれもと頼み、事あるごとに人をやっていた。

 それに、人さらいのまねごとなどしたら、逆に彼らの方が罪に問われる。ただ、その娘、小夜が山崎の弱みであると互いに認識はされていたのだ。


 山崎の指揮する班は築塁を順調に進めていた。ただそんなさなか、ついにかの有名な関ヶ原の戦いが起こる。

 前田利長は2万5千の兵を率いて南下、関が原を背後から突く動きを見せた。そこに立ちふさがったのは秀吉から100万の兵を預けてみたいと言わしめた智将、大谷刑部吉継である。彼はあらかじめうわさを流し、加賀南部の諸大名を西軍に引き込んでいた。そのため、前田利長は丹羽長重の立て籠もる小松城を取り囲む。

 そのさなか、金沢で反乱があったと前田の陣に流言を撒いた。そこで利長は軍を返すことにしたが、小松の北、浅井畷に誘い込まれた。

 そこは田の畔しかないような場所で湿地隊が広がっており大軍の利を生かせない地形だった。伸びきった陣を横から突かれ、四分五裂の有様となって前田勢は敗走したのである。


「ねえ、先輩。その話、なんか関係あるんですか?」

「すまん、話がそれたな。金沢に話を戻そう」


 何とか帰り着いた利長は、関ヶ原の戦いがわずか1日で勝負がついたことを知る。東軍について戦ったとはいえ、情勢は流動的だ。

 それゆえに再び工事を再開させた。山崎某は殿軍に在って奮闘したとして、褒美をもらっていたが、そのことも更なる嫉妬を買う原因となっていた。

 そして、大雨で山崎の持ち場の塁が崩れてしまった。それにより工期が大幅に遅れてしまった。

 これは単なる不運であったが、彼を妬む者はそれこそ天罰だと言いふらした。そんな中の一人が、小夜に近づき、こう告げたのだ。

「山崎は工事の失敗の咎を受けて切腹になる。それを救うならば、工事の安全を願うための人柱を出さねばならない」

 それを真に受けた小夜は思い詰めたうえで、人柱になることを志願してしまったのだ。

 そう思い詰めた理由はもう一つあった。山崎に上役の娘との縁談が持ち上がっていたのだ。その上役には息子がいないため彼を養子として後を継がせることも考えているという。

 

 山崎がそのことを知ったのは、人柱の儀式が執り行われる当日であった。彼はその時、初めて自分の愛する娘が命を捨てて彼のために尽くそうとしていることを知った。

 もはや儀式の取りやめはできない段階まで来ていた。話が大きくなり、主君である利長が儀式にやってくるというところまで話が進んでしまっていた。

 山崎はどうすることもできず、ただ涙を流して儀式を見守るしかなかった。


「ひどい……」

「そうだな。現代では考えられないことだ。けども歴史上には何度もあった話だ」


 涙目になっている坂井を尻目に俺は話を続ける。


 そして山崎は寝食を忘れて仕事に励んだ。愛する小夜を失った悲しみを紛らわせるように。彼女の命を無駄にしないためにか。

 工事は見事完成し、山崎も責任者の一人として褒賞にあずかることになったが、そのすべてを辞退し、彼は仏門に入ったという。家督も弟に譲り、ひたすら小夜の菩提を弔う毎日を過ごした。

 その際に、彼を妬んで陥れようとしていたものが不慮の死を遂げた。それは山崎の復讐かともいわれたが、彼は寺から一歩も出なかったという。

 後年一つの事実が判明した。山崎が出家した寺は忍者寺として名高い妙立寺であった。かの寺には金沢城からの抜け道があったという。

 それは、山崎の意を汲んで復讐の機会を与えたということなのか。謎はなぞのままだった。


「という話だ」

「……誰も救われてない話ですね」

「悲恋話なんざそういうものだ。ハッピーエンドが俺も好きだけどな」

「そう、ですね……。先輩、一つ話を聞いてもらっていいですか?」

「ああ、聞こう」

「実はですね、私、嫌がらせを受けてます。松下さんから」

 松下というのは酒井の現在の上役である。俺の下に松下がいて、さらにその下に坂井がいるというわけだ。

「詳しく聞かせてくれ」

「はい、こんなこと言うのはちょっとあれなんですけど……うん、もう知らない! 松下さん、先輩のことが好きらしいです」

「ほう?」

「驚かないんですね」

「実はアプローチを受けたことがある。断ったが」

「だからか……。とりあえず先輩と絡むことが多い私に矛先が向いてるようで、いろいろと言われてまして。さらに仕事上の書類がどこか行ったり、指示を間違えて伝えたりして来てるっぽいです」

「そうか」

「なんなんでしょうね? 別に私と先輩は何でもないんですけど」

「あー、それについてだが。実は課長と話がついてる。松下と部署が変わる」

「そう、なんですね。ふう」

 坂井のため息に少し心が痛んだ。

「先輩が手を回してくれたんですか?」

「ありていに言えばそうだ」

「うまく隠してたつもりなんだけど、お見通しでしたか……」

「なに、気づいたのはお前だからだ」

「え?」

 失言だった。要らんことを言ってしまった。

「ねえ、どうしてそこまでしてくれるの?」

 いかん、気取られた。口調が巣になってる当たり、こいつも動揺してるんだろうか。

「決まってる。自分のためだ」

「そう、なんだ」

「仕方ないだろ? 君が笑うとすごく和むし癒されるし」

「ふえ!?」

「だから俺のため、俺の心の平安のために君は笑っててくれなさい!」

「ななななな何を言ってるんですかーーーーー!?」

「それにだ。気づいてる? 君は笑うとすげー可愛いんだよ」

「んなーーーーーー!?」

「って日頃言ってるじゃない」

「だってあれはいつもからかってるだけだと」

「俺、人の容姿とかでからかったりしないぞ? ほんとうにかわいいからそう言ってるんだけど」

「ななななななな」

「だからさ、お願いがあるんだ」

「はははははい、何なりとおおお!」

「うん、君の笑顔を曇らせるものは俺が排除するから、ずっと横で笑っててくれないかな?」

彼女は無言で、目を潤ませながらパアッと花が咲いたような笑顔を俺に見せてくれた。それは100万の言葉よりも雄弁な返答じゃないかと思うのだ。


「あー、今更だが、けじめとして言っておくな。好きだ。お付き合いを前提に結婚してくれ」

「はい喜んでー! ってえええええええ?? それ逆じゃないの?!」

「あ、間違えた!?」

「ふふ、あなたも動揺してるんだ?」

「ふん、一世一代のセリフを噛むくらいにはな」

「うふふ、もうどっちでもいいや。んじゃ責任取ってくださいね?」

「望むところだ! ってことでだ。ここからはプライベート半分だが」

「はいはい。お聞きしましょ」

「実は昇進が決まっててな。こっちに支社を作ってそこの立ち上げメンバーになることになった。んで、その面子に君も入ってる」

「あー……そういうことですか。って思い切り私情入ってません?」

「入ってるだと? 100%まじりっけなしの私情で人選したぞ?」

「あー、開き直っちゃったよ。まあ、わかりました。とりあえず次の休みうちの両親に会ってくださいね?」

「手土産は何がいいかな?」

「きんつばでも買って行きましょうか。こっちの銘菓ですし」

「んじゃ、金沢駅のお土産売り場だな。新幹線開通の時に大幅増築したようでな。すごいことになってるぞ!」

「おお、いいですね! じゃあいきましょー!」


 そういえば一つ忘れていた。これを伝えないとオチがつかない。

「そうそう、さっきの昔話な」

「はい?」

「あれ今思いついたデマカセだから」

「なんですとおおおおおお!?」


 驚きと、人柱になった娘はいなかったという安堵が広がっていくのが見て取れた。

「もう、これで今の告白まで嘘だったら……」

「どうなるんだ?」

「埋めます」

「ワラエマセンヨ?」


 こうして俺の恋は悲恋にならずに済んだ。とりあえず、これからいろんなイベントが目白押しで忙しくなりそうだ。少し湿り気を増した初夏の風に吹かれながら思うのだった。



▼著者プロフィール

響 恭也

歴史もの好きが高じて自身も書き始めてしまう。ファンタジー物書きで、どんな作品を書いてもなぜか軍とか戦争とか政治が入る。

最初に書いた「美女たちに迫られている騎士<オレ>は自由がほしい!~どうしてこうなった!?~」がシルバーナイルより電子書籍化。

『もし異世界ファンタジーでコンビニチェーンを経営したら』(KADOKAWA)で書籍出版デビュー。

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