加賀百万石の悲恋物語① 著者:響 恭也
「ざっけんじゃねえあんのクソババアアアアアァァァァァ!!!」
「おう、お疲れだ」
「あのババア、最初と言ってることが違うんですよ! ひどくないですか?」
「そうかそうか、次見返してやろうぜ!」
ここは都内の飲み屋。俺こと屋島圭一郎は後輩の坂井亜紀を連れて飲みに来ていた。
彼女の参加しているプロジェクトでトラブルがあり、リーダーがミスを全部彼女に押し付けたらしい。で、今日はその愚痴を聞いてやることにしたわけだ。
しかし今日はいつもと違って反応が激しいな。相当なことがあったと見える。
「んで、今日はやけに荒れてるな。なにがあった?」
「う……先輩にもちょっと。言えません」
「そうか、まあ、言いたくないならいい。とりあえず嫌なもん吐き出したら元気出せ!」
そうしてポンっと彼女の頭に手を置いてわしわしと撫でる。
「うにゅっ、子ども扱いすんなー!」
「ふふん、そうやって怒ってる時点でお前はがきんちょだ。ほーれわしわしー」
「うにゅうううう、ふにゅうううううう……フシャーーー!」
変な声が出てきたら要注意だ。これ以上の深追いは禁物と、彼女のグラスにビールを注ぐ。それに気づいてくぴくぴっと飲み干す。ちんまいわりに酒には強いのだ。
「ごっつぁんです」
「関取か!」
「そんなふとくないですー」
「ま、いいや。そうそう、いまする話じゃないかもしれんけど」
「なんすかー?」
口調がぞんざいになってきている。だいぶ回ってきてるな。
「来週の金沢出張だけどな。お前、俺のアシスタントな」
「はーい、らじゃりましたー」
「いいんだけどさ。明日覚えてないとか言うなよ?」
「いいませんよー。わらひはお酒につよいのれすー」
あかん、今日はお開きだな。というかこいつがこんだけ飲んだくれるとか珍しい。
そうこうしているうちに出張の日がやってきた。東京駅から北陸新幹線に乗る。停車駅にもよるが2時間半ほどで金沢につく。以前は特急を使って3時間以上かかっていたから格段に速くなった。
「おっし着いた」
「ふえー、ほんとに午前中についちゃいました」
「時刻表をなんだと心得る」
「まあ、確かに……って何ですかこのでっかいのは」
「ああ、鼓門だな。伝統と芸能とおもてなしの心を示している」
「へえ、詳しいですね」
「うむ、さっきガイドブックを読んだからな」
「付け焼刃かーい!」
うん、いつもの調子だ。こいつはこうでなくちゃな。
取引先に赴き打ち合わせを行う。話自体は元々根回しを進めていたこともあってすぐに終わった。
坂井のプレゼンもだんだん場慣れしてきている。いい感じだ。
「先輩、これって私がついてきた意味ってあるんですかね?」
「もちろんだ。先方への顔合わせになっただろ? これから窓口はお前だからな?」
「え?! 先輩がずっと手掛けてきた仕事じゃないですか!」
「そうだな。だからお前に引き継ぐんだ」
「訳を聞かせてくれますよね?」
「まあ、あとで、な」
「わかりました。今はそれでいいです」
出張は不穏な雰囲気になってしまった。しかしまあ、これは織り込み済みだ。さて、ここからが本番だぞ…‥。
「とりあえずだ。現地調査も今回の目的になってるからな。今日は駅前のホテルに泊まって明日1日は現地を回るぞ」
「はい、ってこれ体のいい観光なんじゃ?」
「気にしたら負けだ」
「まあ、わかりました」
翌日、ホテルで朝食をとってチェックアウトする。坂井と合流した。
「さて、どこを回るんですか?」
「金沢と言えば?」
「いえば?」
「金箔だ。とりあえず有名なところ行ってみようか」
レンタカーを借りて移動する。ハンドルは俺が握った。国道8号線を南へ向かう。観光名所となっている「箔一」で見学する。金沢は金箔の生産量でも国内一位で、輪島塗や山中漆器などの装飾にも金箔を使う。
前田利家の鎧を金ぴかにしたものも展示されていた。鯰尾兜が金ぴかなのはどうかと思った。
「加賀百万石ですか。加賀って石川県の南の方ですよね?」
「ああ、石川県加賀地方って天気予報でやってただろ?」
「そうですね。加賀藩って加賀だけだったんですか?」
「いや、石川県ほぼ全域と、富山県の西側、高岡あたりまでが範囲だ」
「ふえー、すごいですね」
「下手すると地元民すら石川県だけだと思ってるけどな。今度は6月に来よう。百万石まつりがある」
「へえ、どんなことするんですか?」
「一番大規模なのはパレードだな。前田利家の金沢城への入城行列を模した内容になってる」
「あー、これですね。ポスターがあります」
「ってことで兼六園へ行こうか」
「はい、行ったことないんで楽しみです!」
「お、なんか元気になってきたな」
「あたしはいつも元気です!」
「うん、それでいい」
「むう、なんかまた子ども扱いされてる気がする」
「してないって」
などと駄弁りながら一路、金沢市中心部へと向かう。
「なんか、石垣とかありますよ?」
「ああ、金沢城の本丸だからな、この辺」
「へ?! お城の中なんですか?」
「あれが石川門だ。地図見てみろ。ここが兼六園で、地名にいろいろあるだろ? 主計蝶とか尾張町とか」
「そうですね。なんか歴史ある街って感じです」
「旧町名の復刻があったんだよ。で、この川というか用水路な。城の堀だったんだ」
「ふええ!? なんかすごい範囲で広がってますよ?」
「この武家屋敷も惣構えの中にあったからな?」
「そう……がまえ?」
「わかりやすく言うと城の一番外側の城壁だな」
「というか兼六園広いですよね」
「だろ。これってさ、大名一家の家の中庭なんだぞ」
「へ?」
「加賀藩は江戸時代でも一、二を争う国力があったからな。能登の輪島は当時北回り船の中継地点でな。さらに周辺では塩田で製塩が盛んだった」
「は、はあ」
「要するにものすごく金回りがよかったってことだ。だからこんな絢爛な文化が根付いたわけでもある」
「ほえー、すごいです」
「そうだ、この前復刻した惣構えの城壁があったな、行ってみるか?」
「はい、なんか面白そうです」
惣構えの城壁の高さは約5メートル。桝形と言われる台形の土塁であった。これを2重に、周囲9キロにわたって張り巡らされていたわけである。
あまりに壮大な規模に坂井もぽかんとしていた。
「これには悲しい物語があってな」
「ほほう、聞きましょう」
坂井は身を乗り出して俺の話に聞き入ってきた。
▼著者プロフィール
響 恭也
歴史もの好きが高じて自身も書き始めてしまう。ファンタジー物書きで、どんな作品を書いてもなぜか軍とか戦争とか政治が入る。
最初に書いた「美女たちに迫られている騎士<オレ>は自由がほしい!~どうしてこうなった!?~」がシルバーナイルより電子書籍化。
『もし異世界ファンタジーでコンビニチェーンを経営したら』(KADOKAWA)で書籍出版デビュー。