イマドキの花火大会! 著者:ogi
舞台:群馬県邑楽郡千代田町
使用する祭り:川施餓鬼
「えっぐ...ぐすん。絶対に...絶対、いつか会いに行くから!その時まで...ひっく...待ってて!」
「ああ、約束な。待ってるからちゃんと来いよ。」
ある夏の終わり、油蝉の声が鬱陶しく響く中で結ばれた、幼馴染の男女のささやかな約束。女は涙をとめどなく流し、男はその目を潤わせながらも必死に落涙をこらえ、毅然とした態度でそう告げる。
男は涙を見せぬよう、両親の車に乗り込むと、別れを惜しむ間もなく、車はすぐに発進する。これも両親の気遣いなのかもしれないが、2人にとっては慈悲なき行為でしかなかった。
リアガラスの内から手を振り続けながら遠ざかる男に対し、女もまた車が見えなくなるまで大きく腕を振り続けた。
そして2人の再会が実現されるのに、これから実に3年の月日を要するとは、2人が知る由もなかったのだった...。
――時は流れ、ある田舎の女子高校の昼休み
「暑い暑い暑い!!暑すぎだろ群馬ぁ!特に東毛!この高校!」
男みたいな口調で愚痴をこぼすのは、私の友達の田部 美沙希《たべ みさき》。下敷きで精一杯顔に風を送って暑さをしのごうとしているが、その程度でどうにかなる訳がない。口調も態度も男っぽいのだが、可愛くないのでやめたほうがいいと思う。
「本当だよ!これもみんな都会の奴らが悪い!都会のエアコンや道路の熱気が風で運ばれて来るんだ!ヒートアイランド現象、反対!反対!」
こちらはメガネ女子、成瀬 奈月《なるせ なづき》。ちょっとばかり頭がいいからヒートなんとか現象なんて言ってるけど、美沙希と言ってることは同じ。
「暑い〜〜。溶けるわ〜〜。夏は嫌いだぁ〜。」
まぁ、かく言う私、五十嵐 京香《いがらし きょうか》だって同じことしか考えてないけど。
机を3つくっつけて雑談。これが私たちの日常。基本的にこういうどうでもいい話をして昼休みが終わる。
しかし、今日だけは私にとってはどうでもよくない。なぜなら今年こそ「あわよくば幼馴染と再会しよう計画」を上手くいかせないとだから!
「でもさ〜。ウチら今、華の高2なわけじゃん?こんな暑い暑い言って夏が終わるの最悪じゃない?」
弁当を突っつきながら奈月が言う。暑くて食欲が湧かないらしく、箸を動かすだけで全く口には運んでいないけど。
「それな〜。なづの言う通りだわ。折角明後日から夏休みが始まんのに、予定も何もないってどうかしてるよ〜。」
美沙希はバッグからお茶の入ったペットボトルを取り出しながら言い、グビグビと一通り飲んだ後に続けた。
「だからさ、夏祭りくらい行こーぜ?夏祭り。どーせみんな彼氏なんかいないんだから3人でさ。」
ほらきた夏祭りの話題。今年は〜とかって言って、去年だってこの時期に夏祭りどこ行くかって話題になったんだ。結局その時は高校の近くの祭りに行って計画は上手くいかなかったんだけど。
「みさ、行くって言ってもどこ行くの?去年は中学の知り合いに会って面倒だったし。できれば中学から遠いところがいいな〜。」
おっとこれは好都合。私はすかさず提案する。
「だ、だったらさ、千代田の祭りなんてどう?あそこなら、なづたちの中学出身者いないよ?」
「ちょっと京香ぁ?それって愛しの小野田君の引越し先だからでしょ?そうだろ?うりうり〜!」
美沙希がすかさず肘を突き立てて私を突っついてくる。
――ぐぬぬ...。完全に考えを読まれてる。
確かに私の幼馴染で初恋の相手、小野田 清吾《おのだ せいご》は千代田に引越した。中2の時に。
美沙希と奈月とは中学が違うから顔も知らないはずなのに、どこから嗅ぎつけたのか私がセイちゃんに恋をしていることを知ってる。
そして私は今でも恋は諦めてないし、少なからずセイちゃんに会いたい気持ちはある。でもね?
「そ、そんなことないよ!だってセイちゃんは都会に進学してそっちに下宿してるんだよ?祭りで会うなんて狙ってないよ!」
そう。高校受験のゴタゴタで結局会いに行くことは叶わず、高校に入ってからも遠く離れてしまったので会えずじまいなのだ。
「ふ〜ん。ならいいけど。」
美沙希は納得したのかどうでもいいと思ったのか、意外とあっさりと折れた。一安心と思ったら、奈月もまた攻めてきた。
「でもさ〜、どうやって行くん?あの町駅ないんだよ?まさか最寄り駅からチャリ?勘弁してよ〜。何分かかるの?」
「そ、それは...。」
――しまった。そんなの行ったことないから分かんないよ。
私が困惑していると、美沙希がスマホを取り出して言った。
「京香は考え方が古いんだよ。今は文明の利器、スマホがあるんだ。スマホが。チャリで何分かなんざ検索すりゃすぐ分かる。小野田君の『過去』の幻にすがってるから『今』が分かってねーんじゃん?」
「ぐぬぬ...。」
私は何も言い返すことができず、押し黙るしかなかった。そのうちに美沙希は慣れた手つきで検索し、30秒もしないうちにスマホを机に置いた。
「ほれ、出たぞ。最寄り駅からチャリで26分だと。意外と近いじゃんか。」
「そうね。私たちがいつも行くゲーセンがここから24分らしいから、まあ妥当でしょ。」
奈月もスマホを机に置く。この子いつの間に検索してたの?
私が半分呆れて奈月を見ていると、今度は美沙希が大声で言った。
「あ、待ってこの祭り灯籠流しなんてのがあるじゃん!これめっちゃ綺麗じゃね?なづ!京香!見てごらんよ!これ絶対オンスタ映えするよ!!」
――ガタッ!!
「オンスタ映え!?」
奈月が立ち上がり、美沙希に飛びつく。「オンスタ映え」というパワーワードは、イマドキオンスタ女子の心を動かすには十分だったようだ。
「オンスタ」とは、無料の写真共有サービスのこと。若者、特に女子の間でスイーツや景色を載せるのが流行っているらしい。
私はオンスタとかやらないからこの子たちの気持ちは全く分かんないけど、まぁ...
――祭り行けるならいっか。
「よしっ!!今年の夏祭りは千代田に決定!お前ら予定空けとけよ!」
「「おお――――ーっ!!」」
――8月18日、午後18時30分――
今、私たちは祭りの駐輪場である小学校に自転車を止め、歩道を歩いている。まだ時間としてはだいぶ早いが、祭り会場に近づくにつれてどんどん人が増えてくる。今の歩行速度は最初の半分くらいだ。それでただでさえイライラするのに...
「いやー人めっちゃ多いな!普通の浴衣じゃ裾踏んじまうよ!チャリ漕ぐために浴衣ドレス買っといてよかったぜ!」
「ほんとほんと!そしてこの浴衣ドレスも凄く可愛い!!これもまたオンスタ映えするよ〜!」
「全くだ!あはははっ!!」
美沙希と奈月はずっとこの様子。オンスタ映え、オンスタ映え、オンスタ映え。こればっかり。
美沙希は紺、奈月は薄い桃色、私は黒の浴衣ドレスを着ている。裾が短くて膝まで露出しており、非常に動きやすい。さらに美沙希は腕まくりすらしており、浴衣なのにワイルドな感じがする。
私がイライラしていると、奈月が手にしたかごバックの中をゴソゴソと漁りながら言った。
「ねえ、会場着くまで時間あるし、歩きながら自撮りしない?」
「おーいいなそれ!私自撮り棒持ってきたぞ!早速撮ろうぜ!京香も入れよ!」
――呆れた。この人混みの中で自撮りなんかしたら危ないってこと、分かってないんだろうか。そんなにSNSって大事なものなの?
私はやんわりと断る。
「自撮りなんてしたら危ないでしょ?ただでさえ混んでるんだから。私はパス。安全確認してるよ。」
「はいはい気をつけますよ〜。」
2人は納得いかない様子だったが、すぐに自撮り棒を掲げ、はいチーズ、の掛け声で写真を撮る。
「うわーやっぱり可愛い!あとで写真、加工して送っておくね!」
「おう、サンキュー。」
2人はずっとこんなやり取りを続け、私はイライラを募らせながら会場へと歩いて行くのだった...。
――同日、午後18時50分――
会場に着いた。打ち上げ花火まであと10分。いい時間だ。とりあえずは場所だけ探そうと、私たちは堤防のスロープを登っていく。
「うひゃ〜やっぱすげえな人の数!屋台だって沢山あるし!」
「うわ〜っ!見て見て京香!みさ!お面売ってるよ!ねぇ買っていこ〜よ〜。」
「いや小学生かよ!」
「でも祭りの日くらい童心に戻っても良くない?知り合いだってここにはいないんだし。あっ、おじさ〜ん!そのひょっとこのお面くださ〜い!」
「じゃあ私もわたあめ買ってくる!悪いけど京香はここで待ってて!!」
奈月と美沙希はそう言い残し、各々屋台に駆けていく。やれやれとは思いながらも、これが祭りの本来の姿だな...と思う。
――こんな感じで最後まで楽しんでいこう!
......そんな考えがわずか数分後にはもろくも崩れ去ってしまうことを、この時私が予期できるはずもなく...。
――同日、午後18時58分。
「急いで急いで2人とも!花火始まっちゃうよ!!」
「そんな急ぐなよ京香ぁ〜。わたあめが落ちちまうよ。」
「そうそう、花火は逃げないよ?」
「でも折角なんだし落ち着いて見たいじゃん!あ、ほらそこ!あそこ空いてるよ!」
私たちは堤防の芝生の下方に座る。慌てて腕時計を見てみると、まだ18時59分。
――間に合った...。
時計から目線を外し、ちらりと対岸を見れば、そちらでも光がうごめいている。利根川を挟んで向こうは埼玉県。隣町の花火で盛り上がろうなんて図太いなぁと思ったが、この後、そんな考えは消え去ることになる。
「2人とも!あと10秒で始まるよ!」
奈月が興奮した様子で携帯の画面をこちらに見せてくる。
「おっ!じゃあカウントダウンといくか!いくぞ...5、4」
「「「3、2、1...」」」
――ヒュルルルルルルルルル...
――ド――ーン!!!!
「「「た〜まや〜!!!」」」
夏の夜空に咲く大輪の花。真っ黄色に光り輝き、パラパラと光の粉を散らしてカーテンの如く消えていくそれに、私はしばし呆気に取られていた...。
――うわぁ...すごい。こんな小さな町とは思えないくらい大きくて、綺麗な花火。
しかし私に感傷に浸る暇も与えず、どんどん次の花火が上がる。
――ドンドンドンドン!!!!
名物。水上スターマイン!!
地面から30°程の角度に絶え間なく打ち出されるそれらは、利根川の流れる向きに次々に小さな花を咲かせる。そしてその色を青、緑、黄色と次々と変えてゆく。
それを見た私の頭に浮かんだ感想は1つしかなかった。
――綺麗...。
語彙を根こそぎ奪っていくほどの美しさ、派手さ。なるほど埼玉県民が対岸からでも見にくるわけが理解できる。
「2人も綺麗だと思わない?この祭りにして良かったでしょ!?」
そう言って...
振り向いた私が...
目にしたのは...。
――パシャパシャパシャパシャッ!!
一心不乱にスマホを川に向ける、親友2人の姿...。
「本当ね!京香!最高の祭り、最高の花火よ!!超綺麗!最高のオンスタ映え素材だわ!!」
「これで沢山『いいね』が貰える!!本当にこの祭りに来て良かった!!!」
花火の炸裂音でシャッター音はあまり聞こえないが、彼女らは必死に連写をしているに違いない。「オンスタ映え」のために。
そして...
それを見た私の中で...
今までずっと耐えてきた...
何かが、切れた。
私はぐいっと2人のスマホを下ろさせる。2人は困惑の表情を浮かべ、そしてすぐに怒りの形相に変えて言った。
「何するのよ!!折角の素材が台無しじゃない!!」
「訳わかんねーよ!なんで邪魔するんだよ!」
「訳わかんないのはこっちだよ!!なんで2人ともそんな必死になって『オンスタ映え』を求めるの?!花火って見て楽しむものでしょ!!」
私は声を荒げる。雑踏と花火の音で周りの人は気づいていないようで、私たちだけがヒートアップしている。
「何よ!オンスタの何が悪いの!?写真に残して、ずっと見られるようにして、みんなでこの感動を共有できるんだよ!?」
「だからって2人ともスマホの画面見過ぎだよ!!そんなに画面越しの花火が綺麗なの?」
「ごちゃごちゃうるせーよ!!京香は頭が堅いんだよ!!ずっと離れ離れの小野田君に会うためにこの祭りにしたんだろ?だったら花火なんて京香にはどーでもいいじゃんか!!」
『どーでもいい』
その言葉で私はさらに我を忘れてしまった。
「花火がどうでもいい?よくもそんなこと言えたもんね!どーせ、そのわたあめとお面だって大好きな『オンスタ映え』のために買ったんでしょ?写真だけ撮れれば満足なんじゃないの?」
――しまった。どう考えても言い過ぎだ。
そういうことは全て言った後に気づくもの。しかし口から出た言葉はもうどうしようもない。
「はぁ?あれは純粋に美味しく食おうと思って買ったわたあめだし!!」
「ひょっとこのお面なんて『オンスタ映え』する訳ないじゃん!京香、馬鹿じゃないの?ああもういい!京香なんて大っ嫌い!!」
「私だって2人が大っ嫌い!!もう帰る!!さようなら!!」
私はずかずかと土手を登る。後ろなんか振り返らない。花火が綺麗とかどうでもいい。美味しい屋台とかどうでもいい!早く帰りたい!!
2人から離れるにつれどんどん歩調が早まる。言い過ぎたけどもう反省なんかしない。ラーメンでも食べて帰ってやる!!
――同日、19時15分――
人混みのせいでなかなか進まない。しかもみんな土手の方に歩いていくから余計進めない。この時間に帰ろうとする人は私くらいだ。
それが分かっていても全く苛立ちは収まらず、下を向いて、時折人にぶつかりながら会場の出口に向かって行ったのだが...
――ドン!
また人にぶつかった。もう何度目だろう。
「あ、どうもすみませ「京香?」
あれ?なんだか凄く聞き覚えのある声。それでいてこの上なく愛おしくて、もう聞けなくなるかと思った声。
その声の持ち主が分かった時、私はバッと顔を上げる。そこにいたのは――。
「セイちゃん!?ホントにセイちゃんなの!?」
3年間ずっと疎遠になっていた幼馴染、小野田清吾だった......。
セイちゃんは一丁前に黒の浴衣を着て、清楚な印象を受ける。前に会った時よりも成長して男らしくなり、とっても凛々しい。はっきり言ってかなりのイケメンになっている。
「京香?なんで千代田にいるの?」
「え?それはね...」
セイちゃんに会うためだよ、なんて絶対に言えなかった。
「友達と遊びにきたんだよ。ほら、ここの灯籠流し、超綺麗でしょ?だから行きたいって友達がうるさくて...」
「友達さん、いないけど?」
何気ない、そしてセイちゃんにしてみれば当然の問いが、私の胸にチクチクと突き刺さる。私はとても耐えきれず、話を変える。
「そ、そんなことよりセイちゃんこそなんで帰ってきたの?超進学校なのに、勉強しなくちゃじゃないの?」
「そ、それはだな...。」
私が問いを発した瞬間、セイちゃんは急にソワソワしだして、チラチラと腕時計を見る。なんだろう。灯籠流しまではまだ時間あるのに。
特に予定がないなら、一緒に回らない?
そう言おうとした瞬間だった。
「ごめん!京香!外せない用事があるんだ!俺もう行かなくちゃ!!本当にごめんな!じゃあ!」
「あっ、そんな急な!待っ...」
最後まで言い切らないうちにセイちゃんは人混みをかき分けて土手を登っていく。
――何だったの...?
折角の再会がこんなすぐに終わったことを残念がることもできないほどに私は呆然としてしまった。
――ま、まぁセイちゃん千代田にいるっぽいし、明日にでも家に直接行けばまた会えるよね...。
そう思った、直後のこと。
「19時20分になりました。それでは皆様からお寄せいただいたメッセージを花火に乗せて。メッセージ花火の時間です!」
場内アナウンスが鳴り響く。しかし周りの人がうるさくてはっきりとは聞こえなかった。
――ん?何?メッセ...花火?なにそれ。そんなのあったっけ?
「それではまずは最初のメッセージと行きましょう!福田 智則さん、20歳からです!
『お母さん、いつもありがとう。なかなか地元へは戻れないけど、感謝しています!』」
――ヒュルルルル...
――ド――ーン!!
なるほど、メッセージ花火。よく聞こえなかったけど、『感謝』っていうのだけは聞こえたな。
しかし...
次のメッセージは...
京香にはとても鮮明に聞こえたのである...。
「続いては、小野田清吾さん、16歳からです!
『天野 小春さん、貴女のことが大好きです!どうか僕と付き合ってください!!!』」
――え?は?何だって?アマノ...コハル?誰?
――ヒュルルルル......
――ド――ーン!!
相変わらず大きな、真っ赤な花火。それはまるでセイちゃんとアマノとやらの、燃え上がる愛の炎を表しているようだった。
花火の炸裂とともに、体の力がスーッと抜けていくのを感じた。私はフラフラと、屋台の裏の暗い芝生に歩いていき、そしてヘタリと座り込んだ。
――大事な用事って...これ告白?私じゃなくて...知らない女?
次々に花火が上がるが、そんな音すらも私には入ってこない。外界の、全てがシャットアウトされたような感覚に陥っていた。
――しばらく会わない間に、セイちゃんは恋に落ちて、その相手は私じゃなくて、私はただの幼馴染で...。
「はは、ははは、ははははは.....。」
漏れ出てきた悲しい笑いとともに、ツーっと一筋の涙が頬を伝う。
本当は、分かっていた。
3年も経ったら、もう恋は終わってるなんてこと。
セイちゃんが新しい恋をしてもおかしくないってこと。
疎遠になった私のことなんて、もう気にしていないこと。
分かっていた。分かっていたけど、分かりたくなかった。信じたくなかった。
そんなことはないって自分に言い聞かせて。ずっと自分を騙してた。
1度手放したらもう手元には戻らない。そんな当たり前のことから逃げてた。
――ああ、最悪な花火大会。
――失恋するし。友達はなくすし。どんどん私の元から去っていく。
――2度と...2度と来るもんか。
花火が止み、僧侶の読経が始まる。灯籠流しの時間だ。
私は川の方に歩みを進める。しかしそれは無論灯籠流しを楽しむためではない。ただただ思いっきり泣ける場所を求めて、私はできるだけ暗い、1人になれる場所に向かった...。
――同日、19時40分――
私は利根川の岸に辿り着く。岸と言っても、両岸を横断する赤岩渡船、それの渡船場だが。
ステンレスの柵に寄りかかる。ひんやりとした金属の感触が肌を通じて伝わってくる。ただでさえ冷えきった心をさらに冷やすかのようで、私の力はさらに抜けていき、柵はギシギシと悲しげな音を立てる。
地元の中高生たちはもはや花火にしか興味がないらしく、渡船場には私以外誰もいない。
川上の方を見ると、既にオレンジ色の光がポツリポツリと川に入ってきている。祭り会場の騒がしさは変わらないが、そこに僧侶の読経が混じることで日常から離れた気分になる。
――はぁ...この会場で悲しんでる人なんて、私ぐらいなんだろうな...。
少しずつ近づいてくる光の列を見て、ふとそんな思いが頭をよぎる。
――灯籠は、水難者の供養のために流すもの。
――だったら、私の涙も、悲しみも、何もかも全部川に流れていけばいいのに...。
そして私は周りには絶対聞こえないように、柵に乗せた両腕に顔を埋めて、静かに浴衣の袖を濡らした...。
――同日、19時45分――
しばらく泣いて、泣いて。涙が出なくなってきたところで、私は濡れた袖で目を擦りながら顔を上げた。涙が残って未だぼやける視界に入ってきたのは...。
――光り輝く、1匹の龍――
花火も上がらず、屋台の光も水面には反射しないで川はまさに純黒。そこにゆらゆらと、まるで1つの生き物のようにゆったり移動する1本の光筋...。
まさにその様子は「夜空を駆ける龍」と形容するにふさわしい。少なくとも、そこに広がっていたのはそれほどまでに非日常的で、幻想的な世界だった。
それを見ていたら、なんだか自分が悲しんでいるのが、とてもちっぽけに感じられてきた。
そして同時に思ったこと。それは――
「なづと...みさと...一緒に見たい...。」
誰にも届かないような小さな、か細い声でつぶやく。なぜ「セイちゃんと」とは言わなかったか。冷静になった私は、ここで気づいていたのだ。
「遠く離れた初恋の人」よりも、「ずっと近くにいる親友たち」の方が、私にとって大切なことに。
失恋して都合のいいように考えているだけなのか、それが本心なのか。それは自分でも分からないが、間違いなく断言できたのは、
――もう2度と身近な人に去っていって欲しくない――
ということ。
「今なら...まだ間に合うよね...?私...謝らなくっちゃ...。」
これまたとても小さな声で呟いて川に背を向ける。この声が届くはずなどないのに、そんなこと絶対ないはずなのに...
こちらに向かってくる浴衣ドレスの2人を、私は見た。
「あの浴衣ドレス、間違いない!!京香だ!」
「ホントだ...って川岸にいる!ダメッ!失恋したからって早まっちゃダメよ京香!!」
――なんか、とんでもない勘違いしてない...?
バカみたいな2人の様子を見て、なんだかそれが懐かしくって、クスリと笑いがこぼれる。
私の前に着いてぜえぜえと肩を上下させる奈月と美沙希はすぐに顔を上げ、口々に私に言葉をかける。
「京香?聞いたんだよね?小野田君のメッセージ。ダメだよ!死んだら何も残らないよ?」
「そうだ!あんなことがあった後に例のメッセージ!私たち本気で心配して探し回ったんだぞ!?頼むから灯籠と一緒に流れるなんてバカな真似はやめてくれ!」
「わ、私は大丈夫だよ!もう立ち直ったし、ほら、ね?」
「ね?じゃないよ!目の周り真っ赤だよ?」
ここまで心配してくれる親友を見たら、さっきの自分の振る舞いが思い出されて、申し訳なさで胸がいっぱいになってきた。
――『大っ嫌い』
さっき言った言葉を思い出した時、私は頭を下げていた。
「ごめん!言い過ぎた!」
2人がどんな表情をしているかは下を向いているので分からないが、急に謝罪を始めた私に驚いているはず。私は続けた。
「花火大会の楽しみ方なんて人それぞれだよね?それを私は自分の考えにこだわって否定して、酷い言葉を言って...。『過去』にすがってた。本当にごめんなさいっ!!」
しばらく沈黙が続く。この沈黙が何よりも怖い。大切な人がまた去っていくのではと。
奈月が、口を開いた。
「京香。顔、上げてよ。」
私は恐る恐る顔を上げる。次に言葉を発したのは美沙希だった。
「謝んなきゃいけねーのは私たちだ。友達と来た花火大会、思えば私たちはずっとスマホばっか見てた。京香が怒るのももっともだ。だからさ...。」
美沙希はそう言ってスマホを私の方に向け、スリープモードを解除した後――
電源を、切った。
呆然とする私に、美沙希は言った。
「オンスタとか気にせず、祭りを楽しもう!」
と――。
その後は、奈月のスマホで灯籠をバックに3人で自撮りしたり、美沙希がかき氷にシロップをかけ過ぎたり、私がくじ引きで1等を引くなどいろいろあった。
どれも大切な思い出だけど、1番心に残ってるのは、フィナーレの大花火の音に重ねた、誓いの言葉かな。
「来年もまた来ようね!!」
「「おお――――ーっ!!」」
▼作者プロフィール
高校3年生。
「RPGの主人公に転生!〜ゲーム廃人の兄貴に操作される日々〜」連載中。
加えて、「あるネガティブ少女の恋」の後日談、「妄想少女の後日談」も連載中。




