三人の青春 著者:友理 潤
舞台:埼玉県草加市
登場する伝統:草加せんべい
――バリッ! ボリッ!
やっぱりこの音が最高。
いや、最高なのは音だけじゃない。
焦げた醤油の香りと味、そして歯ごたえ――
「やっぱりうち草加せんべい好きだわぁ!」
「あはっ! ウケる! モエの言葉! 超ババアじゃねえ!? うちら女子高生だっつうの!」
「ちょっと! ミユ! 馬鹿にしてるけど、ほっぺに煎餅のカスついてるし!」
「えっ!? マジ!? ちょっと、これからバイトなのにぃ!」
ミユが慌てて右手でほっぺを触る。
しかし、その手には何もつかなかった。
「信じらんなぁい! 嘘つきは泥棒の始まりだべ!」
「これもバリバリちゃんの呪いだ!」
「なにそれ!?」
「えっ!? 知らないの!? バリバリちゃん。超有名人でしょ!?」
「あははっ! そんなの知らないし! ぜんっぜん有名じゃないし!」
「うっそー! うちのパパとかママでも知ってるよ! バリバリちゃん!」
「なにその煎餅を食べる時の音みたいな名前!」
「だって煎餅の妖精だもん! 当たり前じゃん!」
「あっ! やべっ! バイト遅れちゃう!」
「じゃあ、今日の部活はここまでとしますか!」
「……っつうか、部員うちら二人しかいないのに、続けてる意味あるの? 読書部。ただ部室きて、煎餅かじってるだけっしょ!?」
私はミユの問いかけに答えることなく、学校の部室から出る支度を進める。
そして二人同時に部室を出た。
秋の陽は早い。
廊下から見える太陽は、まだ午後四時にも関わらず、ずいぶんと西に傾いている。
私は眩しそうにしながら言った。
「もう一人いるもん」
「あ……そうだったね……ごめん」
ミユが彼女らしくない、しおれた声であやまってきた。
私は彼女よりも一歩だけ前を歩きながら続けた。
「ミサキ。もうすぐ退院だって」
「えっ!? そうなの!?」
「うん、今朝病院で務めるママが言ってた」
「やったぁ! じゃあ、また三人で……」
「学校に通えるかは分からないってさ。通えるようになっても、学年は一個下からだろうって」
「……そっか」
しばらく沈黙が続く。
そして下駄箱までやってきたところで、私は口を開いた。
「部活なら学年とか関係ないでしょ。だから、続けようよ。読書部」
ミユがコクリとうなずく。
その目には涙がたまっていた。
ミサキが重い病気だって分かったのは今から一年前。
中学の時から一緒だった私たち三人にとって、ミサキの入院は耐え難いほど辛い別れだった。
それでも私たちはいつか彼女が元気になって帰ってくるって信じていた。
そんな中、ママの口からもたらされた彼女の退院。
でも……。
ママの口調が重かったのは、きっと大きな訳があるのだろう。
私たちに言えない訳が――
「ねえ、ミユ。ミサキって、煎餅好きだったでしょ」
「うん」
「だったらさ、お祝い煎餅を贈らない?」
「お祝い煎餅?」
「うん! 『おめでとう』って砂糖の文字が書かれた巨大なお煎餅!」
「そんなのあるの?」
「うーん……。分からない!」
「ええっ!? 分からないのぉ!? じゃあ、どうやって贈るの!?」
「なかったら作ればいいじゃん!」
「はぁ!? 何言ってるか分からないんですけどぉ!」
「あははっ! 大丈夫だよ!」
「だから何を根拠に……」
そうミユが言いかけたところで、私たちは校舎を出た。
すると目の前には大きな沈みかけた太陽。
私はその太陽めがけて叫んだ。
「私たちが願えば必ず叶う! だって、そうでしょ! 私たち三人はこうして同じ高校に入って、同じ部室で、好きなお煎餅をかじってた! それって、全部私たちが願ったこと! だから、私たちはどんな願いも叶えられる力があると思うの!」
「モエ……」
「もし……もし私たちがなんでも叶えられるって証明できたら、ミサキの病気だって、ぜったいに良くなる! そしてまた部室で一緒に笑うんだ!」
私は隣にやってきたミユに顔を向けた。
二人とも西陽を全身に浴びて、キラキラと輝いている中、私は締めくくった。
「また三人でお煎餅食べよう!」
ミユは大きな声で笑い始めて、「モエってお煎餅屋さんのステマなの!?」と軽口をたたいている。
私はそんな彼女と一緒に校門を出た。
そして一歩、また一歩と駅に向かって大きく足を踏み出したのだった――
(了)
▼著者より
御一読いただきましてありがとうございました。
なお「バリバリちゃん」は架空のキャラです。
本物のイメージキャラクターの名前は、版権の関係でふせさせていただきました。
読者様の中で草加市の関係者の方がいらしたら、本物の名前を使わせてください!
お願いします!
▼著者プロフィール
友理 潤
【経歴】
2016年4月執筆開始。
2018年1月『太閤を継ぐ者』(宝島社)を刊行。
【受賞歴】
第5回ネット小説大賞 受賞
趣味はカレー作りと犬の散歩。