表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MACHIKOI ~君と紡ぐ、この町のストーリー~  作者: MACHIKOIプロジェクト委員会
11/24

あるネガティブ少女の恋 著者:ogi

いじめが原因で自分に自信が持てなくなった中森雅は、幼馴染の岩崎風斗に片思い中。無口な風斗の気持ちを探るため、雅は思考を巡らせるが、とんでもない結論に辿り着いてーー?


そんな2人の、恋物語。


【舞台】

群馬県桐生市


【工芸品】

桐生藍染

ピーンポーン。

呼び鈴を鳴らして、私は深呼吸する。ガチャリ。扉を開けて出てきたのは幼馴染の岩崎風斗。昼寝をしていたのだろう。目が真っ赤で不機嫌そう。


「あっ......こんにちは。ええとね......お母さんがけんちん汁を作ったから持って行けって、私に頼んで......あっ、どうしてお母さんが持って来ないかっていうと、お母さんは今出かけちゃってていないからだよ......。それで、だから、その、えっと......」


私は風斗を見上げながら、聞かれてもいないことを、あわあわと喋る。それを風斗は面倒臭そうに、うんうん、と相槌を打ちながら聞いてくれた。


「だから......食べて!」


結局最初と最後だけで十分伝わる内容だったが、我ながら長々と喋ったものだ。


「あー、うん、ありがとう。」


風斗がやっと終わったか、という感じでお礼を言う。


「そ、そういうわけだから! じゃあね!」


私は強引に話を切って、逃げるように家へと帰った。道を挟んですぐの家だけど。


あーあ、まただよ......やっちゃった。分かってはいるけど、自分に自信を持てだなんて、そんなの無理だよ。


ネガティブモードに突入した私、中森雅は、高校2年生。身長148cm。チビだ。因みにさっきの幼馴染、岩崎風斗は181cmある。でかい。


そして、私は先程の通り、自分に自信がない。小学生の時に、チビを理由にいじめられたのが原因だ。


チビで大人しかった私は絶好の標的だった。散々悪口を言われたものだから、完全に自信を失ってしまった。


もっとも、その時に風斗がいじめを止めてくれたから、無事に今までやって来れたけどね。あとその時から風斗に絶賛片思い中。小学5年生からだから、えっと、いち、にい、さん......6年間片思いしてる。


やばい、数えたら悲しくなってきた。頑張らなくっちゃなぁ。何を頑張ればいいかなんて、さっぱりわかんないけどね。


これは、そんな私たちの恋物語。



私と風斗は学校へはいつも一緒に行く。歩いて15分。喋るのにも歩くのにもちょうどいい時間だ。風斗は基本全然喋らないから、私が例のあわあわトークをするだけなんだけど、ね。


ちなみにこんなに接近できるチャンスは他にないって思って、手を繋ごうとした大胆な時期もあった。でもその時は、


「雅、俺と手なんか繋いでるのもし高校の奴らに見られたら、なんて言われると思う?」


と言われてしまった。


なんてって......あ、身長差。


なるほど。確かに、2人で並んで歩くから、身長差で私がすっごくチビに見える。いやもともとチビだけどね。


交差点のミラーに映る私たちはどう見ても高校生と小学生の兄妹だ。友達にいじられまくるのは目に見えていた。私はそれが大嫌いだ。なるほどそれも風斗の心遣いかと思って、渋々諦めたのである。


「ふえっくしょん!! 」


あまりの寒さにくしゃみが出る。鼻水も出てしまった。ティッシュを取り出そうとして、気付く。


しまった。背負い鞄の中にティッシュが入っているんだった。私が取り出せずに困っていると、風斗は無言でティッシュをくれた。


「あ、ありがとう......」

「別に。」


お礼を言った途端に風斗はそっぽを向いてしまった。


風斗は優しい。こんなさりげない気遣いができる。でも素直じゃないから、こうやってぶっきらぼうになる。


風斗はいつもこんな感じだから、周囲に怖がられてる。ちょっと無口なだけで、だいぶ損してると思う。まぁ、イケメンだから密かに狙ってる女子は結構いるみたいだけどね。


でも彼女たちと違って、私は風斗が本当は優しいってことを知ってる。だって、幼馴染だもの!!


寒かったけど、妙に体が暖かい気がしたのはそんな優越感からだろうか。


学校について、私たちはそれぞれの教室に入る。隣のクラスだが、今日1日を別々で過ごすんだと思うと、なんとなく寂しいものだ。そう思いつつ今日の時間割変更を見て、私は一人でわくわくしていた。


「今日は藍染体験の事前学習だぁ......。」


私たちの地域では昔から藍染が盛んで、この時期になるとウチの学校では藍染体験に行く。藍染でハンカチを作るのである。


この寒い冬にやらんでもいいのに、とみんなは言うが、私は綺麗なハンカチを作って、風斗にいいところを見せるんだ! と密かに気合を入れていた。



しかし、4限終了後の昼休みはどうも調子が悪かった。頭がぼーっとして、食欲もわかない。おかしいな......。


嫌な予感がしながらも、どうにか6限の事前学習を迎えた。


テンションを上げれば眠気なんか吹っ飛ぶだろう、って思ってたけど全然そんなことなかった。いつもなら授業中は絶対寝ない私なのに、今日ばかりはうつらうつら。


「ーーで、藍染で着物が美しく染まることから、藍の花の花言葉は『美しい装い』というーーで、加えてーー」


先生が色々と説明してくれているが、何一つ頭に入って来ない。


「美しい装い」かぁ。私だって綺麗な着物を着れば綺麗になるのかな?でもチビだから着物なんて無理だよぉ。お祭りに来る小学生の女の子と変わりないもん。


しょうもないことを考えてまた自虐的になりながら、私の意識は途切れた。



目を覚ますともう授業終了5分前になっていた。やば。30分は意識なかったよ私。


HRが終わった。風斗が廊下を通るのが見えたから、もう練習に行ったんだろう。風斗は陸上部に入っている。私はいつもなら学校の自習室で勉強して風斗の練習が終わるのを待つんだけど、今日は無理かな。風邪引いてるかもしれないし、早く帰ろう。


無断で帰ることを心の中で風斗に謝りながら、家路についた。体験学習は3日後。風邪はそれまでに治さないと。



翌朝、酷い倦怠感と共に目を覚まし、おかしいな、と思って熱を測ると、なんと38.7℃あった。なぜか関節も痛いし、心臓も暴れている。もしかしてこれは......



学校を休み、病院に行って検査したところ、案の定、インフルエンザA型だった。出席停止5日間。最悪の宣告だ。言うまでもなく、藍染体験に行けないことが確定したからだ。


家に帰り、ベッドに横になる。藍染体験に行けないという事実が頭の中でぐるぐるぐるぐる。


風斗は忙しいから看病になんか来てくれないよなぁ。幼馴染なら看病するのが王道なんだけどなぁ。でもわざわざ病気になるリスクを負ってまで来ないよね。アスリートだもの......。


そんなことを考えながら、私はとりあえず眠りについた。



次の日もゆっくり休んだ。それが功を奏してか、その次の日、つまりはみんなが藍染体験に行く日には、だいぶ体調が良くなってきた。


ちょっと熱はあるけど、38℃はないし、許容範囲かな。勉強しよう。


チビな私がみんなと張り合えるのは勉強くらい。そう思って今まで頑張ってきたから、勉強はできる方だと思う。


何を勉強しようかな。まだペンを持って本気で考えられるような状態じゃないよなぁ。


とりあえずなんとなく国語の教科書を眺めることにした。授業は私が寝ている間も容赦なく進む。こんなところで置いていかれるのはごめんだ。でも、今日は授業がない。藍染体験だから。だから私がみんなに追いつくためには今日頑張るしかないんだよね。


予期せず思考回路が藍染のことにつながってしまったことに気付き、行けないという認めたくない事実ごと飲み込まんと、私はそばに置いておいた牛乳を飲み干した。


流石に昨日まではスポーツドリンクを飲んでいたが、今日からしっかり牛乳を飲む。勿論、背を伸ばすために。


私が躍起になって牛乳を飲み始めたのはいじめられてた小学生時代から。明日は何をされるか分からないという恐怖と、いじめられることへの悔しさで私が泣いていた時。風斗がかけてくれた、


「ーーいじめられたくないなら背、伸ばせよ。牛乳飲んでさ。」


という言葉がきっかけだ。私は元々牛乳は好きじゃなかったけど、それでどれだけ私が頑張ったことか。今や私にとって、牛乳を飲むことは、いじめた奴等への無言の抵抗のようなものだ。


努力すれば背ぐらい伸びるんだぞ! 私に抜かれて、昔チビなんて言ったこと後悔させてやる! ......まだ成果は出てないけど。


大器晩成型なんだから! とか考えていたら、教科書の内容なんて全然頭に入って来なかった。


病気にかかっている時はどうも集中が続かないらしい。勉強しようという気持ちは10分と続かなかった。私は教科書を放りだして、諦めてベッドに戻ることにした。こんなことしてるからダメなんだよね、と、またネガティブモードになりながら。


ベッドに寝っ転がる。特にやることもなく、なんとなく窓の外を眺めた。外の景色を見ていると、考えたくもないのに、なぜか自然と藍染体験のことばかりが頭に浮かんでくる。他のことを考えてかき消そうとするけど、何も浮かんでこない。


病気の時って自分の思考すらコントロールできなくなるんだな、と分かったところで、私は眠りに落ちた。



こんな夢を見た。


私の小学生時代の思い出だ。小学生5年生の1学期。周りとの身長差が顕著に現れ始めるこの時期。いやそれ以前も周りと差はあったけど。突然、私に対するいじめが始まった。


主犯格は、木下千尋。家がお金持ちで、整った顔立ちをしている上に社交的。典型的なお嬢様タイプで、取り巻きも多く、クラスでは彼女を中心とした一大派閥ができあがっていた。あ、勿論チビじゃないよ。平均身長ちょっと上くらい。


持ち物を隠されたり、仲間外れにされたり、チビだの根暗だの言われたりするのはいつものことだったが、この日は特に酷かった。


給食の配膳の時間。私がトイレに行って、教室に帰ってくると、私の机の上には山盛りの給食。悪意しか感じられないレベルの山盛りだったが、私の席は一番後ろだから、先生は気付いていないみたい。愕然とする私の元に、木下とその取り巻きがやって来て、


「ーー感謝しなさいよ。貴方の成長のために、私たちがせっかく盛ってあげたんですもの。勿論全部食べてくれますよね?」


と、ニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべながら言い放った。私が少食なの、知ってるくせに。おまけにウチのクラスは昼休みを使ってでも完食しろ、という方針。当然私は時間内に食べきれず、ようやく完食したのは昼休み終了5分前。1人食器を片付ける私を、奴等は笑いながら眺めていた。


放課後、帰ろうとしたら奴等に呼び止められた。風斗と帰るって言って帰ろうとしたら、足を引っ掛けられた。


「ーー貴方、私たちがせっかく盛ってあげた給食、よくもまああんなに嫌そうに食べてくれましたね。貴方のためを思ってしたことですのに。あんまりじゃないですか。」


あんまりなのはどっちだ。心の中で抗議したら、奴は続けた。


「ーーこれだからチビは嫌いです。キモいんですよ。消えちゃえば良いんですよ。あ、でもこんなちっちゃい子が消えても、誰も気づかないかもしれませんね。あははははははっ!!」


頭を殴られたかのような衝撃が体を駆け抜けた。今まで何を言われても全く気にならなかったのに、今回だけは違う。


......え?今、キモいって言った?チビは、キモいの?嘘、客観的に見たら、そういうものなの?


「ーーあ、でもさでもさ、流石に盛りすぎたんじゃない? 上じゃなくて、横に大きくなっちゃうよ。チビはデブになりやすいもん! ですよね千尋様? きゃははははははっ!!」


やめて! 嫌! もう、やめて! そんなの認めたくない! チビってだけで、嘘よ、そんなキモいだのデブだの......



「うわああああぁぁぁあああっ!!」


奴等から逃げるかのように私は目覚めた。呼吸は荒く、汗は滝のように噴き出す。病気の時って酷い夢ばっかり。もう嫌。なんだか熱が上がった気がする。


ちなみにこのやり取りの一部始終は、私を迎えに来た風斗に目撃され、先生にいじめが露見。奴等は散々に怒られて、私にもしっかり謝って和解し、いじめは収束した。木下は高校も一緒で同じクラスだが、それ以降は仲良くやっている。


なんで急にいじめが始まったのかってことも気になって、後に友達に聞いてみたことがある。


どうやら木下は風斗のことが好きで、ずっと一緒にいた私が気に食わなかったらしい。小学4年までは風斗とずっと同じクラスだったから、手が出せなかったんだとか。


確かに小学5年で初めて風斗と別のクラスになったんだよね。なんと迷惑な話だろうか。でも、それまで風斗に守られてたようなものなんだ、と気づいた瞬間に私は恋に落ちていた。


さて、いじめは終わったから、めでたしめでたし、というわけではない。それで終わりだったらこの思い出が悪夢になるなんてことはないもの。


私が自分に自信を持てないのは奴等のせいだ。それまではチビだって別に構わないと思っていたが、奴等のせいで知ってしまった。


「チビ」は「キモい」ということ。

「チビ」は「デブ」と紙一重だということ。


いじめの後遺症、とでもいうべきだろうか。完全にトラウマになってしまっている。


生まれつき望めばなんでも手に入った木下が唯一手に入れられなかった風斗という男を、私は持っている。そう思っていないと、自分を保っていられない。私は最初から風斗以外何もないから。


いや、付き合ってもいないのに持ってるなんておこがましいよね。今のなしなし! 取り消し!



1人で完結した私に、1つの疑問が浮かんできた。それはとても素朴な疑問。

そして、それは開けてはいけないパンドラの箱。


ーー風斗って、私がチビなこと、どう思ってるのかな?


そんなこと病気の時に考えたら、マイナスの答えしか浮かばないって分かっているのに。


ーー幼馴染だし、そんなこと気にしてないのかな?


辿り着いてはいけない答えなのに。


ーーでも流石に私は小さすぎるかな。小学生みたいだし。


思考が止まることはなかった。パンドラの箱は、その口を開けた。


ーーあれ?待って。考えてみたら、風斗が私の身長を良く言ってくれたことなんて......


ーー今までに一度もなくない?


ネガティブモードは止まらない。


ーーあの日、私と手を繋いでくれなかったのは、私を気遣ってたんじゃなくて、単純に私と手を繋ぎたくなかったからなんじゃないの?


ーーあの牛乳飲めよ発言だってそう。あれはいじめに負けるなっていう意味だけだったの? 本当にそれだけ? その言葉の裏には、身長低い私じゃだめだ、って気持ちが少なからず含まれていたんじゃ......。


ーーじゃあもしかしてあの時も、あの時だって......。


ネガティブモードは完全に暴走状態。疑心暗鬼に陥った私は、これまでの何もかもを疑いだす。


そして、それらから導き出される結論はただ1つ。それは......それはーー


ピーンポーン。


呼び鈴が鳴った。私は結論を出してしまうことから逃げるように玄関に向かった。思考をリセットするには丁度いい。助かった。そう思った。そうして玄関の扉を開けると、そこにいたのは、


風斗だった。


愕然として私は棒立ちになってしまった。待ちに待った王子様の御宅訪問のはずだが、素直に喜べるはずもない。ネガティブモードは切ったと思ったのに、もう再稼働を始めた。


そんな私の様子などよそに、風斗はなぜか後ろに両手を組んで、そわそわしている。相変わらずの仏頂面だが、全く威圧感が感じられない。


そして、唐突に風斗が切り出した。


「藍染体験でさ、今日、部活休みになった。ごめんな。今まで見舞いに来れなくて。で、雅、藍染楽しみにしてたろ? それなのにインフルにかかって、残念だったな。だからさ......」


そこで風斗は言葉を切った。そして、


「ん。」


それだけ言って私に紙袋を手渡した。


無口な風斗がやけに雄弁なのは、何かいいことがあったから。昔からそうだ。大方藍染体験が楽しかったからだろう。


だからそれは自然なことだが、風斗が物をくれることなど今までなかったから、私はそっちに驚いた。何だろうと思って中身を取り出してみたら、そこにあったのは、


ーー藍染のハンカチ。


綺麗な青に染まった布地に、白い線がくるくると丸や四角などの様々な模様を描いている。子供が書きなぐったような適当な模様が描いてあり、左右は微妙に非対称。ベースの青もお世辞にも均一とは言えず、ところどころ薄い。だが、風斗が一生懸命作ったことがひしひしと伝わってくる。なんだか暖かくて、美しい。


でも、1つ気になる点があった。


このハンカチ、とにかくでかい。


45cm四方。ポケットサイズとはとても言い難い。私は今これを体の前で広げて見ているわけだが、正面の風斗から見たら、私の上半身は完全に隠れている。チビだってことが強調される。

なんだか、ハンカチにチビをバカにされている気がした。


ネガティブモードのせいでこんな捻くれたことを考えているが、勿論嬉しい気持ちもある。でも、素直に喜べないジレンマに苦しみながら、私は言った。


「あ、えっと、うん。ありがとう。えっと、その、わざわざ作ってくれたの?

何だか悪いよ私なんかのために。あ、で、でも嬉しくないわけじゃないよ。だけど、その......風斗が作ったんだから、風斗が使うのがいいんじゃないかな? ほ、ほらさ、そのハンカチ私には大きすぎるでしょ? だから、ちょっと使いにくいかなぁって思ってさ、ね?

だから、その......」


相変わらずのあわあわトーク。私はもうその場に居たたまれなくなって、逃げの一手を打つ。


「あ、私マスクしてないじゃん。風斗にうつしちゃ悪いよ。私、ちょっとつけてく......」


そう言いながら後ろを振り向いた瞬間だった。


ガシッ!


風斗に腕を掴まれ、


「逃げるな。」


そう言われて、私の心臓は暴れ出す。一瞬の沈黙で、心臓の音がばくばく聞こえてくる。それがますます市場の混乱を加速させる。それでも、風斗に動揺を悟られまいと、私は必死で平然を装って振り返った。風斗は続けた。


「いつもいつも逃げやがって。俺が何でわざわざこのハンカチをやるかわかるか? 藍の花言葉、習ったろ? それを理解して、変わってほしいからだよ。このハンカチにふさわしい人にさ。頭のいい雅ならこの意味、分かるだろ?」


言いにくいことなのだろうか。随分と曖昧な言い方だ。私は必死で記憶を手繰り寄せ、言葉の真意を探る。


えっと、確か藍の花言葉は「美しい装い」。これはハンカチのことを指すんだろうな。この美しくて、大きなハンカチにふさわしくなれ? 美しくて大きいこのハンカチ......に......?


そこで思考が繋がった。いや、繋がってしまった。さっきまで暴れていた心臓は、時が止まったかのように凍りついた。


そこにあったのは、私が最も恐れた結論。そして、風斗が来る前に先送りにした結論。


こんな大きいハンカチは当然チビの私には不相応だ。でも、例えばもし木下がこれを使ったらどうだろうか。彼女は平均身長ちょっと上だから、きっと見栄えがする。つまり、風斗は私に大きくなれって言ってるんだ。


ハンカチをくれてまでそう言うってことは、つまり......


風斗はチビな私が嫌いなんだ。


認めたくない事実だけど、考えてみれば自然なこと。だって、


「チビ」は「キモい」し「デブ」だから。


気付いてしまった以上、大きくなる努力なんてできないよ。今までは風斗がそう思ってるなんて露ほども思わなかったから、嫌いな牛乳も飲み続けられた。でも「今の」私でダメなんだったら、もう無理。


高校を卒業したら、今までのように一緒にいることはできないから、あと1年で背を伸ばさないといけない。6年かけて伸びなかった背をたった1年で伸ばすなんてできっこない。


私の恋は終わったんだ。そう思ったら、どうにもこうにも感情を抑えきれなくなって、涙がボロボロこぼれてきた。もらったハンカチで涙を拭き取り、ポケットにしまう。入りきってないけど。


涙でぼやけた視界に、慌てる風斗が映る。当然だろう。風斗にしてみれば、ハンカチをプレゼントしに来ただけなのに突然目の前で幼馴染が泣き出したのだ。これほどの理不尽はあるまい。


ごめんね。でも私にとっては本当に重要なこと。無口な風斗の気持ちを探るには、頭で考えるしか私にはできない。それで出た結論なんだもん。


「どうしたんだよ一体!? 」


本気で心配してくれているのだろう。風斗は動揺と焦り、そして怪訝さを隠そうともしない。そして半ば投げやりになっていた私は、もう自分の思いをぶつけてやることにした。


「今ね、風斗が私のことどう思ってるかが分かっちゃったの。」


風斗の顔が驚きに染まる。私は構わず続ける。


「今までの風斗の言動を考えればわかること。風斗はチビな私が嫌いなんでしょ?」


完全に恋を諦めたからだろうか。いつものあわあわトークは何処かに行ってしまった。風斗は更に驚いているが、一瞬前の驚きとは質が違った。しかし、私はそれに気付けないほどに興奮していた。勢いというのは恐ろしいもので、どんどん語気が強くなってくる。


「手を繋ごうとした時に断ったことも、

私がいじめられた時に牛乳飲めって言ったことも、

私に藍染のハンカチをくれて花言葉の意味を考えさせたのも......。」


息が続かなくなって、一旦言葉を切る。そして、続けた。


「全部! 全部私がチビなのが嫌だから! もっと身長の高い女の子が好きだから! チビな『今の』私が嫌いだからなんでしょ!! 」


風斗はついにうなだれてしまった。図星だなこれは。そして私はこう締めくくる。


「だって、『チビ』は『キモい』し『デブ』だから!!」


......ああ。全て、言ってしまった。胸の奥につかえていた思いを全て吐き出して、楽になった気がする。一方で、取り返しのつかないことをしたと後悔する自分がいるのも確かだ。ついに自分の気持ちも分からなくなってきた。


「......んなよ。」

「へ?」


うなだれたまま風斗が言った。そして私の方を向くと、


「人の気持ちを勝手に決めつけんなよ!! 俺がいつチビが嫌いなんて言った!?」


怒鳴った。弁明のつもりだろうか。私はムキになって反論する。


「私の身長のこと良く言ってくれたことないじゃない! 」

「見え透いたお世辞にしか聞こねーだろうから、逆に傷付くと思って何も言わなかったんだよ! 」

「牛乳飲めって言ったのは? あれはチビの私じゃ嫌だから、成長して欲しかったんでしょ?! 」

「俺はお前が頑張り屋ってこと知ってた! 勉強だって必死にやってたろ? 俺は雅を信じてた。本当にいじめに打ち勝って欲しかったんだよ! 」

「手を繋ぐのを拒んだのは?あれは単に私が嫌だったんじゃないの?」

「あれは......恥ずかしかっただけだ。」


最後に風斗の勢いがなくなったところで、一瞬の沈黙が訪れる。新しい情報が多すぎて、思考回路はもうぐちゃぐちゃだ。風斗の返答を吟味できないままに、私はハンカチを取り出して、最後の質問をした。


「......藍の花言葉は、『美しい装い』。授業で確かに習ったよ。このハンカチは美しいけど、私には大きすぎる。ほら、さっき私のポケットにこれ、入りきってなかったでしょ? これに相応しい人になれっていうのは、身長を伸ばせ、ってことなんじゃないの? 」


今にも泣き出しそうなのを抑えて、必死に言った。だが、風斗から返ってきた言葉は、驚くべきものだった......


「......は? 藍の花言葉は、『貴方次第』だろ? 」

「はい? 」


思わず間抜けな声が出てしまった。


「おいおい授業で習ったろ? 確かに藍の花言葉は『美しい装い』だけど、『貴方次第』っていう意味もあるって。雅、聞いてなかったのか? 」


あー、そういえば習ったよう習っていないような。その時私、眠すぎてほぼ意識なかったから、記憶が曖昧なんだよね......。


「こっちの意味はあまり知られてないらしいけど、ウチのクラスでは先生は強調してたぞ。藍は染め具合によって着物の色味を変えることが由来なんだとさ。」


へー、そうなんだー、と半ば他人事のように聞いてると、風斗は続けた。


「つまり、『貴方次第』の花言葉に相応しいようにっていうのは、チビだろーが何だろーがみんな雅次第で変わるんだから、強く、自信を持って生きろってことだよ。」


......あれ? 私、相当な誤解をしていたの? ちょっと待って、状況を整理しよう。ええと......?


しかし、風斗はそんな暇を与えなかった。


「まぁ、最も俺にしてみれば雅はチビな方がいい。チビをカバーしようと頑張る雅。どうも護りたくなっちまうんだよ。雅は気にしてるみたいだけど、俺は、お前はチビだからこそ可愛いと思うぜ。」


「チビ」だからこそ可愛い? 「キモい」わけでも「デブ」でもなくて? 風斗の目を見れば、それがお世辞だなんてとても思えない。


本当に、私はとんでもない勘違いをしていたらしい。


そうだよ。私は、ただ幼馴染を信じればよかったんだ。いじめられた時に、風斗がしてくれたように。どうして私はこんないい幼馴染を疑ってしまったんだろう。私、最低だな。


そして次の風斗の言葉は、私の涙腺を決壊させるには十分すぎた。


「ここまで言ったし、もう言っちまうか。雅、俺はお前が好きだ。チビなとこも何もかもひっくるめて、全てが好きだ。どうか、俺と付き合って欲しい!! 」

「うわぁぁぁぁああああん!!! 」


全ての感情が堰を切ったように、嗚咽となって押し出されてくる。もう何も考えることなどできない。考えられたとすれば、恋が成就した「喜び」と、風斗を疑ってしまったことに対する「罪悪感」だけだ。


「うぐ......。ひっく......。ごめんなさい......。本当にごめんなさい......。」

「え!?お、俺じゃダメだった?」

「ち、違うよ!これは風斗を疑ったことに対する謝罪であって......決して風斗のことがダメって訳じゃなく......」

「何だよ、いつものしどろもどろに戻ってるじゃんか。あははははははっ!! 」

「ううう......。風斗の馬鹿ぁー!!」



2日後、出停期間が終わり、私たちは今日も一緒に学校に向かう。勿論、手を繋いで。ちなみに、風斗が雄弁だったのはあの日だけで、喋りすぎた反動か、また静かになってしまった。恥ずかしいだけなのかもしれないけどね。


そして、私達2人のポケットには、藍染のハンカチが入っている。私はさておき、なぜ風斗のポケットにも入っているのか気になって、さっき聞いてみた。


「......あのハンカチは2枚目だったからあげただけ。これは以前から持ってたやつ。」


とのことだが、私はそれは嘘だと思う。きっと、今風斗が持ってるのは、あの日の後にプライベートで作ったものだろう。私を心配させまいとして。


どうしてそう思うのかって?そんなの単純な話。


彼のハンカチは真っ青だけど、それに負けず劣らず、今もそっぽを向いている彼の耳は、真っ赤に染まっているから。


僕の住んでいる群馬県の東毛地区では、小学生の時に校外学習として藍染体験があります。僕もそれに行って、ハンカチを作りました。

藍染文化を守りたい!そう思って、生まれて一度も小説を書いたことなどありませんが、拙作を綴りました。

執筆経験がなくて二の足を踏んでいる皆さんの後押しができれば幸いです。


▼著者プロフィール

ogi

現役の男子高校生。

『RPGの主人公に転生!〜ゲーム廃人の兄貴に操作される日々〜』などを執筆中。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ライトノベル × 日本の文化』をコンセプトにした『MACHIKOI』。
あなたの物語で、日本の美しい文化を守ってみませんか?

作品を募集中です!
詳細は下記をご覧ください!
日本の伝統芸能×ライトノベル 「MACHIKOI」プロジェクト 概要発表!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ