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Song2

作者: 北原夕湖
掲載日:2018/01/03

エイジとサブロー。同じ、早稲田大生のくせに、二人の生き様は水と油、ブラーとオアシスくらい正反対だ。

横浜在住。父親がシンクタンクの取締役、中学から大学まで内部進学のお坊ちゃま。ブラーのデーモンのように、きれいな人生を歩んできたエイジに対し、サブローのそれは波瀾万丈。大阪の町工場の出身、高校卒業後は家業を継ぐつもりだったが、実家の工場が倒産。4浪し、自費で学費を稼いで、東京に上京した苦労人だ。まるで、労働階級出身、マンチェスターから出てきたオアシスのノエル・ギャラガーを彷彿とさせる。サブローの大学進学までのいきさつだけで、物語が1つ書けそうなくらいである。

エイジとサブローは商学部で、同じ研究室に属している。幹事長がサブローで、副幹事長がエイジ。研究室は、学部内の5大人気ゼミで、入るのが難しくて有名だった。学部内でも成績優秀者数人にしか送られない大熊奨学金を受け取っていた優等生エイジに対し、サブローはホストや新聞配達などのアルバイトを掛け持ちしていたから、ほとんど学校に来ていなかった。進級できたのが不思議なくらい。研究室にも完全にキャラ枠で入った。サブローは、バイト先の新宿歌舞伎町のクラブでナンバー2のホストだったから、話すのがとっても上手かった。面接官の先輩たちはサブローの話術に魅了されてしまったのだ。

研究室の活動も、サブローが表に出て、光輝き、裏でエイジがサブローの仕事を支える…ピッチャーとキャッチャーみたいな感じだった。なぜか4つも上なのに、サブローの方が完全に子どもっぽく、エイジがうまくいなしていたというのがよい表現だった。そして、2人はいつも一緒にいた。本当に、仲がいいのか、悪いのかは判らなかったけれど。


私はエイジと付き合っている。たまたま、語学のクラスが一緒で席が隣だったから。エイジは男子校出身、私は女子高育ちで名古屋から上京したばかり。お互いに、大学に入り、ちょうど恋をしてみたい時期だったのだ。それに、商学部は週に4回語学の授業があった。週に4回も隣の席に座っていたら、自然と仲良くなるのが当然だった。それに私たちには共通点があった。大のブリットポップ好きだったのだ。

ただ、エイジはブラー、私はオアシスの大ファンだったから、話せば必ずケンカになったのだけれど。


私とエイジには秘密があった。

付き合って2年が経つのに、私たちは、まだしたことがないのだ。

あれは、初めてエイジが私の部屋に来たときだ。エイジの家は横浜だ。語学のクラスの飲み会ですっかり酔いつぶれたエイジは、終電を逃し、私の目白の下宿先にやってきた。壊れたエイジを見たのは初めてだった。

エイジは家に着くなり、私を抱きしめた。

何かのマニュアルに従って、機械的にキスをした後、おそるおそるエイジの手が私の身体に入っていた。私は初めてだったから、エイジの指がショーツの中に入ったときに思わず声を上げた。

「こわい?」

それ以来、エイジは私に要求しなくなった。酔っぱらって変わり果てた自分の姿がよほど嫌だったらしい。私たちのデートは昼間がメイン。飲み会でも、ビール1杯しか飲まなくなり、エイジは必ず終電で横浜の実家に帰るようになった。いつしか、する、しないの話は私たちの間でタブーになっていた。


研究室にはエイジのファンは多い。

「美優はいいよね。たまたまエイジと席が隣だったからっていう理由だけで、いい彼氏がいて」。

周囲は羨む。確かにエイジはいいオトコだ。全てが完璧で、非の打ち所がないがないのだから。でも、私は正直物足りなかった。話していてもテストの模範解答を聞いているみたいで、何を言っても正論しか返ってこない彼のことを。

ただ、本当の奥底で彼が何を考えているのかわからなかったのだ。だから、アバンギャルドで顔もハンサムじゃないけれど、人を引き付ける何かを持つサブローにも少し惹かれていた。

私も、そろそろ処女を抜け出したかった。女子会になれば、誰とやった、どうだったなんて話ばかり。

「美優はエイジくんとラブラブだからね」と言われる度に、胸が痛くなった。

エイジと一度もしたことがないなんて、口が裂けても言えなかったから。


そんな時だった。サブローから誘いを受けたのは。

研究室の飲み会の後、サブローに言われた。

「この後、一緒にもう一件いかない?」と。

エイジは、次の日の一限が授業だからと言って、すでに10時過ぎに帰宅していた。サブローに、エイジが本当はどういう人なのか、聞いてみたかったのだ。

上手く2人きりになり、目白のショットバーに着くなり、単刀直入に彼は言った。

「おまえら、したことないだろう?」

私は頷いた。

「怖いの?」

私は、エイジにも言えない事の経緯や本心をサブローに告げていた。

「でも、エイジのこと嫌いじゃないんだろ?」

「私に気を遣ってくれているのは、わかる。でも、エイジが何を考えているのかわからない」。

 私は泣いていた。

「泣くとブスになるぞ。美優ちゃん」

サブローは私のオデコにごく自然にキスをした。軽い、マカロンみたいなキスだった。

エイジの教科書に書かれた、手順にそったそれとは大違いだった。

 心臓が飛び出しそうだった。

この日、私はエイジ以外の男を初めて、家に入れた。

サブローは、後ろからふわっと私を抱きしめた。

「俺、エイジからお前を奪いたい」

エイジの無骨なキスと違い、いつの間にか、サブローは私の唇を開けていた。彼の舌はとろけるような、甘いはちみつ。まるでパティシエのように、私を甘い世界に誘っていく。ジル・スティアートのミニ・スカートから、サブローの手が入ってきた。まるで魔法がかかったかのように、タイツもショーツも下されていた。

私は怖くなかった。

サブローは言った。

「大丈夫。痛くないから。最高に気持ち良くさせてやる」

耳元で彼は囁いた。私はすでにサブローの魔法にかけられていた。いや、騙されたといったほうがいいのかもしれない。私の身体は全て、サブロー色に染められてしまった。


サブローは凄かった。自分は1枚も服を脱ぐことなく、口と指だけで私を天国に送った。彼が入らなかったこと。それは、後々考えると、それは唯一の救いだったのかもしれない。私は、初めてそれがすごく気持ちいいものだと知ったのだ。


部屋に朝日が差しこむ。タオルに付いた鮮血が、全てが終わったことを物語っていた。

私はサブローを探す。決めた。エイジと別れよう。

私の心は完全にサブローに傾きかけていた。しかし、当のサブローは無関心。すでに帰る用意を始めていた。既に山手線の始発は動いている。

「じゃあ、またな」

あまりにもあっさりした、前後の対応のギャップに私は唖然として声も出なかった。

勝ち誇ったような笑みを浮かべた彼を見て、私は恐ろしくなった。この人は私が好きなのではない。自分にないものを全て持つエイジへのコンプレックスを払拭するために、私が欲しかったのだと。

サブローはヘビースモーカーだ。私は部屋に残るタバコの匂いに、吐き気を覚えた。トイレに行き、食べたものはもちろん、胃酸まで出し尽くした。

早く空気を入れ替えたい。無我夢中で家じゅうを雑巾がけし、シーツもタオルも洗濯していた。この部屋からサブローを消してしまいたかった。時間が経つにつれ、事の重大さに気づく。自分の大事な人になんていうことをしてしまったのだろう。鉛を胸の中に落とされたようだった。何も手に付かず茫然としていると、タイミングよく電話が鳴った。


エイジからだった。

「今から会えない?」

心なしか、エイジの声はテンションが高かった。サブローに何か言われたのだろうか。もし、この事実をゼミのメンバーに知られたら、私の居場所はなくなる。研究室にもいれなくなる。もう、実家に帰るしかない。絶望感しかなかった。

なるようにしかならない。一睡もしていない私は覚悟を決め、新宿の街に向かった。

エイジは、すぐに気づいただろう。次の日、私と会った時に、私の首にサブローが付けたそれがあったことを。

私たちは新宿ピカデリーで他愛もない映画を見た。睡眠不足と緊張で、映画なんてこれっぽっちも入ってこなかった。

映画が終わり、いつ話を切り出そうと悩んでいると、エイジが珍しく高田馬場の焼鳥屋「鳥安」に行きたいと言った。研究室で飲むときの行きつけである。酒豪のサブローと違って、エイジは例の一件以来、あまりお酒を飲まない。デートのときはカフェに行くのが決まりだったから、私はびっくりしていた。

今日のエイジはご機嫌だ。珍しくビールを飲み続けていた。話は決まって音楽の話。今日はコールドプレイの新譜についてだ。ブラーに代わり、エイジの最近のお気に入りはコールドプレイだ。エイジの薀蓄を聞いていたら、あっという間に10時になった。

「エイジ、終電だよ」と声を掛けると、

彼は生ビールを流し込み、こう言った。

「今日、お前ん家、泊まる」と。

 いよいよ、後に引けなくなった。


私の家に入るなり、エイジはもの凄い力で、私をベッドに押し倒した。私は混乱していた。

お気に入りのヤエカのシャツワンピースのボタンは引きちぎられ、ブラジャーがむしり取られた。私はただただ呆気に取られていた。いつも、物静かなエイジがこんなに攻撃的になるなんて思わなかったから。

手と足をヒモで縛られた私は、もうエイジの言いなりだった

「痛いよ、エイジ」

「美優は俺のものだ」

「サブローになんか、絶対渡さない」

何度も彼はそう言いながら、残すところがないくらいに私の全身を舐めくり回した。まるで、サブローに染められた私の身体を、全て自分の色に塗り替えようともがいているようだった。キスもマニュアル通りのそれではなく、力ずくだった。

乳首は噛み千切られそうになってうっ血していたし、不器用な愛撫のお陰で、全身は蚯蚓腫れだらけだった。サブローと違って、私が濡れる前に無理やり入れたそこは赤くなっていて、エイジが上下するたびに激痛が走った。でも、サブローのそれと違い、エイジの不器用なまでの一連のそれに、私はなぜか心地よさを感じていた。

私は、エイジがここまで壊れていることに、喜びを見出していた。前にいるのは、端正な顔立ちの好青年ではなかった。酔っぱらって半狂乱状態、童貞を抜け出そうとしている一匹のオスだ。本当のエイジが、私にしか見せないエイジの姿がここにある。そう思うと溜らない気分になった。私は愉快になってきた。

「エイジ、もっとおかしくなって」

エイジは、その言葉にさらに勢いを増した。無我夢中、目の前のメスに対して、自分の本能に従って行動しているだけだった。こんなエイジ初めて見た。それこそが私が今まで見たかったエイジだった。

「エイジ、今までで一番好きだよ」

私は素直にそう言った。全身に走る激痛さえも快感に変わる。

「美優、一緒に逝こう」

エイジのそれが私の子宮にぶち当たるのを感じた。私は昇天し、気を失った。

Song2。ブラーの名作もこうしてできたのかもしれない。優等生は2分2秒の曲なんて、気でもおかしくならないと、完成できないから。


どのくらい経ったのだろう。気が付くと、私はエイジの腕枕の下にいた。

「私のこと嫌いにならないの?」

こう言うと、エイジが逆に謝ってきた。

どうやら、ずっとエイジはサブローに私との関係を相談していたらしい。自分が童貞だった引け目もあったらしく、今回の作戦は2人で前々から企画していたらしいそうだ。サブローは私の恐怖心を取り除くためだけに、敢えて私を誘ったのだ。私は完全に2人の策略にまんまと引っかかっていたのだ。サブローが、絶対、私の中に入らなかったのも、すぐに帰ったのも納得した。自分が恥ずかしくなった。

「サブローは人生の先輩だから。何でも知っている。勉強以外のことは」

「恥ずかしい」

私は顔を赤らめた。

「オアシスとブラーは、何だかんだ言って音楽業界を良くしようという気持ちは一緒だった」。

エイジはそう話を逸らすと、CDをかけた。もちろんブラーだ。

私はオアシスのCDは、ベストも含めて全部持っているけれど、ブラーのCDは持っていない。エイジが持ってきたのだ。

「美優はオアシス贔屓だけど、ちょっとは、ブルジョワの曲も聞けよ。実はとんがっているんだぞ」。

照れくさそうに言うエイジは、本当にブラーのデーモンみたいだった。

「それから。これから俺もたまに壊れたいから、美優泊めろよ」

 エイジは優等生だったから、きっと、今まで自分を押し殺していたのだろう。

「もちろん。結構、壊れたエイジ好きかも」

 私はエイジの腕にしがみ付いた。言い出すか、出さないかで、Song2が終わった。


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