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エピソード2:10 years②

 早速翌日から、本格的な研修が始まった。

 ユカと政宗に関しては、『縁故』に関する基礎的な知識がそもそもないため、「『縁』とは」「『縁故』とは」「『良縁協会』とは」という基礎的なところから、しっかり抑えていく必要がある。

 と、いうわけで、時刻は午前9時過ぎ。クーラーの程よくきいたリビングにあるダイニングテーブルに、向かい合わせで座ったユカと政宗は……そんな2人の間、誕生日席と呼ばれる位置に椅子を持ってきて座っている統治に視線を向ける。

 向けられた本人は一瞬たじろいだ後……我に返って足を組み替え、不機嫌な表情でため息をついた。

「……どうして俺がこんなことをしなくちゃいけないんだ」

 睨んだ目線の先、キッチンの内側で朝食の後片付けをしている一誠が、白い歯を見せてニヤリとほくそ笑む。

「午前中は麻里子さんが仕事で不在なんだ。それに、名杙君は何てったて『あの』名杙家のご子息だからね。『縁』や『縁故』に関する知識は俺達の比じゃないはずだ。西と東で認識が違うのも困るから、目の前の2人にしっかり教えてあげてくれよ」

「一誠ー、口ばっかりじゃなくて手も動かせー」

 隣りにいる瑠璃子が、水をダバダバ流しながらも食器のすすぎが終わらない一誠へ、笑っていない目で釘をさす。

 慌てて目の前の作業に集中する一誠から視線をそらした統治は……改めてユカと政宗を見やり、足を組み替えてため息をついた。

 今の統治は、この2人の講師として、基礎的な説明をするという役割を一誠から押し付けられた……もとい、仰せつかったのだ。最初は当然のように冷めた目で反発した統治だったが、一誠の「あれ、名杙ってそんなもんなの? 素人に説明出来ないなんて、ちゃんと理解してないんじゃない?」という煽り文句にうっかりカチンときてしまい、売り言葉に買い言葉で引き受けてしまったのだ。

 共に真新しいノートを開いて説明を待っている2人に……統治は何度目か数えるのを諦めたため息をつくと、ぶしつけに問いかける。

「お前たちは……『縁』についてどれくらい理解している?」

 漠然とした質問に、ユカが口ごもってしまった。政宗がすかさず「そうだなー」と口を開き、自分の認識を統治に説明する。

「あれだろ、俺達の体がわしゃーっと出てる、この糸みたいなやつ。色も微妙に違うのは、種類が違うんだっけか?」

「そうだ。人間の『縁』は大きく分けて4種類ある。足元から出てる、生まれた土地や今住んでいる土地と繋がっている黄色い『地縁』。次に、両手の先から出てる、家族や友人と繋がる赤い『関係縁』。そして、頭の先から出てる、先祖から続く緑の『因縁』。最後は、首の後から出てる、その人の命を繋ぎ止める青い『生命縁』。この4つの要素が全て揃って、『人間』として生きることが出来る」

 サラサラと言い放つ統治の言葉を、ユカは慌てて自分なりにメモをとる。政宗も何とかノートに記載しつつ……とある一箇所で腕をとめ、統治の頭上をマジマジと見つめた。

「青い『生命縁』……? 名杙、お前、命2つ持ってんのか?」

「は?」

 政宗の的外れとも思える指摘に、統治が思いっきり顔をしかめる。険悪な雰囲気にユカが困惑する中、政宗は一切臆すること無く、統治の頭上を指差した。

「いやさっき、青は『生命縁』って言っただろ? 確かに頭から青い糸はあるけど……2本出てるぞ」

「そんなはずないだろう。青い『生命縁』は1本だ。複数あるはずがない」

「じゃあ、俺やケッカの『生命縁』を見てみればいいだろ? どうだ?」

 そう言って頭を突き出す政宗の頭上を、統治はしぶしぶ見方を切り替えてから確認して……。

「……」

 これまでずっと『生命縁』と『因縁』を勘違いにして認識していたことに気付き、何も言えなくなってしまう。

 そんな統治のところへ、ニヤニヤした表情の一誠が近づいてきた。

「『因縁』と『生命縁』は、互いに頭上から出ているものだから重なりやすい。とはいえ、普通は太さで気づくけどな。『生命縁』のほうがよっぽど太いんだから」

「……」

「こんな初歩的なところで躓くようじゃ、『中級縁故』の学科試験免除なんか夢のまた夢だぞ。と、いうわけで名杙君……3人仲良く俺の話を聞いてくれるかな?」

 そう言って笑顔を向ける一誠に、統治は何も言えなくなり……無言で席を立つと、政宗の隣に腰を下ろしたのだった。


 その後、一誠による午前中の座学を終えた3人は……昼食を取り、午後から合流した麻里子の講座を初めて受けることになる。

 その結果……統治は自分の勘違いを更に麻里子に指摘され、容赦なく、厳しく論破されることとなり……。


「……」

 2階にある、統治と政宗にあてがわれた室内にて。部屋の壁によりかかってどこか遠くを見つめる統治に、政宗はミネラルウォーターを持って近づいた。

「お疲れ。飲めよ、熱中症になるぞ」

「……」

 そんな気分にはなれなかったが、半ば強引に押し付けられて、仕方なく蓋を開けて喉を潤す。程よく冷えた水分が下降していく感覚を味わいながら……統治は、本日一番重たいため息を付いた。

「……バカにしに来たのか? あれだけ自信を持っておきながらこのザマだ」

「まぁ、たしかに威勢がいいのは最初だけだったよな」

 政宗は統治の隣に腰を下ろすと、自分用に持ってきたペットボトルのお茶をあけて一口あおった。そして、わずか24時間ですっかり自信をなくしてしまった彼へ、こんなことを問いかける。

「なぁ……『縁』がずっと見える世界で行きるって、どんな感じなんだ?」

「は?」

 突拍子もない、今まで疑問を抱いたことのない質問に、統治は思わず間の抜けた声を出す。

 そんな彼に、政宗はどう説明したものかと思案しつつ……ポツポツと言葉を紡いでいく。

「ほら、名杙は生まれた時から『縁』や、えぇっと幽霊じゃなくて……そう、『痕』が見えるんだろ? あ、今は自由にコントロール出来るんだっけか……俺はまだそうじゃないから、最初はとにかく怖かったんだ。丁度、私生活でも色々あって、死にそうになってた。そんな中で世界の見え方が変わって……正直、マジで怖かったんだよな。もうやめてくれ、俺はこんな世界で生きていけねぇよ、って……」

「……」

「ただ、名杙は違うんだよな。最初からこれだと、やっぱり、怖いって思わないものなのか? それともやっぱり……怖かったりしたのか?」

 統治は正直、考えたこともなかった。自分は、家族も含めて『縁』や『痕』が見えるのは『当然』であり、むしろ見えないほうが『異質』なのだから。

「俺は……」

 目の前にいる政宗は、聡明だと思っている。現に先程の座学でも、誰よりも物事を理解するのが早かった。今は自分のノートをユカに貸しているくらい、ほぼ完璧にまとめ上げている。

 それに比べて、自分は……と、つい先程までは思っていたけれど。

 彼にはまだ、知らない世界がある。それは、彼が不本意で見えるようになった、統治にとっては当たり前の世界。先程の口ぶりから察するに、最初の混乱は相当のものだろう。そこから持ち直し、この研修に参加するまで至った、一体何が彼を動かしているのか、もう少し詳しく聞きたいところではあるけれど。

 今は……彼からの質問に答えよう。先程のような不甲斐ない思いは、もう、したくないのだから。

「俺は……これが当たり前だったから、怖いと思ったことはない。家族も含めて皆同じものが見えているから、認識が異なることもない。そういう意味では異質だな。中途覚醒に関しては、あの……川上とかいう担当教官に聞くほうがいいと思うぞ」

「お、それもそうだな。後で聞いてみるか……でもじゃあ、名杙はスゲーな。よくもまぁ、こんな世界で生きていけるもんだと思うよ。なぁ、見方の切り替えは難しいのか?」

「コツを掴めば難しくはない。明日の予定に組み込まれていたはずだ」

「うっわー、俺出来るかなー……まぁ、やるしかないんだけどな」

 そう言って苦笑いを浮かべる彼に、つい、つられて……統治の口角があがる。

 すぐに自分でも気がついて慌てて定位置に戻したけれど、その瞬間を見逃してくれない政宗は、その口元に醜悪とも思える笑みを浮かべて、視線をそらした統治を肘でつついた。

「何だよ今の顔。お前、大分俺に感化されてるぞ?」

「放っておいてくれ。自分でもそう思って反省しているところだ」

「ちょっとひどくね!? 俺が一体何をしたって……」

 オイオイとツッコミを入れようとした政宗の言葉が、不意に、途切れる。

 統治が視線を彼に向けると……バランスを崩した政宗の体が、床の上に無造作に倒れていく様子が、スローモーションのように見えて。


「――佐藤!?」


 2人分のペットボトルが、鈍い音をたてて転がった。

 

「……もう影響が出たか。流石、名杙の直系だな」

 敷いた布団の上に政宗を寝かせ、一誠が苦い顔で呟く。

 あの後、すぐに階下で電球交換をしていた一誠を呼びに行き、2階に戻ってきた統治は、彼がテキパキと布団を敷いて政宗を寝かせる様子を、眺めることしか出来なかった。

 目を閉じている政宗の顔色は青白く、まぶたや口元さえピクリとも動かない。先程まで自分と元気に会話をしていた友人の変わりように、統治はただ呆然とすることしか出来なかった。

 そんな統治へ、一誠が少し厳しい口調で問いかける。

「名杙君、君、まさか……自分の影響力について、知らなかったわけじゃないだろう?」

「俺の……影響力……?」

「そうだ。名杙と名雲の直系は、特に凄まじい能力を持っている。そして、特に名前を告げて相手に干渉する名杙は、無意識の内に周囲の『縁故』に影響を与えてしまうんだ。それによって『縁故』としての能力が強まる場合もある。けれど、最初は大抵、唐突に流れてくる強い力に耐えられず、体が壊れてしまうんだ。君に関して提出された書類には、その影響力を抑える修行も終わったって書いてあったけど……あれは嘘だったの?」

「影響力を抑える、修行……?」

 一誠の言葉に、統治は必死で脳内を整理した。確かに先月頃――この研修が決まった頃――から、父親がしきりに、集中力が必要な、非常に厄介な課題を課してきたけれど……父親への反抗心や、両親とは違う周囲の大人が「そんなことをしなくてもいい」と言うから、統治は一切本気で取り組んでこなかった。

 もしもそれが、今回の悲劇を引き起こしてしまったのだとしたら。

 言葉を失って彼を見つめる統治の態度である程度の事情を察した一誠は、「ちょっと下に降りろ」と統治をリビングに促す。

 そして、下でスポーツドリンクなどを用意していた瑠璃子を、ユカと共に2階へ行くように指示してから……改めて、統治を見下ろした。


「――お前、なめとるっちゃろうが。『縁故』の修行を何だと思って、今までやってきたとか?」

 リビングに入って扉を閉めた一誠が、自分から視線をそらす統治を見下ろし、低い声で問いかける。

「……」

 当然、統治は答えられない。


 だって、自信を持って答えられる積み重ねなど……今の自分にありはしないのだから。


 ――自分には才能がある。だから、努力など必要ない。

 そう思って、最低限必要なことしかやってこなかった。

 そう、言われ続けてきた。


挿絵(By みてみん)


 彼の態度から全てを見透かしている一誠は、両手を強く握りしめ、怒りに震える眼差しで統治を真っ直ぐに睨んだ。

「お前がどんな人生を送ってきたのかには興味ねぇよ。ただなぁ……自分の環境にあぐらをかいて、やるべきことを中途半端以下にしかしていない、そげな中途半端な奴が名杙なんて大それた名前を名乗るんじゃなかぞ!! お前の能力は桁違いなんだ、冗談抜きで人が死ぬ!! そうなったら……お前、どうやって責任取るつもりだ!? 佐藤君が万が一『痕』になったら、『縁』、切れんのか!?」



 政宗がこのまま意識が戻らず――死んで、『痕』になってしまったら。

 少し想像しただけで、背筋が震えた。



「でもじゃあ、名杙はスゲーな。よくもまぁ、こんな世界で生きていけるもんだと思うよ」

「何だよ今の顔。お前、大分俺に感化されてるぞ?」

 さっき、統治に向けてこう言って笑ってくれた彼に、もう、二度と――会えなくなる。



「俺は……」

 震える統治の声をかき消すように、一誠がより大きな声で統治を罵倒する。

「本気じゃないなら今すぐ宮城に帰れ!! それで、自分をチヤホヤしてくれる大人とだけ交わって、一生、表舞台に出てくるんじゃねぇ!! 迷惑なんだよ!!」

 そう言って踵を返す一誠は、リビングから出て、2階へ向かう。彼の足音を遠くに聞きながら……統治は1人、床に座り込んで、震えることしか出来なかった。


「……統治君、災難やったねー」

 上から戻ってきた瑠璃子が、座ったまま動けない統治にいつもの調子で声をかけて、体を揺らしながらパタパタと台所へ移動する。

 そして、冷蔵庫からゼリー状の健康補助食品を複数取り出し、おぼんの上にのせた。

 それを持って彼の前まで来ると、立ったままの状態で、統治に2階の現状を告げる。

「政宗君なら大丈夫だよー。さっき、意識は戻ったから」

「――っ!!」

「ただ、これからも統治君が近くにおると……ちょっと厄介かもしれんねぇ。現にユカちゃんもちょっと気持ち悪いって言いよるし。いやはや、流石名杙家、こげん早いとは思ってなかったよー」

 努めてあっけらかんとした口調で言葉を紡ぐ瑠璃子は、顔を上げた統治に、扉の方を目配せする。

「麻里子さん、今は1階の和室におるよ。あの人なら……とりあえずの対処法くらいは、当然、知っとるやろうねー」

 そう言って、瑠璃子は忙しなくリビングを後にした。

 残された統治は、床の上で両手の拳を握りしめた後……ゆっくりと、立ち上がる。


 今の自分に出来ること、それは――


 統治はリビングのドアを開き、蒸し暑さが充満した廊下を抜けて、1階の奥、麻里子が使っている和室の前に立った。

 そして――


「――お願いが、あります」


 麻里子に対して真っ直ぐな眼差しで決意を告げる統治を、福岡の女傑は満足げな表情で受け入れるのだった。

 名杙統治、挫折する。

 この時期の彼は親への反抗期ということもあり、優しくしてくれる周囲の大人にベッタリでした。なまじ才能があったので、努力をしなくても乗り越えられる課題ばかりで、大分傲慢になっていたのですな。

 その弊害が全て政宗にいくという……自分ではない、関係ない他人を巻き込んでしまったことで、初めて危機感を抱くことになります。

 こうして本気で怒ってくれる人がいることをありがたく思いなさい、統治。

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