エピソード2:10 years①
「――おい、聞いているのか!?」
隣で苛立つ統治の声で、政宗は現実に引き戻された。
ここは、福岡空港の手荷物引き渡し所。ベルトコンベアにのせられた荷物が、順不同に流れてきている。
「おぉ悪い、どうかしたのか?」
慌てて笑顔を作り、フランクに対応する政宗。そんな彼に統治は重たいため息をつくと、手荷物が流れていくベルトコンベアを指差した。
「……あれ、お前のじゃないのか?」
「マジかーマジだー!!」
持ち主にスルーされるがままに流されて、再び奥へ引っ込もうとするキャリーケース。追いつき慌てて掴んだ政宗は、それをベルトコンベアからおろし、ふぅ、と、安堵の息をついた。
そしてそれをゴロゴロと引きずって、苛立ちマックスの統治のところへ戻る。ちなみに政宗にしてみれば、同じ歳の人間など、どれだけ家柄が凄くても、どれだけ態度がデカくても、緊張するに値しない存在だった。
「いやー危なかったー、教えてくれてありがとう。名杙、よく俺のだって覚えてたな」
「一度見ればすぐに分かる。ボサッと突っ立ってないで、いくぞ」
そう言って自分のキャリーケースを引っ張り、出口へと向かう統治。慌てて彼の背中を追いかける政宗は、これから何が起こるのか、不安よりも楽しみで胸が踊っていた。
そして、出口からソファの並ぶロビーへと出た政宗と統治へ、2人よりも背の高い男性が近づいてくる。
身長は180センチ近くあり、強い目力とスポーツ刈りが印象的。姿勢と体格が良く、2人へ向けてキビキビと歩いてくる。着用している白いTシャツと紺色のジーパンが、少しパツパツに感じられた。
見知らぬ巨体の男性が自分たちを目指してくるという現状に硬直していると、彼が二人の前で立ち止まり、白い歯を見せてニヤリと笑う。
「君たちが、宮城からのお客様だよね。俺は川上一誠。『西日本良縁協会福岡支局』の人間だ。これから君たちのサポートをさせてもらうから、宜しくね」
落ち着いた声で自己紹介をする彼―― 一誠に、政宗はペコリと会釈をしてから、簡単に自己紹介と挨拶をする。
統治は軽く名乗っただけで……それ以上、何も語ろうとはしなかった。
一誠はそんな2人を交互に見比べた後、腕時計で現在時刻を確認する。時刻は、13時30分を過ぎたところだった。
「とりあえず……腹が減ってないか? 今日の昼食は好きなものを食べて良いことになってるんだ、さぁ、遠慮せず言ってくれ俺の金じゃないし!! さて2人とも何がいい? とんこつラーメンか? うどんか? いっそこの時間から焼き鳥か!?」
先程の落ち着きはどこへやら、急に、それはもう楽しそうに語る一誠に愛想笑いを浮かべつつ……政宗は、隣でウンザリしている顔の統治の心をどうやって開けばいいのか、じっくり作戦を練ることにしたのだった。
結局、一誠の車で近くのラーメン屋まで移動した3人は、定番オブド定番のとんこつラーメン(餃子セット)を昼食にする。
「おいおい、とんこつラーメンに明太子をトッピングするなんて……何も知らない観光客のやることだぜ?」※個人の感想です
統治の食べ方に嫌味を言い放つ一誠を政宗がなだめつつ、殺伐とした雰囲気のまま、昼食の時間は終了。一誠の車は、福岡市でも海沿いに開発されたエリア・百道浜を目指す。
百道浜は『シーサイドももち』という名称で再開発が進められ、福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)の本拠地である福岡ドーム(現・ヤフオクドーム)や、それに付随するシーホーク、更には福岡タワーや地元テレビ局など、多くの観光資源が集まる臨海地区だ。他にも図書館や博物館など、学術的な施設も揃っている。
また、福岡市中心部は空港との兼ね合いがあり、そこまで高い建物(高層マンションなど)は建てることが出来ないのだが、百道浜まで離れるとその制約がなくなるため、比較的高い建物も、ちらほらと見うけられるようになっていた。
都市高速をおりた車が、そんな百道浜地区の一角、海岸からもほど近い場所にある、2階建ての一軒家の前でとまった。一誠は敷地内の駐車場に車をバックでとめてから、後部座席の2人へニヤリと笑顔を向ける。
「さぁ、ついたぞ。ここが……これから一緒に生活してもらう、研修施設だ」
トランクから荷物をおろして玄関から中に入ると、玄関ホールにいた小柄な女性が、先に入ってきた政宗を見てニコリと微笑んだ。
「遠路はるばるお疲れ様でしたー。そっか、君が中途覚醒の男の子だね……なるほどなるほど」
身長は150センチ程度だろうか、小柄で少しぽっちゃりした体型の女性がそこにいた。ソバージュの髪が肩の下で揺れており、丸い眼鏡と、そのレンズの奥にあるどんぐり目が印象的。グレーの半袖チュニックと薄いブルーのジーパンを着用している彼女は、遅れて入ってきた統治にも視線を移し、その場でべコリと頭を下げる。
「初めまして。今回スタッフとして参加します、徳永瑠璃子です。これで全員揃ったね。2人とも、コッチに来てくれるー?」
そう言って廊下を進む彼女――瑠璃子についていくと、12畳ほどの広さがあるリビングダイニングに案内された。
フローリングの部屋は、入って右側に6人がけの大きなダイニングテーブルが設置されている。廊下からの扉が部屋のほぼ中央にあり、左側には窓やテレビ、棚などの家具、右側には前述のように大きなテーブルと、その奥にキッチンなどの水回りが確認出来た。
そして……ダイニングテーブルに座っていた女の子が、政宗達の足音に気付いて顔を上げる。
肩の下につくくらいの長さの髪の毛、警戒心を隠さない、気の強そうな瞳で、政宗たちを見つめている。座っているので背の高さなどは分からないが、政宗は直感的に10歳前後に感じた。
「――ユカちゃん、お待たせ。ちょっとコッチに来てくれるー?」
瑠璃子の呼びかけに彼女は椅子からおりると、入り口の方へ歩いてくる。
首からぶら下げた名札付プレートをプラプラさせて瑠璃子の右隣に立ち……訝しげな顔で、政宗と統治をそれぞれ見比べた。
瑠璃子はそんな少女に自分の手を向けて、その名前を告げる。
「彼女は、今日から一緒に研修を受ける、山本結果ちゃん。所属は私達と同じ『西日本良縁協会福岡支局』だよ。見ての通り年下の女の子だから、2人とも、ちゃんと優しくしてあげてねー」
山本結果、佐藤政宗、名杙統治。
暑い夏の午後、後に奇妙な『縁』で強く繋がることとなる3人が、初めて顔を合わせた瞬間だった。
「……けっ、か……?」
政宗は『山本結果』と記載されているユカの名札をマジマジと見つめ、正直な感想を呟く。
そして……本人を見下ろし、改めて問いかけた。
「……ケッカちゃん?」
刹那、ユカが憮然とした表情で否定する。
「違います、ユカです」
「いやいや、コレはケッカちゃんだよね!? まぁ確かに読めないわけじゃないけど……君も自分で名前を決めたんだろう? もうちょっと違う漢字にしてもよかったんじゃ……」
「大きなお世話です!! 名乗る前から失礼な人にそんなこと言われる筋合いはありません!!」
そう言ってフイと顔をそらす彼女――ユカに、政宗は「あらら」と苦笑いしつつ、確かに名乗っていないので自分も自己紹介することにした、次の瞬間。
「――っと、遅れてスマン。全員揃ったな」
遅れて入ってきた一誠が室内を見渡し、瑠璃子と目配せをして指示を出す。
「早速だけど、自己紹介も兼ねたオリエンテーションを始めようと思う。研修を受ける3人は椅子に座ってくれ。瑠璃子、全員分の飲み物を用意してくれるか?」
「はいはーい。っていうか一誠も手伝えー。そげん偉そうな人は、1人だけアツアツのお湯にするけんねー」
楽しそうにキッチンへ引っ込んでいく瑠璃子の背中を慌てて追いかける一誠。2人の力関係を何となく把握した政宗と統治は……とりあえず大人しく椅子に座ろうと、移動を開始するのだった。
6人がけのテーブルで、政宗、空席、統治と並んで座り、反対側、空席の前にユカが座っているという、微妙な距離感を保ったトライアングルが完成している。
奥のキッチンからカゴに入ったお菓子をを持ってきた一誠が、そんな3人に気付いて……カゴをテーブルの中央におきつつ、苦笑いを浮かべた。
「おいおい、なんだこの座り方は。心の距離を隠さん奴らだなぁ……」
そうして自分はユカの目の前――政宗と統治の間――の椅子を引き、どっかりと腰を下ろした。途端に窮屈になったことで統治が一誠を睨むが、当然、彼は意に介さない。
瑠璃子が全員にそれぞれ冷たい麦茶を配膳してから、政宗の前の席に腰を下ろした。
それを確認した一誠が、全員を見渡して、軽く頭をさげる。
「じゃあ、改めて……佐藤君、名杙君、山本ちゃん、今夏の『縁故集中研修』へようこそ。俺は川上一誠、『西日本良縁協会福岡支局』で、『上級縁故』としてお世話になってる。普段は大学生だから、君たちより少しだけ人生の先輩ってことになるかな。この研修では……主に、佐藤くんの担当をさせてもらうよ」
「俺?」
急に話をふられた政宗が、右隣の一誠を見上げる。そんな政宗をチラリと見下ろしつつ、次はその視線を正面にいるユカに向けた。
「そう。この研修の目的は、『縁故』の試験における学科試験免除の資格を取得することだって知ってるよな」
夏休みという長い期間を利用して、集中して学ぶ。その内容を最終日にテストをして、その結果によってはこれからの1年間、実技試験のみで今より上の資格に挑戦出来るのだ。
ユカと政宗は『初級縁故』、統治は『中級縁故』の学科試験免除を目指す。
「君たち3人はそれぞれ知識も学年も違うし、何よりもユカちゃんと政宗君はこの世界についても何も知らないから……俺たちスタッフがそれぞれ担当について、細かくサポートをしていくつもりだ。ちなみに、山本ちゃんの担当は瑠璃子、名杙君は……後で遅れてくる麻里子さんが担当する」
麻里子、その名前を聞いた統治は、一瞬顔をしかめた後……無言でお茶を一口飲んだ。
そんな統治にも気を配りつつ、一誠は話を続ける。
「勿論、担当以外に相談しちゃいけないわけじゃない。ただ、まずは出来るだけ、、それぞれの担当者に相談して欲しい。とはいっても座学は大体みんな一緒に受けるし、何よりもこれから約3週間、共に生活していく仲間だ。全員で役割を分担して、共に支え合っていこう!!」
白い歯を輝かせて笑う一誠に、政宗は苦笑い、ユカは真顔、統治は不満タラタラという三者三様。
そんな3人の反応は特に意に介さない一誠なので、次に、1人でおせんべいを食べている瑠璃子に視線を向ける。
「お前……1人で食ってるのかよ」
「こういうのは年長者が率先して食べないと……んぐ、みんな食べづらいかなーと思って」
そう言って更に別の菓子に手を伸ばそうとする瑠璃子を、一誠がジト目で見やる。
「そげん言って食べ続けた結果、横にしか成長してねぇだろうが。危機感はないのか危機感は」
「せからしかー。一誠なんか、縦にばっかり伸びた巨木やんね。それに、私もまだまだ伸びる予定なんやから」
「いや、もう無理だと思――」
「――ハイハイ分かりました食べるのやめますよー。んで……っと、自己紹介すればよかー?」
瑠璃子は残りを口の中で片付け、お茶を飲んでから準備を整える。
「徳永瑠璃子です、一誠と同じく『西日本良縁協会福岡支局』の『上級縁故』として働いてます。今年短大を卒業して、本格的にスタッフになりました。特にユカちゃん、改めて宜しくねー」
そう言って隣のユカに笑顔を向けると、彼女は「はいっ」と勢い良く頷き、どこか安心したような表情を見せる。
ここで一誠が、唯一空席になっている統治の前を見つめ、情報を補足した。
「スタッフはあと1人、『福岡支局』の副支局長、山本麻里子さんがいる。彼女が今回の研修の総責任者だ。名杙君や山本ちゃんは知っていると思うけど、大分豪快な人だから、佐藤君も覚悟しておいてね。じゃあ、そんな佐藤君から自己紹介、どうぞ」
一誠に促された政宗は、全員を見渡して軽く会釈をしてから。
「初めまして。宮城県から来ました、佐藤政宗です。学年は中学2年生、正直まだよく分かっていないことが多いので、ご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくお願いします」
当たり障りのない言葉を紡ぐと、おせんべい(3枚目)を食べている瑠璃子が、こんな質問をする。
「その『政宗』って名前は、やっぱり、伊達政宗から?」
「はい。俺の本名は、その……割と女性っぽいというか、男っぽくないので、宮城で一番男らしい人にあやかりました」
「うん、カッコイイと思う。よろしくね、政宗君」
言い終わって残りを口に入れる瑠璃子に、一誠がジト目を向けつつ……その視線をユカにうつした。
「じゃあ、次は山本ちゃんね」
「はい。山本結果、小学4年生です。よろしくお願いします」
必要事項のみを明瞭簡潔に告げてお茶を飲むユカに、一誠と瑠璃子は顔を見合わせて……次へ行くことにした。
「じゃあ、、最後は名杙君だな」
「……名杙統治、中学2年」
ギロリと周囲を睨みながら、ぶっきらぼうに吐き捨てる統治。「これ以上何も言わない」というオーラを惜しげもなく出し続けている彼に、彼以外の4人は顔を見合わせて……次のプログラムに進むことにした。
「麻里子さんは夕方までに到着するから、その時に改めて紹介するよ。具体的な研修は明日からだから、とりあえず……名杙君と佐藤君は、部屋に荷物を置いてこようか。案内するよ」
そう言って席を立つ一誠に続き、政宗と統治も立ち上がり、一旦、リビングを後にする。
政宗がチラリと後ろを見やると……ユカと一瞬、目があったような気がした。
その後、荷物をおいて夕方まで自由時間になった3人だったが……統治は部屋にはいるなり、荷物の中から本を引っ張り出し、イヤホンをつけて、自分の世界に引きこもってしまった。
しょうがないので政宗はあてがわれた部屋を後にして、1階のリビングに降りていく。
「――あ」
扉をあけた瞬間、床の上に座ってテレビを見ているユカが、政宗の方を向いた。
時刻は午後3時を過ぎたところ。政宗の知らない福岡のローカル番組が、液晶テレビに映し出されている。
「あれ、1人? 一誠さんと瑠璃子さんは?」
「さっき、買い物に行きましたよ。あたしたちは留守番です」
「マジでか!! 研修初日なんだし、どっちか残って欲しいところだよなー……」
努めて軽めの口調で語りつつ政宗は移動し、先程のダイニングテーブルの前に立つ。そして、机上に残ったお菓子入りのカゴから、個包装のビスケットを取り出した。
「ユカちゃん、何か食べる?」
先程嫌な顔をされたので、ケッカ呼びはやめておく。政宗の問いかけに座っているユカは肩越しに振り返り……。
「……チョコレート」
どこか遠慮がちに、でも、はっきり口にした。それだけで政宗も少し嬉しくなる。
「ん、了解。味は何でもいい?」
首を縦に動かすユカに、政宗はストロベリーやビターなどを2~3個握ってから、ユカの隣に移動する。
「はい、どれ食べる?」
政宗の手のひらにあるチョコレートから、ストロベリーを選んだユカは、「ありがとう、ございます……」と会釈して、彼の首から下る名札プレートを見た。
「佐藤さんは、その……生まれた時から『縁故』じゃないんですよね?」
「うん、そう。今年の春くらい前から急に見えるようになって……ユカちゃんも?」
「はい、あたしも……数ヶ月前から、ですけど」
そう言ってチョコレートを開封して口に入れるユカに、政宗は先程から感じていた疑問を尋ねる。
「ユカちゃんは……どうして、その名前にしたの? 漢字の並びにも、何か理由はあるの?」
「……本名に近い名前なんです。一文字でも違っていればいい、呼ばれ慣れたものの方がいいだろうってことで……」
「なるほど、俺とはある意味真逆のパターンってわけか……でも、この漢字の並びは斬新だと思うよ」
刹那、ユカの顔にムッとした怒りが浮かんだ。
「いいんです、気に入ってますから」
「そうなんだ、じゃあ……やっぱりケッカちゃんだよなぁ」
「だからどうしてそうなるんですか……」
何度言えば通じるんだと言わんばかりのため息。小学生に呆れられた政宗だが、彼の態度は変わらない。
「いや、その漢字はケッカちゃんだよね。響きとしても可愛いと思うから、この研修で生まれたあだ名ってことで、どう?」
「あだ名……勝手にゴリ押しされても……」
「本当に嫌なら無理強いは出来ないけど、折角同じ研修を受ける仲間なんだし、仲良くなるための取っ掛かりとして提案してみたんだ。あ、俺のことはムネリンって呼んでくれてもいいぜ!!」
そう言ってビシっと自分を親指で指差す政宗に、ユカが冷めた目を向ける。
「……絶対呼びません、佐藤さん」
「えー? 福岡の野球選手にもいるだろー?」
「だから余計に嫌です。あたしは佐藤さんでいきます」
「俺は?」
「……好きにしてください」
そう言って、床に置かれた2つめのチョコレートに手を伸ばすユカ。
そんな彼女の横顔に、政宗は改めて呼びかける。
「じゃあ、改めてよろしくね、ケッカちゃん」
本格的に10年前の話になります。そして、新キャラの一誠と瑠璃子が登場です。
ちなみに瑠璃子は、最初のエピソードの終盤、ユカと政宗が福岡に行った際、政宗や麻里子と最後まで飲んでいた女性です。一誠の名字の「川上さん」も出てきてますな。探してみよう!!
この2人も生まれと育ちは北部九州なのですが、ユカに比べて、方言要素を薄めてみました。
そんな2人の10年後も、第3幕後半で少し出てきます。こんな感じで福岡組も充実させていきたいです。
ちなみに、福岡ではとんこつラーメンに明太子をトッピングする人は……非常に珍しいと思います。(そもそもトッピングメニューとしておいてある店がどれくらいあるのか)
辛味で入れるとすれば辛子高菜だよなぁと思っちゃうんですよね……ええ、個人の感想です、スイマセン。