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エピソード1:雨の日の悲劇④

「単刀直入に申し上げますと……今の山本さんは、膝から下を動かすことが出来ません」

 全員をユカがいる部屋に集めた彩衣は、淡々とした口調で事実を述べる。

 ユカの側であぐらをかいていた政宗は首をかしげ、バインダーを持ってユカの足元の方に座っていた聖人が、彩衣から得た情報を書き込んだ。そして。

「やはり山本……なのか……」

 そもそも部屋の入口で立ち尽くしている統治に、彩衣の声はどこまで届いたのやら。

 そんな彼を見つけたユカは、真顔で少し目を細めた後……すぐに、どこか安心したような表情になる。

「あのくせ毛は……統治だぁ……」

 どうやらその身体的特徴から、統治は一発で確信に至ったらしい。そんな現状に苦笑しつつ、政宗は入り口で立ち尽くしている統治を手招きする。

「統治、もうちょっとこっち来いって。そして一緒に現実を受け入れようぜ」

「あ、ああ……」

 既に開き直った政宗に導かれ、統治が恐る恐る部屋の中に入ってきた。そして、政宗の隣に腰を下ろし……自分を見つめるユカと、目線を合わせる。

「統治は……やっぱり落ち着いたんやねぇ……でも、くせ毛は変わっとらん」

「そう簡単に……毛質は変わらない。山本の具合は、その……どうなんだ?」

「んー……なんか熱っぽくてフワフワしとる。でも、意識はあるよ。足はおかしいけど」

 そう言って苦笑いを浮かべるユカの現状について、血圧計などの器具を片付けている彩衣が、手を動かしながら淡々と口も動かした。

「原因は一切不明ですが、膝から下をご自分の意思で一切動かせないことが分かりました。腰は問題がないため、座ることは出来ますが……立ち上がることや、歩いて移動することが出来ません。また、今は風邪を引いていて体調が悪いので、体温や血圧などは数値が高めですが……それでも、生きていく上では正常の範囲内、と言って良いかと思います」

 彩衣の言葉を聞いた政宗が、ユカの顔を見て問いかける。

「ケッカ、そうなのか?」

「んー……確かにさっき、政宗のところに行こうとして、足が思うように動かんかったけど……」

 そう言われて、政宗は先程、ユカが自分に飛びついてきたときのことを思い出す。

 確かにあの時の彼女は、両腕でしっかり自分にしがみついていたが……それにしては随分と体重をかけていたのだ。あれは単純に、体温が高いこと&理解不能な現状が目の前にあることで混乱していたのだと思っていたが……それだけでなく、物理的な問題もあったことがはっきりする。

 あらかた機材をボストンバックに片付けた彩衣が、改めて、政宗と統治を見つめた。

「そのため、私がいる間は私がやりますが、移動の補助をお願いします。車椅子を持ってこようかとも考えましたが、この部屋は細かい段差も多いですし、廊下や扉も狭いため、人1人であれば誰かが運んだほうが楽だと思います。勿論必要であれば、明日以降、室内用の車椅子をお持ちすることは可能ですが……どうしますか?」

 彩衣の申し出に、政宗は首を横にふった。

「使い慣れない人間が使うと、別の怪我を引き起こす可能性があります。ケッカ1人くらいであれば何とか出来ますので、車椅子までは不要かと」

「分かりました。とりあえず……この機材は今後も必要なので、この部屋に置かせてもらっても構いませんか?」

 政宗が頷いたことを確認した彩衣が、聖人へ「終わりました」と告げる。

 その声を聞いた彼は立ち上がると、目線で追いかけるユカを見下ろし、笑顔で手を振った。

「じゃあね、ユカちゃん。また後で来るけど……出来るだけ食べて、薬まで飲んでおいてもらえると嬉しいな」

「はい……」

 ユカが頷いたことを確認した聖人は、踵を返して退室する。彩衣も3人へ軽く会釈をしてから部屋を出て行き……室内には、3人が残された。

 ユカと政宗を交互に見つめて、何か言いたそうな表情の統治。そんな彼にキッカケを出すのは、あの時から彼の役割だ。

「とりあえず、晩御飯を食べたいんだが……統治、まだ用意に時間はかかるか?」

 至って普通に尋ねられ、統治が慌てて我に返る。

「い、いや……山本の分は完成している。俺達はレトルトのカレーだ」

「了解。ケッカ、薬を飲んで欲しいから少しは食べて欲しいんだが……どうだ? ここで食べるか?」

 政宗の問いかけに、ユカは首を横にふると……手と腰を使って上半身を起こす。

 少しふらつく体を政宗が支えると、ユカは「エヘヘ……」と苦笑いを浮かべ、困惑している統治を見つめた。

「……とりあえず、統治のご飯をみんなで食べたか」

 そして、次に政宗も見やり……肩をすくめるしかない。

「早速で悪いけど……どっちか運んでもらえるやか?」


 食事の用意がある統治は先にキッチンへ移動し、政宗がユカの移動担当になった。

 最初は背中に背負って移動しようかと思ったのだが……リビングに移動した後、彼女を椅子に座らせる必要がある。やろうと思えば出来なくもないけれど……距離感を間違えると、二人して転んでしまう可能性も否定出来ない。

 と、いうわけで。

「ケッカ、その……申し訳ないんだが、俺の首につかまってくれるか?」

「分かったー」

 ベッドの上に座っているユカの膝と腰を抱えて持ち上げた政宗の首に、ユカが躊躇いなく腕を回す。いわゆるお姫様抱っこと呼ばれる状態である。本日2度目ではあるが、そのシチュエーションも、抱えている彼女も……大きく異なっていた。

 体温が高めで、呼吸もどこか不規則なユカが、本日何度目なのか分からない至近距離から、頑張って笑みを作って政宗に向ける

「よっ……と、これでよか?」

 肩から前に流れてきた長い髪の毛が大きな胸の前で揺れた。これまでにない重さをしっかりとその手に抱き留めた政宗は、一瞬脳裏をよぎった下世話な意識を胸の奥に押しとどめて、彼女が安心出来るように笑顔を返す。

「よし、行くぞ」


 リビングへやって来た2人の鼻腔を、昆布的な出汁の良い香りが刺激していく。

 タイミングを計りつつ、ユカをダイニングテーブルの椅子の上に座らせた政宗は、壁に立てかけておいた予備の椅子を取りに向かった。

 そんな彼と入れ違いに、統治が、陶器のボウルに入った雑炊を、ユカの前に持ってくる。サラダボウルほどの大きさの器の中には、玉子と白米のみというシンプルな雑炊が、茶碗一杯分ほど用意されていた。そこから湯気が立ち上り、優しく、美味しそうな匂いを振りまいているのだ。当然ながらあの短時間で出汁もしっかりとって、体に優しい一品を作り上げている。

 バランスを保ちつつ椅子に座ったユカは、器の中身と、それを持ってきた統治を、何度も交互に見やり……。

「これ……統治が作ったと?」

「ああ」

「料理……出来ると?」

「出来るようになった」

「……はぇー」

 最早、感想が言葉にならない。大きな目を丸くして驚くユカに、椅子を持って戻ってきた政宗が苦笑いを向けた。

「まぁ……俺のせいなんだよなー。統治の料理は絶品だぞ。無理しなくていいけど、なるだけ食べてくれ」

「わ、分かった。はぁ……統治が、料理……」

 頷きながらも驚きを隠せないユカにスプーンを渡した統治が、椅子を誕生日席にセッティングした政宗に、苦笑いを向ける。

「俺が料理をするのは……やはり、意外なことなんだな」

「当たり前だろう。俺がどれだけ驚いたと思ってるんだよ」

 そう言ってから、2人してユカを見やる。先程まで見慣れないビジュアルだと思っていた彼女だが……身にまとう空気は2人がよく知っている彼女のものだからなのか、さしたる違和感もなく、既にこの場に溶け込んでいた。


 本来ならば、この姿でいることに、違和感を感じることなどないはずなのに。


 踵を返して自分たちの食事を取りに行く統治に続き、政宗もユカから視線をそらして、キッチンへ向かうのだった。


 結局、ユカも雑炊を完食して、食後には風邪薬をしっかり服用する。

 そして、暖かいお茶を飲んで一息ついてから……隣にいる政宗と、正面にいる統治を、改めて見つめた。

「もし、よければ……あたしがどうしてここにおるのか、あの研修のあとに何があったのか、少し詳しく教えてくれる?」

 予想していた問いかけに、2人は一度、顔を見合わせた。

 そして、聖人から言われた通りに、政宗が言葉を返す。

「分かった。ただ、ケッカの記憶が正しいかどうか確認したいから、研修時代から簡単に振り返ってもいいか? 途中で体がきつくなったら、遠慮なく教えてくれ」

 彼の問いかけに、ユカは首を縦に動かして、無邪気な笑みを向けた。

「よかよ。こうして改めて3人で話せるげな……嬉しかねぇ」



 ――そして、話は10年前に遡る。



 約10年前の7月、夏休みが始まって数日後のこと。

 中学2年生の政宗は、大きなキャリーケースを引っ張って、仙台空港の出発口へ向かっていた。

 身長は160センチ前後、短くスッキリ切りそろえた短髪と、好奇心旺盛な瞳が特徴的。白い半袖ポロシャツと明るい青のジーンズという格好で、足早に集合場所を目指す。

 仙台駅から高速バスで1時間程度。直行なので乗り換えをせずに到着出来るのは助かるが、今日は道路が混雑していたこともあり、少し時間がかかってしまった。約束の集合時間、午前11時まであと5分、急がないと――

 1階から2階へ、エスカレーターで登ってきた政宗は……集合場所として聞いていた、飛行機の運行一覧が表示される掲示板の前で向かった。

 そして――行き交う人のど真ん中で立ち止まり、掲示板を見上げている『彼』に気付く。

 クセのある髪の毛と、鋭く世界を見つめる目。身長は政宗と同じくらいで、グレーの薄手のカーディガンと黒い綿のパンツを着用している。

 『彼』が政宗の視線に気付き、目線を向けた。そして、一瞬目を細め――あからさまに苦々しく問いかける。


「……俺が引率をしなくちゃいけない奴は、お前か」


 夏休み、家族や友人と旅行をする人が多く行き交う仙台空港にて。

 これが、『彼』――名杙統治と、佐藤政宗、これからとても長い付き合いになる2人が、初めて出会った瞬間だった。


 飛行機では隣同士の席だったが、統治はすぐにイヤホンをつけて自分の世界に入ってしまったため、政宗も特に話しかけることもなく、機内誌や機内の音楽サービスで時間を潰すこと、約2時間。

 仙台空港を定刻に出発した飛行機は、定刻通り、福岡空港に到着した。飛行機から飛行場へ繋がる通路へ足を踏み出した瞬間、これまでに感じたことのない熱気と湿気を感じ、思わず顔をしかめてしまう。

 とにかく暑い。立っているだけで全身から汗が吹き出そうだ。宮城とは気温も湿気も全てが違う、何も知らない土地。

 出口へ向けて歩きながら、どうして自分がココにいるのかを回想してみる。政宗が自身の才能を見出され、名杙家当主――統治の父親からこの研修への参加を勧められたのは、遡ること1ヶ月前のことだった。

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