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エピローグ:ファーストデート

 日曜日、時刻は午前10時30分過ぎ。

 ユカは政宗の部屋の客間で着替えを済ませ、カバンの中身を確認していた。

 いつものキャストケットをかぶり、上半身には、先日櫻子からもらったウサミミフードが印象的なトレーナーを着用している。袖の長さは特に問題でないのだが、思っていたよりも丈が長く、下に穿いている黒いホットパンツが予想以上に見えづらい。まぁ、左右から飾りのチェーンが見えているので、何も穿いていないようには見えないだろう多分きっと。

 足元は白いラインが横に一本入った、紺色のニーソックス。そしてその手には、仕事に行くときにも使っている、茶色のハンドバックを持っている。

「……よしっ」

 ユカが中身の確認を終えた瞬間、扉の向こうから、彼女を呼ぶ声が聞こえた。

「ケッカー、そろそろ出られるかー?」

「うん、大丈夫ー」

 ユカはよく通る声で返事をしてから、踵を返してこの部屋を後にする。


「――ケッカ、明日、買い物に付き合って欲しい」

 政宗がそんなことを言ったのはその前日、土曜日のおやつ時間・15時過ぎだった。

 ダイニングテーブルの椅子に座って、箱に入った個包装のクッキーを取り出そとうしていたユカに……結局午前中で仕事が終わらず、つい先ほど帰ってきた政宗が、お茶を飲みながら話を切り出す。

「買い物? どこ行くと?」

 そう言いながらクッキー本体を取り出すユカを見て、政宗が無言で口をあける。そんな彼に箱の中から違うクッキーを放り投げるユカは、開封したそれを咀嚼しながら……首を傾げた。

 政宗もまた、包装紙を破りながら返答する。

「仙台だ」

「なして?」

「この間、俺のハサミが壊れただろう? そろそろ新しいものを買っておきたいんだよ」

 政宗が『縁故』の仕事をする際、相棒として10年間使ってきたクラフトバサミ。

 夏の合宿から苦楽をともにしてきた相棒は、先日のユカの一件で、刃の部分が消失してしまったのだ。

 ここまでは事務所内にあるハサミで代用してきたけれど……今のところ、特にしっくり手に馴染むものは見つからない。そのため一度、時間を作って、ゆっくり道具を探したいと思っていたところなのだ。

 政宗の事情を察したユカだが、やはり首を傾げて理由を尋ねる。

「それに……どうしてあたしがついて行かないけんと?」

 本気で分かっていないユカに、政宗はあえて厳しい表情を作ると、彼女を見据え、冷静に事情を説明した。

「この間の件で……ケッカの『生命縁』に異常が生じたことで思い知ったんだよ。ケッカ、お前もやっぱり『縁故』の仕事をする時は、道具を使わなきゃダメだ。『縁故』のストレスは目に見えないんだからな」

 これまでのユカは、過去、突発的に襲われた経験から……いつ、どんな状態でも対処出来るように、『縁』を切る時は道具に頼らず、主に右手の指を使って行ってきた。

 しかし、対象者の『縁』に直接触れて干渉するというその行為が、彼女自信を苦しめていることもまた、紛れもない事実である。

 現実を改めて突きつけられたユカが、クッキーを飲み込んで……彼をチラリと見やる。

「……どうしても?」

 そんな彼女へ、政宗はとても強い口調で首肯した。

「ああ、どうしてもだ」

 頑として譲らない政宗に、ユカもまた、自分自身の現状を察して……政宗と共に、自分の相棒を探す買い物へ出かけることにしたのである。


 2人で歩いて駅まで向かい、そこから仙石線にのって、仙台市中心部までやってきた。

 時刻は11時20分を過ぎたあたり。駅前にある大型雑貨店(Loft)にでも向かうのかと思ったが……政宗が電車を降りたのは、仙台駅ではなく、その更に先にある『あおば(どおり)駅』だった。

 今日の政宗は、白い無地のシャツの上から黒いジャケットを羽織、足元はジーンズとスニーカー。今日は特にカバンを持たず、財布と携帯電話をズボンのポケットに無造作に突っ込んでいただめ……財布のみ、見かねたユカが預かっている。

「あれ、政宗……ハサミじゃなかと?」

「それは当然なんだが、先に腹ごしらえをしておこうと思ってな」

「腹ごしらえ……」

 要するに、少し早い昼食ということなのだろう。地下にある駅から地上へ向かう階段を登りきると、梅雨の合間の青空が広がる、眩しい世界が飛び込んできた。

 仙台市街地はとにかく木が多い。そのため、少し日差しが強いこんな日でも、悠々と日陰を探して歩くことが出来る。

 政宗は隣についてくるユカを横目で見つめつつ……どこか挑戦的な眼差しでこう言った。

「ケッカ、ラーメンは好きか?」

 その一言で、ユカは全てを察する。

「……なるほど。あたしに喧嘩を売ろうっていうわけやね。よし買った」

「早いなオイ」

「要するに、これから仙台のラーメン屋さんに連れて行ってくれるってことなんやろ? しかも……とんこつじゃない味の」

 これまでにも、政宗はユカをいくつかラーメン店に連れて行ったことがある。

 しかし、基本的にトンコツラーメン信者のユカは、色々な味を食べさせても「美味しいね」という評価のみで、再び同じ店に連れて行って欲しいと言われたことは、今まで一度もないのだ。

 そんな彼女の態度に、政宗も意地になって……ユカをうならせる美味しいラーメン屋を紹介するのが、1つの目標になっている気さえしている。

 そして先日、彼女と宮城の美味しいものを検索している時……そういえば、まだ連れて行っていなかった『とっておきの』お店があったことを思い出したのだ。

「そういうことだ。一度ケッカに食べてもらって、感想を聞きたいと思っていたんだが……その……」

 ここまで言って、政宗はふいと視線をそらす。ユカが彼を見上げて首をかしげると、彼はどこか言いにくそうに、こんなことを呟いた。

「……もっとおしゃれな店がいいか?」

 政宗の脳内マップには、それこそ女性が喜びそうな……なんか横文字ばかりで女子力高そうなメニューが豊富だったり、写真を撮影してSNSにあげたくなるような、フォトジェニックなメニューが売りだったりするような店舗のラインナップも豊富だ。それこそ、2人きりで初めて出かけて、ムードを盛り上げるには最適なお店だって知っている。ただ、政宗が彼女を連れて行く度胸がないだけである。

 そして彼女もまた、そんなお店を求めるような女性ではない。

「やだ。ラーメン食べたい」

「早いなオイ」

 即答するユカに「ですよね」と苦笑いを浮かべる政宗は……既に臨戦態勢の彼女を見下ろし、目を細めた。


 『サンモール一番町商店街』は、街の南の入口として作られた商店街だ。

 飲食店のみならず、楽器店やライブハウスなどの様々な店舗が軒を連ね、『文化横丁』や『壱弐参(いろは)横丁』という、大人がゆっくり食事やお酒を楽しめる、古き良き時代の名残もある。国分町ほどギラついていない、レトロで落ち着いた雰囲気を求めて、今でも仙台の人に愛されている一角だ。要するに政宗御用達である。

 そんな商店街の出入り口近くにあるのが、『らーめん堂仙台っ子 青葉通り店』。オレンジ色の看板に黒い文字で書かれた店名を、ユカが挑戦的な眼差しで見上げる。

「……フッ、お手並み拝見といきましょうかね!!」

「なんでそんなに上から目線なんだお前は」

 ジト目を向ける政宗が先に扉をくぐった。そして、入り口の左側にある券売機の前で立ち止まり、ユカから渡された財布を取り出して、五千円札を入れる。

「ケッカ、どれにする?」

「んー……じゃあ、一番スタンダードなやつで」

 特に予習をしていないユカに、政宗は「はいよ」と相槌を打って、ボタンを1つ押した。そして続けて自分が食べる分の食券も買い求め、出てきた釣り銭を財布に戻す。

 店内は縦に長く、左側にカウンター席、右側にテーブル席が並んでいる配置。そして本棚には、びっしりとマンガが並んでいる。ちなみに政宗は、次の仕事まで時間があくとここに立ち寄って、ラーメンを食べた後にマンガ本を読んで時間を潰すのがお馴染みのコースになっていたりする。

 11時にオープンしたばかりの店内なので、お客さんの数はまばら。2人は入り口に近い4人がけのテーブル席に向かい合わせて腰を下ろすと、やってきた店員に食券を手渡した。

「ケッカ、ライスはどうする?」

「へ? 食券買っとらんよね?」

「ラーメンを頼むと無料なんだよ。俺は頼むけど……どうする」

「無料!? 太っ腹やね……でも、ラーメンをじっくり楽しみたいから今日はいいや」

 首を横に振るユカに「分かった」と頷いた彼は、自分の分のライスまで頼んでから、水を一口すすった。

「政宗……ここ、よく来ると?」

 同じく水を飲みながら尋ねるユカに、コップをおいた政宗が「ああ」と首肯する。

「そうだな。割とサラリーマンが多くて居心地がいいし。仙台駅前にも同じ店はあるけど……なんか、こっちが落ち着くんだよなー」

「そうなんや……」

 ユカは彼が外回りをしている様子を、ちゃんと見たことがない。いつも涼しい顔で出かけて、ちょっと疲れた顔で帰ってくる彼を支えている1つが、このお店なのだとすれば。

 政宗が好きな味を紹介してくれて、自分も知ることが出来るのは……素直に嬉しいと思う。

 そしてこれはもう、真正面から挑まれた真剣勝負でもあるのだ。よし、いつも以上にちゃんと食べよう。

 そんなことを考えながら楽しそうに笑うユカを見つめる政宗もまた、嬉しくなって目を細めた。


「……ほっほぉー……」

 程なくして運ばれてきたラーメンに、ユカはニヤリと笑みを浮かべる。

 ユカが食べるのは、このお店のスタンダード・『仙台っ子ラーメン』。豚骨に似た色のスープを満たした器の中に少しちじれた麺が沈み、チャーシューと海苔、野菜がトッピングされている。ちなみにこの店舗では自家製麺を採用しており(一部店舗は異なる)、卵白を使っていないので、卵アレルギーの人でも食べることが出来るんだとか。

 一方の政宗は、どんぶりの上に海苔が敷き詰められている『のりラーメン』を注文していた。ラーメンの上に海苔がのっているのだが、海苔以外何も視えない。もはや海苔丼である。詳しくは写真を見ていただきたい。

 ユカもまた、海苔しか見えないどんぶりに、目を丸くする。

「政宗……それ、凄かね」

「海苔はいいぞ」

 政宗はそう言って、「いただきます」と両手を合わせてから、器のうえにのっている海苔をスープに沈めて、麺と絡めてから口に運ぶ。

 ユカも「いただきます」と手を合わせてから、まずはれんげを使って、スープを一口、自分の口に運んだ。

「……っ!?」

 刹那、ユカが軽く目を見開く。そして、もう一度スープを飲んだ後に箸を取り、麺と一緒に口の中へ吸い込んだ。幾度となく首を傾げつつ、それでも、箸の動きを止めることが出来ない。

 そんな様子をニヤニヤしながら見守る政宗は、白米を咀嚼しながらドヤ顔を向ける。

「どうだ? 豚骨ラーメンじゃないだろう?」

「う、うん……最初はトンコツかと思ったけど、なんか違う!! 上手く言えんけとなんか違う!! でも美味しい……!!」

 仙台っ子のベースとなっているのは、鶏ガラに豚ガラ(通常の5倍以上らしい)、昆布、野菜類等を2日以上煮込むことによって生み出された、独自スープだ。豚ガラが入っているのでユカが愛してやまないトンコツのような味わいもあるが、そこに鶏の旨味を含む他の要素が絶妙に混ざり合っているため……一言では形容し難い、繊細で大胆な味わいが表現されている。要するに美味しい。

 そこからはほぼ無言で食べ続けた2人は、たまに目を合わせては嬉しそうに笑顔を交換するのだった。


「あー……美味しかったー……」

 満足感に溢れ、緩みきった表情で店から出てきたユカに、後ろから続く政宗が、「さて……」と、スマートフォンに視線を落とす。

 時刻は12時10分を過ぎたところ。今から飲食店が混み合う時間だ。

「あと1時間か……」

「政宗、どげんかしたと?」

「何でもない、こっちの話だ。とりあえず俺達の目的はハサミだからな……食後の運動も兼ねて、駅前のLoftにでも行ってみるか」

 そう言ってスマートフォンをズボンのポケットにいれた政宗は、駅の方に向けて歩き始めた。

 ここから駅前までは、徒歩で約10分程度かかる。日曜日で賑わう商店街を歩きながら、ユカは政宗を見上げ、以前尋ねた質問の答えを要求する。


挿絵(By みてみん)


「ねぇ政宗、この服、似合う?」

「……そうだな……」

 金曜日、答えをはぐらかしたのは自分だ。政宗はチラリと隣を歩く彼女を見下ろし、不意に――うさぎ耳のパーカーを掴む。

「ふぐっ!?」

 急に動けなくなったユカが、困惑した顔で政宗を見上げた。

「な、なんすると!?」

「いや、これは掴みやすいなーと。これでケッカも迷子にならなくてすむな」

「そういうことじゃなくて!! あーもう……政宗に聞いたあたしがバカやった……」

 手を離した彼にため息をつきながら、ユカは少し疲れた足取りで駅を目指す。

 当然ながらこんな人混みで気の利いたことを言えない彼は……「可愛いに決まってるだろう」という感想を、そっと押しとどめて……ユカの隣に並んだ。


 そのまま商店街をのんびり歩いてきて、仙台駅前にある『Loft』の文具売り場に到着。数多くのハサミがならぶ一角で、2人して顔をしかめていた。

「政宗……どれにしたらよかと?」

「俺が知ってるわけないだろうが。持ちやすくて、その……しっくりくるものにすればいいんだ」

 凄まじくざっくりした説明と共に、政宗はいくつか手にとって、馴染み方等を確認していく。

 その様子にならい、ユカもいくつか手にとってみた。

 一言で『ハサミ』といっても、一般的なものから、持ち運びに便利なペン型、カラフルな子ども用まで多種多様なラインナップが2人を悩ませている。何か具体的な物質を切るわけではないので、刃物よりもむしろ、持ちやすさや体への馴染み方を重視して決める必要があるのだが……どうもすぐに決められない。あの研修の時は、それこそすぐに決めることが出来たのに。

 そこから2人して悩むこと約20分……ユカが不意に、奥の方にあった一本を取り出す。

 白に紫のラインが入った左右対称の持ち手、刃の部分はステンレスになっている。持ち手と同じデザインで、刃を守るキャップもついており、それこそ紙を切ることに特化したような、一般的なクラフトバサミ。

 ただ、ユカにはこれが……今の政宗に良いのではないかと、直感でそう思った。

「政宗……これ、どう?」

「え?」

 ユカから手渡されたそれを右手に持ち、一度、軽く目を閉じて視界を切り替える。そしてそのまま手を動かしてから感覚を確認した後……再びまばたきをして、視え方をもとに戻した。

「……違和感はないな。ケッカ、これ、どこにあったんだ?」

「え、あ……ここだけど」

 そう言ってユカが、棚の一部を指差す。

 少し奥まった、けれど、決して見落とすはずのない場所にあったこの道具に……政宗は確かな『縁』を感じていた。

「俺、これにするわ。ありがとな」

「どういたしまして……ってちょっと待ってよ!! あたしのは!?」

「いや、それはケッカが自分で……」

「ズルいよ政宗!! あたしのも一緒に探して!!」

 半ギレで訴えるユカに、政宗は若干のプレッシャーを感じつつ……改めて売り場を見つめ、ユカのことを考えた。

 彼女の手に馴染むもの、ユカを守るためのもの。それは――


「……あ」


 2人同時に、同じ商品に手を伸ばしていた。政宗の選んだハサミの隣にあった、同じシリーズで、ただ、入っているラインの色が赤いクラフトバサミ。

 ユカの指先と触れそうになり、政宗が慌てて手を引っ込めた。そんな彼にユカは訝しげな表情を向けると……彼女もその手を引っ込めて、政宗を見上げる。

「政宗……確認してみてくれる?」

「え、あ……」

 そう言われた彼は、改めて、そのハサミを持ち上げる。そして、商品の状態などを軽くチェックしてから、そっとユカに手渡した。

「俺は問題ないと思う。ユカもちゃんと確認してみてくれ」

「了解」

 政宗の手からハサミを受け取ったユカは、軽くまばたきをして世界の視え方を切り替えてから――ハサミを握り、意識を集中させる。


 久しぶりに道具を持って『縁』が漂う世界を見つめると、ユカは……あの研修時代を思い出す。

 初めて『縁』を切った、あの女の子。生まれ変わりがあるならば、次は……毎年、家族と海水浴に行けるような、そんな幸せな人生を送ってほしい。

 付き添ってくれた一誠と麻里子、そして、待っていてくれた瑠璃子。3人の支えがあって、ユカは福岡で歩き続け、今は仙台に来ることも出来た。

 踏みしめた砂浜、聞こえた波の音。あの時は心臓がうるさく頭の中で響いて、口が乾いて、本当に緊張していたことを、よく覚えている。

 そんな環境で……不安だけだった自分の背中を押して、手本を見せてくれたくれたのは統治。そして――


「……ケッカ、どうだ?」


 隣にいてくれたのは、政宗。

 2人においていかれたくない、追いつきたい――追い越したい、夏の海岸でそう思った強い気持ちが、鮮明に蘇る。


「――うん、これにする」


 まばたきをして、元の世界に戻ってきたユカは……政宗を見上げ、力強く頷いた。



 その後、『仙台支局』で必要な事務用品も買い集めた政宗は、両手に黄色い紙袋を持って、店の外に出てくる。

 時刻は13時20分。スマートフォンで時間を確認した政宗は、手短に何か操作をして、それをジャケットのポケットに入れた。

「政宗……その荷物、どげんすると?」

 ユカの問いかけに、政宗は目線を、『仙台支局』が入っているビルへ向ける。

「ちょっと『仙台支局』においてくる。ケッカ、ちょっと付き合ってくれるか?」

「ん、分かった」

 2人はそう言って、『仙台支局』の入っているビルを目指す。ユカには約2週間ぶりの『仙台支局』、休日ということもあり、廊下を静かな空気が包み込んでいる……と、思っていた。

「……ん?」

 エレベーターをおりて、廊下を歩くにつれて……『仙台支局』の方が何やら騒がしい。日曜日なのに。

「政宗……誰かおると?」

 顔に疑問符を浮かべるユカに、政宗は笑顔で返答した。

「自分の目で確認してみればいいんじゃないか?」

「え……」

 事情が飲み込めないまま、ユカはとりあえず扉の前に立つ。そして、いつも通り、扉を開いて――


「――ケッカさん!!」


 部屋の中にいた制服姿の里穂が真っ先にユカに気が付き、大慌てで駆け寄ってきた。

 そして、事情が飲み込めないユカの手をつかみ、半ば強引に室内へと誘う。

「え? 里穂ちゃ……!?」

「待ってたっす待ってたっすよー!! むしろお待たせしましたっすー!!」

「お待たせ……?」

 足をもつれさせながら室内を見渡すと……見知った顔が、それぞれにユカを見つめている。


「なによケッカ、すっかり元気そうじゃない」

 シュシュをつけたツインテールをぴょこぴょこ動かしながら、腕組みをした心愛がユカに視線を向けた。

「……お疲れ様です、山本さん」

 そんな彼女の隣に立つ華蓮は、ゆるく1つに結った髪に心愛とデザイン違いのシュシュをつけて、両手にペットボトルのジュースを持っている。

「山本さん、お久しぶりです。無理はしないでくださいね」

 華蓮と共にジュースを用意していた仁義が、いつも通りの優しい笑顔を向けた。

「ケッカちゃん、無事に生還したのね。ママは嬉しくて、今日は沢山飲みたい気分だわ」

 宙に浮かんで既にビールが溢れそうなジョッキを持っている分町ママが、ニヤリと口元に笑みを携える。

「ケッカちゃん、調子はどうかな」

 様々な料理で彩られたオードブルを持ち、聖人がいつもどおりの表情で問いかける。そんな彼の隣に立つ彩衣が、ぺこりと無言で会釈をした。

 そして。


「――佐藤、そんなところに突っ立ってないで、手伝ってくれ」


 衝立の奥から顔を出した統治が、政宗にジト目を向けた。

 扉に鍵をかけた政宗が、「はいはい」と言いながら奥に引っ込んでいく。

 何となくしか事情が飲み込めていないユカに、里穂が満面の笑みで種明かしをした。

「今日はこれから、ケッカさんの快気祝いっす!! 私も今まで部活だったので、お腹ペコペコっすよー!!」

 だろうな、とは思っていた。でも、実際そんなことを言われても……正直、実感がない。

「快気祝い……わざわざ?」

 自分のために、わざわざ日曜日の午後に時間を作って……いや、用意を考えると、午前中から動いていたメンバーも多いだろう。そして当然政宗もこのことを知っており、それを見越してユカを連れ回していたことになる。

 完全にしてられたユカに、里穂は「当然!!」と言わんばかりのドヤ顔で頷いた。

「当たり前じゃないっすか。だって……みんな、待ってたっすよ」

 ユカは改めて、見慣れたはずの『仙台支局』を見渡す。

 そして、そこにいる『いつものメンバー』に……肩を落として、苦笑いをうかべた。


「もしも……あたしが変わることを躊躇っているようならば、叱咤激励してやってください」

 4月の花見の際、自分で口にした言葉を思い出す。

 ユカは……変わることも躊躇うことも出来ないまま、仲間からの叱咤激励を受けるだけのようだ。


「本当……『仙台支局』は、変わり者が集まっとるね」

 そう言って肩をすくめるユカの横顔を、政宗と統治が、穏やかな表情で見守っている。


「――じゃあ全員、飲み物は持ったな」

 全体を見渡した政宗が、ユカにそっと目配せをした。

 ユカは両手で紙コップを握りしめて、一度息をついてから……自分を見守ってくれる『仙台支局』のメンバーに、いつもどおりの声音で挨拶をする。

「えぇっと……ご心配をおかけしましたっ!! 山本結果、ちゃんと復活しましたので、これからも宜しくお願いします。と、いうわけでお腹すいた!! 乾杯っ!!」

 ユカの声を合図に、全員が銘々の飲み物を掲げ……楽しい宴が始まった。


 応接用のテーブルに、飲み物や巻きずし、オードブル、サラダなどが並び、それぞれに紙皿を持って好きなものを取っていく、立食パーティーの形式で、楽しい時間が賑やかに過ぎていく。

「里穂ちゃん……今日、部活やったと?」

 2本目の巻きずしを食べ終え、唯一制服姿の里穂に、ユカが首を傾げて問いかける。

「そうなんっすよー!! でも、来週からまたテスト期間なのです……辛いっす……」

「学生さんは大変やねぇ……あ、そうだ。2人とも、わざわざお見舞いありがとう」

 今のユカに記憶はないけれど、里穂と仁義、心愛からお見舞いの品をもらっていることは、政宗と統治から聞いていた。そして、それを……具合が悪かった自分が、とても喜んでいたことも。

 ユカの言葉に、里穂と仁義は顔を見合わせて、笑顔を交換する。

 それで思い出したユカは、テーブルの上に並んでいる料理を物色している心愛のところに近づいた。

「心愛ちゃん」

「ひゃっ!?」

 唐突に声をかけられ、心愛が変な声を出してユカを睨む。

「け、ケッカ!! 脅かさないでよ!!」

「脅かしたつもりはなかったんやけど……お見舞い、ありがとう。あれ、本当に気持ちよく眠れるんやね」

「そ、そう……ならいいけど……」

 気恥ずかしくなった心愛が視線をそらす様子に肩をすくめると……分町ママが目を細めて、ユカを見ていることに気付いた。

「分町ママ……心配かけてスイマセン」

「いいのよ。ケッカちゃんが元気に戻ってきてくれて本当に嬉しいわ。ママのお酒も進んじゃうくらいにね」

「それ、いつものことじゃないですか……」

 ユカがジト目を向けると、決まりが悪くなったママはそそくさとどこかへ行ってしまった。そんな彼女と入れ違いに、華蓮がユカへ近づいてくる。

「片倉さん、急にこげん長い間休んでごめんね。仕事、沢山肩代わりしてくれたっちゃろ?」

「構いません。私がやった方が正確ですから」

「……いつもスイマセンでした」

 淡々と事実を告げる華蓮にジト目をむけつつ……2人して苦笑いを浮かべてしまう。

 そしてユカは、心愛と華蓮が色違いのシュシュをつけていることに気づいた。

「それ、片倉さんの誕生日に、心愛ちゃんがあげてたやつだよね。あらら、いつの間にそげん仲良くなったと……?」

 ユカの問いかけに、華蓮と心愛は互いに顔を見合わせて……その口元に、意味深な笑みを浮かべる。

「私と心愛さんは、最初から友達ですよ」

「へ?」

「そうよケッカ。訳分かんないこと言わないでよね」

 心愛はそう言って、エビフライとローストビーフ、マカロニサラダを取った紙皿を、華蓮に手渡した。

 「ありがとうございます」と会釈する華蓮に、ユカは何だか浦島太郎な気分で……後で統治に聞いてみようと思い、自分も何か食べようかと、紙皿を手に取った。


「――脂っこいものは控えてねー」

「うわっ!?」


 唐突に背後から声をかけられ、ユカは持っていた紙皿を落としそうになる。

 ビクビクしながら振り向くと、皿の上を唐揚げで満たした聖人が、いつもどおりの笑顔でユカを見つめていた。

「だ、伊達先生……脅かさんでよね」

「こうやって釘を差しておかないと、ケッカちゃんは消化に悪いものを食べそうだからね。体を冷やさないで欲しいのにそんな格好をしているし……ただでさえ、この前にラーメンを食べているんだから、食べ過ぎにも注意だよ」

「な、なんでわかると!?」

 ユカが驚いた表情で聖人を見つめると、その事実を知った心愛と華蓮が、「お前、病み上がりなのにまだ食べるのかよ……」という、それはもう冷たいジト目を向けている。里穂と仁義は苦笑いだ。

 そんなユカの隣に立った彩衣が、トントンとユカの肩を叩き、そっと、衝立の向こうを指差す。

「佐藤さんの席のところに、温かい飲み物も用意しています。必要であればどうぞ」

「あ、ありがとうございます……」

 ユカがオズオズと謝辞を述べると、西にいる育ての親とよく似ている彼女が、いつもよりも優しい顔で笑ってくれたから。

 ユカはホッと安心した表情になって、衝立の向こうへ移動する。

 そんなユカと入れ違いで、衝立の奥からやってきた政宗は……統治に注いでもらった温かいお茶を飲んで嬉しそうなユカに、2人の姿に、目を細めた。

「……良かったわね、政宗君」

 斜め上から聞こえた分町ママの声に、政宗は静かに首肯する。

「そうですね。こうしてケッカが戻ってきてくれて……」

「あら、それもそうだけど、政宗君にとっても……最終的には良かったわねってことよ」

「俺にとっても……?」

 今回の一連の出来事は、政宗にとってはジェットコースターのような日々で……上がり下がりが本当に激しく、何が良かったのか、自分では一切分からない。

 答えを求めて自分を見つめる政宗に、分町ママはジョッキを豪快にあおりながら……ウィンクをして、こんなことを言うのだ。

「だって、政宗君……凄くイイ男の顔になって戻ってきたんだもの。ますます君の将来が楽しみだわ」


 お茶を飲み終えた後、ユカは改めて紙皿に自分用の料理を取ってきた。そんな彼女の隣に政宗が立ち、同じ方向を見つめて問いかける。

「ユカ、『仙台支局』はどうだ?」

 そう言って彼が見つめる先には、心愛、華蓮、里穂、仁義、分町ママ、聖人、彩衣……この支局に関わり、なくてはならない存在が、楽しそうに歓談していて。

 その様子を見つめるユカは……心の底から正直な感想を述べた。

「本当に、よくもまぁこげな個性的な人材が集まっとると思うよ。でも……あたしもこの輪の中に入れて、みんなと『縁』を繋げて、本当に良かった」

 そう言って目を細めるユカに向けて、政宗は自信満々に、こう言ってのけるのだ。

「それは良かった。俺が縁故採用したことにしっかり感謝してくれよ」

「ハイハイ。感謝しとるけんね、支局長さん」

 ユカはそう言って、唐揚げを割り箸でつまむ。約2時間前にラーメンを食べているため、食事は軽めに。紙皿の上には唐揚げとフライドポテトを2つずつ、あと、申し訳ない程度のマカロニサラダをのせていた。

「……結局食べるのかよ」

 隣に立っている政宗が、ジト目を向けながらリンゴジュースを一口すする。そんな彼のジト目を、ユカはニヤニヤした表情で見返した。

「政宗……まだ、炭酸とか飲めんと?」

 刹那、政宗の顔に絶望が走る。

「それを言うな思い出させるな!! 俺は喉越しの良い酒が飲みたいんだ!!」

 悲痛に叫ぶ彼は、今、炭酸飲料とお酒を飲むことが出来ない体になってしまっている。厳密に言うと飲むことは出来るのだが……その後に必ず、世界がまわるほど気持ち悪くなってしまうのだ。

 統治曰く、「『生命縁』に干渉した反動で、体質が一時的に変化しているんだろう。いずれなおるはずだ」ということだが……梅雨のジメジメした、たまに真夏かと思うような天気が続く今日……ビールのみならず、コーラなどの炭酸飲料も飲むことが出来ないのは、地味にシンドイ。

 ちなみにユカも恐らく同じ理由で、今はカフェインを飲むことが出来ないのだ。それに気づく前にうっかり口に含んでしまい……気持ち悪さのあまりマーライオンのようになってしまったのは、そう遠くない過去の話である。

 そんな2人のところに、この支局を構成する最重要人物の1人・統治が近づいてくる。そして、絶望に染まる政宗を、正面から睨んだ。

「佐藤……また飲もうとしているのか? 往生際が悪いぞ」

「してねぇよ!!」

 紙コップを握りつぶしそうな勢いで訴える政宗を、統治の冷たい眼差しが迎え撃った。

「昨日も俺に隠れて、ここで飲もうとしていただろうが。その尻拭いを誰がするのか、もう少し考えてくれ」

「だから昨日は悪かったって……休日出勤で心が荒んでたんだよ……」

 そう言ってガクリとうなだれる政宗の肩に、統治が真顔で手をのせる。そして。

「佐藤は意志が弱いんだ。今日は絶対に飲むんじゃないぞ」

「だから飲まねぇよ!! あと、意志が弱いってどういう意味だよ!!」

「言葉通りの意味だ。心当たりしかないはずだが……もっと具体的に指摘した方がいいか?」

 冷静に言い放つ統治が、したり顔で持っていたコーラを飲んだ。その様子をワナワナしつつ、それ以上は怖くて聞きたくないため……結局、涙目になる政宗。

「日頃の行いやねぇ……」

 そう言って唐揚げをモサモサ食べるユカに、政宗は恨みがましい目線を向けた。

 そして……いつもの横顔で、いつものように食べているユカに何も言えなくなって、結局、笑ってしまうのだ。

「政宗?」

 視線を感じたユカが、口の中身を飲み込んだ後に、彼を見上げる。

 政宗はユカを見下ろした後、帽子のつばを少しずらして、彼女の顔がよく見えるようにしてから……心からの笑顔で、いつもの調子で声をかける。

「やっぱ、美味しそうに何かを食べてるのが……ケッカって感じがするよな」



「え……」



 その言葉を、以前、どこかで聞いたような気がした。


 その時も彼は、ユカに笑顔をむけてくれて。

 この場所の――『仙台支局』に関する話を、したのではなかっただろうか。


「俺は……ケッカや統治と一緒に働きたくて、『仙台支局』を作った。この居場所を守ること、これが……今の俺が生きる理由なんだ」


 そう、力強く言い切った彼の表情に、見惚れた。




 ――そんな彼のことが、『やっぱり』、好きだと思った。





「――っ!?」


 次の瞬間、ユカは耳まで赤くした後、目を見開いて政宗を見上げた。

 何かを言いたくて、でも言葉が出てこなくて……口をパクパクさせているユカに、政宗が訝しげな表情を向ける。

「ケッカ?」

「あ、あの……ちょっと……」

 そして、どこか心配そうな表情でコチラを見つめる政宗に、ユカは、自分が持っていた紙皿をおしつける。

「ちょ、ちょっとトイレ行ってくる!! かっ……勝手に食べたら怒るけんね!?」

 そう言って逃げるように部屋から出ていったユカの後ろ姿に……政宗と統治は顔を見合わせて、共に首を傾げるのだった。



 誰もいない女子トイレ。乱暴に入り口の扉を閉めたユカは、洗面台の1つに両手をつくと、肩で呼吸を整えた。

 顔が熱い。心臓が耳の隣にあるんじゃないかと思うくらい鼓動が響いて……目眩が、した。

「あたし……今、何を……?」

 必死に頭をふる。いや、違う、そんなこと『ありえない』。


 頭のなかで、誰かが囁く。

 そんなことは、『絶対にありえない』のだ――と。


 だけど、顔の火照りが引かない。心臓はドキドキして……息苦しい。

 今、政宗の顔を見ると……感情が制御出来なくなりそうだ。



 そんな自分が、分からなくて……理解出来なくて、気持ち悪い。

 何か分からないけど、でも何かが決定的にズレていて違和感があるこの感じは――


「……いづい」


 宮城の言葉で『違和感がある』『しっくりこない』などという意味。無意識のうちにそれを呟いていたユカは、理解出来ない現状を嘆くことしか出来ない。


「――あぁもう意味が分からん!! 誰か……誰か教えてよ……!!」


 すがるような気持ちで、鏡にうつる自分を見つめる。

 目があった鏡の中にいる自分(彼女)が……困惑する自分に向かって、こんなことを言ったような気がした。



 ――あたしと同じ『好き』って気持ちが、消えるはずないやん。

 だって……あたし(ケッカ)あたし(ユカ)

 『縁』は、繋がってるんだから。

 『仙台っ子』、美味しいですよね。(http://sendaikko.com/)

 霧原も初めて食べた時には、「この形容し難い味をどう伝えれば良いのか……うん、美味しいしか言えない!!」というシンプルな結論に達しました。あ、ちなみに「ライス無料」は店舗によって異なる場合があります。お立ち寄りの際にご確認くださいませ。ああ食べたい。


 あと、ユカが最後の方で呟いた『いづい』、使い方が間違っています。(笑)

 『いづい』は、主に物理的な違和感(首の後ろにある洋服のタグが原因でかゆかったり、歯の隙間にネギがつまったり、など)を感じた時に使う言葉らしく、今回のような精神的な違和感の時には使わない……らしいです。(地域や個人差がある場合もあります)

 ここに心愛がいたらユカに説教ですね。まぁ、あまり細かいことは気にしないであげてください。


 さて……日々更新してきました第3幕も、ようやく終わりです。

 第3幕のあとがきに関しては……画像つきで語りたいことが多いので、ブログに詳しく書き殴りました。めちゃくちゃ長いです。よろしければどうぞ。

■文章編(http://ameblo.jp/frosupi/entry-12293826161.html)

■イラスト編①(http://ameblo.jp/frosupi/entry-12293883858.html)

■イラスト編②(http://ameblo.jp/frosupi/entry-12294140719.html)


 そして、ユカ役のおがちゃぴんさんから、第3幕の内容を濃縮還元した動画を作ってもらいました!! ここまで読んでくださった方は泣いてしまう可能性があります。愛情しか感じられない動画です。是非、じっくりご覧くださいませ!!

■前半(https://twitter.com/ogachapin7/status/888377974193438724)

■後半(https://twitter.com/ogachapin7/status/888379547103580160)


 今回のエピソードで、ネタ出しがほぼ終わりました。今後、ユカは自分の意志ではない恋心との軋轢に悩み、政宗はユカを助けるために、統治と共に更に奔走します。この3人の絆を改めて感じた第3幕、その流れをしっかり引き継いで、今後も物語を綴っていこうと思っています。

 とはいえ、来年(2018年7月)には、第4幕が始まっていると思います。約1年後、再び彼らと会えるように、霧原は今から設定を整理していきたいと思います。(笑)

 加えて、今後もボイスドラマや外伝の更新は続きます。特に『エンコサイヨウ』はキャラクターの誕生日がはっきり決まっているので、その誕生日をしっかりお祝い出来るように、各キャラクターの短編をしっかりストックしていきたいと思います。


 要するに、今後も『エンコサイヨウ』は続きます。最新情報は霧原のTwitter(https://twitter.com/frosupi)で呟いたりしておりますので、よろしければチェックしてやってくださいね。


 改めて。

 ここまで読んでいただきまして、本当にありがとうございました。

 感想やレビューなどありましたら、お気軽に軽率に教えてやってください。一言で構いません。皆さんからの反応が、霧原の更なる活力になりますので!! 宜しくお願いします。

 では来年、里穂と仁義がメインとなる第4幕でお会いしましょう!!

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