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エピソード1:雨の日の悲劇②

「――君……政宗君、政宗君!!」

 大きな声と共に体を揺さぶられ、政宗はようやく意識を取り戻した。

 まだ倦怠感の色濃く残るまぶたを動かすと、世界が光を取り戻し――その視界の先に、伊達聖人(だて まさと)の顔が見える。

 襟足の伸びたところだけを軽く結っており、いつもの眼鏡といつもの白衣という見慣れた格好。しかし、普段は飄々としているその顔に、いつものような余裕はない。

「伊達……先生……?」

「良かった、自分のことは分かるみたいだね。とりあえず、起き上がれる?」

「はい……」

 膝立ちで見守る彼に促されてゆっくり上体を起こし、ここが自室のリビングであることを確認する。

 そして、どうして自分がここにいるのかを思い出そうとした瞬間――意識が一気に覚醒した。

「――ケッカ!!」

 思い出す、自分が倒れたのはこの部屋ではない。

 確か、ユカを客間に運び込んでから、彼女の容態が急変して――!?

「伊達先生、あいつは……ケッカは大丈夫ですか!?」

 聖人の白衣を握りしめて尋ねる政宗に、聖人は真顔で、はっきりと言葉を返す。

「落ち着いて政宗君、彼女は無事だよ。自分と彩衣(あやえ)さんで簡単にチェックをしてみたけれど、今のところ、命に別状はないみたいだからね」

「そうですか……」

 聖人の言葉に白衣から手を離し、一応は胸をなでおろす政宗だったが、彼の表情が厳しいままであることに、不安を拭い去ることが出来ない。そもそも、今のユカの状態は異常だ。風邪などの病気ではない、もっと違う、非常に深刻なトラブルが彼女に発生している。

「伊達先生、あいつに何が起こっているか分かりますか? 正直、今の俺には何も分かりません……」

 立ち上がれずに頭を抱える政宗に、先に立ち上がった聖人が、廊下の方を見つめて呟いた。

「自分もまだ、暫定的な仮説しか立てられていないけれど、恐らく――」


 聖人が言葉を続けようとした次の瞬間、リビングへの扉が開き、聖人の助手である富沢彩衣(とみざわ あやえ)が顔を出した。

 聖人と同じく白衣を身にまとい、髪の毛を1つにまとめているいつものスタイル。整っているがあまり表情の読めない顔で、淡々と聖人に声をかける。

「伊達先生、終わりました」

「ありがとう彩衣さん、正直、自分だけじゃ対処出来なかったよ」

 聖人はそう言って彼女に笑顔を向けると、座り込んでいる政宗を見下ろし、真剣な表情でこう言った。

「政宗君……これから『誰に会っても』、気を確かに持って欲しい」

「伊達先生、何を……」

「君は会うべきだと思うんだ。ケッカちゃん……いや、ユカちゃんに、かな」

 あえて名前を言い直した聖人は、政宗に背を向けて彩衣と共にリビングを後にする。ここに座っていても何も変わらないことを実感している政宗は、震える足に気合いを入れて立ち上がった。

 そして、一足遅れて先程の客間に戻ってきた政宗は、閉じられた扉を震える手で開き――


「――え……?」


 思わず、言葉を失った。


 いつもの見慣れた客間、統治が掃除をしてくれているので、荷物が溢れることもなく、ベッドとクローゼット、小さなテーブルというシンプルな内容になっていた。そのテーブルの上には聖人が持ってきたと思われる薬の袋や血圧計などの器具が並んでおり、その傍らで二人が何かを用意しているのが分かる。


 そして……部屋の奥、ベッドに横たわっている『女性』は、政宗の知らない『女性』だった。


 髪が長く、青白い横顔。体は布団に覆われているので見えないが、少なくとも、政宗が知っているユカの大きさではない。

 ただ、先程自分があの場所に寝かせたのは、ユカだ。


 彼女は今、どこにいる?


「伊達先生……彼女は、誰ですか?」

 おぼつかない足取りで部屋に入ってきた政宗は、ベッドに横たわる彼女を見下ろして、正直な疑問を口にした。そんな彼に聖人は眼鏡をつけかえて返答する。

「自分の目で見てみなよ、政宗君。君になら見えるはずだから」

「俺の……目で?」

 聖人が何を言いたいのかはすぐに分かった。政宗が『縁』を見る時の状態で、彼女を確認してみろと言っているのだ。半信半疑のまま、政宗は軽く目を閉じて――世界を切り替える。

 そして。


「っ……!!」


 目眩が、した。


 見たことがある『縁』の構造、そして何より、自分の手から伸びているのは、彼女と強固に繋がった『関係縁』。自分側の色が少し変化していることが、彼女に想いを寄せている確かな証拠だ。

 つまり、今、目の前にいる彼女は……。


「ケッカ……」


 山本結果。

 先程自分が運び込んできた少女。


「伊達先生……どういうことですか? どうして、なんで、ケッカが……こんな……」

 目の前にある現実に、理解も、認識も、感情も、何もかもが追いつけない。

 思わずその場に座り込んだ政宗が、かすれた声で疑問を羅列した次の瞬間……彼女のまぶたがピクリと動いた。そして、まつげの長い目を開き……自分を見下ろしている政宗を見上げる。

 そして――その瞳に一瞬で困惑が宿り、しばし躊躇った後……意を決して、泣きそうな表情で問いかけた。


「……あなた、誰ですか?」

「え……?」


 その声は、政宗がいつも聞いているユカの声が、成長に伴って自然と低くなったような……そんな印象を受けた。

 でも、演技をしているようには思えない。彼女は本気で、政宗が誰なのか分かっていないのだ。

 ベッドに横たわったまま、不安そうな表情で自分を見上げる彼女。政宗はどう答えたものかと思って、斜め後ろで作業をしている聖人を見つめた。

 政宗と目があった彼が、一度だけ頷く。それを確認した政宗は、改めて彼女を見つめ……カラカラになった口内から、必死で声を絞り出す。


「俺は……俺は、佐藤政宗」


「まさ、むね……?」


 その言葉を繰り返した彼女の目に、更なる困惑が宿ったような気がした。


「やっぱり……分からないか?」

 先の反応から覚悟していたとはいえ、実際に体験すると大分キツイ。政宗が気持ちを誤魔化すために苦笑いを浮かべた次の瞬間――ベッドの上の彼女が、両目に涙を浮かべて自分を見ていることに気付いた。

「政宗……あたしのこと、ケッカで呼ぶ、政宗……」

 うわ言のように言葉を紡ぎ……そして、何か納得したのだろうか。その表情が目に見えて明るくなっていく。

「ケッカ……?」

 戸惑う政宗に近づくように、彼女がゆっくりと体を起こした。

 そして、政宗の顔にそっと手を近づけて……彼の存在を確認するように、頬をピタピタと触っていく。

 その手はとても温かくて……先程ここに運び込んできたユカとは、全く別人のように感じてしまう。

「本当に……本当に、政宗? 百道浜(ももちはま)の研修で一緒だった……あの、政宗?」

「あ、ああ。そうだけど……」

 戸惑いながらも首肯すると、彼女の顔に――満面の笑みが宿る。そして布団から勢い良く飛び出すと、困惑する政宗に正面から抱きついた。


「うわっ!?」


 政宗は何とか彼女を抱きしめたまま、床に尻もちをついた。腕の中には自分の手に余る、成長途中の女性。背中を覆い隠すほどの長い髪が揺れて、政宗の腕にサラサラとかかる。

 ほんのり香る雨の香りが、政宗を更に混乱させた。とりあえず自分は腕をほどいてみるが……しっかり抱きついている彼女は、なかなか顔を上げてくれない。

 政宗に全体重をかけてもたれかかり、小刻みに肩を震わせて……彼の服を握る手に、より一層の力を込める。

「あ、あの……」

「政宗……本当に、政宗なん?」

 ようやく顔を上げた彼女は、涙で顔をぐしゃぐしゃにして問いかけた。

 至近距離で自分を見つめている彼女は、政宗の知らない顔。近くで見ると幼さと大人っぽさが混在していて、魅力のある、可愛い女性だと思うけれど……彼女を「山本結果」だとは到底思えない、あまりにも飛躍しているようにしか思えないのが事実だ。

 けれど……自分がこの部屋に運んだ女性は1人きり。そして、先程見た『縁』からも、導き出される答えは1つだけ。

「え、あ……その……俺のこと、分かるのか?」

 戸惑いつつ頷き、更に質問をかぶせる政宗。次の瞬間、彼女が激高して彼を見つめる。

「分かるよ!! 忘れたことなんかなかよ!! だって、だって……!!」


 そして、決定的な一言を告げた。


「あの研修であんな別れ方して……忘れられるわけないやん!! ずっと、ずっと会いたかった(・・・・・・・・・)んやけんね!!」


「え……?」


 感極まって再び顔を伏せる彼女だったが……政宗はそんな彼女と自分の間で、認識の齟齬が生じていることを、はっきりと確信していた。

 あの研修であんな別れ方をした、それは正しい。福岡の研修では統治を含めた3人で切磋琢磨し、ユカの事件があってから……3人はしばらく会うことが出来なかったのだから。

 問題はその後だ。

ずっと会いたかった(・・・・・・・・・)」――これが明らかにおかしい。だって、2人は数時間前に会っている。もっと言えば、ここ2ヶ月程度はほぼ毎日顔を合わせているではないか。

 何かが、決定的にずれている違和感。

 やはり、目の前にいる彼女は――


 戸惑いで動けない政宗の後ろに立った聖人は、その手にタブレット端末とバインダーを持ち、いつものトーンで、上から声をかける。

「政宗君、ユカちゃん。とりあえず話を整理したいんだけど……ここで、少し落ち着いて話をしてもいいかな?」

 この聖人の問いかけに、政宗は無言で頷くことしか出来なかった。


「じゃあ、改めて自己紹介しようかな。自分は伊達聖人、こっちは富沢彩衣さん。そうだね……ユカちゃんの体をケアしているお医者さんと看護師さんってところかな。伊達先生って呼んでくれていいからね」

 興奮状態の彼女を再びベッドに寝かせ、その枕元に座っている聖人が、A4サイズのバインダーにルーズリーフを挟み、いつもどおりの笑顔でそう告げる。彼の後ろに座っている彩衣が、無言でペコリと会釈した。

 横になっている彼女が、聖人の右隣に座っている政宗にチラリと目線を向ける。彼が無言で頷いたことを確認した彼女は……訝しげな表情で、素直な疑問をぶつけた。

「伊達先生、あたしは一体……何がどげんなっとると?」

「その疑問を解決するために、自分からもいくつか質問をしていいかな。まず、君は山本結果ちゃん、それは

間違いない?」

「うん、本名は違うけど……言っちゃダメなんよね」

 彼女――ユカの言葉を、政宗は複雑な気持ちで聞いていた。

「そうだね。次に、君は、今の自分を何歳だと思ってるのかな?」

 聖人の質問に、ユカは一瞬口ごもってから……。

「……10歳、だと、思う」

「了解。じゃあ、次の質問だけど……」

 問診をしているかのような簡単な問いかけを続け、それらの答えを手元のルーズリーフに書き込んでいく聖人は……「ふむ」と一息ついて、ユカと政宗に現状を告げる。

「やっぱり……心と体の成長が入れ替わってるねー。いやはや、本当にこんなことになろうとは」

 そう言って苦笑いを浮かべる聖人に、ユカが顔をしかめて確認するように問いかけた。

「成長が、入れ替わっとる……?」

「後で政宗君に聞いてもらって構わないけど、ユカちゃんはついさっきまで、成長しきっていない体で、19歳の意識で生きてきたんだよ。それが今……恐らく、体調不良を引き金にして入れ替わったってしまったんだろうね。『生命縁』のせいなのか、他の原因があるのか、もう少し考えさせて欲しいけど」

 何の疑いもなく語る聖人に、ユカが更に顔をしかめる。

「そげなこと……あると?」

「本来はあるわけないけど……実際に目の前で起こると認めざるをえないよね。と、いうわけでユカちゃん、意識が戻ったところで、改めて色々とチェックをしたいんだ。とはいえ、多少服を脱いだりしてもらうことになるから、自分たちは退室しておくよ。彩衣さんにやってもらってもいいかな?」

 こう提案されたユカが、どこか心配そうな顔で、再び政宗を見た。そして、政宗が再び無言で頷いたことを確認してから……コクリと首を縦に動かす。

 現状を何とかしてくれるのがこの2人で、政宗が彼らを信用しているのであれば……今はただ、素直に従うことしか出来ないのだから。

 それを確認した聖人は、タブレットとバインダーを持って立ち上がった。

「と、いうわけで政宗君、自分たちは一旦出るよ。そろそろ……頑張った伊達先生に美味しいお茶くらい出してくれても、いいよね?」

 人工幼女のユカは早々にログアウトしました。

 えっと、そのー……もうちょっとこんな感じのエピソードが続きます……。

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