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エピソード5.5:未来へつなぐポートレイト

 金曜日の夜、時刻は19時30分過ぎ。

 ユカ、政宗、統治の3人は、数日ぶりに、3人揃って食卓を囲んでいた。統治以外の2人はラフな私服姿で、彼の到着を心待ちにしていた様子。

 今日のユカのメニューは、しょうがの味をきかせた、鶏肉の入ったにゅうめん。麺には県南の白石市の特産物でもある白石温麺(しろいしうーめん)を使っている。

 油を使わない製法で作られている白石温麺は、その昔、病床の親に何か食べさせたいという男性の思いが発端で生まれたものだ。胃に優しく消化にも良いため、病気の回復を早めるとも言われている。また、麺の長さが9センチと非常に短いため、食べやすいのも大きな特徴だ。

 そんな白石温麺と鶏肉を醤油ベースの和風スープでサッと煮込み、薬味の生姜をきかせた料理に、ユカはもう釘付けである。ちなみに政宗と統治は残りの鶏肉を親子丼にしており、ユカのスープと同じ味のお吸い物も用意されていた。

 目をキラキラさせているユカと、角を挟んだ左隣に座っている政宗は……更に隣、ユカの正面に座っている統治へ、どこか心配そうに問いかける。

「統治……本当に体の具合は大丈夫なのか?」

 ユカがこの状態になってからというものの、統治がこの部屋に長くいることが出来ない(長居すると体調不良になってしまう)という謎現象が続いていた。しかし、遡ること45分前、食材が詰まったマイバックと共にやってきた統治は、いつも通りの表情と顔色で料理をこなし、しかも自分の分まで用意しているではないか。

 政宗の声が届いたユカもまた、我に返って心配そうな表情を向ける。

 そんな2人に、統治は苦笑いで返答した。

「正直、俺にも事情は一切理解できないんだが……今日は本当に問題ないんだ。だからもう、深く考えるのはやめることにした」

 その横顔に嘘偽りがないことを確信した政宗が、改めて場を仕切り直し、眼前で手を合わせる。

「じゃあ、冷める前に食べようぜ。いただきます」

 彼の言葉に、ユカと統治もまたそれぞれに挨拶をして、箸をとった。

 ユカが短い麺をすすり、鶏肉と一緒に口の中で丁寧に咀嚼して……表情から幸せがにじみ出る。

「あー美味しい……辛くないのにしっかり味がついとるね」

 彼女の反応に、統治が安心した表情で肩をなでおろした。

「そうか、食べられるなら良かった」

「うん、本当に美味しい。あ……ねぇ、その親子丼、出来れば一口食べてみたいっちゃけど……」

 ユカが統治の親子丼をロックオンして、口を半開きにさせた。2人から流れてくる出汁の香りと、きれいな色の玉ねぎ、フワフワの卵が、気になって気になってしょうがなかったのだ。

 統治は一瞬思案した後……立ち上がり、食器棚から取り皿とスプーンを持ってくる。そして、自分がまだ手を付けていないところの具材とお米を簡単によそってから、ユカの前に、完成した小さな親子丼を置いた。

「これくらいで大丈夫か?」

「ありがとう!! でも、統治の少なくなっちゃったよね……」

 苦笑いを向けるユカに、統治は「問題ない」と告げてから……持っていたスプーンで、政宗の親子丼を豪快にすくい上げ、自分のどんぶりの上においた。

「あ、ちょっ……統治!! それ俺の!!」

「そういえば、佐藤の分の味見をしていなかったことを思い出した」

「同じフライパンで作ってただろうが!!」

 政宗のツッコミをとりあえず無視した統治は、使ったスプーンをユカに渡した皿に添えると、炊飯器を指差してこんなことを言う。

「白米ならあるぞ」

「いや、そりゃそうなんだけど……はぁ……」

 次の瞬間、ヤレヤレとため息をつく政宗のどんぶりの上に、ユカが、自分のにゅうめんの具材になっている鶏肉を1つ、コロンと転がす。

「政宗も食べてみて。味が違って美味しいよ」

 そう言って笑顔を向ける彼女に、政宗は……やっぱりこの2人には敵わないと、改めて肩をすくめたのだった。


「そういえば統治、どうして料理を覚えたと?」

 食事もほぼ終わりに差し掛かった頃。彼女の何気ない質問に、統治は政宗をチラリと見やり……どこか意地悪な口調で、その理由を告げる。

「今の山本は信じられないかもしれないが……佐藤は、私生活が壊滅的にダメなんだ」

「おい統治!?」

 刹那、政宗が目を見開いて彼を名を叫んだが……統治からギロリと睨まれ、慌てて視線をそらす。

 ユカはそんな2人を交互に見つめた後、首を傾げた。

「私生活がダメ、って……具体的に何がダメなん?」

「まず、片付けが出来ない。この部屋の片付けも俺がほとんど行っているのが現状だ。関連としてゴミの分別も不十分だな。次に、酒に酔うと若干面倒くさいが……まぁ、これは慣れてしまえはさほど問題ない。あとは……」

 ズバズバと指摘していく統治は、うつむいて親子丼を食べる政宗と、そんな彼を「あらら……」という哀れみの視線で見つめる2人を見やり、目を細めた。

「……あとは、本命に対する恋愛が壊滅的にダメだ」

 そう言われた政宗の両肩が、あからさまにビクリと反応する。

 ユカは麺をすすりつつ……ほんの少しだけ寂しそうな表情で問いかけた。

「あらら……そうなん? じゃあ、政宗には好きな人がおるってこと?」

 政宗の両肩が、あからさまにビクリと反応する。

 統治は内心「そういえばこっちも厄介だった」と思い出しながら、したり顔でこう言った。

「少なくとも俺はそう思っている。もっとも――」

「――統治!! もういいだろ!? 掃除から頑張るから!!」

 耐えられなくなった政宗が大声を出して、コップの麦茶を一気飲みする。

 そんな政宗に統治はジト目を向けたまま、こう、反論した。

「その言葉は……今年7回目だ」


 その後、デザートのアイスを食べきり、食器の片付けまでを終えた3人は……椅子に座り、お茶やコーヒーを手にして、今日の報告などの雑談をしていた。

「佐藤、明日の時間なんだが……朝9時からの開始に間に合うように到着してくれ」

「了解。ただ、夜の宴会は……欠席でも大丈夫か?」

「ああ、問題ない。早めに帰宅できるといいんだけどな……」

 そう言ってコーヒーを飲む統治に、ユカがオズオズと問いかけた。

「政宗と統治、明日は土曜日なのに……仕事?」

 ユカの問いかけに、統治はコーヒーカップを口から離すと、「ああ」と一言首肯する。

「明日は名杙家で年に一度の会議が開かれる。昨年度の報告や今年度の方針の確認や承認がメインなんだが……結局、1日がかりになりそうだ」

「そっか。大変やね」

 温かいお茶の入ったカップを両手で包むユカに、政宗が横から声をかけた。

「明日は朝から富沢さんが来てくれるから、何かあったら彼女に頼ってくれ。俺もなるだけ早く帰ってくるから」

「ん、分かった。しっかり仕事してこんね、支局長さん」

 ユカがそう言って政宗に笑顔を向けた時、統治が何かを思い出したように、足元に置いてある自分のカバンをゴソゴソとあさる。そして……。

「山本、これは心愛……俺の妹からなんだが……」

 そう言いながら、心愛から託された袋をユカの前に置く。ユカと政宗はその袋をしげしげと見つめ……代表して、ユカが統治に問いかけた。

「統治……妹さん、おったと?」

「ああ。山本にも随分世話になっている。お見舞いとして渡して欲しいと頼まれたんだ」

「あたしが統治の妹さんのお世話を!?」

 ユカが素っ頓狂な声をあげる。そして、統治に促されて袋を開き……中に入っている琥珀色の小瓶を2つ、そっと取り出してテーブルに並べる。

「これ……何?」

「アロマオイルだ。簡単な方法としては、ティッシュやタオルにつけて香りを楽しむことで、リラックス効果が期待出来る」

「はー……統治の妹さんはオシャレなんやねぇ……」

 ユカが感嘆の声をあげて統治を見つめる。統治も正直、心愛がこんなものを買ってくるとは思っていなかったので、倫子に教えてもらったと聞いた時は素直に納得したし……家族や身内以外にも相談出来る人が増えていることを、素直に嬉しいと思う。

 政宗と共に小瓶を見つめるユカへ、統治が改めて言葉をかける。

「山本のことを心配している人間は、宮城にも多いんだ。今は……焦らず、回復に専念してほしい」

「統治……」

 今のユカには、心愛も、華蓮も、里穂も、仁義も……今回の騒動で会っていないメンバーのことは、何もわからないけれど。

 でも、少なくとも……過去の自分が人間関係に妥協せず、良い関係を築けていることが、これまでに受け取ったお見舞いに繋がっていると、そう、信じているから。

 ユカは小瓶を1つ手に取ると、それを眼前にかざして……こんなことを呟いた。

「過去のあたしは……宮城でも頑張ってたんだね」

 今の彼女に、その記憶はないけれども。


 時刻は20時30分を過ぎた。そろそろ帰ろうかと統治が腰を浮かせたタイミングで、政宗がこんな提案をする。

「なぁ……3人で、写真を撮らないか?」

 唐突な提案に、ユカが訝しげな表情で問いかけた。

「写真……どうして?」

「ケッカ、覚えてないか? あの研修の終盤で……模擬試験で3人とも成績が良かった時、一誠さんが記念にって、1枚、写真を撮影してくれたこと」


 政宗も統治も、ユカに語りながら思い出したことなのだが……4月、ユカと政宗が福岡に行ったときに麻里子から受け取った写真は、一誠が撮影したものだった。

 研修終盤、ユカの事件が発生する直前の……まだ、3人が一緒だったころの記録。

 政宗の話に思い当たることがあるのか、ユカが恐る恐る「あたしが真ん中で撮影したやつ……?」と尋ねると、政宗が満面の笑みで「そうそう」と頷く。

「あの時と同じ3人で、1枚撮影しておきたいんだ。どうだろう」

「あたしは別に構わないけど……どげんして撮ると?」

「フッフッフ……今のスマートフォンにはセルフタイマー機能があるから大丈夫だ!!」

 そう言ってポケットから自分のスマートフォンを取り出した政宗は、何か言いたそうな統治へ、苦笑いを向ける。

「統治……協力してくれないか?」

 彼は少しだけ考えてから……ユカの表情まで確認して、既に2対1であることに肩をすくめる。

「電車の時間があるから、さっさと終わらせてくれ」


 そして3人は、今の姿で1枚、写真を撮影する。

 ユカは椅子に座ったまま、政宗と統治が彼女の隣で中腰になり、身長差を解消する。テーブルに固定したスマートフォンとの位置調整を繰り返し、数回の失敗を乗り越えて……あの時と同じ構図で、画面の中で笑う3人がいた。


 その後、自宅に帰る統治を玄関先まで送った政宗は、明日の時間を改めて確認した。

「明日は8時30分に行けるようにする。駐車場はいつもの場所でいいか?」

「ああ、問題ない。時間までは俺の家で待機しておいてくれ。あと……」

 靴をはいた統治が政宗に向き直り、真顔で忠告をする。

「先程の写真のことだが……山本にはまだ、送るんじゃないぞ」

 その言葉に、政宗は少し辛そうに目を細めてから……諦めた表情で首肯した。

「……分かってる。もとに戻ったケッカがこのことを覚えているかどうか、分からないもんな」

 もしも、もとに――これまで通りのユカに戻った時、今日のことを覚えていない場合は……成長した自分の姿に混乱してしまうに違いない。そもそも写真の中の人物が『自分』だと思い当たるかどうかは分からないが、データの日付や、隣にいる2人の表情を見れば、自ずと結論が導き出される可能性もあるのだから。

 ユカがもしも、今日の夜のことを覚えていたら……その時は、データを共有しよう。

 認識をすりあわせた2人は、明日の朝の再開を約束して、今日はそれぞれの場所へ戻る。


 統治がいなくなった玄関を見つめ、政宗はふと、こんなことを考えてしまった。

 ユカが元に戻る、それは……彼女が再び成長を抑制された状態で、帽子をかぶり、何かを隠しながら生きるということになる。

 でも、本来のユカは……記憶はないけれども、本来ここにいるべきユカは、リビングで待っている19歳の彼女なのではないのだろうか。


 ……一体これから、どうなるんだろう。

 いつまで彼女は、ここにいてくれるのだろう。

 答えの出ない質問を胸の中に押し込めて、政宗は彼女が待っているリビングに戻った。


 そして、時刻は21時を過ぎた頃。

 風呂を済ませた政宗は、上下スウェットの格好で、タオルで髪を拭きながらリビングに戻った。いつものようにビーズクッションに体をうずめていたユカが、「おかえりー」と手をあげる。

 政宗は冷蔵庫にあるペットボトルのお茶を、2つのマグカップにそれぞれ注いだ。そして、それをユカのところへ持っていき、彼女の隣に腰を下ろす。

「ほら、ちゃんと水分補給しないとダメだぞ」

「ありがと。いただきます」

 起き上がったユカが政宗からマグカップを確実に受け取り、両手で嬉しそうに握って口元に運ぶ。

 彼女がお茶を飲んだことを確認した政宗は、自分もカップを口元へ運び、中身で喉を潤した。

 そんな、次の瞬間……ユカが政宗にもたれかかり、頭をコツリと彼の肩にぶつける。相変わらず唐突な彼女の行動に、今度はは政宗が自分にお茶をひっくり返しそうになってしまった。

 ギギギ、と、音が聞こえそうなくらいぎこちない動きでユカの方を見ると、彼女は部屋の遠くを見つめながら、いつも通り、どこか楽しそうに呟く。

「政宗、あったかいね」

「そ、そりゃあ……風呂上がりだからな」

 政宗は残りのお茶を一気に飲み干すと、からのカップを脇において、ありきたりな言葉を返した。

 そんな彼にユカは更に体重を預けてから……ポツリと、こんな言葉を続ける。


「あのね、政宗……あたしは、政宗のこと、好きだよ」


「え……」


 一瞬、耳を疑った。

 そんなこと、あるはずないと思っていた。

 でも、今の彼女ならば、もしかしたら――そう、思わなくもなかった。

 けれど。


「でも、政宗は……違うよね」


 どこか冷静に告げる彼女に、政宗は何も言えなくなってしまった。




 時刻は22時過ぎ、所変わって、大和町(たいわちょう)にある聖人の私室にて。

 だだっ広いリビングにある、四角い座卓用のテーブル。そこに向かい合わせで座っている聖人と彩衣は、明日のための打ち合わせを実施していた。

「さて、今日は自分がケッカちゃんの様子を確認したけれど……あれはもう、ほぼ完治していると言っていいと思うよ。写真を撮影してみたけど、『生命縁』の色も……もとに戻りつつある。一応これまで通り、詳細な数値と一緒に様子を見るけど、初日に感じた倦怠感もなかったし、事態が収束に向かっている、と、考えるべきだね。そうなると……」

 聖人の言葉をバインダーに記載していく彩衣。彼はそこまで言ってから、少しだけ目を細めて……持っているバインダーを、ボールペンでコツコツ叩いた。

「いよいよ収縮作業が始まる可能性が高い……ということになるだろうね。そのときに何が起こるのか、本当に予測がつかないけれど、仙台医療センターの浮ヶ谷先生に話をつけておいたから、何かあったら真っ先に連絡して対応してもらってね」

「分かりました」

「あと、その際にも『死臭』を感じて気を失いそうになったら、すぐに彼女から離れること。自分の身は自分で守れるよう、気をつけておいてね」

「はい」

 淡々と応対する彩衣に、聖人は最後、こんなことを付け足す。

「あと……明日、1日の記録を政宗君にも見てもらって、ユカちゃんの現状を把握してもらおうと思っているんだ。ユカちゃんに聞かれるようなことがあれば、分かっていることを話してもいいと思うよ。その辺は抜かりなく、宜しくね」

 作中でユカが食べたメニューは、こんな感じです。→http://www.taisho.co.jp/pabron/recipe/hikihajime/shoga_toriniku_nyumen.html

 白石温麺(http://tsurigane.com/original2.html)が使えそうなメニューだったのでコレにしました。白石温麺、凄まじく食べやすいので大好きです。夏は冷やしてツルッと食べることが出来ますよ。

 そして、3人で写真を撮影するシーンは……書きながら謎の感慨にふけっていました。霧原、やっぱりこの3人が好きなんだなぁ、と、本文を書きながら何度も思い知らされております。

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