エピソード5:名杙兄妹ラブコメディ③
統治が櫻子を駐車場までおくっている間……華蓮は自席でパソコンを操作してアルバイト、そして心愛は統治の席に座って、以前、政宗から借りたノートを読んでいた。
彼女が先月、見事『初級縁故』の試験に合格した後……ある日の放課後、仙台駅の地下にあるカフェで、パフェと共に心愛を労ってくれたことがある。
仙台でも有名な果物専門店が直営しているフルーツパーラーでは、新鮮な果物や野菜を使ったサンドイッチなどの軽食や、旬のフルーツを芸術的に盛り合わせたパフェなどのスイーツ、夜にはフルーツカクテルなど、時間帯に応じて様々な活用法がある。放課後の時間帯は、学校を終えた高校生や大学生が席を陣取り、本物の味を楽しんでいた。
とはいえ、どうしても価格がファミレスより高くなるので、学生があまり気軽に来ることは出来ない。里穂も部活の先輩から話を聞いており、今回は心愛が一発合格したこと&自身のテストも終わったことから、どうしても行ってみたいということになって……今回の会場に選ばれたのだ。ちなみに心愛と里穂は制服姿、仁義は紺色の半袖ポロシャツと黒いジーンズという服装である。
心愛の目の前には、フルーツがカラフルに器を彩るフルーツパフェ。中央に艶のあるイチゴが配置されており、それを囲むように、メロン、キウイ、マンゴーなどのフルーツが、クリームとともにトッピングされている。
一方の里穂の前には、黄色が鮮やかなマンゴーパフェ。中央の生クリームを中心に、マンゴーが花びらのように配置されている。容器の中にもマンゴーが敷き詰められているんで、最初から最後までマンゴーが楽しめる一品だ。
ちなみに仁義は、イチゴやキウイなどのフルーツが脇に添えられている、シフォンケーキセットを注文している。
3人がそれぞれを楽しんでいると……既に半分ほど食べ終わった里穂が、正面に座っている心愛を見つめて、こんなことを言い出した。
「そうだ、ココちゃんココちゃん、政さんのノート、絶対借りたほうがいいっすよ」
心愛はスプーンでクリームをすくう手を止めて、里穂に向けて首をかしげる。
「佐藤支局長の、ノート……?」
「そうっす。確か……10年前の研修で、政さんか受けた講義の内容が書いてあるっすけど、これがまぁ分かりやすい。主に『初級縁故』の内容なんっすけど、割と『中級縁故』の内容まで混ざってるので、予習と復習にピッタリなんっすよ!!」
そう力説する里穂に、彼女の隣に座っていた仁義もまた、いつもの穏やかな笑顔で同意した。
「僕も以前、お借りしたことがあるのですが……初心者の僕にとっては、あれが教科書でした。コピーをとらせてもらって、今でもたまに活用しています」
「そんなに!?」
思わず声をあげた心愛に、里穂がマンゴーを咀嚼しながらスプーンをクルクル動かす。
「ココちゃんは筆記試験に関しては問題ないと思うっすけど……あれは一度見せてもらったほうがいいと思うっす。きっと事務所で政さんに言えば、すぐに貸してもらえるはずっすよ」
そう言われた翌日、学校帰りに『仙台支局』に立ち寄った心愛は、自分の机で仕事をしている政宗に、オズオズと話しかけた。
ちなみに、今、室内にいるのは、心愛とユカと政宗のみ。華蓮は本日休みで、統治は郵便局へ出かけている。
「あ、あの、佐藤支局長……?」
「ん? どうしたの心愛ちゃん」
いつものスーツ姿でパソコン作業をしていた政宗が、心愛の呼びかけに応じて視線を彼女に向けた。
「その……りっぴーやジンから聞いたんですけど、佐藤支局長の持ってるノートが、次の試験の参考になるって……」
「ノート……ああ、コレかな」
政宗は数秒思案した後、引き出しの一番下の段から、1冊のノートを取り出した。
表紙は色褪せており、インデックス代わりに張ってある付箋や、ページの四隅は完全にくたびれている。時間の経過が感じられるノートを心愛が受け取ってパラパラめくっていると、自席で作業をしていたユカが「あー、それ、懐かしかね!!」と言ってから立ち上がり、心愛の右隣に移動してくる。そして、彼女の脇からノートを見つめ、懐かしそうに目を細めた。
「このノート……あたしも随分助けてもらったっちゃんねー」
「ケッカも?」
心愛が軽く見開いて、隣に立つユカを見つめる。ユカはコクリと頷くと、ノートに並ぶ彼の字を指でなぞりながら、楽しそうに言葉を続けた。
「コレは10年前、あたし達が一緒だった研修で、政宗が書いたノートなんやけど……あたし、最初は特に研修についていけんかったけん、政宗のこのノート借りて、何とか遅れんように頑張っとったとよ」
「そうなんだ……」
心愛は改めて、手元のノートに視線を落とす。
読みやすい字で内容が簡潔に記載されており、重要事項は赤字、次に重要なのが青字、それ以外が黒字、という、実にシンプルな色分け。『縁』や『良縁協会』、『痕』に関することまでが、単元ごとにまとめられている。
すると……郵便局から戻ってきた統治が、政宗の席近くで固まっている3人に、怪訝そうな顔を向けた。
「心愛、それに2人とも……何をしているんだ?」
「あ、統治統治!! ちょっとちょっと!!」
そんな統治を、ユカが笑顔で手招きする。彼は眉をひそめたまま3人に近づき……心愛の左隣に立った。そして、心愛が広げているノートに気づき、「……ああ」と、いつも以上に優しい声音で納得する。
「随分懐かしいものを見ていたんだな」
「そうやろ? っていうか……コレ、里穂ちゃんや仁義君も助けてきたっちゃね……知らんかった」
先程の心愛の話を思い出し、ユカは改めて、ノートに視線を落とす。
「そっか……こうやって、ちゃんと、繋がってきたっちゃね……」
シミジミと呟くユカの頭上で、政宗と統治は顔を見合わせて、優しく笑っている。
心愛はそんな3人の様子を見て……改めて、3人の強固な絆を再確認したのだった。
そんな3人は、今、この事務所内にはいない。
統治は間もなく帰ってくるが……最近は仕事終わりに政宗の部屋に寄り、2人の様子を確認してから帰ってくるようになっていた。
いつまで、こんな日々が続くのだろう。
いつまで……3人はバラバラなんだろう。
心愛がそんなことを考えていると、空中に浮いてハイボールを飲んでいた分町ママが、「心愛ちゃん、心愛ちゃん」と隣で名前を呼ぶ。
「は、はいっ!?」
慌てて我に返った心愛が事務所内に響くような声を出すと、分町ママが苦笑いで、斜め前にいる華蓮を指差す。
「彼女、さっきから心愛ちゃんに何か聞きたそうにチラチラ見ているんだけど……気付いてなかったわよねぇ?」
「へっ!?」
心愛は更に目を見開き、斜め前にいる華蓮を凝視した。彼女は決まりが悪そうにパソコンで半分顔を隠しつつ……こんなことを尋ねる。
「あの、さっき……名杙さんに渡していた、山本さんへのお見舞いなんですけど……」
「は、はい……それが……?」
「その……どこで売っているものなのか、教えてもらうことは出来ますか?」
「へっ!? え、ええ、そりゃあ勿論……」
予想外の質問に、心愛は条件反射で頷きつつ……いつも表情はほぼ一定の華蓮が、珍しく、どこかホッとしたような表情になっていることに気付いてしまった。
心愛が渡したのは、阿部会長――同じ学校の先輩・阿部倫子から教えてもらったアロマオイルが2種類。
昨日、生徒会活動をしている時に、具合が悪い人にどんなお見舞を渡せば良いのか、その場にいた3人に聞いてみたのだ。
学校に飾る七夕飾りを作っている副会長・島田勝利が、目を輝かせで断言する。
「僕ならば直接お見舞に行って、顔を見て、何か声をかけたいかな!! あ、勿論、手土産にスイカでも持って!!」
「……島田先輩がくると、症状が悪化するんじゃないっすかね……」
隣でこよりを作っていた書記(ただし非常勤)・森環が、勝利の方を見ないでボソリと呟いた。
そんな環の言葉に気付いていない勝利は、「今の時期なら、さくらんぼも美味しいかなー」と、お見舞いに持っていくフルーツを1人で考えている様子。
そんな2人をいつもの笑顔で見守りつつ、折り紙で折り鶴を折るのは、生徒会長の阿部倫子。心愛はそんな彼女に視線を向ける。
「阿部会長は……何を持っていきますか?」
頼みの綱でもある倫子に尋ねると、彼女は折り目正しく鶴を折りながら、「そうねぇ」と呟いて。
「相手が女性か男性かにもよるんだけど……教えてもらっても大丈夫?」
「女性です」
ユカのことを告げても良かったのだが、それだと勝利がヒートアップしそうになるのでやめておいた。そんな心愛の答えに、倫子は作業の手をとめて、こんな提案をする。
「女性だったら……今の時期は、アロマオイルかな」
「アロマオイル?」
「そう。梅雨の時期は湿気もこもって、気分が憂鬱になりがちだから。病気ならば動ける範囲も限られているでしょうし、せめてその人の周辺の空気だけでも変えて、落ち着いて過ごしてもらいたいわね」
そう言って「参考になればいいけど……」と笑う倫子に、心愛は食い気味に質問をしていた。
「な、何かオススメはありますか!?」
「私が眠れない時に使っているのは『ラベンダー』なんだけど、仙台駅の中にお店があってね……」
そう言って倫子が語った内容を、心愛はメモに残して……ここに来る前に買ってきたのだ。
ラベンダーの香りを改めて嗅いだことがなかった心愛は、店頭にあるテスターで自分でも確認をして……恐らくこの程度ならば、病気のユカも不快にならないだろうという結論に達する。ついでにお店の人にも相談して、『サンダルウッド』――日本では白檀とも呼ばれる、風邪にも効くといわれている香木の香り――も合わせて購入してみた。どちらか1つでも良いから、気に入ってもらえることを祈って。
そんな経緯で購入したアロマオイル。心愛は内心、自分も倫子や店員から聞いた情報しか持ち合わせいないので、詳しいことを聞かれたら困ると思っていたのだが……華蓮の質問は、そんな心愛の心配を杞憂に変え、同時に、新たな疑問を生み出した。
「片倉さんも……アロマに興味があるんですか?」
女性でアロマオイルに興味のある人は多いが、華蓮は一応、生物学的に男性である。勿論男性でも興味がある人は多いと思うが、これまでにそんな気配は感じなかったから。
心愛の問いかけに、華蓮は少し困りながら返答する。
「興味というか……でも、香りを変えるだけで、よく眠れるようになるならば……興味があります」
そう言った華蓮に、心愛が思い当たったのは……彼女――彼にもまだ、眠れない夜があるのではないかという、漠然とした予想だった。
彼が心に何を思い描いて、眠れぬ夜を過ごしているのか、今の心愛にはそこまで具体的に尋ねる度胸はない。ただ……もしも、心愛の予感が正しいのだとすれば、彼が前に進む手伝いをしたいと思う。
素直にそう、思ったから。
「よ、よければ……帰り、一緒に行きますか?」
「え……!?」
心愛がそう言った次の瞬間、華蓮は驚きで、眼鏡の奥にある目を見開いた。心愛は華蓮が断る前に、矢継ぎ早に言葉を返す。
「きょ、今日お店のポイントカード作っちゃったし、割引券ももらったけど、期限が決まってるから……有効活用して欲しいだけです!! 勿論、お金は片倉さんが払うんですからね!?」
「そ、それは勿論……あ、ありがとうございます……」
動揺しつつも座ったまま頭を下げる華蓮から、心愛はフイッと視線をそらし……ツインテールの毛先を指先でいじりながら、一度、ため息を付いた。
昨日までは統治のターンだったので、次は心愛のターンです。
里穂と3人でパフェを食べていた場所は、仙台駅の地下にある『S-PAL Petit Vert』(http://www.itagaki-jp.com/shop/10/index.html)をイメージしております。『いたがき』は仙台でも老舗の果実店として有名ですね。そんな果実店直営の飲食店のパフェとか絶対美味しいと思うんだ……食べに行きたいなぁ……行ったことないですよ写真見ただけですよチクショウ!!




