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エピソード4:過去の彼女を知らない彼女①

 翌水曜日、時刻は16時を過ぎた頃。

 今日は日中こそ雨は降っていないが、雲は常に重く垂れ込めている。夜から明日にかけては再び降り続くらしい。

 そんな、どんよりした梅雨の日。アルバイトに出勤してきた片倉華蓮は、事務所にいた統治からある程度のあらましを聞き、彼の脇に立った状態で、驚きで軽く目を見開いた。

 今日の彼女は白い長袖ブラウスとカーキ色のガウチョパンツ。ゆるく1つにまとめた髪の毛には、先日の誕生日、心愛からもらったシュシュが絡みついている。

「山本さん……大丈夫なんですか?」

「とりあえず、今のところは経過観察だ。佐藤の部屋で安静にしている」

「佐藤支局長の……?」

「ああ。あの部屋であれば『痕』や『遺痕』対策もなされているし、俺と佐藤も使い勝手が分かっているからな。と、いうわけで佐藤はしばらく自宅勤務になる。支局長の確認や決済が必要なものがあれば持っていくから、まとめて俺に渡して欲しい」

「分かりました」

 華蓮はコクリと頷いて、自分の席へ移動する。そして席につき、いつも通りノートパソコンを起動して……自分を挟むようにして座っているユカと政宗がいないことに、少しだけ、寂しさのような感情を抱いていた。


 2人してそれぞれに仕事をすること2時間あまり。そろそろ事務所を閉めようかという18時近くになって……唐突に、インターホンが鳴り響く。

 統治が立ち上がり、政宗の席にある電話で相手を確認した。

「はい、どちらさま……里穂?」

 受話器をおいた統治は、入り口に向かって歩いて行く。華蓮がその様子を見ながら文書を保存していると……扉が開き、衝立の向こうがにわかに騒がしくなった。


「うち兄!! 彩衣さんから聞いたっすよ!! ケッカさんが倒れたって!!」

 学校帰り、ジャージから着替える間も惜しんでこの場に駆けつけた里穂は、応接用のテーブルに荷物一式を置いて、カバンの中から薬局の袋を取り出す。

「うち兄……コレ、ケッカさんに渡してもらえないっすか?」

「これは……?」

「えっと、ジンと簡単に話し合って決めたっすけど……これくらいしか思い浮かばなくて……」

 里穂がそう言って苦笑いを浮かべた。統治が袋を覗き込むと、その中には、頑張れば10秒位でチャージ出来そうな栄養補給ゼリーが10個ほど、ゴロリと詰め込まれている。部活終わりに急いで駅近くの薬局に駆け込んで購入し、急いでここまで届けてくれたのだ。

 自分が着替えることも、部活の仲間と歓談することも全て放り投げて、ただ、ユカのために。

 統治は改めて里穂を見つめ、嬉しそうな表情で謝辞を述べた。

「ありがとう、これは必ず山本に届ける。仁義にも宜しく伝えてくれ」


 その後、仙石線(せんせきせん)に揺られて約1時間、時刻は19時30分になろうかというところ。自宅のある石巻まで帰った里穂は……駅の改札口を抜け、いつものようにベンチで待っていた柳井仁義(やない ひとよし)と合流する。

 今日はいつも通りのシルバーの髪の毛にスポーツブランドのキャップをかぶり、迷彩色のパーカーと濃紺のジーパンという出で立ち。制服に着替えていない、ジャージ姿の里穂に一瞬怪訝な表情になったが……すぐにその理由に思い当たり、「お疲れ様」と声をかけて立ち上がった。

「山本さんへのお見舞い、届けてくれたんだね」

「勿論っす。うち兄に直接渡せたので大丈夫っすよ!!」

 そう言って笑顔を見せる里穂から、いつも通り荷物を半分持った仁義は……里穂と連れ立って、駅の駐輪場へ向かった。

 仁義が荷物を前カゴに詰め込んでいる間……里穂はそんな彼の後ろ姿を見つめつつ、とあることを思いつく。

「ねーねージーン、私、今日はジャージっすよね?」

「え? ああ、そうだね。着替える時間がなかったんでしょう?」

「ご名答っす。と、いうわけで……久しぶりに、どうっすか?」

 こう言ってニヤニヤした笑みを仁義に向ける里穂。彼女が何を言っているのか、数秒考えて理解した仁義は……その好奇心旺盛な瞳にため息をつき、苦笑いを浮かべた。

「しょうがないなぁ……でも、ここは人が多いから、もう少し人目につかないところで、ね」


 その後、しばらくは仁義が自転車をおして、里穂がその隣を歩く。

 駅前の大通りを抜け、国道を渡り、様々な店舗が密集しているバイパスから住宅街へと入ったところで……仁義が立ち止まり、隣で期待している里穂を横目で見た。

「里穂……本当にやるの?」

「えー、だって、ジンもいいって言ったじゃないっすかー!! 早く帰らないと雨がふるかもしれないし……大丈夫、今度は上手くやってみせるっすよ!!」

「ハイハイ、頑張ってね」

 仁義はそう言って諦めてから、自転車のサドルにまたがった。

 そして、里穂は後輪の金具のところに両足をかけて立ち上がり、仁義の肩をしっかり掴む。

「さぁジン、出発っす!!」

「……」

 仁義は何も言わず、バランスを取ることに集中して、ベダルを漕ぎ出した。

 学校帰りの里穂は、歩くのが億劫だし、何よりも楽しいからという理由で、時折こうして2人乗りを求めることがある。

 しかし、バランスも取りづらいし、何よりも里穂は制服のスカートなのだ。いくらスカートの下にハーフパンツをはいているとはいえ、ヒラヒラしたスカートをなびかせた2人乗り、というのは仁義の気が引ける。里穂の学校が原則としてジャージでの帰宅を許可していないので、これまでは体よく断ることが出来ていたのに。

 今回は……諸用があって石巻を離れられず、ユカへのお見舞いを届けられなかった自分の責任でもある、と、仁義は無理やり脳内で責任をおしつけて、里穂の要望に応えているのだった。

 ちなみに、里穂は朝、自宅から駅へ行く際、基本的に走っているが……寝坊したりして時間がない時は、自転車で向かっている。今仁義が乗っているこの自転車は、里穂が朝、駅の駐輪場にとめたものだ。

 そして余談であり今更だが、仁義が迎えに自転車を使わない理由――2人して自転車で帰らない理由は、勿論、里穂と歩いて帰ることで、彼女と2人で話をする時間を作りたいから。これは里穂自身も了承していることである。

 少しずつ冷たい空気に変わっていく6月の夜、すっかり暗くなった住宅街を自転車のLEDライトで照らしながら、2人は一緒に家路を目指す。

「……ねぇ、ジン」

「ん? どうかしたの?」

 バランスをとることに慣れてきた仁義が、頭上から降ってきた声に、少しだけボリュームを上げて返答した。

 そんな彼の肩を掴んだまま、里穂は真っ直ぐ前を見つめ、ポニーテールをなびかせて……目を細める。

「……政さん、ケッカさんと2人で……ゆっくり過ごせるといいっすね」

 ユカが政宗の部屋にいることは、昨日の彩衣からのメールで知っていた。最初は驚いたけれど、理由を聞けば納得出来るし……同時に、ユカと政宗がそれぞれ1人でなくて良かったと、心から思う。

 具合が悪い時は心細いし、大好きな人の具合が悪ければ心配してしまうから。

 勿論、彼女の具合が悪い以上、世話をする政宗はゆっくり過ごせないかもしれない。

 でも、里穂は……この予期せぬ事態が上手く好転して、2人の関係が前進するキッカケになれば、と、願わずにはいられないのだ。

 仁義が「そうだね」と返そうとしたその瞬間、彼の鼻先に雨粒が落ちてくる。そしてそれは、後ろにいる里穂も同じだったらしい。

「うわ、ジン、降ってきそうっすよ!?」

「分かってる。しっかり捕まっててね」

 仁義はペダルを踏む足に力を込めて、薄暗い住宅街を里穂と共に疾走したのだった。

 ここからは現在に改めて時間軸を戻し、本格的にラブコメさせていきますよ!!

 トップバッターはもうこの2人しかいねぇっす!! 里穂と仁義です!! ああ安牌!! なんて書きやすいの!!(笑)

 里穂と彩衣はメル友なので、情報がいくのも早いのです。個人的に一番二人乗りが似合うと思ってます。でも、道路交通法では違反だぞっ☆

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