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エピソード3:優しい時間、残酷な時間④

 政宗が朝に決意をした、その日の19時頃、場所は再び百道浜の海岸。

 政宗、ユカ、統治、一誠、麻里子の5人は、『遺痕』対策のために再びこの地を訪れていた。

 真夏ということもあり、まだ、闇が全てを支配しているわけではない。今日も一日、高く眩しかった空が、青からオレンジへ、そして黒に変わっていく……そんな、隙間の時間帯。

 1人、一歩前に踏み出している政宗は、涼しくなった海からの風に目を細めて……ズボンの右ポケットに入れているハサミを握りしめた。

 そんな彼の後ろに一誠が立ち、同じ方向を見て確認するように問いかける。

「――いけそうか?」

 その言葉に、政宗は一度、しっかりと頷いた。


 決意表明直後の午前中、最初の1コマを終えて休憩をとる3人のところへ、一誠が再び、黒いA4のクリアファイルを持ってきた。

 その中身が『生前調書』であることを知っている3人は、表情を引き締めた。そして、一誠がダイニングテーブルに広げた書類を見下ろす。

 自分が対応することになるだろうと覚悟している政宗は、率先して内容を確認して……。

「……館川智貴(たてかわ ともき)さん……40歳、男性……海水浴に来て、酔って溺死……」

 前回とはうって変わって、対象の年齢が急に上がった。彰彦と同年代の男性に、政宗は前回とは違う緊張を感じる。

 そんな政宗の隣にいるユカは、どこか心配そうな表情で彼を見た。机を挟んで政宗の正面にいる統治は、無言で資料を読み込む政宗から視線をそらし、麦茶を取りにキッチンへ移動する。

「山本、手伝ってくれ」

「あ、うん、分かった」

 統治に呼ばれたユカがその場を離れ、キッチンで統治と共に4人分のお茶を用意している間……一誠が政宗の隣に近づき、彼の右肩にポンと手を添えた。

「残っているのは『関係縁』1本、生前は基本的に温厚な性格で……ただ、酒を飲むとテンションが上って羽目をはずしてしまうことが多かったらしい。特に今のところ周囲への目立った悪影響は確認されていないようだが……夜、たまに声が聞こえるそうだ」

「そうですか……」

「研修期間も残り少ないから、出来るだけ早めに対処して欲しいんだが……いつならいける?」

 一誠の問いかけに、政宗は机上の書類を見つめたまま……静かに、でもはっきりと答えを口にする。

「……今日、いけます」


 そして――政宗の視線の先、10メートルほど離れた位置……砂浜と海との境界線で立ち尽くしている男性が1人。

 身長は180センチ前後、張り付いた髪の毛で表情までを確認することが出来ない。服装は、襟の付いた半袖のポロシャツと七分丈のパンツ、足元は裸足に見える。打ち付ける波に足をとらわれることなく棒立ちになり、全身から水を滴らせて……ただ、遠くを見つめていた。

 右ポケットに入れたハサミを確認する。大丈夫、大丈夫だ、ちゃんと道具は持っているし、隣にはサポートしてくれる一誠もいるし、そして――


 政宗は肩越しに、チラリと後ろを振り返った。

 そこには、両手を胸の前で握りしめて真顔で頷くユカと、腕組みをしていつもの表情の統治、そんな2人の後ろで全体を見ている麻里子がいる。

 大丈夫、1人じゃない。

 政宗は再び前を見据え、隣にいる一誠に声をかけた。

「――いきます。宜しくお願いします」


 そして、彼は砂浜を踏みしめる。

 ギュッと足を押し返してくる特有の感覚。よく知っている。だって、以前は毎日のように……彰彦と一緒に、走ったり歩いたりしていたのだから。

 一歩ずつ前に進む。そういえば、名杙領司と衝突したのも砂浜だった。

 もうすぐ射程距離に入る。先日は思わぬところで躓いて、先に進むことが出来なかったけれど。


「――そうだ。だから、佐藤は死神じゃない」

「だから……そげん悲しい考えはやめよう? 一緒だよ、みんな一緒。あたし達は……これからも、ずっと一緒なんだから」

 かけがえのない仲間の言葉が、彼の胸にしっかり残っている。

 例え、世界中の全ての人間から「お前は死神だ」と言われたとしても、この2人が……この研修で一緒だった5人が「違う」と言ってくれるなら、政宗はもう、迷うことはない。



 ――死神との『縁』も、ここで断ち切ってみせる。



 彼らの気配に気付いた『遺痕』――舘川智貴が、目線だけを政宗と一誠に向けた。

 2人は智貴と2、3メートルの位置で立ち止まり、政宗が一度、大きく息を吸う。

 政宗の隣に立つ一誠が、呼吸を整えた彼の肩に手をおいて、合図を出した。


「最初に、相手の名前を尋ねる」

「……舘川智貴さん、ですね」


 政宗の声に反応した彼が、「ああ」と、低い声で首肯した。


「彼がどうしてここにいるのか、尋ねる」

「舘川さん……自分がどうしてここにいるのか、分かりますか?」


 落ち着いて問いかける政宗に、彼はしばし、虚空を見つめてから。

「どうして……仲間と海に来て、飲んで、そこから……何だったかな……」

 記憶をたどるようにボソボソと呟く彼の様子を見た一誠が、政宗の肩を軽く叩いた。それを合図に政宗はもう一歩彼に近づくと、虚空を見つめる彼に向けて、こう、話しかける。

「お酒……お好きなんですよね?」

 その言葉に、彼がピクリと反応して政宗を見た。そして、口元に嬉しそうな笑みを浮かべたかと思うと……先ほどとはガラリと違う声音で答えを告げる。

「ああ、酒はいいぞ兄ちゃん。そういえば、あの日もみんなで飲んどったな……そうだ、男なら酒くらいしっかり飲めんといかん!!」

 1人で力説して頬を緩め、それはもう楽しそうに笑っているから。

 その顔が、ほんの一瞬だけ……政宗がよく知っている誰かと重なったけれど、でも、特に気にならなかった。

 だって、違う人物なのだから。

 状況を確認した一誠が、政宗の肩を、もう一度軽く叩いた。

 それを合図に政宗は更にもう一歩踏み込んでから、彼の右手に残る『関係縁』を掴み――ハサミを入れる。


「――ご愁傷様でした。どうか、安らかに」


 無意識の内に口をついていたのは、彼なりに死者を悼む言葉だった。



 周囲から『遺痕』の気配が消えたことを確認した一誠は、隣にいる政宗を見下ろして、穏やかな表情を向ける。

「お疲れさん。初めてとは思えないほど手際が良かった。よく頑張ったな」

「ありがとう……ございます……」

 政宗はハサミを持ったまま立ち尽くし、荒くなりそうな呼吸を必死に整える。

 出来た、自分にもちゃんと出来た。

 良かった、これで――


「――政宗!!」

「うわっ!?」


 次の瞬間、後ろから激突してきたユカの反動で、政宗は危うく自分の胸にハサミを突き立てそうになる。

「あ、あっぶな……ケッカ!! いきなり何するんだ!!」

 慌ててハサミをポケットに入れてから振り返り、キョトンとしているユカを見下ろした。

 当然のように事の重大さが一切分かっていない彼女は、真顔で首をかしげる。

「へ? あたし、何かした?」

「したんだよ!! 俺、割とピンチだったんですけど!?」

「そうなの? ま、無事ならいいやん」

「良くねぇよ!! ったく……」

 一切反省する気配のない彼女には、最早ため息をつくしかない。歩いて合流してきた統治が、そんな2人のやり取りに眉を潜めた。

「騒がしいぞ」

 そんな統治に、ユカが不満そうな表情で訴える。

「政宗が勝手に騒いどるだけやもん」

「ちょっ!? あのさー……もう少し俺を労ってはくれないのかね君たちは……」

 自分の行動を省みないユカにも、一切態度を変える気配のない統治にも、やはりため息をつくしかない。そんな政宗に、ユカと統治は顔を見合わせて……それぞれがニヤリと口元に笑みを浮かべた。

「それよりもケッカちゃんは早く帰ってご飯食べたい」

「たった1件処理をしただけで安心するなよ、佐藤」

「うわーマジかよ2人とも超厳しい……」

 2人からの愛のムチに、政宗はもう、どんな顔をすればいいのか分からなくなって……顔を上げて、自然と、笑うしかない。

 すると、そんな政宗の背中を、笑顔のユカが半ば強引に押し出した。

「ほら、帰ろう!! おなかすいたよー!!」

「こらケッカ、押すな転ぶマジで転ぶからっ!!」

 足をもつれさせながら進むしか無い政宗を、ユカが後ろから楽しそうに押し続けて。

 そして、そんな2人の後ろから、統治がマイペースに、でも、決して離れることなく追いかける。

 海風と波の音が心地良い砂浜、そんな3人の頭上、茜色から変化する空には、満天の星空が広がり始めていた。


 政宗の心に残ったのは、先程の彼と同じくお酒が大好きだった彰彦への思いではなかった。

 今はただ、自分もこうして……2人と同じ課題をクリアできたことへの安心感しかない。


 良かった、これで――また、3人で、一緒にいられる。


挿絵(By みてみん)


 そんな3人を見守る一誠は、隣を歩く麻里子に声をかけた。

「麻里子さん、あの3人は将来……西と東をつなぐような、そんな存在になるかもしれませんね」



 その日の夜、夕食を終えて、それぞれが順番に風呂を済ませる時間帯。

 ジャンケンで見事に勝った政宗が一番風呂、その次が統治で……一発で負けたユカが屈辱の3番目として、今、一日の汗を流している。

 統治は2階の部屋で電話をかけており、麻里子と一誠は別室で打ち合わせ中。リビングに居るのは政宗と瑠璃子の2人である。

 ダイニングの椅子に腰掛け、首にタオルを巻いて麦茶を飲んでいる政宗は……自分の左手をマジマジと見つめ、ため息をついた。

 そんな彼に、キッチンで作業をしていた瑠璃子が、作業をしながら声をかける。

「政宗君、どうかしたのー?」

 政宗はキッチンの方を向くと、先程まで観察していた自分の左手を、瑠璃子に向けて突き出した。

「瑠璃子さん……俺の『関係縁』、ちゃんと隠れてますか?」

 先日の研修で習った、『縁故』が使える便利な能力。それが、自分の『縁』の色を一定に保つ、という芸当だ。

 人間が持っている『縁』は、周囲との関係によってそれはもう色が分かりやすく変化していく。『関係縁』が一番分かりやすいが、通常は赤、繋がっている相手との結びつきが強く、興味や関心が強ければ色が濃くなっていくし、逆に、興味や関心が弱ければ薄くなっていく。心底憎んでいる・嫌っている人間の場合は、赤黒かったり、逆に白に近い色になったりするらしい。

 そして、異性として好きな場合は、自分側が紫色へ変化していく。そして……両思いになれば、綺麗な紫色になるのだ。ちなみに『縁故』内では、恋人になった2人を暗喩する表現として、「あの2人は紫になった」ということもある。

 そして、人1人からは無数の『縁』が伸びているが、『関係縁』が繋がっている相手が近くにいれば、絶対音感で音階を言い当てるように、「あ、この2人を繋いでいるのはこの『関係縁』だ」と、無意識の内に判断出来るようになる……らしい。もっとも、ユカも政宗も、まだまだそこには至っていないけれど。

 話を戻すと、要するに、心に秘めた人間関係までを思いっきり可視化してしまうのが『関係縁』なのだ。他にも家族との折り合いが悪ければ『因縁』が、体調が悪ければ『生命縁』の色が変化することもある。ちなみに『地縁』の色が変わるのは引っ越しをしたときくらいだろう。

 そんな『縁故』は他人の『縁』に干渉することが出来るのみならず、自分側を隠すことが出来る。「他人の『縁』を必要以上に見て、詮索しない」というのが暗黙の了解ではあるが、自衛できることはやっておこう、というスタンスなのだ。

元々これは『西日本良縁協会』を統括している名雲家が確立した技術であり、東に伝わったのはそう遠くない過去のことだったりする。

 それはさておき。

 瑠璃子は干し椎茸を水で戻しながら、軽く目を閉じて視え方を切り替えた。そして、政宗の左手を見つめ……「フフッ」と思わず吹き出してしまう。

「政宗くーん、左手の小指、一箇所怪しいぞー」

「あああマジですか……難しいな……」

 慣れればまるで呼吸をするように、無意識でも展開出来るとのことだが……今の政宗に、そんな芸当が出来るはずもなく。

 ハー……と、テーブルに突っ伏してため息をつく彼に、瑠璃子が更に意地悪な目線で彼を追い詰める。

「その、今にも紫になりそうな、左手の小指と繋がってる相手は……もしかして、この研修所のどこかにいたりするんじゃないかなー?」

 十中九十気付いている彼女の反応に、政宗は耳まで赤くして足をバタバタさせながら「それ以上言うな」という抵抗をみせる。

「……今は勘弁してください。俺も正直、戸惑ってるんです」

「あら意外。どうして? ユカちゃんが小学生だからー?」

 何の遠慮もなく相手の名前を口にする瑠璃子に、政宗は思わず顔を上げてジト目を向けるが、彼女に隠し通す自信など最初からない。政宗はテーブルの上に顎を置いて自分の左手を見つめ、もう一度、ため息をつく。

「だって、妹みたいな女の子ですよ。確かに、その……可愛いと思うことがあったことは否定しませんけど、その、何というか……俺は3人でいるのが好きなはずなのに、どうして、と、思わなくもないというか……」

 そう言って、ガラスコップに三分の一ほど残った麦茶を一口で飲みきった。そんな彼の反応に、瑠璃子は笑いが止まらない。

「若いねぇ政宗君、そげん悩まんでもいいと思うけどなー。第一、2人がくっついたって名杙君が気にするわけないやん」

「そうでしょうか……統治がもし、ケッカのこと……」

「いやーないよ、お姉さん的にあれはないと思う。なんだったら、名杙君に聞いてみようかー?」

「やめてください」

 政宗が真顔で懇願した次の瞬間、風呂を終えたユカがリビングに戻ってきた。

「瑠璃子さーん、お茶ありますー?」

「あるよー」

 ユカに冷蔵庫から麦茶のボトルを渡した瑠璃子は、「あーそういえば、2階の部屋の空調どうしたっけなー」と凄まじく不自然に用件を口にしながら、リビングから出て2階へ向かう。

 瑠璃子の背中を見送りつつ、麦茶をコップに注いだユカは……ボトルを冷蔵庫に戻し、コップを持って政宗の前に座った。

「あれ、統治は?」

「2階で電話してる。そういえば長いな……」

「ふーん……実家かもしれんね。ま、もう風呂は終わっとるけん、呼びにいかんでもいいか……」

 天井をチラリと見上げたユカは、コップの麦茶を口に入れた。

 風呂上がり直後で血色もよく、髪の毛の艶も良い。それでいてパジャマ姿なのでどこか抜けている印象もある。昨日同じ部屋で寝てただろうがというツッコミは無粋である。

 政宗は無防備が服を着て座っているだけのユカから視線をそらし、自分の麦茶を飲もうとして、コップが空っぽになっていることに気付いた。

 立ち上がろうとする政宗に、ユカが、自分のコップを差し出す。そして。

「よければ飲む? ちょっと多めにつぎすぎて……」

「あ、ああ……どうも」

 ユカからコップを受け取った政宗は、味がよく分からない麦茶を一口飲んで……大きくため息を付いた。

 そんな彼をマジマジと見つめるユカは……真顔で、意を決して、こんなことを尋ねる。

「ねぇ、政宗……1つ教えて欲しいことがあるっちゃけど……」

「な、何だよ、改まって……」

「あの、ね……」

 一度彼から視線をそらしたユカは口ごもり、しかし、すぐに首を振ってから、改めて彼を正面から見つめた。その表情は真剣で……思わず、背筋を伸ばして話を聞いてしまう。

「ケッカ……?」

「あ、あの……笑わんで聞いて欲しいっちゃけど……」

 ユカは口を一度キュッと結んでから、戸惑う政宗にこんなことを言う。


「Suicaって……知っとる?」


「……は?」


 予想さえしていなかった言葉に、政宗はポカンと口をひらいて、思案する。

「……ケッカ、スイカ割りでもやりたいのか?」 

「違うよそっちじゃなかと!! あの、えぇっと……そう、駅の改札口でピッとするやつ!!」

「駅の改札口……あぁ、Suicaか。知ってる、っていうか持ってるぞ」

「嘘ぉ!?」

 次の瞬間、ユカが「ダンッ!!」とテーブルに両手をついて立ち上がった。その瞳はこれまでに見たどんな瞬間よりも、先日瑠璃子が「うなぎの蒲焼きだよー」とうなぎを振る舞ってくれた時よりも輝いており、むしろ「大丈夫かこの子」と思わせる威圧感さえある。

「み、見ますか……?」

「よかと!?」

「ど、どうぞどうぞ……財布は2階だから取ってくる……」

 そそくさと立ち上がる政宗は、羨望の眼差しで自分を見つめるユカの視線に見送られて、大急ぎで階段を駆け登った。

 そして、電話中の統治の邪魔をしないように部屋の中にある自分のカバンに近づき、財布を手にとって、大急ぎで1階に戻る。自分を見つめるユカの視線が、期待を増して更にキラキラと輝いた。

 とりあえず急いで見せたほうがいいと思った政宗は、ユカの隣にある椅子に腰を下ろし、財布の中からSuicaを取り出して、彼女の前に置く。

「……!!」

 ユカの感動は、言葉にならなかったらしい。

「あ、あのーケッカさん? 一体何が……?」

 まさかまた、ストレスで色々とぶっ飛んでおかしくなってしまったのではないか。若干の危機感さえ抱き始めた政宗に、ユカがはにかんだ横顔のまま、少し恥ずかしそうに呟いた。

「……あたし、好きなんだぁ」

「へっ!?」

「このペンギン」

「ぺ、ペンギン……?」

 政宗はユカの視線の先、Suicaに印刷されているペンギンのキャラクターを見つめる。

 ……確かに可愛いと思うけど、こんなに感激するようなものだろうか?

 政宗の疑問に答えるように、ユカはすっかり崩れた表情を彼に向けると、その理由を説明してくれる。

「一度、博多駅で着ぐるみをみたことがあって……近づいて、抱きしめてもらったことがあるんよ。それから好きになったっちゃけど……ほら、福岡ではちっともグッズとか売っとらんし……でも、関東に知り合いがおるわけでもないし……」

 ユカが語る思い出が『いつ』のことなのか、今の政宗には分からない。

 けれど、この思い出が……彼女の中に色濃く残る、数少ない『楽しい』思い出であるのだとすれば。


「それ、持ってていいよ」

「へっ!?」

 答えはすぐに出た。笑顔でSuicaを指さす政宗に、我に返ったユカが慌ててそれを突き返す。

「な、なんば言いよっとね!! コレお金と一緒やろ!? ダメ、受け取れるわけないやん」

「いやー、残金も10円くらいだし、正直、まだ仙台圏でしか使えないから、あんまり使いみちないんだよね。現に、学校に通う定期券は紙だし」

 そう言って財布から別途定期券を取り出して見せる政宗に、ユカは一瞬流されそうになり……慌てて首を横に振った。

「で、でも、やっぱりダメだよ!! そんな、悪いし……」

「本人がいいって言ってるんだけどなぁ……」

 政宗は強情なユカにため息をつきつつ……突き返されたSuicaを、再び、ユカの手に握らせた。そして、彼女がそれを離せないように、彼女の手を自分の両手で覆う。

 そして、困惑する彼女を真っ直ぐに見つめてから、優しい笑顔で念を押すのだ。

「これは、ユカに受け取って欲しい」

「……こげな時だけちゃんと呼んで……」

 顔を赤くしたユカが、どこか悔しそうに目をそらしてため息をつく。そして……一度、コクリと頷いた。

 そんな彼女の反応を確認した政宗もまた、自分の言動を改めて思い返してしまい……彼女の手を離して、苦笑いを浮かべる。

「あー……なんか押し付けてゴメン。でも、ケッカにもらってほしいのは本心だから」

「分かっとるよ、ありがとね」

「ちょっと財布戻してくるわ。それ、なくさないでくれよ」

 ユカの手の中にあるSuicaを指差す政宗に、彼女は「ハイハイ」と首肯する。

 そそくさと出ていく背中を見送ったユカは……自分の手に残るSuica(プレゼント)に視線を落とし、思わず口元を緩めた。そして、それをそっと握りしめて……誰にも聞こえない声でボソリと呟く。



「……大好きだよ、政宗」

 えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?


 ……ってなって欲しいなぁと思ってココで終わります。さぁ、これまでの『エンコサイヨウ』を根本から覆す衝撃の事実。(だといいなぁ)

 そりゃあ、あれだけ年上の頼りになるお兄さんがいたら、どうあがいても意識して、好きになるに決まってるじゃないですか。この頃のケッカちゃんは普通の感性の持ち主なんです!!(ぇ?)


 じゃあ、10年後に本格的に再会したユカが、どうしてあんな態度なのか……その辺を何となく解説していく後半戦。物語を続けると決意したので、これまでが崩れ落ち、更に色々と変わっていきます。どうぞついてきてくださいませ!!

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