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エピソード3:優しい時間、残酷な時間①

 話を終えたユカと政宗が屋上から1階に戻ると、丁度、風呂上がりの統治と廊下で鉢合わせになった。

 タオルを首からかけている統治が、一度、2人の様子をマジマジと見つめて……我に返り、軽く目を閉じる。

「……」

 そして目を開いた後、2人からフイっと視線をそらすと、エアコンがきいている涼しいリビングへと移動した。ハッと我にかえった政宗が慌てて統治を追いかけ、冷たい麦茶を用意しようとしている統治の腕を興奮気味に掴む。

「何だよ佐藤、邪魔だぞ」

「聞いてくれよ統治!! ケッカが敬語やめるって!!」

「は?」

 話が見えない統治は訝しげな顔で掴まれた腕を振りほどくと、彼を無視して冷蔵庫をあけて、ガラスのコップに麦茶を注いだ。そして、それを持ってダイニングテーブルに移動すると、椅子を引いて飲み始める。

 そんな統治の前にユカを連れてきた政宗は、後ろから彼女の肩を掴んで、ドヤ顔でこう言うのだ。

「と、いうわけで……俺達の間に敬語と敬称はナシだ!! 統治、それでいいか?」

「えぇっ!?」

 と驚いたのはユカ。統治は我関せずという顔でお茶を飲んでいる。

「ちょ、ちょっと佐藤さ……」

「違うぞーケッカ、もう忘れたのかー?」

 後ろから嫌味っぽく言われ、ユカはぐぬぬと唇を噛み締めてから……訂正する。

「ま、まさ……政宗、それはあくまでも政宗に対することで……!!」

「でも、俺だけ呼び捨てタメ語で、統治は違うっていうのは、なんというか、そのー……他人行儀じゃないか!?」

 そう言って政宗が統治を見つめると、お茶を飲み終えた統治が2人を見つめ、心の底からこう言った。

「他人だ」

「そうじゃないんだよ名杙統治君!! 何というか、そのー……仲間的な何かが欲しいと思わないか?」

 政宗のこの言葉を、統治は鼻で笑う。

「俺にそんなものが必要だと思ってるのか?」

「ああ、当然だ」

 そんな統治を真っ直ぐ見つめる政宗は、ユカの肩に置いた手に少しだけ力を入れて、戸惑う統治に笑顔を向ける。

「俺達は、『関係縁』で結ばれた仲間なんだ。統治は確かにすっげー家の生まれかもしれないけど……でも、ここでは違う。俺達はみんな一緒なんだから、せめてここにいる間は……年齢とか関係なく接していきたいし、接して欲しいんだ」

 政宗のこの言葉に、統治は一度、ユカを見つめた。

 そして、彼女が「諦めろ」と表情で訴えているのを察して……ため息をつくしかない。

 結局自分に、選択権などなさそうなのだから。

 ただ。

「山本は、それでいいのか?」

「えっ!?」

 統治から話をふられたユカが戸惑いの声を漏らす。政宗が口をはさもうとしたが、すかさず「今は黙ってろ」と統治に釘を差されてしまった。

「俺は山本に聞いているんだ。山本がそうしたいのならば……俺はそれで構わない」

 そう言って、ユカを見つめる。

 その顔に……「諦めろ」という苦笑いを浮かべて。

 彼の顔を見たユカは、一度大きく息を吐いてから……統治と同じ顔で彼を見つめ、肘を曲げて両手を上げて降参した。

「あたしは……そうしたいと思っとるよ、統治」


 こうして、3人の間の壁がまた1つ取り払われた次の日の午前中、時刻は午前10時過ぎ。

 朝9時からの座学を終えて休憩を取っている3人のところに、トイレに立った一誠と入れ違いになる形で、麻里子が近づいてきた。

 そして、そんな彼女の後ろから……付きそう影が、1つ。それに気付いた3人は、麻里子の後ろで漂う初老の幽霊をそれぞれに凝視した。

 政宗が代表して、彼を指差して大声を上げる。

「まっ、麻里子さん後ろ後ろ!! なんか、なんか憑いてますよ!?」

 すると、机を挟んで反対側に座っていたユカが麻里子に近づき、隣にいる幽霊に笑顔で話しかけるではないか。

「鷹さん!! 来とったとね!!」

「たか、さん……?」

 政宗が間の抜けた声で首を傾げる。ユカから『鷹さん』と呼ばれた男性は、白髪だらけの頭と深いシワの入った顔から、相当年齢が高いことを想像させる。腰を曲げているので小柄に見えるが、その眼光は鋭く、主に政宗をじっと見つめていた。

 話についていけない政宗の隣に立った統治が、そっと、彼に耳打ちする。

「あの人は、福岡支局の『親痕』だ」

「『親痕』……ああ」

 統治の説明に納得した政宗は、ユカを孫のような優しいまなざしで見つめる彼を、改めて凝視する。

 『親痕』とは、『良縁協会』と協力関係にある『痕』のこと。『縁』を切らずにある程度の自由を与える見返りとして、『痕』の愚痴聞き役になってもらったり、不穏な動きをする『痕』がいれば知らせるように約束を交わしている。

 仙台で政宗が出会った『親痕』は、名杙家と協力関係にある『分町ママ』と呼ばれる女性だ。お酒好きの陽気で妙齢の女性に発見されて、政宗はここにいるようなもの。その、彼女のような役割を担っているのが、ユカから『鷹さん』と呼ばれたこの男性ということになるのだろう。

「統治……お前、会ったことあるのか?」

「麻里子さんとマンツーマンで訓練をしている時に、何度か会ったことがある」

「じゃあ初対面は俺だけってことか」

 政宗がそう言った次の瞬間、彼――鷹さんが政宗の眼前に移動してきていた。

「ふわっ!?」

 急に老人と至近距離になって狼狽える政宗。鷹さんはそんな政宗を数秒間じーっと見つめてから……数本歯の抜けた口をニカッとあけて、人懐っこい笑みを向ける。

「初めまして、君が……佐藤くんじゃったかのぅ?」

「は、はい……佐藤政宗です」

「儂は、『福岡支局』の『親痕』をやっとる、鷹さんいう老いぼれじゃ。まぁ、そげん役に立てるこったーないかもしれんばってんが、まぁ、宜しく頼むけんのぅ」

 独特の訛りで自己紹介する鷹さんに、政宗は軽く頭を下げる。

 すると、奥のキッチンでお茶とお菓子を用意していた瑠璃子が、お盆を持って合流した。

「あ、鷹さん、どげんしたとですかー?」」

「おお瑠璃ちゃん、相変わらず肉付きんよかなぁ」

「そりゃそうですよー、毎日食べてますからねー」

 彼の言葉を軽く受け流した瑠璃子がお盆をテーブルに置くと、麻里子と目配せをして……3人に声をかける。

「とりあえず休憩しよっかー。んで、おやつを食べたら……実地訓練の準備を始めようかね」

 椅子に座った政宗が、瑠璃子の言葉に首を傾げる。

「実地訓練……ですか?」

「そ、実地訓練」

 誰よりも早く自分で用意した小分けのおせんべいを手に取った瑠璃子が、誰よりも早く封を開いて口に含みつつ……意味深な言葉を呟いた。

「夏の海は、やっぱ……多いけんねー」


 おやつ時間が終わった3人のところに、一誠が合流する。その手に持ったA4サイズの黒いクリアファイルを、テーブルの中央にそれを置いた。

「悪いが、この資料は3人で1部ずつしかないんだ。回し読みしてくれ」

 資料に一番近い統治が中身を取り出すと、中からA4サイズの紙が3枚出て来る。まるで履歴書のような形式で、個人の顔写真や名前、住所、生年月日などが、事細かに記されていた。

 その内容にピンと来た統治は押し黙るが、ユカと政宗は意味が分からない。

「一誠さん、これは……?」

「それは、俺達が『生前調書』と呼んでいるものだ」

「『生前調書』……」

「そうだ。俺たち『縁故』は、『痕』の中でも特に『遺痕』と呼ばれている部類の『縁』を切っているが、目についたものを片っ端から切っているわけじゃない。この『生前調書』には、俺達が『縁』を切る対象が生きていた時の情報が、なるだけ細かく記載されているんだ。名杙君は別枠だが……俺達はまず、相手の名前を告げて、相手に認めさせることで優位に立つ必要がある。それに、ここには生前好きだったものや死因なんかの情報もあるから、相手がどんな人間だったのかをなんとなく察して、作戦を立てることが出来るんだ」

 一誠の言葉に、政宗とユカは改めて、机上にある3枚の書類を見やる。

 死後の人間、しかも一切関わりのない他人の情報を、よくもこれだけ事細かに集めたものだ。

 書類の文字に目を動かしつつ、政宗が一誠に問いかける。

「これ……誰が調べてるんですか?」

「福岡の専門チームだよ。まぁ、警察の力をちょいちょいっと借りることもあるけどな」

 どこか含みのある一誠の言葉に、政宗はこれ以上の追求をやめて……その書類に記載されている『遺痕』の情報を確認した。

 田中美鳥(たなか みどり)10歳、古賀久志(こが ひさし)15歳、鷲尾響(わしお ひびき)13歳……全員、小学生~中学生という子ども。自分たちと同じ歳くらいの、幼さが残る顔立ちの少年少女だった。

 ユカは書類の下の方に記載されている『死因』の項目を見つめ……目を伏せる。

「全員、海で溺死……」

 その言葉に、一誠が頷く。

「この時期はどうしても、海の事故が増えるんだ。その一旦を担っているのが、海岸や浅瀬に留まっている『遺痕』であることもある。この3人は百道浜の海水浴場で目撃されていて、海の中に足を引っ張られたとか、体が重くなって熱中症で倒れたとか、良くない影響が出ているんだ。今日の夕方、海水浴場の営業が終わってから対処に向かう。そして……」

 一誠は3人をそれぞれ見つめ、真面目な顔でこう告げた。

「この3人の『縁』を切るのは……君たちにお願いしたい」

 その言葉を受けた3人は、それぞれに表情を引き締めて……机上に広がる『生前調書』を見下ろした。


 その後、『縁』を切る際の注意事項等を改めて確認した3人へ、瑠璃子が小さな段ボール箱を持ってくる。

「名杙君には必要ないけど、折角やけん、一緒に選んであげてねー」

 そう言いながら瑠璃子が置いたダンボールの中には、クラフトばさみやカッターナイフ、ペーパーナイフ、小型ナイフなど……とにかく「手に持って何かを切る道具」が詰まっていた。

 箱を覗き込む3人へ、瑠璃子が説明を始める。

「私達『縁故』は、『縁』を切る時道具を使うんよ。まぁ、『縁』との間に道具を挟むことで、体にかかる負荷を軽減するって役割もあるかなー。別に道具はなんでも良いんだけど、初心者はやっぱり、こうやってあからさまに「切る」って道具の方が使いやすいと思う。と、いうわけでユカちゃんと政宗君、この中から、自分で使う道具を選んでねー」

「俺とケッカだけですか? 統治は?」

「名杙君は、家から持ってきた道具があるけんねー。まぁ、政宗君とユカちゃんも、あくまでもこの研修中のみで構わないよ。本当の相棒は、この研修が終わってから……それぞれの場所に戻って、改めてそこの責任者と相談して欲しいけんね」

 瑠璃子はそう言って「さ、好きなものをどうぞー」と、ユカと政宗を促す。2人は上から箱を覗き込み……。

「……おい統治、これ、どうやって選べばいいんだ?」

 雑然と箱に入っている道具を見下ろし、困り果てることしか出来ない。

 そんな2人に、統治は特に視線を向けることなく、こんなことを言った。

「『縁』を切る、という行動が、一番イメージしやすいものを選べばいい」

「『縁』を切る……」

 政宗は思案する。『縁』は、体から出ている紐のような、糸のようなもの。これらを切る道具といえば……。


「……あ」


 ユカと政宗は2人して、同じクラフトバサミに手を伸ばしていた。白い持ち手が特徴的な、シンプルなフォルム。慌ててユカに譲ろうとする政宗だったが、彼女は柄の色が赤い別のクラフトばさみを手にとって、政宗にニヤリと笑みを向ける。

「政宗が真似したけん、ケッカちゃんが譲ってあげよう」

「何だよケッカ、真似したのはそっちだろ?」

「あたしの方が早かったけんね。まぁ、とりあえず仮なんやけん……あたしはハサミならどれでもよかよ」

 そう言ってユカが瑠璃子の方を見ると、瑠璃子が「了解、2人ともハサミねー」と了承して、机の上から箱を引き上げる。

 そして、3人を見つめ、どこか満足そうに呟いた。

「本当……改めて見ると、更にまとまってきたねぇ」

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