表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/39

エピソード2:10 years④

「ああ、実際……よくある話だな」

 1階のリビングで政宗から話を聞いた一誠は、使った爪楊枝を折りながら、会話の延長線上として、ごく普通にこう言った。

 あの後。

 政宗と交代すべく部屋にやって来た瑠璃子に泣きついたユカは、そのまま政宗に背を向けて、彼女の傍から離れようとしなかった。

 混乱でどうすればいいか分からない政宗に、瑠璃子が苦笑いで謝罪する。

「あー……なるほど、こうなったか……ゴメンね政宗君、私はちょっとユカちゃんのフォローするけんがー……悪いけど、一誠にことのあらましを説明してくれる? 多分、理由を解説してくれると思う」

 こう言われると従うしか無い。部屋から出る時にチラリとユカと瑠璃子の方を見たが、ユカは自分をキッと睨みつけて……先程の笑顔は嘘だったかのように、敵愾心をむき出しにしていた。

 1階のリビングでは一誠と統治、麻里子が、昼食の長崎皿うどんを食べており、政宗に気付いた一誠が「飲み物だけ自分で用意してくれるか?」と彼に告げて立ち上がる。

 一誠と並んでキッチンに移動した政宗は、冷蔵庫からペットボトルに入った麦茶を取り出して、ため息をついた。


「はい、美味しかったです。ごちそうさまでした」

「な……っ!! ひ、人の部屋で何してるんですか!? る、瑠璃子さんに言いつけますよ!?」


 ここ数十分で実に対照的な態度を取られて、正直、混乱している。

 ユカは「人の部屋で何してるんですか」と言った。これは……政宗がどうして彼の座椅子になったのか、もしくはその前、政宗がユカと一緒にいる理由にまで思い至っていないということ。

 意味が分からない。自分は……距離が近づいたような気がして、嬉しかったのに。そんな喜びが一瞬で粉々に砕け散ったような、そんな落胆さえ感じる。

 再度ため息をついて、ガラスコップに麦茶を注ぐ政宗に……鍋に残った野菜のあんかけを温め直し、パリパリの麺の上にかけた一誠が、箸を用意して声をかける。

「さっき、上が少し騒がしかったな。何があったのか、食事中に簡単に聞いていいか?」


 その後、統治の隣に座って、食事を食べながら事のあらまし説明すると……。

「ああ、実際……よくある話だな」

 政宗から話を聞いた一誠は、使った爪楊枝を折りながら、会話の延長線上として、ごく普通にこう言った。あまりにもあっけらかんと言い切られ、政宗の方が面食らってしまう。

「よくあること、なんですか?」

「ああ。この間の研修でも少し説明したけれど、俺たち『縁故』は、色々と影響を受けやすいんだ。この間の佐藤君や今日の山本ちゃんみたいに、強い能力者である名杙君の影響を受けたり、今後、実際に人や痕の『縁』に干渉する度に……小さなストレスが蓄積されていくんだ」

「……ストレスが、蓄積……」

「しかもその蓄積されたストレスや受けている影響に関しては、いつの間にか限界を突破していることもあるんだ。この間の政宗君も、いきなりぶっ倒れただろう?」

 そう言われて、政宗は確かにと思い当る。

 あの時――統治と話をしていて、急に自分の世界が反転したのだ。何の予兆もなく、突然に。

 次に意識を取り戻した時は、布団の上で寝かされていて……体が、凄まじく重かった。

「これらのストレスには特効薬がないから、時間が経過して薄れるのを待つしかないんだ。そして、そのストレス状態の時は、脳の色々な機能が上手く働いていないみたいでな……意識が混濁して、普段とは違う突拍子もない行動をとったり、その時のことを、自分がストレス状態の時に何をしたのか、覚えていないことが非常に多いんだ」

「そうなんですか……」

「佐藤くんは気を失っていたから、実感がないかもしれないけど……山本ちゃんは多分、自分の体調が悪かった時のことは、覚えていないんじゃないかと思うよ」

 一誠の説明を聞いて、納得することの方が多かった。でも、それだけで片付けられないのは……きっと、あの笑顔を見てしまったから。

 無言で頷いて食事の手を動かす政宗に、食べ終えてお茶を飲んでいた統治が、どこか心配そうな眼差しでそっと覗き込む。

「佐藤……大丈夫か?」

 政宗は慌てて我に返ると、箸を動かして食事を進めた。

「あ、ああ、悪い……ついさっきのことを覚えてないとか、なんか、現実味がないというか……名杙、知ってたか?」

「俺たち名杙は、そのストレス耐性が一般人と比べてずば抜けているんだ。だから、佐藤や山本のようなことになることはない」

「そうなのか……すげーなぁ……」

 感嘆しつつ箸を動かす政宗を、彼の斜め前に座っている麻里子が見つめ、大丈夫かと尋ねる。

 そんな麻里子の言葉に政宗が頷いた、次の瞬間……リビングの扉が開き、瑠璃子と、彼女に連れられたユカが部屋に入ってきた。

 ユカは一瞬、決まりが悪そうに全体から視線をそらしたが……瑠璃子に促され、意を決して政宗の隣まで歩いてくる。

「あ、あの……佐藤さん……」

 政宗は持っていた箸を一旦皿の上に置くと、体を90度動かして、ユカと向かい合う状態をつくった。

 そして、視線の高さが同じになった彼女を覗き込み……自力で歩けていることにとりあえず安堵する。

「もう歩ける? 大丈夫? 無理しちゃダメだからな」

「大丈夫です、あの……瑠璃子さんから聞きました。あたし、何も知らないで……本当にごめんなさい!!」

 そう言って頭を下げるユカに、政宗は苦笑いで肩をすくめた。

「ああ、俺も一誠さんから事情を聞いたんだ。ケッカちゃんも大変だったね」

「あたしはいいんです、それよりも――」

「――ケッカちゃんがもとに戻ったならいいんだ。俺のことは気にしないで。それに……あれくらい怒鳴られたほうが、ケッカちゃんらしいかな」

 政宗はそう言って、ユカに向けて笑顔を向ける。

 ユカはそれ以上何も言えずに、もう一度、頭を下げることしか出来なかった。


 その日の夜、時刻は20時を過ぎた頃。風呂を済ませた政宗がタオルで頭を拭きながらリビングに戻ると……先に風呂を済ませているユカが、1人で待っていた。

「あれ、ケッカちゃん1人? 統治知らない?」

 キョロキョロと見渡しても、見える範囲にはいない。統治はまだ入浴を済ませていないので、政宗が終わったことを伝える必要があるのだ。ここにいなければ2階の自室にいるのかと思案する政宗に……ユカが、扉の向こうを指差して事情を説明する。

「名杙さんなら、麻里子さんと面談してます。もう少しかかるみたいですよ」

「そっか。一誠さんと瑠璃子さんは?」

「食材が足りなくなったって、さっき、車で買い出しに行きました」

「またかよ!? まぁ、6人分だからしょうがないか。毎日お世話になってるからなぁ……」

 日々、美味しい食事を作ってくれる瑠璃子に感謝しつつ、髪の毛をガシガシタオルでふいている政宗に……ユカが意を決して、こんなことを提案する。

「あの、もしもよければ……ちょっと、付き合ってもらえませんか?」


 現在研修で使っている一軒家には、ベランダを少し広くしたような、そんな屋上がある。

 しかし、その屋上に続く階段が、女性陣が使っている部屋の中にあるため……政宗はこれまで、登ったことがなかったのだ。

 ユカの案内でそこに連れて来てもらった政宗は、眼下に広がる夜景に、思わず声を失った。

 この家がある百道浜には、様々な商業・観光施設が集まっている。夏休み期間中ということもあって普段よりもカラフルにライトアップされた福岡タワーや、福岡ドーム、シーホークといったランドマークは勿論、少し離れた場所で輝く天神・博多の明かりも、宝石のようにキラキラと輝いて見える。

 そして、反対側を向けば、街の明かりとは対照的に……静かな海と、点在する船の明かりが見えるのだ。星空も、コチラならばよく見える。

 風呂上がりということで火照った顔を、夏の涼しい夜風がサラサラと凪いでいく。

 そんな政宗の右隣に立つユカは、屋上の手すりを握りしめて……。

「佐藤さん、その……今日は、本当に……」

 ユカの言いたいことを察した政宗は、海から視線をそらし、隣に立つ少女を見下ろす。

 そして、彼女の頭に自分の右手をのせると、自分の方を向いた彼女に、真顔で少し強めに言葉をかけた。


挿絵(By みてみん)


「またその話? 昼間に終わったはずだよね」

「そうなんです、けど……なんか、スッキリしなくて」

 スッキリしない、そう訴える少女の瞳には、どこか泣き出しそうな憂いさえあった。

 しかし、政宗には一切心当たりがない。手を彼女の頭からおろした彼は、努めて優しい口調でその理由を問いかける。

「どうして? ケッカちゃんが何も覚えていないから?」

「それもあると思います。でも……あたし、佐藤さんがどうしてこんなに優しくしてくれるのか、本当に分からなくて……あたしが年下だから、気を遣ってもらってるんですよね……」

「……まぁ、それもないとは言わないけど……」

 ここで嘘をついてもしょうがない。政宗の言葉にユカの表情が更に曇ったのが分かったが……でも、これには続きがあるのだ。

「俺は、その……何というか、ケッカちゃんが元に戻ったのが、素直に嬉しかっただけなんだけど」

「……」

「えっとねー、どう伝えれば良いんだろう……そうだなー……」

 政宗は少し考えた後……一度、深く呼吸を整えた。そして、海を見つめて……ぼんやりと呟く。

「ケッカちゃんは……大切な人と、突然別れたこと、ある?」

「え……?」

「俺は……育ての親である伯父さんを事故で亡くしたんだ。まだ、何も返せてないのに……突然、いなくなった」


 彰彦との日々は、彼にとって、人生で最も幸せな時間だった。

 だからこそ、その幸せが唐突に姿を消した時は――絶望した。

 絶望して、全てが嫌になって――死神を求めた。


「もう、生きてるのが嫌になって……でも、そんな時に、助けてくれた人もいたんだ」


 あの時。

 彼が死のうとして、車の波に飛び込んで――はねられた後。

 何とか一命をとりとめ、病院のベッドで目覚めた彼の前には……彰彦の働いていた会社の社長や、これまでに彼と遊んでくれた数名の大人がいた。

 彼らは彼が目覚めたことに涙を流し、何度か会ったことのある社長が、心の底から怒鳴りつける。


 ――馬鹿野郎!! アイツがこんなことを望むわけないだろうが!!


 分かっていた。

 自分が行ったことが、どれくらい愚かなことなのか。

 でも、それでも……あの時の彼には、こうする以外考えられなかったのだ。


「優しい人は周囲に沢山いたんだ。でも俺は、そんな人達に気付けなくて……1人で過ごしていた。そんな時に『縁故』の能力があるって分かって……統治のお父さんに出会ったんだ」


 3週間ほど入院して、入学式には参加出来なかったけれど……中学に入学し、1年ほどかけて、普通の生活に戻った頃。

 彼は彰彦の会社社長のはからいもあり、東松島のアパートの部屋に住み続けられることになった。そして……中学2年生になった春、世界の見え方が少しずつ、変化していったのだ。


 最初は、人ではないものが視え始めて。

 そして……次第に、自分から、他人から、無数に伸びる糸が視えるようになる。最初は目がおかしくなったのかと思ったけれど、そうでもないらしい。

 彼は自分の身に起こったことを、人ではないものに尋ねることで解明しようとした。そして――そんなことを繰り返していた5月、中学校の一角にて、彼は……名杙家現当主・名杙領司と出会う。


「君が、佐藤彰彦さんの息子さんだと聞いたもので、一度、ご挨拶させてもらおうと思ったんです」

 最初は、何を言っているのか分からなかった。

 だから、拒絶した。


「君のその能力を生かして、新たな生き方をしてみないか?」

 道が見えなくなっていた政宗に、一筋の光をくれた。


 変われるかもしれない、そんな、微かな予感。

 この世界で、もう少しだけ……生きていくことが出来るかもしれない。



 そして、彼は――佐藤政宗になった。



「佐藤さん……お父さんやお母さんは、いないんですか?」

 ユカの問いかけに、政宗は海を見つめて首肯する。

「いないよ。父親は俺が生まれる前に死んだって聞いているし、母親も……小学生の時に死んだ。俺の母さんは仕事で忙しい人だったから……正直、あんまり印象にないんだ」

 あんまり、という表現に留めたが、実際はもうほとんど覚えてないという方が正しい。

 政宗にとっての親は、彰彦ただ1人なのだから。


「……似てますね」

 政宗の話を聞いたユカが、風にかき消されるような小声で呟いた。

「ケッカちゃん?」

 改めてユカを見ると、彼女もまた、暗い海の方を見つめながら……抑揚のない声で言葉を続ける。

「あたしも、あたしは……親はいるらしいんですけど、あたしはずっと……親戚の家や施設にいたから、親とか家族とか、そういうの、全然分からなくて……」

「そうなんだ……」

 政宗はユカが簡単に自分の身の上話をしてくれたことに驚きつつ……同時に、どこか感動に似た感情を抱いていることにも気付いていた。


 似ている。

 自分たちは、とても似ている……そう思う。


「『縁故』の能力があるって分かってからは、麻里子さんと一緒に住んでいるんですけど……麻里子さんのおかげで、ちょっとずつ、楽しいことが増えていったんです」

 そう言ってはにかむ横顔は、昼間、政宗が見たユカの笑顔と似ていた。

 目が、離せなくなる。

「これも……佐藤さんとの『関係縁』ってやつなんでしょうか」

「かもしれないね。そもそも、この研修で一緒になったこととか……もう、全部『関係縁』の仕業としか思えないよ」

 政宗はそう言って、夜空を見上げた。

 星がまたたく夜空、隣には、自分とよく似た境遇の少女。

 彼は視線を上から左横に移すと、心のなかに浮かんだ言葉を、そのまま口に出す。


「俺達はきっと、これからもずっと一緒なんだろうな」


 刹那、ユカは決まりが悪そうに視線をそらして……口をモゴモゴさせながら毒づいた。

「あたしより年上なのに、妙に子どもっぽいところありますよね、佐藤さんって」

「そう、かな……どの辺が?」

「そういう自覚がないところです。何も考えてないっていうか……」

 ユカのちょっと辛口の評価に、政宗は苦笑いをして誤魔化すしかない。

 そんな彼を上目遣いで見上げ、ユカは……意を決して、口を開いた。


「だから、精神年齢はあたしと同じってことで……今から敬語とかやめます!! 同期なので、大目に見てくれますか?」 


 政宗は一瞬、彼女が何を言ったのか分からなかった。

 そして、その言葉の内容を脳で理解した瞬間――嬉しさのあまり彼女を抱きしめようとして、慌てて体に急ブレーキをかけて両手を引っ込める。

 答えに時間がかかる政宗を、ユカがどこか不安そうな表情で見つめる。

「ダメ、でしたかね……」

「あ、いや、そうじゃなくて、勿論構わないよ、全然オッケーむしろ嬉しいから大丈夫!!」

 慌てて返答するが困惑が色濃く残り、どもりつつ早口になってしまう政宗。

 ユカはそんな彼の反応を喉の奥で笑いながら……彼に向けて、自分の右手を差し出した。


「じゃあ……改めてよろしくね、政宗」


 政宗はその手を迷わず握り返し、精一杯の笑顔を返す。


「……ああ、こちらこそ宜しくな、ケッカ」

 佐藤政宗になったからといって、学校での名前がすぐに変わるわけではありません。

 政宗の場合は、元々宮城に来た時(小学生の頃)は母親側の名字+本当の名前、という組み合わせでしたが、中学入学にあわせて、彰彦と同じ苗字(佐藤)+本当の名前で生きていく手続きをしていました。そのため、中学校では佐藤+本当の名前で過ごしてます。(しかし、コレは書類上の手続きなので、政宗の『縁』に干渉したい場合は、彼が生まれた時の名前である母親の名字+本当の名前を呼んで、優位に立つ必要があります。ややこしや)


 2年生の時に『縁故』能力開花→まずは『縁故』として動く時に、『佐藤政宗』と名乗ることになります。彼が通う学校は私学ということもあり、親の居ない子どもへの制度も充実しています。(第2幕の倫子も同じような立場ですね……彼女は母親いますけど)

 加えて、レベルの高い高等部までありますので、彼は高校卒業まで、学校では佐藤+本当の名前で過ごし、大学入学と同時に、名杙にちょいちょいっと協力してもらって、完全に『佐藤政宗』という名前で過ごすようになった、という流れです。


 ちなみに、結婚すると『因縁』がもう一本増えて(2本から3本に増えて)『縁』の情報が大幅に更新されます。アクセスキーが変わるのです。そのため、結婚に伴って名字が変わった女性の『縁』に干渉する場合も、旧姓を呼ばなくても大丈夫です。

 仮に……仮にユカと政宗が結婚して、ユカの『縁』に干渉したい場合は、ユカを「山本結果」ではなく「佐藤結果」と呼べば干渉出来ます。全部仮ですけど。

 そしてこの設定……次の話で出てきます。あ、誰も結婚しませんよ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ