影ながら尽くします!
聖騎士見習いと呼ばれる子供たちがいる。
王国の花形である聖騎士になるにはまず10歳の頃に王国の試験を受ける。
そこで一定の能力を認められた子供は5、6人のチームを組まされ、以後は依頼をこなし、経験を積む事になる。
依頼は雑用から討伐まで幅広く、難易度によって報酬と評価が変わる。
一定の評価を得られると聖騎士の試験を受けることができるのだ。
合格すれば晴れて聖騎士に。不合格ならばさっぱりとあきらめるか、次回の試験に再度挑戦するか。
聖騎士になるため、見習いたちは日々奮闘していた。
***
とある山中に聖騎士見習のグループがいる。
1人は大きな岩の上に座り、他4人は彼を見上げるように立っている。
「俺がイノシシを背後から襲う。シアとミアは左右から挟んで誘導するんだ。ナーガとクリスが網を張ってそれを生け捕る」
岩の上に座っている大柄な少年ガイが言う。
双子の兄弟シアとミアは「りょーかい」と声を揃えて軽く返事をする。
長身の少年ナーガは不安そうに頷く。
小柄な少年クリスはナーガをちらりと見ると口を開いた。
「な、なあ!たった2人であんなに大きなイノシシを受け止めるのは無理だよ。それにもう午後だし。攻撃して弱らせて、捕獲はまた明日にしない?」
「それだと依頼が今日中に終わらないだろ?
お前らの貧弱アピールなんかいらねーんだよ。
与えられた役目ぐらいしっかりとこなせ、クズ」
「クズはクズらしく言うことを聞けばいいのにねー」
「ねー」
依頼は早く解決すればするほど、評価がプラスになるのだ。
フンと鼻を鳴らし、話は終わりとばかりにガイは岩から飛び降り歩き始める。
双子はクスクスと笑いながら後に続く。
クリスは視線を感じそちらの方を見る。
ナーガと目が合うも一瞬の事で、彼は大げさに視線を逸らすと彼らを追った。
てんでバラバラなチーム。
残されたクリスも慌ててその場を離れたのだった。
***
依頼内容は「難易度C:暴れイノシシを捕獲する」
まだ組んだばかりチームには難易度の高いものだ。
受付も当初は依頼を出し渋ったものの。
100年に1人の傑物ガイ。
身体能力が高く、息の合った動きに定評のある双子。
彼らのチームだということで許可が下りたのだ。
他のチームの者は言う。ガイの所にはお荷物がいると。
試験最下位「クズクリス」
身長ばかりの「棒切れナーガ」
全体が平均になるようチーム組みは考えられている。
天才であるがためにお荷物と一緒になった彼らは可哀想だと。
同情なのか哀れみなのか。
そのように噂をしては『自分たちのチームにはお荷物がいなくてよかった』と笑いあうのだった。
***
――― 結果は散々だった。
まずガイが背後から襲い掛かるも、怒ったイノシシは体を反転させガイに襲いかかる。
同年代の対人戦であれば敵なしのガイであったが、野生の、それも一等大きなイノシシ相手ではうまく対処ができなかった。
慌てて双子がサポートに入るも、猪突猛進、3人を蹴散らすかの如く突進したイノシシは、
しかしするりと避けた3人をわき目もふらず、そのまま山の奥へと走り去っていった。
ガイは言う。「なんで網を張る位置を変えなかったのか」と。
双子は言う。「状況把握力が足りないんじゃないの」と。
言わせてもらえばガイが襲い掛かってからイノシシが去っていくまで1分にも満たない事で。
その間に反対側に回り込んで網を仕掛けるだなんて到底無理な事だったのだ。
しかし反論すれば面倒になること請け合いで、言われた2人は黙って項垂れることしかできない。
結局その日は宿を取り、明日再び挑戦することとなった。
―― その晩。
屋根の上。
闇に紛れる黒ずくめの恰好でクリスは夜風にあたっていた。
体のラインに沿った服は、彼―― 彼女の胸がささやかながら膨らんでいることを表している。
昼間の子供らしい様子は成りを潜め。
月のない新月の夜。星あかりに照らされたその姿は。
触れることすら許さぬような、ただただ静かな美しさがあった。
す、と音もなく背後に現れる影。
クリスは振り返る事なく問いかけた。
「彼らは?」
「ぐっすり。薬がバッチリ効いてるよー」
クリスと同様に真っ黒な衣装に身を包んだナーガがニコニコと答える。
彼もまた昼間とは別人の如く。
飄々とした口調ながら、長身に合った堂々とする風体であった。
「そう」
そんな短いやり取りの後。
ザアと強めの風が吹く。
屋根の上。人影は既に消えていた。
***
森の中では地表より、木々を渡ったほうが速い。
木から木へ、枝から枝へと軽い身のこなしで移動する2人。
先頭を走るクリスの迷いのない道行きに、あっという間に昼間のイノシシの元へとたどり着いた。
気配を消している2人にイノシシは全く気が付いていないようだ。
ナーガは紐でくくった針に遅効性のしびれ薬を塗ると、それをイノシシに向けて放つ。
まるで虫に刺されたかのような些細なそれに、イノシシは全く気にした様子はない。
これで明日は、間違いなくイノシシを捕獲できるだろう。
紐を引き、針を回収したナーガはやれやれとため息をついた。
「はあ。めんどくさいね、王子様の御守りってー」
「それは言わない約束でしょ。裏騎士は王に忠実であれ、だ」
裏騎士。
聖騎士のように国に忠誠を誓うのではなく、彼らは国王ただ1人に約束する。
自分たちは友であり、家族であり、手足であると。
ナーガとクリスは齢10歳ながら、裏騎士として王に仕える優秀すぎる騎士であった。
***
傑物ガイは、本人には知らされていないが現王の落とし種であった。
王がお忍びで出かけた街で出会い、恋をして、そして生まれたのがガイであった。
母親は産後まもなく亡くなった。
死に際して「王族には入れないで」と頼まれれば王はその通りにした。
ただ母親には頼る親族がいなかったので、ガイは王の側近の養子となり何不自由なく育てられる。
一生に一度の恋だったと、決して妃を取らない王。
そんな王は唯一の子であるガイに激しく甘い。
ガイが聖騎士に憧れ試験を受けたと知った王は言った。
曰く「彼が聖騎士になれるようサポートしてほしい」と。
友であり、家族であり、主である王に頭を下げられれば、彼らに断わるという選択はなかった。
***
「そういえばこの辺、盗賊が出るんだって。ついでに退治しとく?」
クリスが問えば。
「よしきた!」
ナーガが満面の笑みで答える。
憐れ、ストレスのはけ口となった彼らは一晩にして壊滅し、
一党は残らず簀巻きにされて砦の中に転がされたのだった。
***
翌朝、王は目覚めると額に紙が張り付いている事に気が付く。
『盗賊壊滅、回収頼む、場所は○○』と書かれたそれに、己の騎士が夜中に訪れたことを知る。
自らの我儘でストレスを与えていると分かっている王は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
何か褒美を出さないとなと思いつつ紙を裏返すと、小さく書かれた追記を見つけた。
『性格に難あれどリーダーシップあり。今後に期待』
なんというフォローも抜群の騎士達か!
己にはもったいないと、王は力なくベッドに沈んだ。