日常に潜む影
以前書いた物の続編ですが、時系列はこちらが前となっています。
どちらから読んでもらっても構いません。
先週まで感じていた夏の気配もなくなりつつある今日この頃。私、並木恵は夕日の差し込む廊下を歩いていました。普段ならこの時間は、寮の自室でゆっくりとしているのですが、どうやら部屋のカギを更衣室に置き忘れてしまったようなのです。
なので、こうして放課後の校舎を歩いて取りに行こうというわけです。
「ついてないなー……」
とか言っていても仕方がないので、ここはポジティブにこの状況を楽しむことにしましょう。
赤い光に照らされた校舎は昼に見るものとは違う表情をしており、時折聞こえる声も、普段聞いているものとは質が違います。空は青から赤へと変わりつつあるグラデーションです。
成る程、夕暮れのこの時間をマジックアワーと言うのも頷けます。そんな様々な発見に少々浮かれながら廊下を歩いていますと、前から一人の女子が歩いてきました。
「ん? 恵じゃないか。珍しいなこんな時間に」
彼女は私のルームメイトで親友でもある水沼竜華でした。一つにまとめたロングでストレートな黒髪と、シュッと細長なメガネが、知的な雰囲気を醸し出しています。
「うん、ちょっとね。竜華は生徒会の仕事?」
よく見ると竜華はプリントの束を持っていました。才女な彼女は一年生でありながら、日夜ここ七志野学園のために、尽力する生徒会のメンバーなのです。
「まあな。とはいっても、仕事というよりは雑用といったところだ。時間はかかるが、まあ、夕食までには戻るつもりだよ」
「そうなんだ。じゃあ、私もすぐに用事を済ましちゃうね」
寮の部屋のカギは各部屋に一本ずつ。私がカギを開けておかないと、竜華が部屋に入れません。よって、私は早急に更衣室にカギを取りに行かないといけません。
そんな思いで、竜華の横を通り過ぎると、後ろから声がかかりました。
「恵!」
「ん? どうしたの?」
振り向くと、目を細めた竜華がこう言ってきました。
「逢魔が時だ。気を付けるんだぞ。特に、異常者にはな」
「…………はーい」
折角のマジックアワーを汚されたと思いましたが、素直に返事をしました。反論ができそうにないくらいの目力だったからです。
異常者と呼ばれる存在が、ここ七志野学園にはいます。よくあるような学園の七不思議とか、都市伝説というような類のものではありません。実際に存在しているんです。
火のないところに煙は立たないと言いますが、私たちは火を目の当たりにしています。
異常者達はまさに異常としか言いようがないほど、常軌を逸した行動や言動をしているのです。
例えば、見えるはずのないものを見えると言ったり、居る筈のない人を居ると言ったり、はたまた、時折狂ったように笑い出したり……。
そんなことが日常的に起こっているんです。
「とは言っても、竜華は心配し過ぎなような気もするんだよなー……」
それでも最近……二学期が始まってからはそんな人たちも落ち着いたみたいで、今はそれほど騒がれたりはしていません。
それに、異常者たちが実際に事件を起こしたとか、退学になったとかいう話は聞かないので、とりあえず、普通に過ごしている分には大丈夫だと思います。
「あれ? 扉が開いてる……」
そんなことを考えながら歩いていると、目的地の更衣室が見えてきました。
が、普段は締まっているはずの扉が何故か開いていました。
「もー誰が閉め忘れたのかなぁ」
そんな風に言いながら、更衣室へ足を進めると、すぐに異常に気づいてしまいました。
「!?」
部屋の奥に生徒が一人、壁にもたれかかっていました。頭はうなだれ、力が入っているようには見えず、何かあったのではないかと思ってしまいます。
「あなた、大丈夫ですか!? 何があったんですか!?」
急いでその生徒に駆け寄り、声をかけるのに夢中になった私は、背後から近づく気配に気づきませんでした。
そして次の瞬間。
「……っ!? あぐっ……!」
衝撃と暗転が、私に襲い掛かりました。
これが、私がこの学園の真の姿に気づいたきっかけの事件の始まりです。